呼吸は心の窓であります。

意識と無意識の境にある窓です。

この窓を通じて、私達は自分の無意識の働きを眺める事が出来るでしょう。

この時、同時に無意識もまた意識を眺めているのです。

座禅はこの呼吸という窓を安定させて開くひとつの方法でもあります。

足を組む事で骨盤を開いて仙骨を固定させます。この事によって、内臓はしっかり骨盤に納められ、横隔膜が活動しやすい姿勢になります。肩甲骨を引き寄せて、首の付け根の「うなじを」伸ばし、手を臍の真下に組むことで肋骨を開いて肺の活動できるスペースを広げます。

その姿勢で横隔膜をゆっくり上下させる腹式呼吸を行う事で自律神経の活動を安定させます。

つまり副交感神経と交感神経の働きが安定する姿勢が座禅の姿といえます。

この事によって感情の働きが穏かになり、生活の様々な規制や社会通念によって固定された心身の緊張を解して行き、生命活動の源である存在の発する旋律に戻って行くのです。

生命活動の源である旋律とは人体を形成する60兆の細胞を常に統一して動かしている音楽であり、この地球の生物を生かしている連鎖する営みであり、無限に広がる宇宙を形成し活動する法則である純粋な原理であります。

ただ座り、呼吸するだけで得られる無限の智慧が禅という一つの技術なのです。


佐世保 温故知新の合気道 合気新道-座禅

呼吸と肢体


人体の筋肉は手足を動かすもの、呼吸をするためのもの、消化吸収するためのもの、血液を循環させるためのものと概ねその様な構成になっている。


ここに生命を維持し行くために使われる筋肉を順序だてると、まず呼吸をするための運動、次に血液を循環させるための運動、次に消化吸収させるための運動、そして移動したり、物を掴んだりつする運動という順番になるだろう。


つまり骨格と筋肉の働きを、目的の重要度順に組み立てられているものが身体の構造であると考える。


つまり武道の技においても、この身体の構造に沿って矛盾しない動きが最も効率の良い身体運用となる。


24時間止まる事無く動き続けているものが心臓だけではなく、肺の呼吸活動を行う為にある筋肉である。肋骨を動かし、横隔膜を上下させる為に全身の筋肉が連動して24時間動き続けているのである。


この呼吸を動かす全身の筋肉の動きに沿って手足を動かす事が最も理にかなった動きであるとも言えれるだろう。

剣を振るのも、拳を突くのも、歩くのも、立ち座りを行うにも、呼吸を動かす全身の筋肉の動きのラインに沿って運用される事を統一体とも自然体とも言える。


この自然体や統一体を行う事が身体の力を引き出すカギである。

先に述べた様に、人間は直立歩行をすることによって本来の生命を維持運営する構造と動作に矛盾する部分があり、これを修正して、調和させる事が武道の「技」なのであると考える。


手足の動きを呼吸に合わせる。

ここに力の運用のみならず、前身の免疫機能、消化機能、循環器機能、自律神経の正常な働きと精神の安定が生まれるのです。

そういう意味で、武道の技とヨガは全く一体であると考えます。


更に具体的にこの呼吸と身体活動と精神活動について観て行きたい。

呼吸と自律神経の関係


手足は自分の意志で動かす事が出来ます。しかし、肝臓や腎臓、心臓などは自分の意志でコントロールする事が出来ません。

これを動かしているものは自律神経というものの働きだそうです。


よく考えてみると、自分の身体の殆どが無意識に活動しております。

特に生命の維持、成長、老化は自分の意志ではなく、無意識の自動運転によって活動し調整されております。


けれど、人間の暮らしの殆どは意志や意識によって形作られており、行動の選択やその結果によって生じる喜怒哀楽は自己の認識の象徴となり、個性として自他に表現されます。


この意識と無意識の働きに不具合が生じると心は悩みや苦しみを形作り、それが身体に病気となって顕れます。


そこで、再び自分を観察すると、無意識と意識の架け橋をしているものが「呼吸」である事に気づききます。

呼吸は寝ていても活動をします。

また、自分の意志で一定期間止めることも、早める事も出来ます。

この呼吸のコントロール範囲が自分の意志の生命に働く稼動範囲と考えると、逆に意志と何か?という答えも見えて来るのではないでしょうか。


剣は心、武は心と多くの先達者は言います。

では、心とは何か?


それを見極めるカギが呼吸の中にあると思います。

この呼吸の働きを更に考えてゆきましょう。



佐世保 温故知新の合気道 合気新道-自律神経