間合い


剣に見切りというものがある。相手の太刀をギリギリにかわすというものである。

これは達人の技として常人はとても出来ないものであると思いがちであるが、実は大抵の人は日常でやっているのである。


たとえば、バスやトラックの運転手さんは自分の身体より遥かに大きな車体を運転している。運転の下手な私から見ると非常に素晴らしい感覚だ。

バス、トラックと言わずとも通常の乗用車やオートバイを大抵の人は自分の身体の様に扱う。時速60キロでも地上のどの生物より速い。その速度の中で様々な標識や状況判断をして日常で当たり前に運転をしているのだ。


また、食事の時には箸を使い、豆を掴む事も出来る。

パソコンでは細かなキーボードを正確に打つ。

不器用な5本の指でパソコンのキーボードを自在に打ち込む姿は羨ましく思う。


また、料理でキャベツや大根をリズミカルに刻む女性の手さばきは素晴らしい。


そうした能力があるのが人間である。


しかし、相手の太刀や武器、素手の突きや蹴りを紙一重でかわす姿は達人のなせる技と言い、キャベツを正確に刻む主婦は達人ではないのだろうか?


私は全く同じであると思う。


ただ違いがあるとすれば、恐怖心があるかないかの違いに過ぎない。

では、その恐怖心を克服する方法とは何か?
昔から心を鍛えよと武道では申します。それを不動心と申します。
滝に打たれたり、過酷な荒行をしなかれば不動心を得られないと考えてしまいがちです。

確かに荒行を行えば、そのショックに慣れて大抵の事に動揺することがなくなるでしょう。
しかし、それは慣れであり、違った種類の変化には動揺をいたします。
特定の恐怖や心配や不安に慣れるのではなく、自分の感情を馴らすもう一人の自分に気づく事が本当の不動心と言えます。
それを沢庵和尚という方が徳川三代に使えた将軍家指南役である柳生宗矩に宛てた「不動智神妙録」という書物にも書かれております。
心を飼いならすということです。

ここで言う心とは何か?心は理性と感情に分けて考えると「頭」で分かっているけどやはり「腹が立つ」とか、理解しているけれど「悲しい」という事が私達人間の日常です。どれだけ学問を学んでも、知識を得ても感情に負ける事があるのが人間です。

私は感情は手足や目鼻耳下と同じように私達が生きてゆく大切な「身体」なのだと考えます。


そして「身体」と「心」は別々なものではなく、「身体」の全てが一体として調和して働く姿が「心」であると考えます。

正しい呼吸をすることで生命の基礎的活動を安定させ、その生命が外部と繋がる様々な情報を皮膚、手足、耳、目、鼻、舌の五感で繋がり、その情報をこれまでの経験(自分の人生の経験・親や周囲が概念として形作り継承している経験・生物として60億年以上遺伝子に刻まれた情報)が「感情」という「信号」に変えて私達に表情を与えてくれております。


この感情という信号を見て運転をするのが人間なのです。この時、もっとも大切な事は「運転の目的地」です。
運転の目的地を目指す事を「信念」と申します。
目的地とは何か?それはある人は「愛」と表現したり、宗教では「極楽」とか「天国」と表現したりします。


しかし、私が武道の中で話せる事は「自由」ということです。
本当の「自由」それが武道の目的地です。


「自由」とは自分が今生きている喜びを実感する事。今ここで自分は生きている。それが何よりも嬉しいと感じる事。それが「自由」であると私は考えます。

その根本が「生きている」事です。
この身体に染み込む空気、水、食べ物、触れる他の生き物との繋がり、その事自体が喜びとなる事。
それが自由です。

だから、私達はまず身体を整えて自由を知る事から始ります。自分の命を知り、自分の命を実感する事、それが呼吸なのです。


この呼吸によって自分の身体が調和してこそ、様々な変化が訪れ、その事で様々な悲しみや怒りや喜びという感情をしっかり受け止められる「器」である自分を得られます。


敵の太刀が自分に襲いかかるとき、恐れが生じます。恐れが生じても身は力むべき所とが力み、動くべきところが動けば身は自ずと守られます。
恐れが生じて、身体が動かなくなるから斬られるのです。
恐怖を味方にして、身体が動作を得られるならば、恐怖は生命の危機に対して活路を開きます。

人間は恐怖の時に息を吸います。
吸って息が止まるのです。

安心すると息を吐きます。
安堵とはホッと息を吐き胸を撫で下ろすことです。

恐怖や緊張の時に息を吸うのは自然の理です。犬や猫なども驚くと息を吸います。
しかし、人間は肩呼吸にバランスが偏っているために、緊張して息を吸うと肩が固まります。
肩から頚椎に力みが生じ、血液が脳に行かなくなります。
同時にアドレナリンが分泌されているので血圧が上昇しておりますから、脳の血管が膨れ上がって血液が滞る状態が生じます。
これが逆上(のぼせ)せている状況です。

これを腹式呼吸に切り替えるとショックで息を吸い込んでも肩に緊張が起こらず、アドレナリンで血圧が上昇しても頚椎の動脈や静脈を塞がなくなり、また、骨盤の安定によりアセチルコリンという血圧を抑えるホルモンの分泌を促しやすくなる。

この事によって腹式呼吸はショックで緊張しても逆上せにくくなり、脳の状況判断力を安定させます。

「腹を作る」とはこの様に具体的生理現象をコントロールする「習慣」を身につける事です。
肩に緊張が溜まらず、腹が安定すれば自ずと剣の振りも伸びやかになり、早くなる。
状況判断が的確ならば太刀の見切りも正確に得られるものと考える。

この事を合気新道は様々な実証稽古法と訓練法を開発しております。



佐世保 温故知新の合気道 合気新道-間合い

鳥舟は棒(槍)、剣、合気道の構えに通じます。


人間は直立歩行するために、腹式呼吸から肋骨を上下させる呼吸に偏りがちになっております。

階段を上り下りしたり、走ったりすると、肩が上下します。

四つ足歩行の動物は走った後に呼吸が激しくなると腹を波立たせます。この時、犬などは舌を出します。

舌を出すと横隔膜を上げやすくなります。

激しく動くと、脳幹が酸素を沢山取り入れろと命令を出しますから、吸気に傾き、吐く息が出来なくなります。

この時、舌を出すと横隔膜を上げて肺の空気を外に押し出し、結果、新鮮な空気が再び肺に取り込まれます。


しかし、肩で呼吸とすると排気が上手く行かず、肺に古い空気が溜まり、酸欠状態が続きます。

空手などの息吹という特別な呼吸法も肺の中の古い空気を押し出して、新鮮な空気を取り入れる事で酸欠状態から早く回復する目的だと考えます。


剣や合気道でも、呼吸の乱れは心も身体も乱れを生じる為に、呼吸を整える方法が必要です。

それが腹式呼吸の目的の一つでもあります。


肩で呼吸をしていると、肩に力みが生じる癖がつきます。

たとえば、何かの拍子で驚くと人は「息を呑み」ます。この時に身体が硬直するのは肩に力みが生じるからです。


猫などが驚くと、飛び上がります。

生き物が驚くと防御反応で息を一気に吸います。

一気に吸うのは、一気に吐いて力を爆発させるためでもあると考えられます。

これは自然の理に一致しておりますが、肩呼吸は自然の理に反しており、急な吸気で硬直をしてしまします。

これが習慣になると緊張が肩から首、鳩尾に常にあり、この部分が硬くなってしまいます。

結果、自律神経を圧迫し、ホルモン分泌のバランスを崩します。

躁鬱の感情の乱れもこうした身体の歪んだ緊張が表れているとも考えられます。


これを修正するものが腹式呼吸の習慣化です。

武道では咄嗟の時に横隔膜が自然と下がり、腹がふくらみ、肩が下がって排気の時に力が一気に放出できる状態になります。

また、日常の細かなストレスを身体に溜めず、自律神経の働きを阻害しない姿勢を作ります。


この吸気と排気の腹式呼吸と手足の動きを一致させる運動が鳥舟の行であり、その身体操作は槍、剣、合気道の構えの中で先人が直感的に習得していた姿勢と呼吸でもあります。



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鳥舟

合気道の稽古方法の一つに鳥舟の行というものがあります。

「天の鳥舟の行」と申して、古神道から由来する行法です。

天の鳥舟とは古事記などにも記されているもので、空飛ぶ舟でこれに乗って天津神が天界から地上へ降りてきます。

この舟の櫓を漕ぐ形を行として行います。

私はこの鳥舟の行法は呼吸力を鍛錬する最もよい稽古法であると考えております。

まず、

肩幅よりやや広めに足を踏みしめます。

肩甲骨を寄せてます。胃の辺りにある凝りを解すようにその姿勢のままに息を吐きます。

つまり肩甲骨を寄せると自然と仙骨が持ち上がります。この状態で胃の辺りを意識して息を吐くと肋骨が下がり肩も下に落ちます。

この姿勢のままに舌を上顎に付けて、息を鼻から吸いますと横隔膜が下がり腹が膨らみます。

息を吸い終わったら、立ったまま腰を曲げて腹から息を出すように口から息を吐きます。この時に舌は下顎に納めます。

息を吐き終わったら、鼻から息を吸いながら徐々に姿勢を元に戻します。

これを3回行った後で拍手を4回叩きます。

まず左足を前に出し、両手の拳を軽く握って腰骨の辺りに置きます。

肘は横に張らず、肩甲骨を寄せて、鼻から充分に息を腹に収める様に吸います。舌は上あごに付けます。

腹が膨らんだら「ホー」と声を出して両拳を平行に真っ直ぐ突き出します。

そして突ききったら、鼻で息を吸い、「エイ」と声を発して、再び拳を腰骨に納めます。

これを繰り返します。

しばらく繰り返した後に、足を平行に戻し、両手を臍の当たりに組みます。

右手が下になります。

組んだ手を臍前で上下に振るのが振魂といいます。

腹に息を溜めて、呼吸を止めて激しく上下に振ります。

心の中で「アマテラスオオミカミ」と唱え、真っ赤な太陽が腹中で煮えたぎるのをイメージします。

しばらく振った後、今度は右足を前にして、エイホーと繰り返します。

その後、再び振魂。

心の中で「オオハラエドノオオカミ」と唱え、青い澄んだ珠をイメージします。

最後に再び左足を出してエイホーと繰り返し、その後

振魂です。最後は「アメノミナカヌシノオオカミ」と唱え、全身が黄金に輝くのをイメージします。

最後の振魂の後、手を組んだまま、時計回しに3回、逆回しで3回、碾き臼を回す様に円を描き、

再び3度最初の呼吸を行います。

そして、両指を不動印に組んで、両人差し指を天に掲げて、エイ!という気合で真っ直ぐに自分の臍前に落とします。

この天の鳥舟の行は剣、槍、棒、体技一切の呼吸と全身との連動に極意があると言ってよいと思います。