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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

今夜再開された「坂の上の雲」の後半をNHKテレビで見ました。

何年にもわたって制作されている大作ですが、見るのは初めてでした。


新聞連載は、1968年から72年(ウキペディア調べ)です。僕は、家が産経新聞を取っていましたので、毎日読んでいました。

ロジェストウェンスキー提督の名前は今でも覚えています。当時、プエブロ号事件というのがあって、この船の名前も何回も暗唱して覚えました。


歴史物、しかも小説のTV化ですから、面白いのでしょうが、これを歴史だと思う視聴者が増えると思うと、余り見る気がしませんでした。

今日、見ましたが、次を見ようとは思いません。


なんでかなと考えてみました。

現在の中国で行われている戦争ドラマなのに、出てくるのは日本人とロシア人だけです。

もっと原作にも中国人は出ていないんでしょうけど。


中国で行われている、日本とロシアの戦争なのに、中国の社会や中国人が全く描かれていないのです。だから、フィクションなんですが。


娯楽大作として面白かった、と視聴者が思うだけなら良いのですが。


日本の近代化はこうでとか、明治人の精神が偉大だ、などと勘違いする人が一杯出てくるんでしょうね。



国民の多くが望んでいる天皇制の継続していくためには、これまでの前例を破ってでも改革していかなければならないと考えるのは当然です。


昭和天皇が側室を設けなかったのは、当時の社会常識に照らしたこともありますが、天皇が独自に決められたことです。

今は、男児が必要だから側室がいていいなどとは、世間の多くの人は認めないわけですが、天皇家も万が一にもそんなことは考えていらっしゃらないと思います。


そうすると、天皇家も一般の家と同じように、男系が途絶えることはあり得ます。

特に天皇家に次代を担う男性が少なく、皇室の公的活動に差し支えが近々生じることは容易に予想できます。


とはいえ、女系天皇の話まで広げると、議論が激しくなるので、今回は、まず女性宮家を創設して、皇室を離れる皇族を少なくしようとすることに目的を絞ったわけです。


従来の議論では、強硬に反対する人がいましたが、今回は、一応切り離しているせいか、いつも騒がしい人も発言がないようです。

これは、作戦勝ちのようですね。もっとも、旧皇族の子孫T氏はうるさいですが。


今の天皇家が将来も天皇制を担うことについて、天皇家と国民の大半が賛成していると思われるなかで、女性宮家の創設を早期におこなうことが大切だと考えます。


某漫画家が、DeNAが横浜を買収してプロ野球界に参入したことで、横浜ファンを止めるとの記事がありました。

ファンを止めるのは自由ですが、その理由としてDeNAのビジネスであるモバイルゲームが子供によくないというのを聞いては、ちょっと文句を言いたくなります。


私が子供のころ、昭和30年代。漫画は、子供によくない影響を与えるとのことで、大人は毛嫌いしていました。漫画じゃなく本を読みなさいと。


漫画は、今やスーパースターです。アニメや映画が派生して大きな産業になり、外貨も獲得しています。要は、お金になるようになったので、世間の批判は、賛美(クールジャパンの代表格)になりました。


漫画の内容は、昔も今も、千差万別で、今の漫画が昔に比べ優れているわけではありません。


モバイルゲームが、将来どのように発展していくのか、分かりませんが、モバイルゲームで育った世代がさらにモバイルゲーム業界を大きくし、莫大な外貨を獲得するようになったら、世間の評価も変わるのでしょう。


昭和30年代、お上が漫画産業を全く無視するだけでなく、その発展を妨害しようとしていました。今、モバイルゲームは、子供によくないとの世論がありながら急速に売り上げを伸ばしています。


漫画は、政府が応援するような業界になりましたが、一時の勢いを失って市場規模が縮小しています。


僕は、モバイルゲームは全くやりませんし、その面白さも理解できません。

でも、子供たちが、それをやることを止めようとは思いません。

何が役に立ち、何が役に立たない、などと決める能力が僕にあるとは思っていないからです。

沖縄防衛局長が更迭されました。


沖縄の新聞が、完全オフレコで局長が話した内容を記事にしたことが発端です。


局長の話の内容、例え方は、いかにもセンスがないとは思いますが、僕の関心は別にあります。


まず、今回の発言は政府の方針に沿ったものであります。

政府首脳の意志を現場責任者としてどのようなやっていくのかを述べたに過ぎません。


たとえ話がけしからん内容であれば、局長をその場で糾弾すればよいのです。

沖縄県民の感情とかいいますが、まず記者としての感情はどうなんでしょうか。


その場で、発言に対してすぐに怒りもせず、取り消しや謝罪を求めず、後になって記事を書くことで正義を実現したと思っている記者は一体何者なんでしょうか。

単に、商売としてスクープ記事を書いて、糊口をしのいでいるとしか見えません。


また、オフレコの発言を記事にするのであれば、現場の5W1Hを詳細に明らかにしないとフェアーではないでしょう。誰かが誘導したのか、一方的にしゃべったのか。


もし、新聞が中立を標榜するのであれば、明らかに辺野古移転を困難にする記事を掲載するのはやりすぎでしょう。政府の方針について新たな情報が含まれているわけでもないからです。


こないだ、橋下氏は3時間の記者会見をしたそうです。

3時間の記者会見は答える方も大変ですが、記者もその力量を公に問われるので真剣にならざるを得ません。


限られた時間の記者会見では、当たり障りのない質問と答えにならない回答がよく見られますが、聞く方も聞かれる方も時間に救われることがほとんどです。


記者さんには是非とも公の場で、国民が見ている前で、真剣勝負の質疑応答をしていただきたいものです。


オリンパスの菊川氏が、発覚の直前まで、損失隠しを知らなかったと主張しているとの報道がなされました。


何か事件や事故が起こった時に、日本の責任者は、多くの場合、知らなかったとの言い訳を選びます。

菊川氏も、そちらを選択しているようです。


そうすると、巨額の手数料を払ったことや、買収金額に値しない会社を買収したことは、純粋に経営者として正しい判断をくだしたことになってしまいます。

とんでもない無能な経営者をオリンパスは戴いていたことになるわけです。


それでも、菊川氏は故意よりも馬鹿を選択したわけです。


なぜか。日本人は、故意は許さないが、過失は許すからなんです。


でも、重要な地位にいた人間の責任を考える場合、それが故意であるか過失であるかで、何か違うのでしょうか。

車でも、一般道を100㎞/時で走って事故を起こしたら、過失とはみなされないでしょう。


大王製紙の井川氏も、100億円も会社から抜いたら、ギャンブルにはまってしまったなどとの言い訳は通用しません。


大会社の幹部が必ずしも有能であるとは思いませんが、そこで働く人たちの生活を担っているとの覚悟だけは持って欲しいと思うのですが、無理ですかね。