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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

民主党が行政刷新で無駄の排除を掲げています。


一見、まっとうな手法のようですが、政府のおこなう事業が無駄かどうかを、事業を続けたい官僚たちといくら議論しても結論は出ません。


要は、無駄を排除するのは当たり前ですが、無駄を定義することができない(予算がついてそれで生計を立てている人がいる限り、全員が無駄だと思うものは存在しない)ということで、事業は廃止できないわけです。


議論を要求するなら、言うべきことは言ったあと、それでも政策が変わらないのであれば多数者に従うという義務があるはずです。


その慣習が日本には全くありません。議論はするが、そのあとどうするかが無いわけです。


民間の会社だって、担当部門が自分たちの事業が役に立たないなんて絶対認めません。

議論はあるでしょうが、経営首脳が、恣意的に判断して実行し、社員は全員それに従うわけです。

正しい判断だったかではなく、日々判断し続けていくことが大切なんです。


少数意見の尊重、国民的議論、弱者の救済などうを言い立てて、何も判断せず実行しないのであれば、既得権者が得をするばかりです。


消費税を上げる前に、無駄を徹底的に排除しろ、は恰好いいですが、それではいつまで経っても消費税は揚げられないことになります。


日本がギリシャと違うと思っているのは楽観的にすぎますね。


毎年12月8日、アメリカ時間で12月7日になると、真珠湾攻撃の話題がでます。


アメリカでは、日本に真珠湾を攻撃させることで、第2次世界大戦への参戦を容易にしたという議論があるそうです。アメリカ政府が、日本に先制攻撃をさせるよう誘導し、結果としてハワイでは大きな犠牲者を出したのはけしからんということです。


自国民を死に追いやったわけですから、事実であれば糾弾するのは当然です。

もちろん、アメリカ政府は一貫して、日本の攻撃を知っていて対応しなかったなどということは否定しています。


僕が不思議なのは、日本人でこの説に同調する人がいることです。

アメリカが誘導した戦争なんだから、日本に責任はないと言いたい人たちです。


そういう議論は、戦争の責任を逃れるためであれば、アメリカの謀略に引っかかった日本政府・軍部は馬鹿の集まりだったということは受け入れるということです。


悪意と馬鹿だったら、馬鹿の方が良いというのは日本ではよくある選択です。


「山本五十六」という映画が封切られるそうですが、アメリカの謀略にかかったと言うなら、連合艦隊司令長官の山本氏は一番の馬鹿ということになりますね。

古本屋さんで「ダライ・ラマ自伝」を買って読みました。

ダライ・ラマ自伝 (文春文庫)/ダライラマ

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チベットが中国の一部であるかどうかについて、立場により異なる意見はありますが、近代化国家の成立により、辺境地域に主要民族の植民や移住が進み、土地が収奪されていくのは、どの国でも変わりないようです。

この本を読んで、「チベットの独立を」に同調するものではありませんが、チベット人の人権・財産・文化は侵してはいけないという主張は当然であると思いました。

翻って日本を見れば、同じようなことが北海道で行われました。

日本では1870年代から日本人の移民が進み、民族の権利擁護など全く考えない時代であり、アイヌ人の権利や文化はほぼ抹殺されました。

日本は、国連の「先住民族の権利に関する宣言」に促されるなどして、2008年に「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議案」を国会で採択しました。

もっとも、実質的には、国も国民もアイヌ民族に対して文化・権利や財産の回復を図る動きはありません。

声高に他国の少数民族の権利を主張するにもかかわらず、日本のアイヌ問題について全く触れないのなら、ひきょう者と言われてもしかたありません。

日本の場合は、アイヌはいなくなっちゃったからしょうがない、過去のことだから、ということですか。

アイヌの権利が失われて久しく、権利の回復のしようがないというなら、北方領土だって現状を追随するのが当然だということになるでしょう。

国連人種差別撤廃委員会は、日本の差別についてアイヌ・沖縄などについて勧告などをしています。

ちーとは反省しましょうよ。

http://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section3/2010/03/post-69.html


今日の朝日新聞の朝刊のスポーツ欄のコラム、編集委員が書いていますが、内容があほらし過ぎて呆れるしかありません。


横浜の新オーナーが、来年は最下位脱出、3年以内にCS出場、5年以内に日本一という目標を掲げたことについて、優勝を目標に置かないのは選手やファンに夢を与えるプロ野球球団のオーナーとしては疑問だというもおです。

一方で、現実的には妥当な目標だとも言っています。


一人の記者として、横浜のオーナーにこう言って欲しいと思うのは自由ですが、自分の思いと違うからオーナーとして失格呼ばわりをする、そのようなコラムを書く意味がわかりません。


オーナーが、来年の目標は優勝などといったら、現実を見ない空虚な目標を掲げる馬鹿なオーナーと書くんでしょうかね。


横浜のことだったら、他に書くことはいっぱいあるでしょうに。

たとえば、横浜を買って売るまでの、TBSの体たらくとか。


僕は、この程度の記事を書いて、サラリーマンとしては最上級の給与をもらえる編集委員がうらやましくて仕方ありません。

今日は福岡国際マラソンを車のラジオ(ニッポン放送)で聞いていました。


解説は、宗茂さんでした。


今の著名なマラソン大会は、ペースメーカーがついていますので、少なくとも20kmぐらいまでは決まったスピードで走ります。

それなのに、ラップタイムが一番大切な情報かのようにアナウンサーは伝えるとともに、その数字の解釈を解説者に求めます。

解説者も、「ペースメーカーの設定どおりで大した意味はありません」とは答えられないので、数秒の違いについて早いだの遅いのだと言うことになります。


それで、宗さんが言った面白い話になりそうなことについては、アナウンサーはちっとも話を広げません。

このようなテーマを宗さんが話してました。


1、ある選手について、マラソンを失敗ばかりしていると、さらに難しく考えすぎて成長できない

2、川内選手について、市民ランナーは好きな時に走れるなど自主的にできる利点がある

3、マラソンで日本人はアフリカ勢に勝てないので、若いスピードのある選手が挑戦する勇気を持たない


僕なら、こんなことを宗さんに聞くんだけど・・・


1、なぜ実業団は川内選手をスカウトしなかったのか、実力的に並の選手だった、本人が実業団を拒否した

2、選手は、走る前に、練習の調子や体調・怪我などで、ある程度結果は予測できているのか、監督やコーチも知っているのか

3、瀬古さんや宗兄弟、中山さんに比べ、今の選手の実力はどの程度なのか、何回走っても4人には勝てないレベルなのか(僕はそう思います)


などなど


僕は、マラソン中継が大好きで、君原さんのころから見ていますが、今の中継は、声がでかくて、決まり切ったことばかり伝えて、おまけに大会テーマミュージックを流してるばかりです。


他のスポーツ中継にも当てはまりますが、そのスポーツの本質に迫るのではなく、タレントを投入したり、音楽を流したり、キャッチフレーズ・あだ名(失礼なものが多い)をつけたり、本当のスポーツファンを遠ざけることばかりやっています。


テレビもラジオもええかげんにせいよ。