民主党が行政刷新で無駄の排除を掲げています。
一見、まっとうな手法のようですが、政府のおこなう事業が無駄かどうかを、事業を続けたい官僚たちといくら議論しても結論は出ません。
要は、無駄を排除するのは当たり前ですが、無駄を定義することができない(予算がついてそれで生計を立てている人がいる限り、全員が無駄だと思うものは存在しない)ということで、事業は廃止できないわけです。
議論を要求するなら、言うべきことは言ったあと、それでも政策が変わらないのであれば多数者に従うという義務があるはずです。
その慣習が日本には全くありません。議論はするが、そのあとどうするかが無いわけです。
民間の会社だって、担当部門が自分たちの事業が役に立たないなんて絶対認めません。
議論はあるでしょうが、経営首脳が、恣意的に判断して実行し、社員は全員それに従うわけです。
正しい判断だったかではなく、日々判断し続けていくことが大切なんです。
少数意見の尊重、国民的議論、弱者の救済などうを言い立てて、何も判断せず実行しないのであれば、既得権者が得をするばかりです。
消費税を上げる前に、無駄を徹底的に排除しろ、は恰好いいですが、それではいつまで経っても消費税は揚げられないことになります。
日本がギリシャと違うと思っているのは楽観的にすぎますね。