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大器は早成し、小器は晩成する

50代で仲間と一緒に飲食業を起業、煩悩即菩提的なブログ

今日の朝日新聞に、信用保証協会の全額保証による中小企業向け融資が焦げ付きが多額であるとの記事が載っていました。


全額保証制度の開始により、銀行の融資に対する審査が緩み、モラルハザードを起こしているというようなことが主旨の記事です。


当事者(借主、貸主、保証協会、銀行、所轄官庁、政治家など)は、この制度のそもそもの目的が、100%保証により、銀行の実質的審査をなくして、保証協会の裁量だけで貸し出し決定を行うことで、中小企業へお金を流すことだとの共通の認識を持っています。


どうやら、仕分け人(仕分けで追及した人がいるようです)やメディアだけが、制度の主旨を知らなかったようです。


私自身も、保証協会の100%保証による銀行融資を受けていますが、銀行が特に私の会社の状況を審査したとの印象はありませんでした。


メディアは、不景気だから中小企業にお金を流せと言い、その仕組みの実行によって焦げ付くと、モラルハザードだというんですね。


これを書いた、新聞や記者は、馬鹿でなければ、読者に気持ちのいいことばかりを書いているオポチュニストということですね。



旭天鵬が優勝した夏場所は、久しぶり面白い大相撲でした。


先行する力士を、3連敗した白鵬が追いかけてつぶしていくのは展開として最高でした。


僕は面白いと思ったのですが、ネットで見ると、報知新聞と横審の会長は違っていたみたいです。


報知新聞は、千秋楽に休場した琴欧洲を自覚がないと叱っていました。

前の日の取り組みで怪我をした琴欧洲が怪我を押してでも出ないことがいけないかのような書きっぷりです。でも、出たら出たで、負けたら無気力だというのでしょうけど。


ということは、前の日の取り組みで怪我をしたこと自体が自覚がないということでしょうか。

ということは、怪我をしないような相撲をしなさいというのが結論のようですね。


横審の会長は、大関がふがいないと怒っています。

旭天鵬の優勝は、たなぼただそうです。


失礼な人ですね。

優勝に立派な優勝とか、たなぼたの優勝とかあるんでしょうか。


大関に優勝に絡みなさとか言ってましたが、相撲の内容を見れば、実力的に三役や幕内上位と力の差がないのですから仕方ないでしょう。


白鵬がこけたら、幕内力士全員にチャンスがあるのです。

だから、今場所は面白かったわけです。


いつも思うのですが、昔の大関は立派だったようなことを言いますが、私の覚えている限り、北葉山以降、横綱に上がれない大関はいつもクロヨンでした。


余談ですが、昔は立ち合いで手なんかついてませんでしたよ。

立ち合いが乱れているとか、変化が多いとか、今の相撲の悪口を言う人は、健忘症じゃありませんかね。


こんなわけのわからないことを言って、今場所の相撲にケチをつけるんだったら、白鵬が春日富士に負けて勝ち越しを献上したことについて一言いうべきじゃないですか。


僕は、白鵬は当然のことをしたし、それが大相撲で非難されるようなことじゃないと思いますが。。。

ウイグル人の会議が日本で開催されたために、日中首脳会談はお流れになったそうです。


日本政府としては、他国の内政に干渉する意図は当然ないとしていますが、日本国内で会議が行われる民間の会議に出席する外国人にビザを発給することについて、政治的判断がないはずはありません。


とはいえ、新疆ウイグルやチベットだけでなく、中国が抱える少数民族問題は、将来深刻さを増す重要な政治的課題ですので、日本も刺激するのはほどほどにしておいたほうがいいでしょう。


ウイグル会議を支援する人たちの顔ぶれをみると、民族主義者の代表のような人ばかりです。


そのような人たちは、他国の少数民族の自主独立は支援するが、自国の少数民族の権利は全く尊重しません。

アイヌの権利や沖縄の基地負担軽減などには全く無関心です。


要は、中国の台頭や勢力拡大を阻止したいために、中国国内の問題に注目して干渉しようとしているだけです。

ウイグル人やチベット人の権利や自治拡大に関心があるわけではありません。


この考え方は、戦前に、満州やモンゴルで独立運動に関与していた軍人や民間人と全く変わるところがありません。


そんなに人権に関心があるんなら、国連から指摘されている、日本国内の差別問題(アイヌ・沖縄・部落・女性など)にも取り組んでほしいものです。

北朝鮮のミサイル発射への日本政府の対応が不味かったと非難の嵐ですが、日本政府が発射の事実を早期に発表できたところで、北朝鮮のミサイルの脅威からが減殺されるわけでないことについては一言も言いません。


ミサイル攻撃するときにあらかじめ目標を発表するわけでもなく、また目標地域に配備された迎撃ミサイルがすべてのミサイルを撃ち落とせるわけでもありません。


ミサイルの先制攻撃を受けたら一定の被害が出ることは自明のことです。


アメリカが北朝鮮を警戒するのは、複数の大陸間弾道弾に核を積まれて攻撃されたら、完全に防ぐことができないからです。

韓国は、ソウルが北朝鮮の大砲で火の海になるといわれています。


相手の攻撃に対して、完全に自国を守れるということは、相手に対して何でも好きなようにできることを意味します。だから、国際間の協調は、お互いが無傷ではいられない状態の裏付けがあってのことです。


日本の専守防衛が、その意味では、足枷という人は多くいます。


日本は、専守防衛で得られるメリットを捨ててでも、普通の国としての攻撃力を備えるべきなのかどうか難しいところです。



日本では、他国の体制や行動について非難するとき、おおよそ日本では考えられない(当てはまらない)ことのように言います。

はたして、どうでしょうか。


北朝鮮の弾道ミサイル実験が非難されていますが、日本は衛星を打ち上げるぐらいですから弾道ミサイルの開発など簡単なものです。

日本でも核を持とうという人がいますので、そういう人が政権を握ったら、国際社会からは、北朝鮮以上に警戒されるのは自明です。


北朝鮮の体制が3代世襲が続いていることを批判的にいう人がいます。そういう人は、日本では120代以上天皇家が続いていることを誇りとしています。

3代ぐらいで威張るなということですかね。

弾道ミサイルの実験を理不尽だといいますが、戦前の日本の行動は理不尽を越えるものでした。でも、その時代を懐かしくよい時代であったと回帰を夢見ている人も日本にはたくさんいます。

今の北朝鮮の現実と戦前の日本がどう違っていて、戦前の日本の何が良かったのか説明してほしいものです。


日本でも教師が君が代を歌っているかどうかをチェックして、処罰をして、良心的に耐えられない人は退職まで追い込まれる時代です。

今の日本で新たな職を見つけるのは大変難しいですから、そういう人は経済的基盤を失い社会から抹殺されることもあるわけです。


僕など、君が代に一言あるほうですから、スポーツの代表戦など見に行って、歌っていないことが見つかり石でも投げられないかなと考えると、観戦に行く気もしません。

「われは海の子」みたいな歌だったらいいのになあ、と思ったりします。


インドネシアで大地震があり、大津波が襲って、数十万人が死んだとき、日本では津波の予測規模について真剣な議論が起こりませんでした。

TSUNAMIという言葉がそのまま国際的に通用しているなどといって、津波の発祥の地、先進国を喜んでいる風にも見えました。

東日本大震災で、津波の先進国に相応しい対応ができたでしょうか。


鉄道事故、狂牛病、トンネルなど技術や安全で、ただただ日本が優れていると考える神話が広がっていないでしょうか。

日本の何が優れ、何が劣っているのか、何をさらに推し進め、何を修正する必要があるのか、もっと考える必要があります。