私が大好きな脚本家の山田太一氏が、11月29日に老衰のため亡くなられた。89歳。
私にとって、ただ一人脚本家をあげよといえば山田太一、というようなひと。
彼のドラマで生き方を教わった。
巨きな人だった。
私が観た山田太一脚本のドラマで印象に残っているのは、
『男たちの旅路』
『獅子の時代』
『シャツの店』
『チロルの挽歌』
これらの作品はいずれもNHKだが、主演は、
鶴田浩二
菅原文太
高倉健
山田太一の彼らへの挑戦状といっていい作品だ。
マイナスの輝きを今の社会は少し忘れている。
持っているマイナスが多い人ほど、ドラマを書くのに向いている。
と、山田氏は生前よく言ったという。
これらいずれの作品を見ても、確かにそうだった。
『シャツの店』の店主でシャツ職人の磯島(鶴田浩二)も、『チロルの挽歌』の北海道の小さな町に出向した鉄道会社の技術部長、立石(高倉健)もそういう人間だ。
いまのドラマにそれ(マイナスを持った人々やマイナスのシチュエーション)を見つけることができないでいる。
だから、見てみたいと思う。
だから、私は過去の作品を何度も観てしまう。
脚本家・山田太一 日刊スポーツウェブサイトより
『男たちの旅路』、『獅子の時代』は、それなりの思い入れもあって以前、拙ブログに書いた。
『チロルの挽歌』もDVDで何度も観た作品である。
主演は高倉健と大原麗子。
大原麗子が自宅で独りで亡くなられたとき、DVDプレイヤーに入っていたのがこの作品だ。
彼女は生涯の代表作と自負して、晩年、何度も見返していたという。
山田氏は彼女の青山葬儀所でのお別れの会でのことをこう書いている。
彼女の女優生活を十数分にまとめた映像が流されたのである。
華やかに、いいところをよく選んで編集したビデオだった。
私は見ているうちに、これは映写が終ったら拍手をしようと思った。
孤独な死を迎えた女優を囲んだ最後のみんなしての集まりではないか。
よく生きぬきましたね、と拍手してなにが悪いだろうと思った。
終った。
拍手をした。
私ひとりだった。
なんという非常識というように見る人もいた。
平気だった。
(山田太一『月日の残像』新潮文庫より)
ドラマ『チロルの挽歌』のワンシーン NHKアーカイブスより
その『チロルの挽歌』が追悼番組として12月4日と5日、NHKBSで放送される。
山田太一氏の脚本で実現した、高倉健の数少ないテレビドラマ主演作だ。
高倉健が演じるの無口で実直な男・立石は、生き方を変えることを迫られる鉄道会社の技術部長。
テーマパーク「チロリアンワールド」の建設責任者に任命され、北海道の田舎町へと単身赴任するが、そこには自分と娘を捨てて駆け落ちした妻(大原麗子)が住んでいた、という筋書きだ。
【前編】
立石(高倉健)は、定年間際にサービス部門へと転身した。
「チロリアンワールド」というリゾートの開発で何とか息を吹き返そうとしている北海道の小さな町、納布加野敷市へ単身赴任した立石は、まるでそれまでの自分を否定するかのように、新しい生き方を模索する。
だが彼は、そこで思いがけない出会いをする。
4年前、自分と一人娘を捨てて、男と駆け落ちした妻・志津江(大原麗子)が暮らしていたのである。
【後編】
志津江と駆け落ちした男・菊川(杉浦直樹)は、再会した立石と志津江の奇妙な関係に耐えきれず、立石に東京に帰って欲しいと頼み込む。
だが、立石は3人で会って、志津江がどちらを選ぶか決着をつけようと言う。
ついに3人は、料亭で顔合わせをすることになる。
なぜかその場には、事情を知る市長の山形、リゾート建設反対派でありながら立石と心通わせる半田、町の顔役・橘、そして、東京からやってきた娘の亜紀も同席していた。
ところが、2人だけで会ったときは譲らなかった立石と菊川だが、互いに自分が町を去ると言い出す。
際限ない2人の譲り合いで、話は先にすすまない。
そんな時、志津江は…。
『チロルの挽歌』ロケ地での高倉健と大原麗子 産経フォトより
劇的でもない。ハッピーエンドでもない。
しかし、困難を越えようともがく人がいる。葛藤がある。そして、しずかな感動がある。
持っているマイナスが多い人ほど、ドラマを書くのに向いている。
そんな男と女の生きざまを丁寧に書いている。
健さんがそんな男を演じている。
いや、山田太一氏がそんな男を健さんに演じさせている。
ぜひ、この機会に視聴していただき、山田太一の世界に浸っていただきたい。
そうか、もう、あなたはいないのですね。
万感の思いを込めて、山田太一氏とそのドラマに。
止まない拍手を!