昨日の続きのようなものです。

ある一般人のMMT及び日銀への疑問を呈するブログ記事が陰謀論ふうに書かれていたので、それへのコメントです。

 

このブログ記事では、山口薫著「公共貨幣」から引用されていたのですが、その山口氏(どういう学者かよく知りません)が自著のなかで際物本を書いているベンジャミン・フルフォードの「日本銀行はロスチャイルドに支配されている」という文を紹介しているのですが、日銀の基本知識も踏まえていないのによく堂々と書くなあと思ったものでした。

この記事だけ読むと日銀ってそういう作りになっていたのか、と思わずそう思ってしまい、ロスチャイルドってのは日本まで支配しているのかと思わされます。

確かに、近現代史研究者林千勝氏もしょっちゅう指摘しているように、国際金融資本であるロスチャイルドは世界を金融面で支配し、世界政治に影響を与えている存在だというのは確かだと思います。

しかし、ベンジャミン・フルフォードが、日本銀行をもロスチャイルドを支配しているというのは基本的なところを確認しないまま素人を騙す(山口氏のような学者も騙す、だまされた振りをする?)のはやりすぎではないでしょうか。

 

 

ここでxyz-1789ブログ主は日銀について次のように説明しています。

「…日本政府は原則として貨幣(円)をつくることはできません。貨幣(円)をつくることができるのは日本銀行(日銀)です。日本政府ではありません。

そういうと、いやテレビで政府・日銀といっているから両者は一体ではないのか、あるいは日銀は政府の所属機関ではないのか、といわれそうです。

しかしその考えは間違いです。

日銀はジャスダックに上場されている株式会社、つまり民間銀行です。ただし株式の55%は日本政府が保有しています。ならば日本政府の子会社のようなものだ、と思う人もいるかも知れません。しかし日本政府以外が45%も株式を持っています。持ち株比率が33.4%(3分の1)を超える株主は、株主総会の特別決議を単独で否決する権限を持ちます。簡単にいうと、日本政府は日銀の運営を何でも自由に行うことができるわけではありません。政府は日銀の運営について他の株主からかなりの制約を受けるのです。

 

これは部分的に間違いです。

日銀は株式を発行していません。発行しているのは出資証券です。出資証券は日本政府が55%保有し、政府以外が45%保有しているというのはそのとおりです。

しかし、日銀のホームページをみると、日銀には株主総会はなく、出資者に議決権の行使が認められていないと書かれています。重要な決定は政策委員会で決定されるので、「日銀の運営について他の株主(⇒出資者)からかなりの制約を受ける」ということはないと思われます。

 

次は「公共貨幣」での山口薫氏の記述への疑問です。

山口氏はベンジャミン・フルフォードの「日本銀行の株主は誰なのか」とかを引用していますが、余りにも安易な引用と言わざるを得ません。そしてフルフォードは日本銀行の大口株主であり、支配権を握っているのはロスチャイルドと決めつけていますが、妄想というしかありません。

ベンジャミン・フルフォードはどんなふうに日銀がロスチャイルドに支配されていると言っているのでしょうか。

 

     ベンジャミン・フルフォード

「それでは日本政府以外の日銀の株主はだれでしょう?「公共貨幣」(山口薫)のp68によると、

『日銀出資証券の構成割合についてジャーナリストのベンジャミン・フルフォード氏は次のように述べています。2007年に日本銀行が公開した株主構成は、政府出資者55%、個人39%、金融機関2.5%、公共団体等0.33%・・・・なかでも39%を占める個人がいかなる人物であるかは、一切明らかになっていない。つまり、日本銀行の株主は誰なのかについてはほとんど情報がなく、大手メディアは一度たりとも報じていないタブーなのだ。私(フルフォード)は日本銀行の元総裁を含め、複数の情報源に当たることでタブーを破った。日本銀行の大口株主であり、支配権を握っているのは、高齢ながら現在もロックフェラー家の当主に当たるディヴィッド・ロックフェラーや、ロスチャイルド家の大物で東京在住のステファン・デ・ロスチャイルドなどだ。』

ロックフェラー家やロスチャイルド家などは国際金融資本の元締めに当たるような人たちです。彼らの本質は今まで述べてきたとおり、「今だけ、カネだけ、自分だけ」です。

日本銀行はアベノミクスで市中銀行から多くの国債を買い集め、国債をかなり保有しています。つまり政府にお金を貸しています。そして日本政府から多くの利息を受け取っています。これが日銀の株主の利益になっています。」

(引用終わり)

 

まず日銀の資本金はわずか1億円です。そして配当は年5%と日銀法で決められています。つまり、年間の配当金は500万円、個人出資者(39%)が受けられる配当の総額はわずか195万円です。

「日本銀行はアベノミクスで市中銀行から多くの国債を買い集め、国債をかなり保有しています。つまり政府にお金を貸しています。そして日本政府から多くの利息を受け取っています。これが日銀の株主の利益になっています。」とxyz-1789ブログ主は書かれていますが、日銀が保有する国債の利子を政府から受け取っていても、出資者はわずか195万円しか得られず、また日銀が受け取った国債の利子は国庫納付金として政府に納付することが決まっていますので、ロスチャイルドに流れることはありえません。というか、絶対に日銀の個人出資者はロスチャイルドではないでしょうね。

結果として日銀は「日本政府の子会社のようなものだ」というのは正しいのではないかと考えます。

山口氏がベンジャミン・フルフォードのいい加減な記述を著書に引用したのはかなり安易なこと、というかわざと混同して大株主が日銀を動かすことができるイメージを作り出すためと勘繰ってしまいます。

 

因みに、古いあるブログ(「御坊哲のおもいつくまま」)にも同様なことが書かれていました。

「あるSNSで次のようなコメントを見つけた。

 ≪日本の中央銀行である日本銀行は持ち株の55%は政府が所有していますが、残りの45%の株式の所有者は非公開となっています。 この非公開株のうち、ロスチャイルド一族が40%を所有していると考えられているらしい。≫

このような噂はすぐ広まってしまうらしい。「日本銀行 ロスチャイルド」でグーグル検索を書けると、陰謀論じみたタイトルが何万件もヒットする。「よくもまあ」という感じである。」

「公共貨幣」の山口薫氏は昔流行ったこのSNSを見て日本銀行の支配者のことを書いたのかもしれない

 

ここでは日銀のうさん臭さへの疑問が書かれているのですが、その大元はアメリカの連邦準備制度(FRB)の成り立ちのうさん臭さでしょう。

少数の銀行家が貨幣を自由に発行できる仕組みを作ったという陰謀論から信用創造批判、中央銀行批判につながり、それが日銀もロスチャイルドに支配されているという妄想に膨らんだのではないかと推測します。

アメリカの連邦準備制度(及び連邦準備理事会FRB)の成り立ちは確かにうさん臭さが付きまとい、それが世界の金融を牛耳っているかもしれませんが、まだ勉強不足なので何とも言えませんが。

 

そしてこの仕組みに疑問を呈する大統領は軒並み暗殺されたということです。全部は否定しませんが、大統領暗殺理由をこれ一本に帰してしまうのは少し無理筋な気がします。

アメリカの連邦準備制度(FRB)の成り立ちについて、ネットでは次のようにありました。

 

「アメリカの通貨発行権を巡る歴史は、まさにアメリカの繁栄を恐れた金融家とアメリカの独立を賭けた血みどろの戦いで有ったことが判りました。

歴代のアメリカの大統領で在職中に命を落とした人は病気、暗殺を含めて6人います。1945年の脳卒中によるフランクリン・ルーズベルトの死を除く5人の死の原因は暗殺が4人と旅行中に食べた食事が原因で重い食中毒になりそれが原因で死亡したのが1名ですが、そのうち4名までが中央銀行に反対しています。ちなみにその4人とは1865年のリンカーン、1881年のガーフィールド、1923年のハーディング、1963年のケネディの4人です。

合衆国の建国自体が自前の貨幣を鋳造するという大きな動機に貫かれていた、イングランド銀行の貨幣支配を逃れる事が独立の重要なポイントであり、米国民はそれによって歴史的意義を果たしたと大いに自讃出来る資格があります。

 しかし合衆国の純国産通貨発行の主権は建国後も絶えず脅やかされて来ました。資源が豊富で移民人口は増え続ける国家が自国通貨を供給するノウハウを身に着けたとなれば鬼に金棒、建国時の負債などあっと言う間に完済し旺盛な経済活動が営まれ天井知らずの繁栄を享受するのは目に見えており、米国民だけにそれを独占させるのは、イングランド銀行を支配する金融カーストにとり大きな収益機会を傍観して放棄するに等しいリスクに見えたからです。(「違法のFRB(連邦準備理事会)」より)

 

1786年建国の父たちは、ユダヤ銀行家から人民を守るために、憲法の立案者は第一章第八条第五項に「合衆国議会は貨幣発行権、貨幣価値決定権ならびに外国貨幣の価値決定権を有する」と規走した。この憲法が採択されたときからロスチャイルド家は、この条項を撤廃するために金を使い始めた。

ドルの流通と公定金利を支配する者が将来の世界経済を支配する事を確認した国際金融家たちは、ドル貨幣鋳造・レート制定に関する合衆国憲法を骨抜きにする方策を検討し始め、銀行券としての紙幣発行を特定私立銀行に委譲する法案「国立銀行法」を作成、1863年に息のかかった議員を通じ議会に提出させました。

 無論、憲法の精神に忠実な議員たちは真っ向から反対し、議会の主権を侵害する如何なる法案も通さない構えでおりましたが、凄まじい買収工作による切り崩しに遭い、財務長官や最高裁判事まで取り込んだ銀行側は次第に優位を占めて行き、遂に1913年亡国の「連邦準備制度法」が成立、ドルは国際金融コネクションの手に落ちたのです。(南北アメリカ史総合スレッドより)

 しかし、貨幣をFRBが発行すると明確な憲法違反になります。そこで、ドル紙幣は一般の通貨と見かけや機能はまったく同じですが、いわゆる貨幣(通貨)ではなく、「利子がつかない小額の国債」という名目になっているそうです。

「騙まし討ちで成立した連邦準備制度」

 この連邦準備制度というシステムが始まったのは、ウッドロー・ウィルソン大統領時代の1913年。この年、の12月下旬、多くの上院議員が休暇に入っていたクリスマスの直前に準備され、可決された連邦準備法によって、定められた。

これによって何が変わったかというと、ロックフェラーを筆頭に、モルガン、ロスチャイルド、ワーバーグ、ハリマンら大富豪が、アメリカの金融政策を統制する中央銀行を、彼らの意向だけで運営できることになったことだ。つまりFRBの実態は、一握りの大富豪たちが半数以上の株を所有する「巨大民間企業」と化しているということだ。

 1913年の時点で、大富豪たちの都合で自由にドルを刷れる法案が可決され、ロックフェラー一世が「金の出る蛇口が手に入った以上大統領の地位も議会も不要!!」と豪語したとされる理由がそこにある。つまり、アメリカという超大国のドルを利用しながら、金融政策を思うままに操ることができるのだ。

アメリカの通貨発行の歴史

1694年 英国に中央銀行創立

1776年 ベンジャミン・フランクリンは独立を宣言し、同時にアメリカ独自の通貨を発行。

1787年 9月17日制定の合衆国憲法で、第一章第八条第五項に「合衆国議会は貨幣発行権、貨幣価値 決定権ならびに外国貨幣の価値決定権を有する」と規定。

1791年-1811年 アメリカの最初の中央銀行である米国第一銀行が議会で20年の時限立法として承認後運営を開始。

米国第3代大統領トーマス・ジェファーソンの言葉「通貨発行の権利は銀行家達の手から取り上げて、元来所属すべき人民の手に戻すべきである。」

 米国第4代大統領ジェームズ・マディソンの言葉「歴史は記録しているのです。通貨を発行し金融を支配する事で政府をコントロールし続けるために両替商達はあらゆる形態の悪用、策略、騙しや暴力を使ってきたのでした。」

1816年-1836年 国際金融家達はあきらめずに、今度は米国第2銀行を法制化。

これは第7代大統領アンドリュー・ジャクソンによって廃止。ジャクソン「私は銀行をつぶした。」

 彼はまた憲法に基づき政府発行の通貨を使い政府の借金を全額返済に成功したが、これはアメリカ史上で最初で最後の出来事であった。

1861年-1865年 第16代大統領エブラハム・リンカーンは中央銀行に反対。1865年に暗殺される。(銀行から戦費調達が出来なかったリンカーンは、北部だけに通用する紙幣を発行して支払いに回して戦費に充てて勝利したから、その通貨発行の権利を欲しがる私立の中央銀行の必要性を全く認めなかったのであった。)

1881年 第20代大統領ジェームズ・ガーフィールドは中央銀行に反対した直後に暗殺。

1910年 秘密会合がジョージア州のジキル島で開かれ、連邦準備銀行設立について話し合われた。

1913年 連邦準備銀行は、通貨発行に関する独占的地位が与えられた。1919年大統領ウッドロー・ウイルソンは1913年のサインを後悔して、「私は最も不幸な人間だ。私はうっかりしてこの国を駄目にしてしまった。この偉大な産業国家は今金融制度に支配されてしまった。」

1963年 ジョン・F・ケネディは、連邦銀行の持つ力をそぎ取る目的の大統領行政命令にサインした後に暗殺された。」

(引用終わり)

 

 このネットの記述はアメリカの連邦準備制度を陰謀論的見地から記述したものですが、アメリカを国際金融資本が支配しているという見方をしている者にとっては概ね首肯できるというか、こういう考え方で現在を分析、評価しているように思われます。

私は、今年の流行語大賞にノミネートされるかもしれないと勝手に予想しているジャニーズ事務所の新社長になった東山紀之が自身の性加害について記者会見で語ったことば「したかもしれないし、しなかったかもしれない」を文字って、アメリカの支配者はこの連邦準備制度を「支配する目的で作ったかもしれないし、作らなかったかもしれない」と言うにとどめたいと思っています。

 

 つまり、このアメリカの陰謀論に表されたように中央銀行というシステムは作られたとするには少しレベルが低すぎるのではないかと思うのです。

先にも書いたように、アメリカの連邦準備制度を否定する論者は総じてMMTに理解がなく、国債の仕組みや中央銀行の役割についての認識が不足している。信用創造が癌だとして、金本手制度の復活を唱える。だからBRICSによる共通通貨に過大な期待を寄せる等々変な方向に走っていくわけです。

 

例えば、大手メディアからの洗脳に騙されない為のブログはウクライナ戦争についての評価・分析は専門家以上に素晴らしいのですが、金融問題になると素人っぽくなってしまうのはMMT的な考え方をおそらく否定的に見ているからではないでしょうか。

 

今日(9.12)のシェルリさんの記事に次のように書かれていました。

 

「サウジアラビアが米ドル、米国債をどんどん捨てています。」

「「米国債を売りたい衝動に駆られたことがある」とポロリと冗談めいて口に出しただけで「我が国に対する宣戦布告だ!」とアメリカからこっぴどく叱られた橋本龍太郎元総理の例を見ても分かる通り、日本はアメリカの「事実上の植民地」として、いつまで米ドルにしがみついているつもりでしょうか・・・?」

 

以下は2023.8.28のブログより。

 

「下のグラフ(略)は天文学的な数字にまで膨らんでいる米国債の発行額。日本の国債残高も1000兆円を超えてはいますが、アメリカの場合、アメリカ一国だけで日本、中国、イギリス、フランス、カナダ、ドイツ、イタリアの国債残高を合わせたほどの規模にまでなっています。

米ドルからの脱却や米国債を売るというBRICSの動きに危機感を募らせたアメリカは「石油の購入をドル決済でのみ行い、そのドルで米国債を購入する」というペトロダラーシステムを支えてきたサウジアラビアに「ドル以外で決済するな」とか「米国債を売るな」という圧力をかけようとしましたが、失敗しています。下の記事はバイデン大統領が石油生産のカットを発表したサウジアラビアに「行動を起こす」と圧力をかけようとしたという記事ですが、石油生産の減産への圧力というだけでなく、ドル決済からの脱却や米国債売却への警告もあったようです。」

「中国が米国債をどんどん売って金を買っているのに対し、日本は米国債を買っています。これも日本が経済的に米国の完全な属国であることを示していて、日本の国益だけを考えた金融、財政、経済政策ができていないということではないでしょうか。」

 

シェルリさんは、米国債は、米国民の金融資産かそれが不足したら海外の金融資産が購入していると思っているようです。それはかなり初歩的な意味で間違っています。

自国通貨建て国債の発行は統合政府による信用創造により行われているのであり、国内とか海外金融資産とかに依存せずに発行されているのです。

ですので、海外に買ってもらう必要はなく、また海外所有の国債を売られてもデフォルトなど起こす気づかいはないのです。

従って、サウジアラビアが米ドル、米国債をどんどん捨てていてもアメリカにとっては何ら問題ではないし、「米国債を売りたい衝動に駆られたことがある」とポロリと口に出した橋本龍太郎元総理も国債発行の仕組みを分かっていなかったばかりか、「我が国に対する宣戦布告だ!」とアメリカがこっぴどく叱った米国政府も国債発行の仕組みを知らなかったのです。

アメリカがサウジアラビアに「米国債を売るな」という圧力をかけようとしたなんていう話は馬鹿げていることがわかります。

また「中国が米国債をどんどん売って金を買っているのに対し、日本は米国債を買っています。これも日本が経済的に米国の完全な属国であることを示している」というシェルリさんの見方はナンセンスというしかないでしょう。

日本が米国債を買っているのは、別に駐日大使別名エマニュエル総督が指示しているわけでも何でもなく、経済合理性から米国債を買っているだけです。と同じように、中国もアメリカの支配から離脱するために国債を売っているのではなく、恐らく金を買うために米ドルが必要となったので、国債を売ってドルに換え、そして金を買った(理由はわからないが)にすぎないのだと思います。

この辺の理屈は以前のブログにステファニー・ケルトンの説明を引用して解説しています。

(最後に参考として載せておきます)

 

 

何が言いたいかというと、ロックフェラーとかロスチャイルド等は確かに世界を支配していると思われますが、それと胡散臭いアメリカの連邦準備制度の成立事情を絡めたために、貨幣の本質や信用創造、中央銀行の役割などを真に理解できななくなってしまった。そのため、世界で起きている金融の動きについて正しい分析ができなくなってしまったということです。MMTを理解すればそういう間違いはなくなるというのに、です。

 

(参考)

なぜ中国が米国債を売っても問題ないのか(ステファニー・ケルトン「財政赤字の神話」より)

「貿易相手国について不安を抱く必要がまったくないわけではない。 第五章「貿易の勝者」で見ていくとおり、懸念を抱くべき正当な理由はある。しかし中国のお金に依存しているというのは、それに当たらない。理由を説明するために、そもそもなぜ中国(および諸外国)が米国債を保有するのかを考えてみよう。なぜ中国は2019年5月時点で1.11兆ドルに達する米国債を保有することになったのか。アンクル・サムがシルクハットを片手に北京を訪れ、借金を申し入れたのか? もちろん、そうではない。

 まず中国は自国の生産物の一部を、アメリカを含む海外で売りたいと考える。アメリカもそれは同じだが、アメリカの輸出額は他国からの輸入額を下回る。2018年にはアメリカから中国への製品輸出は1200億ドルであったのに対し、中国からアメリカへの製品輸出は5400億ドルだった。この差分の4200億ドルが中国の貿易黒字だ。(アメリカは、逆に中国に対して4200億ドルの貿易赤字を抱える)。

 アメリカは中国製品の代金を米ドルで支払い、それは連邦準備銀行にある中国の口座に追加される。米ドルの保有者がみなそうであるように、中国もドルをそのまま持ち続けるか、それを使って別の何かを購入するかを選択できる。FRBの当座預金に預けているドルには金利が付かないので、たいていは事実上の「貯蓄口座」にその資金を移そうとする。その手段が米国債の購入だ。

 「中国からの借金」の実態は、FRBが中国の準備預金勘定(当座預金口座)から数字を引き、有価証券勘定 (貯蓄口座)に数字を足す会計処理に過ぎない。

中国が米ドルを保有していることに代わりはないが、その中身は緑のドルから黄色いドルに変わったのだ。FRBが中国に債務を返済しようと思えば、逆の会計処理をすればいいだけだ。有価証券勘定の残高を減らし、準備預金勘定の残高を増やす。ニューヨーク連銀でキーボードを叩くだけで済む話だ。

 

 オバマ氏が見落としていたのは、ドルを発行するのは中国ではない、という事実だ。ドルの発行者はアメリカである。アメリカは中国から借金をしているというより、中国にドルを供給し、それを米国債に転換させているのだ。

だから問題は、実際に起きている事態を描写する言葉にある。国家の「クレジットカード」など存在しない。「借り入れ」という言葉や、財務省証券を「米国債」と呼ぶのも誤解を招く表現だ。現実には債務は存在しない。

ウォーレン・モズラーの表現を借りれば、「アメリカが中国に渡すべきものは、銀行の取引明細書ぐらいだ」。

 それでは中国(およびアメリカに対して貿易黒字のある国)が損をするだけではないか、という見方もあるかもしれない。労働者が貴重な時間とエネルギーを使って生産した財やサービスを、中国は自国民のために使っていない。貿易黒字は中国が生産した財やサービスを引き渡したのに対し、アメリカはその見返りとして受け取った財やサービスの会計記録しか渡していないことを意味する。しかし第五章で見ていくとおり、中国もアメリカとの貿易からさまざまな恩恵を享受している。

  中国は海外における米国債の最大の保有者だが、その保有額は本書執筆時点で財務省が公表する残高の7%以下に過ぎない。それにもかかわらず、中国はいつでも保有する米国債を売却し、その価格を押し下げ、利回り(つまりは金利水準)を高めることができるので、アメリカに対して途方もない影響力を持っていると懸念する声がある。中国が米国債の購入を止めれば、アメリカは低コストで資金を調達できなくなってしまう、というのだ。この考えはいくつもの点で間違っている。

第一に、アメリカに対する貿易黒字をゼロにしないかぎり、中国はドル資産を持たざるを得ない。アメリカへの輸出を削減すれば経済成長が減速するはずで、中国はそれを望まない。中国が現状の貿易黒字を維持したければ、ドルを持ち続けることになる。投資銀行出身の金融評論家エドワード・ハリソンの言うように、「中国に与えられた選択はどのドル資産(緑のドルか黄色いドルか)を保有するかであって、ドルそのものをボイコットするかどうかではない」。またたとえ中国が保有資産のなかで米国債(黄色いドル)の割合を抑えようと決めたとしても、それによってアメリカが資金不足に陥ることはない。すでに述べたように、アメリカ政府は通貨発行者であり、それは絶対に手持ちのドルが尽きることはないことを意味する。テレビ番組の人気コメンテーターで 「Making Sense of the Dollar (ドルを理解する)』という著書もあるマーク・チャンドラーが指摘するように、中国は2016年6月から同年11月にかけ 米国債の保有高を15%減らしたが、10年物米国債の利回りに「事実上変化はなかった」。

 

  アメリカには起こりえないことだが、国家にも安価な資金調達ができなくなる可能性はある。2010年にギリシャで起きたのは、まさにそんな事態だ。ただしその原因は、ギリシャが2001年に自国通貨ドラクマを捨ててユーロを採用することで、通貨主権を失ったからだ。ユーロ採用によってすべてが変わった。ギリシャ政府の既存の債務は、政府が発行できないユーロ建てにそっくり変わった。この瞬間からギリシャ国債を購入する投資家は、デフォルトリスクという新たなリスクを背負うことになった。ギリシャに資金を貸すことは、ジョージア州やイリノイ州といったアメリカの個別州に資金を貸すのと変わらなくなった。第一章で見たように、個々の州は通貨の発行者ではなく、利用者である。支出をまかなうためには、本当に税収と借り入れに頼るしかない。

(中略)

ギリシャの赤字を埋めるためには、資金を借りなければならない。問題はユーロ体制の下で、ギリシャ政府は支払いをすべて処理してくれる中央銀行を失ったことだ。(後略)

…政府を一般家庭と同じように捉え、支出をまかなうには税金を集めるか、他人のお金を借りるしかないと考えていた。

 MMTはこの発想を逆転させ、より適切な実態に即したモデルは「支出⇒(税金+借金)」であることを示す。政府はまずを支出をし、市中に税金の支払いや国債購入のための資金を供給する。たとえば支出が100ドルだとしよう。政府が国民経済に100ドルを支出する。一方、90ドルを国民から税金として徴収すれば、政府の赤字分10ドルが国民の手元に残ることになる。

現在政府は財政赤字と同額の債券を発行している。つまりは「借金」だ。重要なのは、この債券を購入するのに必要な10ドルは、もともと政府が赤字支出によって供給したものである、ということだ。このように通貨発行者の支出は「自己調達」でまかなわれる。政府は資金が必要だから国債を発行しているわけではない。国債を発行するのは、準備預金(緑のドル)を保有する人々が、それを米国債に転換できるようにするためだ。目的は政府が資金を調達することではない。金利を維持することだ。

 残念ながら政治家はまだMMの洞察を理解していないため、債務の返済によって財政負担が増えていくと考えている。それは誤りだ。現実には国債の利子を払うのは、政府の他の支払いを処理するのとまったく同じだ。連邦準備銀行が適切な相手の銀行口座の残高を増やせば完了する。

 現在議会は政府予算をゼロサムゲームと考えている。国債の利払いが増えるのを、一般家庭のケーブルテレビ料金が上がるのと同じように考えている。他の支出に充てられるお金が減ってしまうと。

(後略)

(引用終わり)