米債務上限問題は、ぎりぎりで妥協が図られ、債務上限を引き上げる法案が可決し、デフォルト(債務不履行)が回避されることになった。

いつもの政治的駆け引きとはいえ、今回は共和党も最後まで突っ走る可能性もあったので、史上初のデフォルトになるかもしれなかった。

それは全く馬鹿げたことなのだが、私も先般のブログ記事に

「私の勝手な想像だが、民主党も共和党も債務上限の引き上げをしないで本気でデフォルトさせるかもしれないという懸念」があるかも、と書いた。つまり、デフォルトさせても民主・共和ともに相手のせいにして、国民に訴えるという戦術をとる可能性があったのだ。

 

 

 しかし、やはりそこは大人の妥協で馬鹿げたデフォルトを回避した。

共和党は、債務上限の適用を2025年1月まで停止し、国防以外の支出に上限を設ける一方、食料・医療補助に就労要件を拡大するなどの条項を盛り込むことを条件に、債務上限を引き上げることで妥協したらしい。

 

2年間は休戦するわけだが、こんな政治的駆け引きは意味がない。次期、トランプが大統領として復活しても、この債務上限問題に必ずぶつかるし、それを回避するために「ペイゴー原則」(下院においては新たな支出が必要な施策については、その費用を賄うための増税や歳出削減策を提示しないといけないというもの)を適用するなら、自分の首を絞めるだけだ。つまり、緊縮予算を作るしかなくなり、政策の幅が狭まってしまうだろう。

 もともと自国通貨建ての債務なら巨大債務などいくらあってもデフォルトしないのだから、債務上限問題で政治的駆け引きをするのでなく、案件ごとに戦えばいいだけの話だ。

 

 しかし、この米国債務上限問題について、ニンマリしているのは日本の財務省だろう。

財務省は自国通貨建ての債務ならデフォルトはしないと考えているが、国民向けには「破綻する~」と叫んでいるから、米国の債務上限問題で、デフォルトするぞとみんなが騒いでいるのは財務省にとっては追い風なのだし、しかも「ペイゴー原則」が取り上げられれば日本も当然そうなりますよね、と主張できるわけだ。だから、米国の債務上限問題がどっちに転んでも財務省にとってはおいしい話なのである。

 しかし、そのため益々「自国通貨建ての債務なら巨額でもデフォルトはしない」という正しい考えが遠のいていってしまうのである。そして、債務の意味がいつまでも「悪」「返すべきもの」という間違った考え方が浸透してしまうのである。

 

 この巨大債務の持つ意味をよく理解できていない人々がいる。

巨大債務つまり巨大支出が戦争遂行の財源に使われていることや、その債務つまり米国債を購入する者(例えば日本)が米国の戦争遂行を支えているのだといった理解をするのだが、それは正しいのだろうか。

 

いつもウクライナ戦争その他とても素晴らしい記事を書いていて、私もとても敬意を払っている「大手メディアからの洗脳に騙されない為のブログ」(シェルリさん)というのがあるが、この債務問題になったとたんに理解がちょっと違うのではないかと首をかしげてしまうのである。

 

今日のブログは直接巨大債務をテーマにしてはいないのだが、後半で次のような記述があった。

 

 

「そして、リンゼー・グラハム氏が今回キエフを訪問した理由が 1つは「反撃作戦」を早くやれ と促したことと、もう1つはアメリカの債務上限問題は解決して、「軍事費には上限を設けないで国債を発行できる」と決めたので、これからもジャブジャブ兵器やお金を流し込み続けるから、安心しろ・・・と言いに行ったのだと見られています。

この最近上下院の間で解決した米の債務上限問題は その他の公共福祉等に使う予算には 厳しく上限を設け、唯一、軍事費だけは無制限に使う というものですので、中間所得層以下のインフレに苦しむアメリカ国民にとっては 何の助けにもならないばかりか、軍産複合体企業やそれに投資している投資企業、その株主ばかりが儲け、ますます貧富の差が広がるということを意味します。

 

 妥協点はシェルリさんの書く通りで、共和党も「軍事費だけは無制限に使う」ことを許してしまったことはウクライナの戦争継続にいくらでも武器と金をつぎ込むという宣言なので、ゼレンスキーはよだれを垂らして喜んだと思われるが、「その他の公共福祉等に使う予算には厳しく上限を設け…中間所得層以下のインフレに苦しむアメリカ国民にとっては、何の助けにもならない」という論理はちょっと違うと思うのである。

 

確かに、公共福祉等に使う予算には厳しく上限を設けたら、アメリカ国民にとっては、何の助けにもならないのであるが、それは軍事費だけは無制限に使うことにしたから使える予算がなくなってしまうじゃないか、ではなく、そもそも財源に限りがあるという発想がそういう論理を作ってしまうのである。

 

 財源は国債発行で賄えばいいのであり、その発行に制限はないのである。(もちろんインフレ=供給力の制約にならない限りだが)軍事費の際限ない増大は全く間違いである。しかし、それは福祉予算を圧迫するからよくないのではなく、そもそも軍事費の際限ない増大自体が世界を戦争に巻き込むので間違いなのである。軍事費か福祉かというトレードオフの問題ではなく、仮に軍事費の際限ない増大として予算が組まれたとしても、財源に制約はないのだから、福祉予算の大幅増も可能なのである。

 その軍事費か福祉かというトレードオフの問題は、まさに日本の財務省の論理であって、財務省は泣いて喜ぶ論理なのである。

従って、貧富の差が広がるのは、軍事費予算の増ではなく、福祉予算の減、財源がないから軍事費を削減せよと要求しても、ネオコンは絶対に飲まないから福祉予算増はしない、負けるということで最初から論理の間違いが貧富の差を広げてしまうのである。

 

次にシェルリさんのおかしいところ。

 

「米国債が破綻を免れた というのは 米国債を計1兆1040億ドルと、世界で一番、大量に保有している日本にとっては それが紙くずにならなくて良かったとは言えますが、今後も軍事費がウクライナに上限なく垂れ流されることが決定したわけで、そうなると、米の財政を支えるため、ますます日本に対して「国債を買え」という圧力も高まるでしょうし、上限なくどんどん米ドルが発行されることで、アメリカはますますインフレになり、そのインフレを抑える目的ということで、米FRBは金利を今後も継続して引き上げていくことになるでしょう。」

(引用終わり)

 

米国債を日本は大量に保有しており、米国債がデフォルトしなくてよかったといっているが、確かに国債価格が下落しなくてよかったかもしれないが、「米の財政を支えるため、ますます日本に対して「国債を買え」という圧力も高まるでしょう」というのは全くの間違いである。

そもそも国債は民間銀行の預金や日本や中国が買い支えているわけではなく、国債発行時に同額のドル(自国通貨)が発行されているのである。だから民間銀行が買い支えているわけではなく、ましてや外国政府が買い支えているのではない。つまり、自国通貨建ての国債はデフォルトしない、というのは、通貨を発行して国債が買われているからデフォルトしないのである。

 

「そうなると、日米の金利差で 今でも円安が進みすぎて輸入品の物価が上がっているのに、ますます円安が進行 ということが懸念されるのではないでしょうか。

アメリカがウクライナにこのように無制限にお金や兵器をつぎ込んでいることは 回り回って、それが日本の庶民にとっても 苦しい生活を強いられる ということになるのです。

そのようなことも何も考えずに、「ロシアが負けるまでウクライナを応援しろ」と言っているネットの「ウクライナ応援団」の皆さんには 今までに日本政府が表明した、ウクライナへの3兆円近くの支援の他にも 間接的に 日本人のお金も 米国債を通してウクライナに注ぎ込まれ、日本人の庶民は 円安で今後も物価高に苦しむことになる ということを考えてほしいです。

(引用終わり)

 

間接的に 日本人のお金も 米国債を通してウクライナに注ぎ込まれ」という説明は全く間違っているのであり、日本人のお金(預金)が米国債を買っているわけではないのである。

この点について米国MMT経済学者ステファニー・ケルトン「財政赤字の神話」という本で次のように解説している。少し長いが引用する。ここでは国債を買うのではなく、売るということから説明している。

なぜ中国が米国債を売っても問題ないのか(ステファニー・ケルトン「財政赤字の神話」より)

「貿易相手国について不安を抱く必要がまったくないわけではない。 第五章「貿易の勝者」で見ていくとおり、懸念を抱くべき正当な理由はある。しかし中国のお金に依存しているというのは、それに当たらない。理由を説明するために、そもそもなぜ中国(および諸外国)が米国債を保有するのかを考えてみよう。なぜ中国は2019年5月時点で1.11兆ドルに達する米国債を保有することになったのか。アンクル・サムがシルクハットを片手に北京を訪れ、借金を申し入れたのか? もちろん、そうではない。

 まず中国は自国の生産物の一部を、アメリカを含む海外で売りたいと考える。アメリカもそれは同じだが、アメリカの輸出額は他国からの輸入額を下回る。2018年にはアメリカから中国への製品輸出は1200億ドルであったのに対し、中国からアメリカへの製品輸出は5400億ドルだった。この差分の4200億ドルが中国の貿易黒字だ。(アメリカは、逆に中国に対して4200億ドルの貿易赤字を抱える)。

 アメリカは中国製品の代金を米ドルで支払い、それは連邦準備銀行にある中国の口座に追加される。米ドルの保有者がみなそうであるように、中国もドルをそのまま持ち続けるか、それを使って別の何かを購入するかを選択できる。FRBの当座預金に預けているドルには金利が付かないので、たいていは事実上の「貯蓄口座」にその資金を移そうとする。その手段が米国債の購入だ。

 「中国からの借金」の実態は、FRBが中国の準備預金勘定(当座預金口座)から数字を引き、有価証券勘定 (貯蓄口座)に数字を足す会計処理に過ぎない。

中国が米ドルを保有していることに代わりはないが、その中身は緑のドルから黄色いドルに変わったのだ。FRBが中国に債務を返済しようと思えば、逆の会計処理をすればいいだけだ。有価証券勘定の残高を減らし、準備預金勘定の残高を増やす。ニューヨーク連銀でキーボードを叩くだけで済む話だ。

 

 オバマ氏が見落としていたのは、ドルを発行するのは中国ではない、という事実だ。ドルの発行者はアメリカである。アメリカは中国から借金をしているというより、中国にドルを供給し、それを米国債に転換させているのだ。

だから問題は、実際に起きている事態を描写する言葉にある。国家の「クレジットカード」など存在しない。「借り入れ」という言葉や、財務省証券を「米国債」と呼ぶのも誤解を招く表現だ。現実には債務は存在しない。

ウォーレン・モズラーの表現を借りれば、「アメリカが中国に渡すべきものは、銀行の取引明細書ぐらいだ」。

 それでは中国(およびアメリカに対して貿易黒字のある国)が損をするだけではないか、という見方もあるかもしれない。労働者が貴重な時間とエネルギーを使って生産した財やサービスを、中国は自国民のために使っていない。貿易黒字は中国が生産した財やサービスを引き渡したのに対し、アメリカはその見返りとして受け取った財やサービスの会計記録しか渡していないことを意味する。しかし第五章で見ていくとおり、中国もアメリカとの貿易からさまざまな恩恵を享受している。

  中国は海外における米国債の最大の保有者だが、その保有額は本書執筆時点で財務省が公表する残高の7%以下に過ぎない。それにもかかわらず、中国はいつでも保有する米国債を売却し、その価格を押し下げ、利回り(つまりは金利水準)を高めることができるので、アメリカに対して途方もない影響力を持っていると懸念する声がある。中国が米国債の購入を止めれば、アメリカは低コストで資金を調達できなくなってしまう、というのだ。この考えはいくつもの点で間違っている。

第一に、アメリカに対する貿易黒字をゼロにしないかぎり、中国はドル資産を持たざるを得ない。アメリカへの輸出を削減すれば経済成長が減速するはずで、中国はそれを望まない。中国が現状の貿易黒字を維持したければ、ドルを持ち続けることになる。投資銀行出身の金融評論家エドワード・ハリソンの言うように、「中国に与えられた選択はどのドル資産(緑のドルか黄色いドルか)を保有するかであって、ドルそのものをボイコットするかどうかではない」。またたとえ中国が保有資産のなかで米国債(黄色いドル)の割合を抑えようと決めたとしても、それによってアメリカが資金不足に陥ることはない。すでに述べたように、アメリカ政府は通貨発行者であり、それは絶対に手持ちのドルが尽きることはないことを意味する。テレビ番組の人気コメンテーターで 「Making Sense of the Dollar (ドルを理解する)』という著書もあるマーク・チャンドラーが指摘するように、中国は2016年6月から同年11月にかけ 米国債の保有高を15%減らしたが、10年物米国債の利回りに「事実上変化はなかった」。

 

  アメリカには起こりえないことだが、国家にも安価な資金調達ができなくなる可能性はある。2010年にギリシャで起きたのは、まさにそんな事態だ。ただしその原因は、ギリシャが2001年に自国通貨ドラクマを捨ててユーロを採用することで、通貨主権を失ったからだ。ユーロ採用によってすべてが変わった。ギリシャ政府の既存の債務は、政府が発行できないユーロ建てにそっくり変わった。この瞬間からギリシャ国債を購入する投資家は、デフォルトリスクという新たなリスクを背負うことになった。ギリシャに資金を貸すことは、ジョージア州やイリノイ州といったアメリカの個別州に資金を貸すのと変わらなくなった。第一章で見たように、個々の州は通貨の発行者ではなく、利用者である。支出をまかなうためには、本当に税収と借り入れに頼るしかない。

(中略)

ギリシャの赤字を埋めるためには、資金を借りなければならない。問題はユーロ体制の下で、ギリシャ政府は支払いをすべて処理してくれる中央銀行を失ったことだ。(後略)

…政府を一般家庭と同じように捉え、支出をまかなうには税金を集めるか、他人のお金を借りるしかないと考えていた。

 MMTはこの発想を逆転させ、より適切な実態に即したモデルは「支出⇒(税金+借金)」であることを示す。政府はまずを支出をし、市中に税金の支払いや国債購入のための資金を供給する。たとえば支出が100ドルだとしよう。政府が国民経済に100ドルを支出する。一方、90ドルを国民から税金として徴収すれば、政府の赤字分10ドルが国民の手元に残ることになる。

現在政府は財政赤字と同額の債券を発行している。つまりは「借金」だ。重要なのは、この債券を購入するのに必要な10ドルは、もともと政府が赤字支出によって供給したものである、ということだ。このように通貨発行者の支出は「自己調達」でまかなわれる。政府は資金が必要だから国債を発行しているわけではない。国債を発行するのは、準備預金(緑のドル)を保有する人々が、それを米国債に転換できるようにするためだ。目的は政府が資金を調達することではない。金利を維持することだ。

 残念ながら政治家はまだMMの洞察を理解していないため、債務の返済によって財政負担が増えていくと考えている。それは誤りだ。現実には国債の利子を払うのは、政府の他の支払いを処理するのとまったく同じだ。連邦準備銀行が適切な相手の銀行口座の残高を増やせば完了する。

 現在議会は政府予算をゼロサムゲームと考えている。国債の利払いが増えるのを、一般家庭のケーブルテレビ料金が上がるのと同じように考えている。他の支出に充てられるお金が減ってしまうと。

(後略)

(引用終わり)

 

国債は誰かから購入するとだけ考えていたのでは、政府の財政支出の本質が分からない。あの産経新聞経済記者の田村秀男氏ですら、国債の仕組み・意味について理解していない。

昔、橋本龍太郎首相が「米国債を売りたいという誘惑にかられたことがある」と発言したことや、中川昭一氏が財務大臣のころ、「日本はアメリカのキャッシュ・ディスペンサーになるつもりはない」と発言して暗殺されたのかもとかの話を田村記者は紹介していたというが、これも国債の発行の仕組みが分かっていないからこういう間違ったことを言っても、アメリカに抵抗したとして日本の保守から拍手喝さいを受けたのだろう。

   

    橋本龍太郎首相           中川昭一財務大臣

しかし、アメリカ国債の日本大量所有は、日本の輸出の好調の結果であり、日本が強いられてアメリカの国債を支えるために購入しているわけではないのである。

 もし、CIAが本当に中川氏をこんなくだらない理由で暗殺したとすれば、CIAも国債の仕組みを理解していなかったのであり、間違って中川氏を殺してしまったことになる。馬鹿げた話だ。

 

つまり、国債の意味や財政の意味をきちんと理解しないと、正しい論理を構築できないという例といえるだろう。それらの間違いの論理は財務省の論理そのものだということを認識しないとこの失われた30年を取り戻すことはできないだろう。

 

(追加)

中野剛志『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室』KKベストセラーズより

銀行は集めた民間預金を元手に国債を購入しているわけではなく、日銀が供給した日銀当座預金を通じて、国債を購入しているため、銀行の国債購入は、民間預金の制約を一切受けず、銀行が国債を購入して政府が支出する場合、銀行の日銀当座預金の総額は変わらない。

 また、政府が国債を発行して、財政支出を行った結果、その支出額と同額の民間預金が新たに生まれる。つまり、政府の赤字財政支出は、民間預金を減らすのではなく、逆に増やすことになる。それゆえ、財政赤字の増大によって民間資金が不足し、金利が上昇するなどということは起き得ない