リアルタイム経済小説「極小企業」 -4ページ目

第9章 02月02日 深夜

冬の夜更けとトルストイとプロコフィエフ。

この3つは深い闇を教えてくれる。

朝倉は家に帰り、また闇に潜む魔物と格闘する準備をしていた。

冬の夜更けに、トルストイを読みながら、プロコフィエフを聴く。

この行為は、究極自傷行為にあたるのではないだろうか。そう、朝倉は自らをその状況におきながら考えていた。

この3つの共通点は、解決しないことだ。

永遠を思わせる、長く寒い夜。
問題を定義することを目的に書かれた重い文。
内面の苦を五線譜に記した暗い音。

決して起き上がる事の出来ない様な、絶望と、悲しみ。

希望など幻のように感じさせる暗く冷たい空気。

その真ん中に己をおき朝倉は眠りを迎える。

こんな夜もたまには悪くない。

第8章 2011年02月02日 夜

人々の笑い声や話し声があふれている。

3人は仕事に区切りをつけ、よくある街の居酒屋の中にいた。

「とりあえずお疲れ!」

グラスをぶつけ合いおもむろにビールをのどに流し込んだ。

「あとは、第一号会員がいつくるかだな!!」

そう、後藤がサービスを開始出来た満足感にあふれた声で言った。

「間違いなく、このサービスはおもしろい!だから絶対に受け入れられるよ」

「下手したら短期間で大ブームを巻き起こすかもな!」

残る二人も大きな希望で心を躍らせている。

3人はこの後も、自分たちの夢、そして思い描く将来像を語り明かした。

サラリーマンという道を選ばずに自ら事業を起こすことを決断し、実際に動き出す事は大きな力が必要になる。

この「力」というのは「実力」や「能力」といった事よりも「決断力」「忍耐力」そして「意志の力」である。

いわいる、大学卒業後、就職をし終身雇用を原則としたサラリーマンとして生きていく事が社会の本流であるとすると3人が歩んでいる道は支流というよりももはや、逆流に近い印象さえ持つ人も少なくない。

「結果を残すこと」それが自らが生きていく上の唯一の方法である。

3人にとっての結果。

これは明確にいったいなんなのかはまだ認識していない。

しかし、目の前のわかりやすい指標はサービスに会員数であり売り上げである。

この指標を追いかけ続ける日々が今始まったのだ。

第7章 2011年02月02日 始まりのとき

創業メンバーの3人が一台の液晶モニターのある一点を見つめていた。

いよいよ、始まりの時を迎える。

このマウスと呼ばれるプラスチック製の装置の右上を叩くだけでサービスが開始すると思うと
デパートの開店セレモニーや幹線道路の開通式のテープカットなど少しばかり大げさで滑稽だなと朝倉は感じていた。

いよいよ、その時を迎えその小さなボタンが叩かれた。

大きなファンファーレも、歓声もない。ただただ、画面上のメーターが一瞬でたまりアップロード作業が完了した事を告げただけだ。

3人はただ何も言わず、それぞれの決意を胸に画面を見つめている。

さあ、いよいよ始まった。これからどのようなことが起こるのかそれはわからない。

未来からこちらに向かってくる事に対して真正面からぶつかっていくことしかこの3人には残されていない。

3人の大きな夢をしまった「4次元クローゼット」は今、世間に解き放たれた。

日本初ファッションシェアサービス「4次元クローゼット」

そう題されたサービスはこれからどのように世間に知られ、広まっていくのか。

しかし、今この時点で3人は「日本初」という言葉の意味の大きさ、待ち構える試練に気付きもしていなかった。