リアルタイム経済小説「極小企業」 -5ページ目

第6章 2011年02月02日 朝・出勤

目覚ましが鳴る前に目を覚ました。

朝倉は、目覚ましが鳴るキッカリ2分前によく目をさます。
その度に、人間の体内時計の正確さに感心させられる。

目覚ましのスイッチを切るのと同時に、頭を毎朝のスクランブルモードに切り替えた。

洗面所に行き、顔を荒い、歯を磨く。

毎日、何一つ変わらない動作を繰り返す。

航空機の操縦士がプリフライトチェックリストを読み上げるように
淡々と何の滞り無く作業が進む。

そうしていつも通り家を出た。

毎朝、出勤時に聞く音楽はクラシックと決まっている。

特に理由はないがそう決まっているのだ。

今日はショスタコーヴィチの交響曲第八番

朝から聞くにはあまりにも重たい曲だ。

ショスタコーヴィチの曲は内面的であれ表面的であれ大きな怒り、迷い、苦しみそして確固たる決意がある。

そんな音楽が朝倉は好きだった。

しかし第一楽章が進むにつれ、今日の様な大きな門出の日にはいささか暗すぎると感じ曲を変えた。

気分を高める為に選んだ曲はワーグナーのタンホイザー序曲。

この曲はまさしく人の心を高ぶらせる為に書かれた様な曲で大きな高揚感を与えてくれる。

ヒトラーがワーグナーを愛していたことはなんだかわかる気がする。

ヒトラーの演説のように執拗なまでに繰り返される同じフレーズ、そして聴く者になぜか大きな連帯感を与えるのだ。

そんなワーグナーの旋律の導かれ、朝倉の意識も物事の始まりに相応しい自信と期待に満ちていた。

あと1時間後にはサービスがスタートする。

もう迷いも不安も無い。突き進むだけだ。

第5章 2011年02月01日 深夜

02月01日深夜

朝倉は何の気なしにため息をついていた。

ため息は彼の中ではフェルマータの様な物だ。

フェルマータ。音楽的には休符や程よくのばす的な意味合いがある。
イタリアではバス停のことをフェルマータと呼ぶ。
なかなか、洒落た発想だ。

明日の開始を控え上手く寝付けそうになかった。

眠るのに苦労するタイプではないのだが今日は普段とは違う。

彼は深夜、考え事をしているといつも思う。

「夜は魔物が潜んでいる」

決して表には姿を表さないが彼にはその存在を明確に感じる事が出来た。

日が沈み、決して自らの裏側見せようとしない夜の空の番人が東の空に顔を出す。

そして、魔物も目を覚ます。

月は人の暗い闇の部分を照らし、魔物はそれを掘り起こす。

マイルス・デイヴィスとギル・エヴァンス、この二人のセッションのように絶妙な息で人々の心をかき乱すのだ。

大きな不安が朝倉を包む。

どうなるのだろう。。。

彼は目をとじ、暗く深い闇の中に身を埋めた。

夜の名コンビから身を隠すかのように。

「さあ、今日はどんな夢を見るのだろう」

第4章 2011年02月01日

サービス開始を開始を明日に控え、会社の中の温度は気持ち高くなっていた。

会社といってもワンルームマンションの一室だけれど。

どんな明日が待ち受けているのだろう。

普段だって明日の事なんてわからないけれど今日は尚更それを意識する。

サービスが頭の中で産まれ、それを文字にし、具体的に現実化する。

これは出産に似ている。

アイデアの卵が受精卵とすれば現実化した事業は子供という訳だ。

もちろん出産は経験した事が無いし(性別の事を考えてこれからもおそらくする事は無いだろう)あまり具体的なイメージはわかないが恐らくこんな気持ちなのだろう。
そう、朝倉は考えていた。

期待と不安という言葉はよく耳にするが、この絶妙のバランスを言葉にするのは容易くない。

今の朝倉はその絶妙なバランスの中心にいる。



WEBサイトの公開準備を進め後、ワンクリックすれば始まる状況までこぎ着けた。

さあ、いよいよだ。

今夜はどんな夢が待っているのだろう。

ふと普段考えもしないようなことを朝倉は考えた。