まだスマホから投稿可能らしい。どうやって投稿画面を開くのかがまだよく解らない。『戦争と平和』は第三巻をもうすぐ読み終わる。くしゃみが連続して出る。風邪薬は処方して貰っているのだが、ちょっとベッドに横になっただけでくしゃみの連発だ。さっき動画を見ていたのだが、障害者に対する偏見やいじめはあちこちにある。ふざけるな。
パソコンの調子が悪い。何とか修理に出さずに直したいのだが。
前回更新してから一年近くが経ってしまった。最近の心境は一年前とほとんど変わらない。ただ、CSCという眼病に罹っていることが分かり、大きな病院で一か月に一度検査をして経過観察をすることになった。必要なら大学病院へ回すという。右目の網膜に水が溜まっているそうで文字が見えにくい。
CSCは一般的には半年くらいで自然治癒するという。しかし、悪化させると視力が低下し、一度低下した視力は元に戻らないそうだ。去年の暮れに微熱が出てなかなか下がらず、三か月以上続いた。一時は膠原病の可能性があると言われたが、その後の細かい血液検査の結果、その可能性は消えた。
去年の暮れからトルストイの『戦争と平和』を読んでいる。多分全巻読み切るのに一年はかかる。ストーリーがこんがらがってよく理解できない。しかし、トルストイはストーリーが平板にならないようにあの手この手でアイデアを出してくる。今第二巻目の始めの方を読んでいる。老眼鏡が合わないので読みにくい。
老眼鏡は読書用に去年の暮れに新調したが、何回か調整しても見えるようにならない。CSCが治ってから調整した方がいいとのことなので暫く不自由な思いをする。
最近訪問看護師さんに週二回来て貰っている。明日、訪看さんが来る。正直言って週一でもいいのだが、訪看さんに言われるがままに週二でお願いしている。訪看さんが来る日は部屋を片付けておかないといけない。そのお陰で部屋を片付けることが増えた。ああ、そろそろ夕食の支度だ。今日は余り書くことがなかった。しかし寝てばかりいるのも体に悪い。中途半端だがこの辺で今日はやめておく。
6月25日、今日は何もする気になれない。統合失調症の陰性症状の為なのだと思う。朝起きてすぐに強迫性障害の症状が出て、頓服を飲んだら落着いた。人生、何のために生きているのか。だるい。何をするにも億劫だ。過敏性腸症候群は良くなるどころか悪化して便失禁という方が近い気がする。都知事選が近い。共産党から出馬する候補者がいたら共産党に入れるのだが。3時半に近い。今日の夕食はスパゲティーにする。納豆も一緒に食べる。ああ、書くことがない。昨日はシャワーを浴びている最中はそうでもなかったが、シャワーを浴び終わってから症状が出始めた。こんな時、どうしたらいいのだろう。お菓子のやけ食いでもするか。酒は良くない。とにかく行動しなければ何も始まらない。島本理生の『あなたの愛人の名前は』を買ってきて読んでいるが余り私の好みではない。三島由紀夫の『午後の曳航』を読んだ後読み始めた。三島由紀夫は50代末になった今になって集中的に読んでいる。やはりスケールが違う。難解で読みにくいのだが、面白いと思う。こんな日があってもいい。何もしない日が。それこそ糖尿病が恐いがお菓子のやけ食いでもするか。想像して欲しい。何をする気にもなれず、布団に寝転がってごろごろしてばかりいるのがどんなに空しい事か。それでも読書は曲がりなりにも続けてはいる。酒、酒か。酒は眠剤を飲む3時間前までに飲むのを止めないといけない。酒場で夜の2時まで飲むなんてことは出来ないのだ。もう4時になる。そろそろ夕食を作らないと。今、施設でパソコンのエクセルを勉強している。殆ど1行ごとに施設長に質問しないと前へ進まない。それでも手応えはある。さあ、4時だ。夕食を作る。
今日は久しぶりに小説の書き出しを書いた。ショートショートにするつもりである。今読んでいる蒼井上鷹さんのショートショートを真似て書いている。しかし、ストーリーは全く頭にない。とにかく書き出さないことには始まらないのである。果たしてショートショートでミステリーが書けるか。トリック案出が苦手なのでミステリーにはならないかも知れない。しかし本格的に書き始めたのは久しぶりだ。犬も歩けば棒に当たるという。小説家も書けばアイデアに当るかも知れない。もともと私は長編を書くのが苦手だった。そんな構想力が無かった。二十四歳の時書いたショートショートが初めて人目に触れる作品となった。そして三十四歳の時、ネット上で小説を書くチャンスが訪れた。あれから二十四年の歳月が流れ去った。二十四年という月日は何か暗示的だ。四十二歳にもなると私はスランプ状態になってそこから抜け出せなくなった。スランプは十六年続いている。この辺でスランプから脱出したい。
私は小説以外にものを知らない。政治の世界も哲学の世界も科学も歴史も知らない。しかしそれはこれから勉強しても遅くはない。今日は夜更かしをすることに決めた。久しぶりに缶ビールを飲んだ後、小説を書いた。書けなかった時期、私はエロ小説のようなものばかり書いていた。それしか書くものが無くなってしまったのである。セックスが頭の中を支配し、他のことは関心が持てなくなっていた。が、それは間違いだった。小説の根底にセックスが潜んでいることは否めない事実かも知れないが、アガサ・クリスティーやエラリイ・クイーンの小説にはセックスは出てこない。それにしてはアメリカ、イギリスはセックスが解放されていてハードコア・ポルノが存在するが、それはそれ、これはこれである。
もう十一時半に近い。私は働いていないから時間は自由に使えるが、働きながら書いた方が執筆は捗る。障害者枠で働くか現場のアルバイトで稼ぐかして生活のリズムを作り、書きに書く。明日は午前中から昼にかけて雨が降るという。昼はスパゲティーにする。夕食はレトルトカレーだ。スランプになった理由の一つに私自身が夢から醒めてしまったということがある。諦めずにもう一度夢を見る。江戸川乱歩が晩年は後進の育成に力を注いだのも夢から醒めてしまったからに違いない。夢が見られないなら夢そのものを実生活に持ち込んでみることだ。プラスチックモデルを組み立てるとか鉄道模型に凝るとか。そもそもプラモデルも鉄道模型も小説と同時進行でやっていた。或いはロックのCDを聴く。映画をアマゾンプライムで観る。
小説が解らない人を相手にしても仕方がない。小説のファンはある一定数存在する。そのファンも大人になると小説から離れていく人が多い。去る者は追わず、である。TVerで今、『366日』というドラマを観ている。広瀬アリスが主演で彼女は二十九歳だという。まだまだ夢の真っただ中であろう。私は今、若い小説の読者や作家、役者や映画監督に期待する。久しぶりにクイーンを読んでみるか。作家の島田雅彦さんに私は三回電話をかけて話をしたことがある。新宿の文壇バーでも隣り合わせで座って酒を飲んだ。夢を見る。年を取ると意識的に夢見なければならなくなる。しかし、夢見ることは不可能ではない。もう十二時に近い。今日はこの辺で。
今朝は午前二時に中途覚醒し、その後二時間眠ったが四時に起きてから頭がすっきりして久しぶりに早起きする気になった。朝、起きて二種類の皮膚科の軟膏を陰部に塗り、寝間着から普段着に着替え、顔を洗い朝食にコンビニで買ってきたミックスサンドとトーストを食べ、使った食器を洗うまで、いつもだと三回以上ベッドに逆戻りして寝るのだが、今日は一度も寝なかった。いや、コンビニへミックスサンドを買いに行くのは早起きした時だけで普段は買いに行かない。そんなにお金がない。それにコンビニへ行く気力もない。
中途半端に早起きするとどうしても眠気が付きまとう。正直な所、今も完全に眠気が去った訳ではない。今日は施設へ行く日だが、天気予報によると帰りに雨に降られるようなので午前中で帰ってこようかと思う。ブログを書いて歯を磨き、髭も剃り、掌の軟膏を塗るまで一度も寝ないで済むかどうか自信がない。
五十を過ぎて初めて中途覚醒というものを知った。精神疾患で中途覚醒や早朝覚醒を知らない人は珍しいだろう。しかしこんなにきついものだとは思わなかった。ああ、もう眠気が。顔を洗ってきた。コーヒーは却って眠くなるので飲まない。このパソコンは誤変換が多い。「却って」が「帰って」と誤変換された。
私は統合失調症になってから手書きで書くと誤字が頻出するようになった。そこでパソコンが必要になり、お金を貯めてパソコンを買った。しかしこのパソコンはスペックが悪いようだ。14万もしたのに。いつものことだがやる気が出ない。早起きしてブログを更新しているだけでも少しはましだが。
早く病気を治して働きたい。睡眠障害も治したい。人間の三大欲求の一つである睡眠が取れないようではきついことこの上ない。ああ、元気が出ない。朝食をしっかり摂るべきだな。ご飯に味噌汁に鮭の焼魚、野菜炒めが理想なのだろうがそれは私にとっては夕食のメニューなので、朝からそんなに沢山食べていたら破産してしまう。
ご飯に味噌汁、それに目玉焼きなら出来る。そうしようかな。ちょっと後片付けが大変になるが。アントニオ猪木ではないが「元気があれば、何でもできる!」というのが当たっていると思う。元気をつけるために動画を貼っておく。エアロスミスの『アザーサイド』。よく聴いたなあ。
今日はスマホの機種変のデータ移行をして貰う為にドコモショップまで予約をした上で行ってきた。約二時間かかってデータの殆どは移せたが、アマゾンやフェイスブックその他移せなかったアプリもある。今日は風呂と洗濯の日なのだがどうにも億劫で動く気になれず、一時過ぎになってコーラを買ってきて飲みながらブログを更新している。明日は施設へ行く日なのだがこの調子だとまず、行けない。
こんな極端な夜更かしは酒を飲んだ日以外にやらないのだが、どうにもやりきれない。風呂に入るのは後にしてカップ麺でも買ってきて食べようかと思う。今日はエイプリルフールだ。小説家なのだし、嘘の一つでも書ければいいのだが真面目過ぎて書けない。今、ブログを書く気になったのはほんの気晴らしに書きたくなったからで、それ以上の理由はない。
一日二十四時間をどう使うか。生活保護で暮らす者たちにとってこれだけは自由である。金はないが時間はある。ただしその時間は矢のように飛んでいく。従って夜更かしするしかなくなる。正直な所瞼が少し重くなっていてこのまま風呂には入らずに寝てしまおうかとも思う。こうして書いていると中学高校時代、試験勉強で深夜まで勉強していたことを思い出す。あの頃は本当によく頑張っていた。
ただ、私は他の人間とは違うという気がしていた。即ち作家向きの性格であると。現実に対してより空想の世界に生き甲斐を感じていた。風変わりな事が好きだった。風変わりといえば私は高校時代に三島由紀夫の『青の時代』に関心を持ち、最初の方だけ読んだが難しくて投げ出してしまった。今なら読めるに違いない。『青の時代』は普通の作家が書くものと違いどこか変わっていた。その三島由紀夫の作品を最近連続して四冊読んだ。
『美徳のよろめき』『宴のあと』『愛の渇き』『音楽』の四作で四年ほど前か『沈める滝』も読んだ。短篇集の『岬にての物語』は途中で挫折し、放り出してどこかへ紛失してしまいなかなか出てこない。上に挙げた作品の中では『宴のあと』が一番健全で面白かった。三島作品の登場人物たちは変わり者が多い。そこが面白いと高校時代の私は思った。
『仮面の告白』『金閣寺』『永すぎた春』はもうかなり昔に読んだ。『金閣寺』が断然面白かった。短篇集『真夏の死』も同人会の読書会で取り上げられ、表題作のみ読んだ。しかしエンターテインメントに比較するとどれもがやや退屈である。その代わり読後感は充実している。二時になった。そろそろ書くのは止めよう。この後カップ麺を食べるか風呂に入るかはまだ分からない。気長にやろう。
何をやっても満たされない。働いて小説を読んだり書いたりしていた頃は十分満ち足りていた。一体何が原因なのだろう。食べるものもインスタントかレトルトで、本格的に自炊する気力が出ない。これは食後の後片付けの時に症状が出るからでもある。終日部屋でごろごろしている。何もやる気になれない。辛うじて読書ぐらいなら出来る。
六年近く前に退院してから約五十冊の小説を読んだ。それも大半は純文学だ。一年に九冊近く読んできたことになる。小説の創作は最近していない。小説を書くためには十分な栄養が必要だと思う。体力が勝負だ。レトルトやインスタントだけではどうしようもない。それに刺激が必要だ。
今私は缶コーラを飲みながら書いているが、コーラでも飲まないと文章が書けない。当面の生活目標は自炊をしっかりすることだ。五十八歳、病気が再発して八年、退院後六年が経つ。レイモンド・チャンドラーは五十八歳の時、『長いお別れ』を執筆していた。あのチャンドラーが。いや、確かめてみると『長いお別れ』が出版されたのは1954年のことでチャンドラーが生まれたのは1888年だから『長いお別れ』はチャンドラーが六十六歳の時の作品である。執筆に確か五年を要しているから書き始めたのは六十一歳の時だったろう。五十八歳の時は『かわいい女』を執筆中だったと思われる。
何か新しい趣味でも始めるといい。金がかかるのは駄目だが。食生活は重要だ。美味しいものを安く作る。栄養のバランスも考えて。そろそろ書くことも尽きてきた。この間、昔飲み仲間だった蒼井上鷹さんの『4ページミステリー「震える黒」』を読んだ。彼は今、新作を書いていない。4年ほどブランクが空いている。プロとして二十年近くショートショートを主に書いて来たが、私が彼の作品を本で読んだのは新人賞を受賞した『キリング・タイム』が載った『小説推理』と今度読んだ『4ページミステリー』だけである。
彼は今追い詰められているのではないか。心配である。流石はプロで作品の完成度には文句のつけようがない。次に読むのも蒼井さんの本にしようかと思う。そして一通り読んだらファンレターを出して、編集部にお願いして電話で話させてくれないか頼もうかと思う。今の所突破口はそこにしかない気がする。『4ページミステリー「震える黒」』は累計二十万部を突破している。純文学なら三万部売れればいい方である。大体、売れる小説を書くことは当たり前だが非常に難しい。私もそろそろ動き出すか。
今日の夕食はもやしラーメンにする。もやしの袋を昼に半分使って味噌汁にし、あとの半分をラーメンの具にする。昼はドラッグストアで買ったおにぎり二個ともやしの味噌汁にしたがそれだけでは足りなかったので、納豆を一パック食べた。それにしても元気が出ない。食生活を見直す必要がある。たまには町中華のレバニラ炒め定食でも食べないとやっていられない。スパゲティーに頼りがちなのも問題だ。
朝食もチーズトースト二枚だけでは足りない。月に一遍は酒場へ飲みに行く。しかし過敏性腸症候群があるために町中華へも酒場へも行くのが恐い。私はごく簡単な料理しか出来ない。レパートリーも少ない。それでももやしラーメンよりはましな物が作れる。ただ、後片付けをする時に強迫性障害の症状が出て辛い。何故なのかは分からないが料理を作ることがストレスになっていることが考えられる。料理を作っている時には症状は余り出ないが、後片付けは無味乾燥で退屈なので面倒な料理を終えた後、ストレスが一気に来るという感じだ。
今日も午前中は寝ていた。もう六十にもなろうという男が何もしないで日がな一日部屋でごろごろしている。仕事が出来ないなら出来ないで何か読書とか勉強とか施設へ通うとかしたらいい。しかし、施設へは週一で通うようになったが、過敏性腸症候群と強迫性障害の症状の為に週五で通うようになるにはまだ時間が必要だ。もしかすると週五は無理かもしれない。
生きていても面白いことが無い。かといって死ぬほどつまらないという程ではない。せめて過敏性腸症候群だけでも良くなってくれたらと思う。精神科医樺沢紫苑によると過敏性腸症候群は完治は難しいらしい。しかし、いつのまにか昔に比べて良くなっているという事はよくあることなのだそうだ。今の所、毎日のように五回六回とトイレへ行くような状況ではない。むしろ便秘気味で一日中便通がないことも珍しくない。少しは前より良くなっている。
今の所食べることが生きる上で最大の喜びだと思う。小難しい理屈も嫌になった。世の中はどうしてこう上手く行かないように出来ているのだろう。明日は通院日なのだが、体調が良ければフィリピンパブへでも行こうかと思う。フィリピンパブでは食事は出ないが三千円出せば飲み放題だ。徹夜で飲むことが最近なくなったが、大晦日ぐらいは家で酒を飲みたい。生活保護で年末は一万四千円以上の冬季加算が付く。それで飲む事が出来る。あとは特別給付金が年内に支給されれば安心だ。
以前はブログを書くのが楽しかったが、今は少し億劫になっている。この文章を書き終えたらコーヒーでも飲んで気分転換をする。今月十七日は退院してから五年八か月が経つ。宅配ピザを久しぶりに頼もうかと思う。昨日は久しぶりに冷凍食品のたこ焼きを食べた。美味しかった。小さな幸せの積み重ねが人生を明るくする。まだ時刻は二時半になっていない。ブログだけでも毎日更新するか。動画を貼っておく。私はまだ観たことが無いが『老人と海』の映画予告編だ。原作小説はあまり面白くなかった。
ふと見ると腕時計が止まっていた。また三千円出して買わなければ。腕時計がないと不安である。明日は午後から晴れるらしいので、三時頃行ってみるか。明後日はワクチン接種がある。暫くは副反応で動けないだろう。酒も暫くは飲めない。そろそろ退院してから五年七か月が経つ。
私にとって三十代四十代はあっという間だった。五十代ももう終わりに差し掛かっている。五十代にもなるともう後がない。働こうにも年齢で切られる。今私が唯一出来る事といったら小説を書いて新人賞に応募することぐらいだろう。新人賞は年齢制限がない。三十代はよく働きよく遊んだ。四十代は遊び過ぎた。五十代は体を壊した。四十代で遊び過ぎたのは十代二十代の頃、碌に遊べなかった反動だったと思う。
最近はブログを書くエネルギーも無くなってきた。私は今、週一回福祉施設へ通っている。毎週木曜日で今日がその木曜日だった。二年間利用でき、卒業証書が貰える。みんな卒業すると就職を目指す。しかし私が卒業するころには還暦が間近になっている。仕事があるかどうか。
強迫性障害の症状は八年前からぶり返して今も続いている。おまけに過敏性腸症候群にも三年以上前になってしまい、統合失調症も併発し、広汎性発達障害であることも判明した。統合失調症には陽性症状と陰性症状とがあり、私は今陰性症状で何もする気になれない毎日を送っている。
施設へ行ってパソコンの練習をしたり、プログラムに参加したりする時には楽しさを感じる。今日は風呂へは入らないことにした。風呂へ入る時や食後の後片付けをしている時に必ずと言っていいほど強迫性障害の症状が出る。こうしてブログを書いている時には安定している。来年の二月末には五十八になる。こうして文章を書いていても内容に纏まりがない事に気付く。統合失調症の症状の一つに話に纏まりが無くなる、というのがある。昔はその症状の深刻さから精神分裂病という病名で呼ばれた。しかし、今は症状が薬物療法によって好転するケースも多くなり、病名が改まっている。
私は幻聴なら経験があり、今もたまに瞬間的に音が聞こえることがあるが幻覚の症状はない。性格的に几帳面で真面目過ぎるので尚更きつい。死ぬまであと十年か二十年といったところだろう。その僅かな期間に何が出来るか。まず、過敏性腸症候群だけでも治したい。そうしないと外出した時、トイレの位置を常に意識しながら自転車に乗り、長時間の外出は出来ない。今日はふとブログを書いてみたくなったので、纏まりのない文章を書いた。
もう寝る準備をしなくてはならない。大人になると夢を見なくなるものだというが確かに見られなくなる。読書も長いことしていない。ああ、酒が飲みたい。そうでもしなけりゃやってられない。彼女も昔ほど欲しいとは思わなくなった。食べて飲むことだけが生き甲斐だ。やっぱり酒を買ってくるかな。