スタン.ゲッツとアラン.グリーンスパン
アラン.グリーンスパンという人がいました。アメリカの日銀総裁に当たるFRBの議長を長く務めた人です。実はこの人、戦時中はミュージシャンだったのです。サックスを吹いてました。彼が参加していたバンドの録音は持っていますが、ソロはないのでどこを吹いているかわかりません。
彼が音楽を辞めたのはスタン.ゲッツと並んで吹いた時にゲッツが凄過ぎて自分には無理ど思ったからだそうです。そこから経済勉強してFRB議長になったんだからさぞ面白い人生だっただろうなぁ、と。
ジャズは被差別民族である黒人由来の音楽ですが、その後肉付けされた和声のセオリーなどが非常にアカデミックかつソフィスティケイトされたものなので、案外インテリの支持が高いのです。最近でもビル.クリントンとかバーニー.サンダース、そしてカマラ.ハリスなんかもジャズとかソウル好きなんですよね。「ジャズは聴き手にも知性を要求するから大衆の支持を得るのはなかなか難しい」という意見も聞いたことがありますし、音楽のシェアを見てもそうなのかなぁ、という気にさせられます。とはいえ、ジャズは20世紀に出てきた音楽で最も柔軟性の高い音楽なので、覚えてしまうとやめられなくなりますね。
アドリブなんて難しいものじゃないのです。
どうも世間ではジャズでアドリブを取るというのが難しくて敷居の高いイメージがあるようです。
が、そんなことは全然ないのです。
「難しいものではないが奥が際限なく深い」
ということです。
極論的に言ってしまうと和声のルールはダイアトニックスケール(ピアノの白鍵)とメロディックマイナースケールから生成される和音の機能性みたいなことを掴んでしまえば大体終了です。メジャー、マイナーとスケールについては多分中学の音楽の教科書に書いてあるはずです。この辺りは知っておいて欲しいことです。この辺の認識無しでコンディミだのなんだのとかやると面倒なことになります。アドリブは話芸のようなものなので、早口である必要はない、というか訥弁も魅力的なのですが、なぜかみんな早口をやりたがる傾向にあって、それもコトをややこしくしていると思います。あと大事なことは間違いを恐れないことです。ゲーム言語スポーツ勉強などなど、全ての習い事の上達には共通のルールがあります。
①基本やルールを学ぶ
②練習する
③上達する
という無限ループです。もちろん②から始めて①に戻るのもアリ。ところが、なぜか日本人の大半は学校での勉強と自己表現では
「間違えたらいけない」
「間違えたら恥ずかしい」
「間違えたら怒られる」
みたいな強迫観念が圧倒的に強くなります。スポーツや囲碁将棋みたいなゲームではどんなにヘボでもそれを人前に晒して練習できるのに、なぜかこの2つでは異様に萎縮するんです。
まぁそれは教える側のスタンスに問題があることもあります。日本だと「〜してはいけない」って教えるパターンが多いからです。例えば
「アヴァイドノートは吹いてはいけない」
こう言われるとアヴォイドを「吹かないように」してしまうので萎縮しがちなのです。アヴォイドを吹いてみて「こんなに響かないでぶつかるんだ!」っていう経験した方が早いのに。
全ての物事は練習することによって上手くなるのに、上記①〜③の理由で尻込みして結局ちゃんと練習しないから上手くならないわけです。日本ではあんなに英会話教室とかあるのに、アメリカに行くと現地の人に「日本人は喋らないから何考えてるか分からない」なんて言われちゃうんですよね。羞恥心が優ってしまって練習できてないから使えないわけで。
逆にここを吹っ切った人は上達早いです。そして知識がついてくると、今まで間違った音と思っていたものを使って「スケールアウト」できたりするんです。それも練習で試行錯誤してるうちに身についてきます。一言に間違えると言いますが、その間違え方にすら個性があります。そこに気がついて欲しいなぁ、と思います。
全ての楽器に共通すること
歌うことも含めて、全ての楽器を演奏するときに要求されていることは
「力まない」
ということだと思います。ハーバート.
クラークのテクニカルスタディ(改訂される前のオリジナル版)には「力むことは不要」という言葉が何度も出てきます。トランペットは楽器の構造的に楽器を「グリップ」しやすい、すなわち握り込むことで力んでしまうというトラップが隠れているように思えます。個人的には顎と左手の2箇所で支えることでそのトラップから回避できると感じています。
もしかすると唇も過剰に固めない方が良いのかもしれません。必要最小限のエアを効率よく使うためのエアと唇のバランスってのを検証してみようと思います。