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自分の仕切るライブについては、時間があればフライヤーをジャズカフェや楽器屋さんなどに自分で配りに行くようにしています。ネットだけとか郵送とかだと自分の気持ちが入らないような気がするからです。もちろんこれは自己満足のレベルでしかないんだけど、思い出してみるとアメリカでもそういうのは良く見たような気がします。初めてニューヨークに行った1995何には、ホテルのロビーでライブのフライヤー配ってる人がいたり(その人はDuke Jonesという人で当時日本で彼のアルバムとかが出ていたらしく、帰国後に下神さんに話を聞いて盛り上がったような記憶がありがある)、2002年のロングビーチでのIAJEでライブ前にバーナード.パーディがメーリングリスト参加の紙を配ってたりしてたんですよね。「あのクラスの人がこれやるんだー」という印象が強くて、それがこういうことをする動機になってるのかもしれません。
ともあれ、弱小零細ミュージシャンなので、やれることはやっておかないとなのです。ネットでは埋もれてしまうしどこまでリアルに届くかもわからないし。
近年はインバウンド需要というか海外観光客の方々に情報が届けば、と考えてそれ狙いのホテルなども回り始めました。それで人が来るかどうかはわからないけど、日本って言語の壁があってこうした情報が恐らくは観光客に届いていない気がするし、そこを狙ったプラットフォームはまだないし(できたとしたらやはり大手に取られて零細のやってることは届かなくなりそう)、ここは何かもう少し手がありそうなんです。「友達呼んでね」って言われても友達の大半は同じ立場の演奏家とかばかりだし、しょっちゅう来てくれる奇特な人は稀ですし。これについては言いたいこともないわけではないですが、まぁやれることはやっておかないと、という感覚です。売れ線狙うわけでもポップスやるわけでもなく、需要ないかもなのに「こういう音楽をやりたい」というだけでやるわけだから、しんどいけど踏ん張らないとなんですよねぇ。

「作曲家は歴史家であるべきだ」という話。

これ20年以上前の話です。確か2001年の1月(2000年だったかも)にトム.ハレルの自宅にビッグバンドの譜面を買いに行った時です。1998年に彼がリリースしたビッグバンドのアルバムの中の曲で演奏したいのがあったのでダメ元でメールしたのがきっかけでNYCに行った時にお宅にお邪魔して購入させてもらった時の話です。彼の練習室で2時間くらい話し込んじゃって、それはそれは得難い時間を過ごしたのですが、その時にどういう話の流れだったか忘れたけど彼が行った言葉がとても印象的でした。曰く

 

「作曲家は歴史家であるべきだ」

と。

 

もう完全同意なのです。古今東西ジャンルを問わず星の数ほど曲がある中で自分のオリジナルなんてやすやすと言えるものではないと思っているのですが、これは今でも昨日のことのように覚えている言葉です。彼の新しいアルバムは常に新作しか収録しないのですが、常に「!」って感じさせる曲が並んでて、もう脱帽なのです。自分が聴いてきたあまたある音楽とその知識から新しいことを作り出すことはもう本当に難しいのです。コロナ後はいろいろあって製作のペースが下がっていますが、ほぼ毎年新作を出してくるのには口あんぐりなのでした。

 

この次の年だったか、ロングビーチでのジャズ系のイベントに参加してる時にそこにきてた日本人でのちょっとした集まりがあって、そこでとある方と話していて「ビッグバンドのアレンジの歴史でいつ頃からハーマンのステムを抜くようになったのかとか興味あるんですよね」みたいなことを言ったら「そんなの何の意味があるの?」ってバッサリ言われたことがありまして、いまだにそれを思い出して不愉快になることがあります。古いことを知らないで新しいことなんかできないもの。実際の本人はそうではないのかもしれないけど、この時のことも反面教師的に今も鮮明に耳に残っていることです。

 

蛇足ですが、ジャズのアドリブが難しいっていうイメージが取れないのは何でだろうって考えて民族音楽を含めて相当色々聴きましたが、結論は「ユーラシア大陸の民族音楽は全てモードである」でした。全ての伝統的な民族音楽は規定されたスケールに拘束されるんです。ドイツクラシックはピアノの白鍵のスケールを基準に考えるものでしたが、時代が下がって調性の壁に突き当たって20世紀前半に壁が破られたわけですが、それは例えばトライトーンサブスティテューションを使って別の複数のスケールを同居させることができるようになった(他地域の民族音楽ではそうなっていない)ことによって高度に複雑化された、というのが今ある私の中での答えで、これについてトムさんがどう答えてくれるかを考えるとワクワクします。会いに行くのは難しそうなのでメールで聞いてみようかなぁ。

ジャズで同じことをしてはいけない、は嘘。

時々、「ジャズは同じことをしてはいけない」みたいな言葉を目にします。

 

それ嘘です。

 

確かにマイルスが「俺は同じことは二度とやらない」と言ったことが伝説になったりしていますが、あれは「バンドとして同じサウンドを作らない」と言ったのだと思います。そうでないと彼の60年代のクインテットのライブでのあのレパートリーの狭さとか、マイルスがトニーにドラムソロを回す時のお約束なんかもあり得ないのです。個人的にはマイルスのソロのスタイル自体は60年代以降はさほどドラスティックに変わっていないように感じられます。

マイルスはビートやバンドのスタイルを時代でどんどん変えていったけど、大半のジャズミュージシャンはむしろ意固地なくらいに自分のスタイルを変えていません。チェットもゲッツもモンクもブレイキーもみんな同じスタイルを貫いてます。多くのミュージシャンにはお得意のフレーズとかトレードマークがあります。それが出てくるとお客さんは喜ぶわけです。世間の人がチャーリー.パーカーを聴いて「これぞパーカーフレーズ」ってなるのはそれが彼の手癖だから。そもそもビバップをルーツに置いた演奏をするということはビバップの定石に軸足を置いたプレイになるわけで、もうその時点で「一つのカタチ」にバインドされてるわけです。同じことを二度とやらないなんて不可能です。同じことでも「そこでそれ出してくるんだ!?」という驚きがあって、同じ素材を演奏しても毎回必ず違う演奏になるところが魅力なんだと思います。ある意味落語に似てます。多くの噺家さんが古典をやるけど噺家で違うし、同じ噺家でも同じにならない。ジャズ好きと落語好きがかぶるのはきっとそういうことなんだと思います。


新しいことをやろうとするならばその時点でジャズに軸足は置けません。だって「ジャズという20世紀後半に大きな潮流となった音楽を土台としたものをやる」というわけですから。風呂敷広げて言ってしまうと、20世紀中期くらいまでに音というメディアでできることは楽音雑音を含めてほぼやり尽くされています。AIに作曲させるとかって作曲家の業務放棄ですしね。新しくも何もないです。機械任せは創作の放棄に過ぎないと思います。これは私だけなのかもしれないけれど、過去の資料を当たっていると「この時代にこれやってたんだ」という驚きに出くわすことが今でも時々あります。日本の活字ジャズメディアが紹介してきた音楽の他にも紹介されていないけどアメリカで相応の評価を受けている素晴らしい音楽がたくさんあるからです。そういうものに出くわしてしまうと「独学風情が自分のオリジナリティにこだわることなど屁のツッパリではないのか?」と感じてしまうのです。

 

ジャズは面白い音楽で、ミュージシャンが集まってその場で曲を決めて演奏するだけでもちゃんと音楽としてまとまってくれるんですけど、それだけだと安直なんじゃないかなぁ、とも感じることがあります。手間はかかりますが、音楽は音のデザインなので、きちんとアレンジされたものを作ることは大事だし、過去の素晴らしい内容のアレンジをきちんと再生することも非常に大事だなぁ、と。まして自国のオリジナルカルチャーでない音楽をやっているわけだから、そうしたものを掘り下げるのは実は大事な仕事ではないか?と感じるのです。

 

グレン.ミラーのスイングビッグバンドサウンドが聴かれ続けているのは(それでもかなり減ってきた気がするけど)、バンドが存続してて毎年日本にツアーに来てたから、という部分だってあるはずです(ベンチャーズも)。クラシックと同じで演奏されるづけることでその音楽スタイルは残るのです。もちろんオリジナルも書きますが、全盛期のジャズには素晴らしいものが多いので、きちんとアレンジが残されているものは古かろうが何だろうが取り上げて演奏するつもりです。