Upstream system
昔から世の中にはトランペットの奏法には百科騒乱状態です。全てに共通していることは
「いかに楽に、自然に吹けるか」
です。古くはSaint Jacomあたりから20世紀後半にはClark, Gordon Carusoなどのエチュードが信奉を集め、近年ではネットでのBryan DavisやPaul Mayesなどが非常にわかりやすい説明をしてくれています。別にハイノートが出なくても音楽的な表現に問題がないのはチェットあたりを聴けば明らかなのですが、ハイノートはエンジンを極限まで自然に回せるようなことなので、やはりきちんと鳴らせるようになりたいという欲求はずーっとあって、そことずっと向き合っている感じです。アドリブについてはこの15-20年間の間に何名かの欧米の名人級と一緒に演奏したことで「自分らしく歌えれば良い」という結論に至っています(もちろん色々なことを練習しています)。奏法については10年前に色々と話をしたAndrea Toffanelliとの奏法談義から彼がレッスンを受けたアルマンド.ギターラ(ボストン響の主席、確かシュリーターの前任)の話になり、そこからコステロ=スティーブンスを研究し始めました。これはクラークやゴードン(特にゴードンのレクチャー映像からそれが伺える)には不倶戴天の敵みたいな感じなのです。鉛筆を咥えるとかアップストリーム奏法云々とかイメージが先行していて時代のかげに埋もれているものです。が、ギターラ(キャット.アンダーソンも)が信奉していて、彼からアドバイスを受けたアンドレアの今のプレイスタイルを見れば、吟味しないで放置するべきではないと感じたのです。本を買って読んでみると、ゴードンやカルーソーが書いてないことが書いてあってなかなかに興味深いのです。生前Carl Saundersが「顎を使うことの重要性」を言っていましたが、その辺りについても記述があります。そうしたことをさまざまな角度から考察してほぼ確信に近いものが得られました。それは
「振動の主体である上唇をスポイルさせないようにして、エアが常に上唇に当たって振動するポジション(バランス)を作る」
ということです。そのポジションを作るためにupstream systemという言葉が生まれたように思われるのです。ただ、本に書いてあるイラストが曲者です。イラストではものすごく極端に上にエアを当てるイメージになっています。これで誤解が起きているように思えます。文章中の顎のコントロールで言われているのは1/8 inchとか1/16インチという極めて微細な動きです。極めて微細ですが、こうした微細なサイズの違いがボアサイズやマウスピースのドリルサイズに影響するわけですから、決して侮れないということになります。ここに気がついてからそこにフォーカスして自分が音を出している時をモニタリングしているのですが、上唇に上手くエアが当たっている状態であれば、ほぼカールと同じことができます。ダブルハイCまでスクリームしないハイノートが手に入るのです。但しそれができる状態がなかなか上手く掴めません。そこを吹きながら試しているところです。おそらくはピヴォットシステムも音域の変化によって上下の唇にかかる力をどうバランスさせるか、という発想でできたものではないかと思われます。検討できる説は全て試したいのです。なぜって、クラークより古いエチュードであるSaint Jacomでは、「エアは必要以上に取ってはならない」と書かれています。これは今アメリカで普通に言われている"Big Breath"ではありません。個人的にはオーボエの「息を捨てる」的なことを排除するために書かれたのではないか(つまり演奏する時にエアの量はさほど必要とされていない)と思われるのです。こうした見解の差異はいくらでもあるのだから、埋もれているメソッドを掘り返して研究することには意味があると思っているのです。なぜならラッパの奏法については今も昔も百家争鳴であり、それを検証して自分なりの答えを出すことは必須だからです。今はまだ不安定な状態ですが、これが安定して常に上から下までいつでもスムーズに吹けるようになったら書籍化したいと思っています。果たしてできるかなぁ?
Let your upper lip free to vibrate.
トランペットを吹き始めてもう50年を超えました。特定の人に習ったことのない独学で色々と遠回りをしていますが、おかげで自分で納得できるところまでかなり考えることができました。恐らくはタイトルに書いたことが金管楽器を吹く極意なのではないかというふうに思えてきました(まだ確証までとはいきません)。口の構造をエアの出るパイプと見立てると、そのボトムにあるのは舌です。だから舌と上唇だけでもアンブシュアを作って音を出すことはできます。つまり唇の振動の主体は上唇にあるのです。従って、上唇を過度に圧迫することはその振動を止めることになるのであまり良くないのではないかと思われます。Paul Mayesの提唱しているTLR(Top Lip Relaxed)はこれを言っているように思われます。また、ウォルト.ジョンソンのDouble high C in 15 minutesで彼が語っているいわゆるHigh gear embouchureは上唇を完全に巻き込んだもので、やはり上唇を振動させることがポイントになっています。ファーガソン周辺の人がよく取り入れていたピストルグリップもやはり上唇への力を逃すことが狙いに見えます。
日本では埋もれているコステロ=スティーブンスに書かれているいわゆるアップストリームもまた上唇にエアを当てて振動させるための方策と考えれば納得のできるものです。あれはイラストから誤解を生じやすいものです。本の中で書かれていることから推測すると動かすと言ってもせいぜい1/16インチ、すなわちボアサイズが微細に変わる程度です。また、この本で書かれている顎の使い方というのは、やはり上唇をスポイルさせないために顎をコントロールすることで上唇への過剰なプレスを回避することについて有効であるように見えます。極めて個人的な感覚ですが、ヴァイオリンが顎と左手の親指の2箇所で支えられて自在に楽器をコントロールしているのと同じように、トランペットを顎と左手の人差し指の2箇所で支えて上唇への負担が過度にならないようにバランスさせることで力みのない状態で演奏できるように感じています。
感じています、と書いているのは、自分自身がまだこれを完全に獲得できていないからです。この奏法にしてから、上はDouble High Gまで届くようにはなっていますが、まだ調子の波が大きいこと、それからHigh EくらいからスキップしてダブルCくらいまで抜けてしまってその間が鳴らない事象が発生しています。これが発生しているときはアンブシュアが開いてエアが抜けてしまって上唇が振動していない感覚があります。おそらくはここが安定したら全ての問題が解決するように感じられます(ここが本当に難しい)。クラーク、ゴードン、カルーソー、アンダーソン、コステロ、ポーター、デイヴィス、メイズなどの古今東西の知見を自分なりに咀嚼してこの知見に辿り着きました(もちろんこれが絶対的な正解とは思わない)。あと一歩をどうやって突き抜けるか、突き抜けられるかが課題です。
以上、備忘録として。
木を見て森を見ず:学びの落とし穴について
日本人の英語と音楽理論の学びの現場で起きている大きな問題として「木を見て森を見ず」になりがちであることが挙げられます。英語で言うと、スクーリやアプリなどの釣り文句で「ネイティブはこんな言い方をする」とか「学校で習ったこの表現は使わない」みたいな感じのコピーが乱立していますが、その裏側で学校英文法で学ぶ初歩の初歩みたいなところがスルーになっていることが非常に多いのです。音楽理論についても同じで、学校で学ぶ主要三和音や長音階や短音階についての振り返りをスキップしてやれコードとスケールとかオルタードとかアウトサイドみたいなことが喧伝されることが多いです。西洋音楽理論を学ぶなら、その根幹にある超音階と短音階について学ぶことが1番の早道なのに、です。各論に進む前に総論を見るべきなのに総論を見ていない感じです。結果として難しくないことを難しく見せられて多くの学習者が路頭に迷っている、と言うのが現実なのではないかと感じられます。ビバップ全盛だった頃にマイルスがディジーに「Hot Houseのあの音にはどんな意味があるのか?」と言う質問 をした時のディジーの答えは「個別の音にとらわれる前に音楽全体を見ることでわかってくる」という趣旨でした。寄って見るより引いて見た方が良い、というわけですね。
こうした発想は大事にするべきと思います。