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英語の発音とアメリカ音楽のリズム

言語のリズムは音楽のノリにも影響があるということを、ずいぶん長い間漠然と考えています。この話は前にも書いたことがあって、例えば

"strong"という言葉の場合、日本語だと「ス」がビートの頭に来ますが、英語だと子音の"o"がビートの頭にきて子音の"str"はビートの少し前にある、なんてことは書いていました。子音でこのパターンがあることはかなり前から認識していました。

 

で、最近母音でもこのパターンがあることに気づきました。それは接頭辞の"ex"。"excuse"という単語、日本語で書くと「エ」にアクセントが付きますが、歌の歌詞などで聴いているとアクセントのあるポイントである"u"がビートの頭になるのです。発音記号的に書くと"iks"がビートの前にあります。タップダンスでビートの手前で細かく刻んでいる感覚と似ています。タップダンスは1拍6連符が基本的な刻みに聞こえるのですが、子音だけであれば6連符1つ、母音が来ると2つになるように感じられます。3連符もしくは6連符的な感覚が英語の発音のベースにある気がします。例えば鐘の音の鳴る音の表現である"ding dong"みたいな単語のリズムも3連です。全てに母音が付いて回り、母音で終わる日本語だとイーブンでベタな感じになりがちですが、英語を含む欧米言語ではそうならない、という違いがリズム感覚の違いに反映されるような気がします。これ、面白いのでもう少しディグしてみたいと思います。

「結果が出ない」は詭弁

この数年、特にスポーツの世界で良い結果ぎ出なかったことを


「結果が出ない」


と表現することが多くなりました。これ、非常に卑屈な言葉です。言い換えれば


「都合の悪い結果は認めない」


ことになるからです。最善を尽くして出た結果は認めなければならないはずです。スポーツでは体格差とかさまざまな差異があるから日本人が万能で常に世界のトップなんて無理なのに、成績が悪いと「結果が出なかった」ことになる。不誠実ですよね。


困ったことにこの「都合の悪いことは認めない」と言う姿勢を政治家が堂々とやらかすようになりつつあります。とても危険だと感じています。スポーツなら順位の話だけですが、政治はそうはならないからです。日本の劣化を象徴しているような気がします。


Musical Dialect:ジャンルの違いは方言の違い。

時々我々ミュージシャンの間(日本人とはこの話にならない)で、"Musical Dialect(音楽的方言)"という言葉を使うことがあります。ジャンルやスタイルの違いと方言はよく似ているからです。例えばジャズを知らない日本人の子供が吹奏楽でグレン.ミラーメドレーみたいなのをやると盆踊りになっちゃってジャズに聴こえない、みたいなヤツです。モーリス.アンドレがジャズ吹いてるアルバムもジャズには聴こえません。昔からクラシックの人はジャズが、ジャズの人はクラシックが吹けないというのが定説なので、マルサリスやヴィズッティを聴くと多くの人が「!」ってなるわけです。

音楽のジャンルやスタイルの違いって方言のそれとよく似ています。ルイ.アームストロングとガレスピーのスキャットの違いはスタイルの違いをハッキリ表しています。彼らはあれと同じことを楽器でやっているだけです。

つまり、スタイルに合わせたアーティキュレーションをしないと「関西言葉を知らない俳優さんの関西言葉によるナレーションを聴いた時に感じる違和感」が音楽に出るんです。

ここを押さえるかどうかで音楽の聴こえかたが全然変わってくるのですが、そこに気がついている人は案外少ないのです。