伝えられない長周期振動のリスク
大きな地震があると長周期振動も発生することはよくあるのですが、日本のメディアはこれについて「高層ビル」しか問題にしません。実は大事なことがぬけています。それは
「工業プラントへの影響」
です。古くは確か80年代に北海道であった地震での石油施設の火災とか、新しいところでは東日本大震災での鉄鋼プラントの破損あたりです。福島原発事故でも地震の振動による細管の破断は報告されていたはずです。マスメディアは高層ビルの問題だけを煽って工業プラントへの影響をスルーしています。福島の事例があるので、原子力施設への長周期振動の影響は研究されるべきですし、報道するならこれも併せて行うべきだと思えるのです。多くの原子力施設が老朽化しているので、これは喫緊の課題ではないかと思えてなりません。
日本初の高速道路覆蓋化は流山市の常磐道ではないか?
実家が高速のすぐ脇なので、常磐道建設にかかる反対運動を目の前で見てきました。これは新規に分譲住宅を発売した翌年にそれらの住宅地を分断するルートが公表されたことをきっかけに起こった運動でした。1970年代初頭の日本は高度経済成長期で全国に公害問題が多発していたので、当事者にとっては深刻な問題でした。反対派は特定の政党に依存せず、反対グループから市議会に議員を輩出し、自治体と連携することで根強い運動を展開し、筑波万博の開催というタイムリミットが道路公団に課せられるという天佑もあって、住民の要求が大幅に認められ、住宅地貫通部を蓋かけしてその上を公園にするという形で決着しました。この運動の歴史を今年書籍化したのですが、色々調べてみると、高速道路を覆蓋化するというのは1950年代終わりくらいからアメリカでいくつかあるようでした。が、これは道路建設を行なった側からの案のようでした。すると、流山の事例は、日本国内で初めての高速道路の覆蓋化事案であり、住民側からのアプローチで実現したのは恐らくは世界初の案件ではないかということが言えそうなのです。
近年は池尻大橋などを筆頭に高速道路を覆蓋化して利用するというのが脚光を浴びています。そうした事例を見るに、流山の案件は画期的かつ歴史的なものであるように思えてきます。
運動の詳細(とその後の展開)についてはこの本に書かれています。
発行部数が多くなく、行政法のコーナーに置かれることが多いため、書店で見つけることは難しいと思いますので、ご興味のある方はネットでお探しください。
大規模破壊兵器は時代遅れになり得るか? 〜東京大空襲に寄せて
アメリカとイスラエルのイラン攻撃は明確な国際法違反で許すことはできないのですが、あの攻撃を見ていて気がついたことがあります。
戦争が政治権力のエゴの争いであれば、高精度な命中力のある武器があれば権力破壊は容易であり、そこに大量破壊兵器は必要ない、ということです。20世紀後半までは、戦争という国家権力のエゴの衝突のためには軍の兵隊、すなわち一般国民が使われます。使われ方は国それぞれですが、兵役期間中であれば本人の意思など無視で兵隊として使われます。兵隊は国家権力のエゴの衝突の道具として使われるわけです。そこで亡くなることは国からすれば名誉の戦死ですが、家族から見たら犬死にに過ぎません。
戦地を支配下に置くためには様々な兵器が使われます。東京大空襲では大量のナパーム弾が落とされて多くの(大半)非戦闘員の命を奪いました。戦争とは基本軍同士の衝突で非戦闘員には手を出さないのがルールなので、そもそも大量破壊兵器の使用自体に疑義はあります。核兵器の利用は、広島、長崎を見るまでもなく全てを壊滅的に破壊します。使用そのものがジェノサイドになり得るし、だからこそ言葉で使用を仄めかして威嚇はするけど使えません。
21世紀の戦争は無人機も含め、「兵隊が全線に展開しなくてもできる」ことをはっきり示しています(もちろん領土絡みであればそうではないことはロシアとウクライナを見ればわかる)。
戦争自体を撲滅することはなかなかに難しいかもしれません。しかしながら、大量破壊兵器は過去の遺物になるかもしれません。そうあって欲しいと切に願います。