Fender Rhodes Suitcase
昨日のライブでは友人からフェンダーローズのスーツケースをお借りしてライブをしました。学生の頃にはサークルにフェンダーローズのステージがあったので、ローズの音色には馴染んでいたのですが、スーツケースは初めて使ったのでトレモロもできて個人的には大喜びでした。デジタル音源もあるのですが、やはりオリジナルの楽器の音色は全然違いました。音のアタックが柔らかいので、全体的に音楽がチルになる感じです。今回のバンドはハービー.ハンコックのMwandishiとほぼ同じ編成でしたが、サウンドは鋭角的ではないけど、独特の深みがあって演奏しててもなかなかに楽しかったです。また、ベースとの相性もウッドベースよりもエレクトリックベースの方が相性が良いことも再確認できました。それ以上に意外だったのは、この楽器の現物を見たことがある人が想像以上に少ないことでした。1980年半ばには生産も終わってフェイドアウトした楽器だから仕方がないのかなぁ、と感じると同時に、逆にこういう音色に惹かれる人が潜在的にかなり多いかもしれないという感触も受けました。次回のライブが楽しみです。
ジャズアンサンブルでは誰がメロディを取るのか?
ジャズで3−4管のアンサンブルをやる時、メロディを吹くのは大抵トランペットというイメージが強いのではないかと思います。ブレイキーやホレス.シルヴァーなどハードバップ期を代表するバンドがそうですし、マイルスのイメージも大きいかもしれません。確かにトランペットの比率は高いですが、それではワンパターンですよね。1950年代のウエストコーストジャズではメロディをトランペットとサックスが交互に持つ、というパターンがよく見られました。また、コルトレーンのBlue Trainのテーマの2コーラス目のアンサンブルはメロディを取るパートをコロコロ変えることで、同じ構成音なのにアンサンブルの色彩感を変えるという手法が取られています。ハービー.ハンコックのSpeak Like A childでのフリューゲルホーンとアルトフルートの譜面もそうですし、トム.ハレルが2010年代に率いていたクインテットもこの手法を多用していました。同じアンサンブルでも楽器の番手をどこにするかでサウンドの質感はガラリと変わります。この辺りは案外見落とされているのかもしれません。
単語と文節
いい歳をして英文法の学び直しをしています。日本語の参考書は子供の頃に見たのとほぼ一言一句変わってなくて日本語を見るとイライラするので、英文と対照しながら読み進めることで咀嚼して理解するようにしています。
さて今回は「単語と文節」です。端的に言ってしまうと、英語には日本語のような付属語がほぼ存在しないので、単語と文節という区分がほぼありません。そして「句」は連文節です。つまり、いくつかの英単語の塊を連文節として捉えることができると読解の速度が上がるということになるように感じています。日本語は付属語としての助詞があるので、最後に述語を置くまでの言葉の順序を助詞を使ってフレキシブルに組むことができます。他方、英語は文型が決まっているのでそのパターンを使えば簡単に分位することができます。谷崎潤一郎はこの修飾の多様性の日本語と英語の違いを「埋めることのできない大きな溝」のような表現をしていたように記憶していますが、文学的な文章でなければ、文の組み立ては日本語に比べてはるかに簡単ということができるような気がします。
以上、備忘録として。