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ジャズの和声の理論ってカンタンなのでは?

ジャズの理論は難しい、というイメージが強いです。もちろん難しい曲も多いですが、その基礎は全然難しいと感じません。むしろシンプルに思えます。私がマーク.レヴィンのセオリーブックを読んで理解したことは(ジョン.マクニールのビデオも同じ)、


「メジャースケールとメロディックマイナースケールの機能性と、トライトーンサブスティテューションを理解できたら終わり」


ということでした。理由は簡単で、ドミナントコードを考えた時にメジャースケールは「ナチュラルテンション」であり、メロディックマイナーは「オルタードテンション」である、ということだからです。これを12のキーでできれば良いわけです。なぜならその2つのスケールは規則的だけど非対称だからです(例えばインターバルが全て全音のホールトーンスケールは12÷6なので2つしか存在しないし、コードはオーギュメントしか弾けない)。複雑でも難解でもないように思います。そして理論を勉強したいと考える人の多くが、学校の音楽で学ぶ長音階、短音階、主要三和音などについての知識が疎かなように思えるのです。そりゃぁ複雑怪奇にみえるでしょう。


非対称なスケールに対称的なスケールを織り込むことで調性に柔軟なアプローチができるという発想は

「音楽は一つのスケールに束縛される」

というユーラシア大陸の民族音楽から逸脱するので難しく見える、というわけなのではないかと。


ジョージ.ラッセルは、ダイアトニックベースの西洋音楽理論をリディアンスケールから再構築しようとしたのだ、と理解しています。倍音ベースで考えればアイオニアンよりもリディアンの方が響き的には自然だからでしょう。リディアンではトライトーンがドミナントではなくトニックにあるカタチになりますが、LCCは途中で投げちゃったのでもう少し調べないといけないかなぁ、と。


聴覚と音量

人の聴覚って非常に繊細なものなのです。かなり小さな音でも聴き分けることができますし、クラシックのコンサート中で携帯電話でも鳴ろうものならそこでぶち壊しになったりもします。他方、大半の音楽を演奏する現場ではアンプやマイクで「音量を人為的に増幅する」のが当たり前です。共鳴体を持たないエレクトリックな楽器はアンプで音量を増幅しないと役に立たないので必須ですが、アンプで「音量を自在に持ち上げられる」ことの弊害が忘れられている気がします。適正な音量が見落とされるように感じるますし、ここを無視すると音の「押しつけ」になると思われるのです。


私が仕切る演奏の現場では可能な限り「生音」で演奏することにしています。理由はたくさんありますが、1番大きなことは「ピアニシモをピアニシモで演奏できる」ことです。きちんとピアニシモで演奏できると、お客さんがこっちに集中してくるのがよく分かるんです。そしてよく言われたのが「聴き疲れしない」ということでした。

生の音楽の現場で「聴き疲れする」ということは、我々の演奏している音楽が「押しつけ」になっているということです。それはどう考えても良いこととは思えません。


スタン.ケントンでラッパを吹いていたMike Vaxがインタビューで「ケントンのwall of soundは素晴らしかったけど、それ以上にピアニシモが素晴らしかった」と語っていました。日本の非クラシックな音楽の現場ではここが忘れられていると思います。


ここは自分が演奏する時にこだわりたいところです。

スタンダードとは?

ジャズをやっていると「スタンダード」を避けて通ることはできません。それらの多くは古くはミュージカルの挿入歌で大ヒットしたもの、少し時代が下がると映画で流行ったものに分けられると思います。古いものだと1920年代くらいからあるわけですが、これ、日本だと大正時代辺りの歌になります。つまり、古賀政男とか古関裕而の時代の流行歌をどれだけ知ってる?みたいな話です。アメリカではミュージカルが何度も再演されたりすることで割と世代を超えて歌われそうですが、それでも100年前の歌ってどれくらいがスタンダードとして残っているんでしょうか?日本だとジャズの現場で演奏されるスタンダードって案外限られている感じがしますが、アメリカでも東海岸と西海岸では取り上げられるスタンダードには違いがあるように思えます。

海外のヴォーカリストさんをサポートすると、見たことも聞いたこともない曲が出てきたり、しかもそれが案外良い曲だったりします。まだまだ勉強しないといけない曲はたくさんありそうです。