子猫使いのやすしの日々 -3ページ目

これで5分の3が伝わったか パート1

小説を書くよりも恒例となってしまった感のいなめない、このコーナーを久しぶりにアップしてみました。
前回までで5分の2を伝えることが無事できましたので、今回でついにぼくの言わんとしていることの半分以上を伝えられるのかと思うと感無量です。
あまりに久しぶりのため僕自身前回までになにを伝えたかったのかも覚えていませんし、過去の自分の記事を読むのもなんかあれなんで、確認すらしていない状態ですが、結局「がぶ飲みしたいときー」みたいに「悔しいときー」みたいな話になってしまっていた(不本意)と思いますので、そのスタイルで今日もいかしてもらおうかと思っているのですが、よろしいか?



「気仙沼キャッツアイ」
それがおれたちのチームの名前だ。おっと、チームといっても誤解しないでほしい。都会の地面にたむろしているようなろくでなし共と俺たちは違う。酒とたばこは嗜むが、女やクスリなんぞは見向きもしねえ。俺たちは硬派な走り屋だ。

「せんぱぁーい、喉渇きましたよ。ちょっと休まないっすか?」
最近、走り屋に憧れているからという今時珍しい理由でうちらのチームに入ってきたカズオが早くも弱音を吐き始めた。舌打ちが漏れる。この根性なしが。まだ30分も走っていない。おれは最初っからこいつをいれることは反対だった。髪の毛も長いし、アメリカ野郎のような色してるし、なによりもこのへらへらとしただらしない顔が気に食わない。だらしない奴というのはそのだらしなさがくっきりと顔に浮かび上がる。他のメンバーにはそれが見えないようだが、おれには見える。そしておれの目に今のところ一度の狂いもない。

オフクロの新しい男もおれは一目で「こいつはとことんだらしないろくでなしだ」ということが分かった。まあオフクロもいい大人なんだから、そんなことてめえのガキに言われなくても、分かっているのだろうと思っていたが、オフクロはなにも分かっちゃいなかった。オフクロはてめえの店も、オヤジの保険金も全部そいつに毟り取られちまった。男はオフクロからすべて毟り取ると消えた。残ったのは商店街の奴らからの陰口と、借金だけだった。
それまでおれはオフクロを特別な人間だと思っていた。大きな失敗なんかするはずがない。これからも女手一つで店も商店街も盛り上げていき、勉強もせずにバイクばかり乗り回しているおれに文句を言ったりする、強くて、優しい人間だと思っていた。
だが、オフクロは腐った。熟れ過ぎたトマトみたいにグチャグチャに腐った。おれには「てめえの信念を曲げるような大人にはなるな」と昔から口すっぱく言っていたが、土壇場に立たされたオフクロはあっさりと信念を曲げた。商店街の連中に金を工面するため媚び諂い、てめえから縁を切ったはずの肉親にまで連絡を取り出した。
真っ黒だった髪に白いものが目立ち始めたと思ったら、急激に老け込んだ。とても40歳には見えない。腰は曲がり、顔は皺だらけになり、道路に座り込み、唾を吐くようになった。
オフクロのその変化が悲しかったし、むかついた。おれはもう高校にも通えなくなった。商店街の連中はあれだけオフクロに世話になったのに、手のひらを返し、冷淡になった。外では誰に対しても媚び諂い、家ではめそめそと泣いてばかりいるオフクロを見て、気付かされた。強くなんかない、馬鹿な女だと。皮肉なことに、このとき初めてオフクロを一人の普通の女として認識した。
そんなオフクロの件があってから、おれは顔のだらしない奴には近づかないようにしている。近づいたってろくなことがない。
だからこのカズオをチームに入れることには反対だった。こいつらは不幸の運び屋だ。必ず周りを不幸にする。高校のときの担任もだらしない顔をしていた。やはりこの男も他のクラスの女子を孕ませて、てめえの責任も取らずに学校を去った。残された女子も学校から姿を消した。退学になったとの噂だ。
だが、リーダーが連れてきた奴を、おれなんかがどうにかできるわけもない。「あいつはこのチームを不幸にする」なんて進言しても、誰も信用しないし、おれがおかしく思われるのが関の山だ。

休憩したいというカズオの意見が取り入れられて、みなバイクを止め、自販機でジュースを買ったり、タバコに火を付けたりしてくつろいでいる。おれもセブンスターに火を点け、深く息を吸い込んだ。星が手を伸ばせば掴めるのではないかと錯覚するほど、眼前に散りばめられている。もしかしたらおれはオフクロのことや、これから先に待ち受ける決して明るいとは思えない未来から逃れるために走っているのだろうか。そうなのだとしたらなんて弱い人間なのか。楽しいから走っているのではない。楽しくなりたいから走っている。ただの現実逃避でしかないのか。
いや、そうじゃない、と思う。そうじゃない。おれが3代目のリーダーに誘われて走り始めた頃は純粋に走りを楽しんでいた。オフクロも腐っていなかったし、学校にも当時は嫌々ながらも通っていた。あのころの自分と今の自分とで走ることへの気構えが変わっただろうか。いや、変わっていない。おれはまだ走りを楽しめているし、メンバーと過ごすこの時間を大切にしている。走ることの動機なんて考えたこともなかったが、楽しいから走っているんだ。もしもこれが嫌なことを忘れたいから走っているという動機に変わってしまったときは「気仙沼キャッツアイ」を去ることになるだろう。


ちょっと長くなりそうだから、いったんここで終わりますね。キャラが立ってしまって、自分の言いたかったこととどんどんかけ離れていってしまったんで。修復にまた時間がかかりそうだし、もう一つ例え話を考えていたのに、そっちまで手を回せそうもないです。
次書くまでに、最初考えていた落ちにどう繋げていくか考えときます。
ってか小説書けよな。まじで。


男もエステに恥ずかしがらずに行くんだからそろそろ、ねえ‥

精神科ってちょっと興味ありますよね。そう思うのはぼくだけでしょうか。

本格的なカウンセリングってのを受けてみたい。毎日死にたくなるとか、中年のおばさんを後ろから思いっきり蹴飛ばしたらどういう反応するのか見てみたくてたまらないとか、そんな風に病んでいるわけではないですが、誰にも言えなかったこととか話したら、今まで見えていなかったものが見えてきそうじゃないですか。シックスセンス的な意味でなくね。

思うんですよ。病んでる人はその思いのたけをすべてぶち撒ければいいって。それで元凶を取り除けばいいって。そんな簡単なもんじゃないと鬱病の方は言いますが、やっても別に損をするわけでもないからいいんでないかと思うんですよね。
だから精神的に参ってる人は日本語が一切通じない海外に一人で行くのがいいと思うんですよね。そんでインド人とかマサイ族とかに思いのたけを思いっきりぶち撒ければいいんです。話が通用しないんだから意味なんてわかりっこないんだから。でもきっといい奴等だから「アーミン」とか言って頷いてくれますよ。それだけでもかなりすっきりするとは思うんですよ。
まあそんな時間も、する気もないって方にはこちらがおすすめ。

空中ブランコ (文春文庫 お 38-2)/奥田 英朗
¥500
Amazon.co.jp


すいません、前に紹介したことがありましたが、再度の紹介です。
前回早く文庫化されることを待ってまーすと書いたことが届いたのか、ついに文庫化されました。ありがとうございます。この調子で次回作の町長選挙もできるだけ早めに文庫化していただけたら幸甚に存じます。
で、この本です。精神科医の伊良部がまたやってくれます。テーマは「こいつほんとに医者か?」です。
その精神科は総合病院の地下、薄暗いところにある。ノックをすると返ってくるのは「いらっしゃーい」という三枝師匠のような甲高い声。ドアを開けるとそこにいるのはカバのようにまるまる太ったテラテラしたおっさん伊良部と、椎名林檎の「本能」のプロモーションビデオからそのまま抜け出てきたかのようなミニのナース服に身を包んだ肉感的な若い看護婦のマユミちゃん。話を聞く前になにはともあれってことでまず注射を打たれる。注射を打たれている患者を伊良部は凛々とした目で凝視し、興奮している。
来るところを間違えたと、患者は帰ろうとはするが、二人のペースに巻き込まれ、患者は話を始める。だが、この医者はろくに話も聞かない。この病院を訪れてくる患者は、比較的ある程度の地位を確立している者が多い。今作でいうと、プロ野球選手であるとか、人気作家であるとか、未来を約束されたような医者であるとか。だからみんなプライドが高く、伊良部の常識を逸した言動に本気で腹を立てるが、伊良部とマユミちゃんの醸し出す異常な雰囲気にのまれ、なぜか通院してしまい、不本意ではありながらも徐々に治療を進めていくこととなる。

まるで面白みのない説明をしてしまいましたが、この本は面白いのでおすすめですよ。待ち望んだ甲斐はあります。


これで君も恋愛初段だ!

 雪、止んでしまいましたね。積もったら嫌だけど、せっかく雪が降ったんだからそんな嫌な気分を演出してくれてもいいのになんて、恋愛必勝法みたいな本読んでる女性みたいな「ねじれ」たこと思ってまいました。てへへ。

 ananの特集って男からしても興味そそりますよね。今月号は「性格美人になる方法」みたいので、こないだは「恋人の作り方 08バージョン」みたいなのがありました。

 「性格美人になる方法」ってのはなんとなくどんなこと書かれてるかも想像できます。芸能人とか例に出したり、多方面から見てみてみたいなアドバイスとかあったりするんでないかね。
 でも、「恋人の作り方 08バージョン」はどんなこと書いてあるんですかね。今年に入って、急激に人間に第三の目ができたとかそんなことないし、みんなしっぽ生えたとかそんなこともないわけだ。
 ぼくからすれば、去年となにか変わったのだろうかという感じなんですが、きっとananはすげーところに目を付けたんですよ。2008年限定的な恋人の作り方でしょ。それってすげーよ。あれだ、anan毎月購読しててその記事すべてを崇拝してる女性って分裂症になってもおかしくないんじゃないでしょうか。もしくはパーフェクトな女性だ。欠点なさすぎ!ロボットだ!

 でもそういう情報に男側も目を通しておけば、役に立つときは役に立ちそうですね。好みの女性がいたとして、その女性がananのとおりの行動をしてきたら「おっ、どうやらこいつはおれに恋愛テクニックを使ってきているようだ。これはたしか85ページのあの話だ!」みたいなとろけちゃうような興奮を味わえるかもしんないですしね。

 でも残念なことに、どれだけ男がanan読んで「女が男を落としにかかるとき嗅覚」を発達させても、結局受け身でしかないからもてない男は結局もてないんですよね。

 で、男がもしもメンズアンアンみたいのがあったとして、「モテル男はここが違う!」なんて特集くまれたとして、それに忠実にブスな男がやっても女性はひくか、きれるか、泣くか、警察か、無視かってとこでしょ。やんなっちゃうよ。あ、でもブスな女性がananに基づいて忠実に行動してきたらそれ相当しんどいわ。

 あれだ、恋愛に「段」つけよう。「あなたはまだ前の恋愛を引きずっているから、まだ次の段には上がれません!っ次!」とか。それ面白いからだれか、道場作らないかな。そこの道場に通う人をみんな同情の視線を向けるなんて、無理矢理落ち着けたとこで、また明日。

 

やっぱりニコニコだね

週末にニコニコ動画でドラマ「ケイゾク」を6話から最終話まで(10話の後半除く)ぶっつづけで見たんですが、とんでもなく面白かったです。
面白いでもなく、かなり面白いでもなく、めちゃめちゃ面白いでもなく「とんでもなく」面白かったです。
最近ドラマとか全然見なくなってしまったんですが、これくらい面白い作品はもう巡り合えそうにないですね。
見ていた時期がよかったんでしょう。感受性の豊かな高校生のときに見ていたから、格別なのでしょう。
だからきっと、今の現役の高校生の方とか、年配の方とかが見てもぼくほど面白くはないのでしょう。ざまあみろ。
逆にぼくも今の高校生の方とかが「とんでもなく」面白いという作品を見ても、彼らと同じ目線で面白いと思うことはできないんでしょう。そういうのってなんだか残念ですね。自分が年を取ったとかそういう残念さでなく、誰かが面白いと思っているものを見ても面白さを感じられないというその差が。その分損してるじゃないですか。

世代も性別も国籍も異なる共通点のない人を10人集めて、演劇を鑑賞させたとして、その全員が満場一致で、空気を読んだわけでなく「面白い!」なんてスタンディング拍手するなんてことはかなりの低確率だと思うんですよ。
価値観なり考え方なんてのは10人いたら10通りあるものなんだからそれは当然の話なんですよね。でもぼくは10人中4人の人が面白いと思ったのなら、その4人の中に入りたい。「面白い」か「つまんない」だったら、常に「面白い」を選択できる人間でいたい。

まあ、そんな面白くない話は置いといて、渡部篤郎がかっこよかったんで、今週は「ストーカー ~許されない愛~」を見ようかと思ってます。

あ、だめだ、エヴァの新台でるから無理か。


興味ない人の興味ない半生についてです

 「人生ーーーって、不思議ーなものですねーおんぷ」なんて美空ひばりさんも唄っていましたが、ほんと、そう思います。
 こんなぼくの人生にも幾万通りの道があったと思う。いくつもの選択肢や自分の努力や怠惰の結果、今のこのぼくの人生があるのだなと。

 なんておセンチなことを思ったのは、職場の先輩がお子さんを塾に入れようか悩んでいて、どう思う?と意見を求められたから。
 
 ぼくは小学校の低学年から英語を習い、親にピアノを習い、進学塾にも通っていた。ただ英語もピアノも進学塾も長続きしなかった。どちらも塾に行くフリをしてそこらへんの公園で時間をつぶしていたことが親にばれ、こっぴどくしかられて最後まで続かなかったから。親がピアノも教えることはなくなった。

 親は公立の中学ではなく、受験して私立に行かせたかったのだろうが、ぼくの頭では無理だった。塾でまじめに勉強していれば立派な私立に入学できたかもしれないが、あいにくまじめに勉強はできなかった。

 結果、私立の受験もせずにそのまま公立の中学に通うことになった。

 中学では仲のいい友人全員が同じ塾に通っていたから、遊びの延長でぼくもその塾に行きたくなった。そのことを親に話すと、親はとても喜んだ。すべて途中で投げ出してきたぼくが自らの意思で塾に通いたいと言ったから。遊びたいがためなんてことはもちろん隠していた。
 塾に通いだしても案の定勉強はしなかった。またしても塾に行かないことが多かったし、顔を出してもホワイトボードに同じクラスの奴の似顔絵を描いたり、モノマネなんかをしているうちに受験シーズンが到来した。

 ひどい身勝手なエゴだなと思うが、当時ぼくは親にあまり金銭的な心配をかけさせたくないために、学費の高い私立ではなく、学費の安い都立を目指していた。
 ただ都立の試験には、単純なテストの学力だけでなく、内申点というやっかいなものがとても大きい。内申点はすこぶる悪かった。担任にも都立はかなり厳しいと言われたが、都立に行きたかった。
 都立に行くこと以外想定していなかったから、受験をしたのはかなり厳しい都立と、合格率80%超のバカ私立と合格率90%超の大バカ私立の3校だった。
 滑り止めをなぜ2校も受けたのか今考えると理解不能だが、自信を持っていたんだろう。必ず都立に受かると。
 結局都立は受からなかった。私立は2校とも受かった。結局バカ私立に入学した。大バカ私立は怖かった。暴力的な意味で。もちろん両校とも男子校だ。
 
 高校に行ってもぼくの足の裏から根付いている怠惰さは変わらなかった。まじめに勉強をしないのは変わらないが、クラス内で優秀と言われている奴も「この学校に来ている時点でバカはバカだろう」という目でひどく馬鹿にしていた。
 で、大学だ。憧れでした。キャンパスノートという内田有紀のドラマを見ていたからかもしれないが、キャンパスライフに憧れていた。
 ただここでまたしても担任には学力が足りないと言われる。行けるとしたら北海道の大学しかないとまで言われた。悔しかったから親に黙って大学を自腹で受けてみた。受かるわけなかった。大学にはどうしても行きたかったから、二部か?とも考えたが、夜のキャンパスライフなんて「キャンパスノート」でもやってなかったからあまり魅力は感じなかった。やっぱりキャンパスライフを送るなら太陽の下だろ!なんて思ったから。それに受験が3月というのが我慢できなかった。怠惰な自分には3月まで勉強をするなんて芸当はとてもとてもできそうになかった。
 そんな風に太陽の下のキャンパスに憧れるが、行けないという現実に悩んでいる担任が救いの手を差し伸べた。「専門学校」。書類を出せば受かるという。すごい勢いで食いついた。専門的に勉強したいことなんて当時なにもなかったが、太陽があればキャンパスライフだと思い、願書を提出。ほんとに試験もなくそのまま入学した。


 で、今の自分があるわけです。親にはたくさんのお金と労力をどぶに捨てるようなことをしてしまって申し訳ないが、その専門学校に行ったから今の職場にいるんです。



 そこで思い浮かべたのは、もしももっとまじめにめちゃめちゃ勉強していたら、今頃売れない芸人をしていたのではないかという恐怖。
 というのも、友人が二人お笑いの学校にぼくが専門を卒業して、社会人になった1年目だったか2年目に入校したから。嘘か真か定かでないが、友人はぼくとお笑いをやりたかったとぼくが社会人になってから言っていた。社会人になって1年目か2年目だから大学3年か4年。そんなときに「なあ、おれと一緒に芸人でサクセスしないか?」なんて誘われたらたぶんほいほい付いていったと思うんですよ。お笑い好きだったし、流されやすい性格だし。
 
 だからいい学校に行けなかったのも結果的に見ればそれほど悪いことでもないんだなと。小学校なり中学校なり高校でもっとめちゃめちゃ勉強していたら今の自分とはまるで違う人生があったんだなって。証券マンとかやってたかも知んないしね。

 なんてことをその先輩に話したら(お笑い除く)、「塾に行かせるわ」だって。笑っちゃたよ。