最近はまってます
最近これにはまってます。
発言小町
嫁と姑の確執問題であるとか、老後の不安からの手の平返し、傍若無人な方が「自分は悪くない!」と主張している「あんたの頭のほうが問題だろ」的なものであるとか、そこら辺にいくらでも散らばっている日常の狂気が垣間見える非常にジューシーな知恵袋みたいな掲示板です。
あまりにも話が出来すぎているのできっと何件かは釣りもあるのでしょうが(釣りであってもこれだけの狂気を醸し出せるというのは尊敬に値します)、人間ってすごいわということを活字で認識させてくれます。
相談ないし愚痴を聞いてもらい人がトピを立ち上げ、そのトピを見た人がひたすらレスしていくというものですが、「なんでみんな理解してくれないの?ちょっとあんたたちおかしいんじゃない?」的な我が道しか行かない発言であるとか、初めは同情的で、「トピ主」さんは悪くないと擁護するようなレスが多くても、トピ主が詳細を説明することによりトピ主に否があることが露呈して、いきなりトピ主批判が始まるとか、それまでは同情的だったのに、一人の小町が的を得ているトピ主批判のレスを立ち上げると、いつのまにかみんなそれと同じ意見を持ち、トピ主批判が始まるとか非常にゾクゾクさせてくれます。
これなんか最高です。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0519/184315.htm?o=0&p=0
ご老体である年寄りの典型的な自分の否を認めないトピ。
『また、このマンションは犬を飼ってもいいとはいえ、私にむかって吼える犬がいます。先日もその犬と飼い主がエントランスにいたので、「私の前から消えて」と言いましたら、にらまれました。ごめんなさいの一言も言えないのです。』
というとんでも発言を最初からしてくれてます。
このとんでも発言に非難の嵐。それでもめげないトピ主さんはなぜ分かってくれないのか、こんなに若者はおかしいんだということを説き伏せようと試みますが、すべて逆効果で、嵐はよりいっそう強まり、しまいには病院に行くべきというレスまで出る始末。
ただ、後半になるとトピ主に対して同情的なレスもちらほら見えてくる。
トピ主さんは自分の主張が分かってもらえるのか、それともさらに墓穴を掘っていくのか、この先も見逃せないですね。
そんな掲示板ですが、中にはトピ主さんを応援するこんな心温まるトピも。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0204/167439.htm?o=0&p=0
圧倒的擁護です。最初のうちはトピ主さんを非難するレスが多かったですが、徐々にトピ主さんの文体から神々しいものを嗅ぎ取り、トピ主さんのレスを読んで泣く人まで現れてきます。このトピ主さんが素敵な文を書きます。説明も上手ですし。ただそんな心温まるトピにも賛同しない人というのは当然いて、トピ主さんにひどい暴言を放ちます。
最初の頃は言葉遊びを楽しむ余裕のあったトピ主さんですが、ひどい暴言を受け徐々に余裕を失い、最後の方は比喩的な表現であるとか、やんわりとした対応ができなくなってきたようで、吐血をするほど追い詰められていきます。これは2月頃のトピなのでもう3ヶ月ほど経ちますが、その後トピ主さんは元気にしているでしょうか?元気であればいいのですが……
発言小町
嫁と姑の確執問題であるとか、老後の不安からの手の平返し、傍若無人な方が「自分は悪くない!」と主張している「あんたの頭のほうが問題だろ」的なものであるとか、そこら辺にいくらでも散らばっている日常の狂気が垣間見える非常にジューシーな知恵袋みたいな掲示板です。
あまりにも話が出来すぎているのできっと何件かは釣りもあるのでしょうが(釣りであってもこれだけの狂気を醸し出せるというのは尊敬に値します)、人間ってすごいわということを活字で認識させてくれます。
相談ないし愚痴を聞いてもらい人がトピを立ち上げ、そのトピを見た人がひたすらレスしていくというものですが、「なんでみんな理解してくれないの?ちょっとあんたたちおかしいんじゃない?」的な我が道しか行かない発言であるとか、初めは同情的で、「トピ主」さんは悪くないと擁護するようなレスが多くても、トピ主が詳細を説明することによりトピ主に否があることが露呈して、いきなりトピ主批判が始まるとか、それまでは同情的だったのに、一人の小町が的を得ているトピ主批判のレスを立ち上げると、いつのまにかみんなそれと同じ意見を持ち、トピ主批判が始まるとか非常にゾクゾクさせてくれます。
これなんか最高です。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0519/184315.htm?o=0&p=0
ご老体である年寄りの典型的な自分の否を認めないトピ。
『また、このマンションは犬を飼ってもいいとはいえ、私にむかって吼える犬がいます。先日もその犬と飼い主がエントランスにいたので、「私の前から消えて」と言いましたら、にらまれました。ごめんなさいの一言も言えないのです。』
というとんでも発言を最初からしてくれてます。
このとんでも発言に非難の嵐。それでもめげないトピ主さんはなぜ分かってくれないのか、こんなに若者はおかしいんだということを説き伏せようと試みますが、すべて逆効果で、嵐はよりいっそう強まり、しまいには病院に行くべきというレスまで出る始末。
ただ、後半になるとトピ主に対して同情的なレスもちらほら見えてくる。
トピ主さんは自分の主張が分かってもらえるのか、それともさらに墓穴を掘っていくのか、この先も見逃せないですね。
そんな掲示板ですが、中にはトピ主さんを応援するこんな心温まるトピも。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0204/167439.htm?o=0&p=0
圧倒的擁護です。最初のうちはトピ主さんを非難するレスが多かったですが、徐々にトピ主さんの文体から神々しいものを嗅ぎ取り、トピ主さんのレスを読んで泣く人まで現れてきます。このトピ主さんが素敵な文を書きます。説明も上手ですし。ただそんな心温まるトピにも賛同しない人というのは当然いて、トピ主さんにひどい暴言を放ちます。
最初の頃は言葉遊びを楽しむ余裕のあったトピ主さんですが、ひどい暴言を受け徐々に余裕を失い、最後の方は比喩的な表現であるとか、やんわりとした対応ができなくなってきたようで、吐血をするほど追い詰められていきます。これは2月頃のトピなのでもう3ヶ月ほど経ちますが、その後トピ主さんは元気にしているでしょうか?元気であればいいのですが……
風邪ひきました
風邪で朦朧とする意識の中、思ったことはあいも変わらず「このままじゃあかん」という考えでした。
ただ、こうなりたい!というビジョンも不明瞭であり、そのビジョンにたどり着くまでの道程なんぞまったく見えやしない。掴もうとする雲すら見えない状態です。真っ白な世界の中「現状打破!」と旗を掲げている裸の自分がいるだけというにっちもさっちも行かない現状。どうしまひょ。
ブログを始めたのも要は、「なにもないぼくですが、なにかをしていればなにかが見えてきたりしませんかね?」なんて都合のいい期待を持ってやりはじめたのですが、展望への距離は一向に縮まる気配がない。それどころか最近ではブログにテキトーなことを書くたびに、より一層たどり着きたいなにかから遠ざかっているような気がしてならない。
だったらなにもしないでただのサラリーマンという自分に満足と言うか、背伸びをせずに等身大の自分を足の裏からつむじまで再確認し、「そんなもんだろ」なんて知った顔で頷くというのが一番手っ取り早いのは間違いないんだが、それだけは嫌らしい。
だったら頑張れよと自分に発破を掛けるが「頑張れなんて言われたってどうしたらいいかわかんないよっ!」なんてぼくの大半を占める頭の中の小さいおっさんは、碇シンジ君みたいに首をフリフリ唾を撒き散らし駄々をこねるだけで、なにも解決策を出してはくれない。
で、そんな迷える羊にちょうどタイミングよく神の見えざる手が見えるわけだ。意味わかんないですね。ちょうどタイミングよく刺激的なもの目にするんですよ。毎日充実していそうな友人であるとか、同じような環境の中で頑張っているひとのブログであるとか。そういうのを目の当たりにすると、このままじゃあかんと思うわけです。
羅王に倒され「うっ」なんつって倒れて、ベットボタンを押すとどこかからか「ケーン!」ないし「ケンシロウ」という神の声が聞こえてきて「ウオォー!」なんつって立ち上がるわけです。
結局ループなんですよね。
このままじゃあかーん!
↓
とりあえずなんかをやってみる
↓
展望は見えない
↓
がんばろうよ、おれ
↓
どうしたらいいかわかりませーん
↓
刺激的な人やブログに影響を受ける
↓
このままじゃいやーん!
なんて感じで。成長しないんですよね。こういう無意味な言葉の羅列のブログ書くところもほんと成長しない。やめりゃーいいのに書いちまう。さびしーんだろうな。
だなもんで、またブログの方向性を変えることになるかもしれない。そう考えてもう3回くらい同じような内容のブログを場所を替え替えやってるわけだが。ほんっと成長しません。一体なにがしたいんだか。中学生みたいで気持ち悪いわ。
とりあえずなにか面白いことをしたい!!
ただ、こうなりたい!というビジョンも不明瞭であり、そのビジョンにたどり着くまでの道程なんぞまったく見えやしない。掴もうとする雲すら見えない状態です。真っ白な世界の中「現状打破!」と旗を掲げている裸の自分がいるだけというにっちもさっちも行かない現状。どうしまひょ。
ブログを始めたのも要は、「なにもないぼくですが、なにかをしていればなにかが見えてきたりしませんかね?」なんて都合のいい期待を持ってやりはじめたのですが、展望への距離は一向に縮まる気配がない。それどころか最近ではブログにテキトーなことを書くたびに、より一層たどり着きたいなにかから遠ざかっているような気がしてならない。
だったらなにもしないでただのサラリーマンという自分に満足と言うか、背伸びをせずに等身大の自分を足の裏からつむじまで再確認し、「そんなもんだろ」なんて知った顔で頷くというのが一番手っ取り早いのは間違いないんだが、それだけは嫌らしい。
だったら頑張れよと自分に発破を掛けるが「頑張れなんて言われたってどうしたらいいかわかんないよっ!」なんてぼくの大半を占める頭の中の小さいおっさんは、碇シンジ君みたいに首をフリフリ唾を撒き散らし駄々をこねるだけで、なにも解決策を出してはくれない。
で、そんな迷える羊にちょうどタイミングよく神の見えざる手が見えるわけだ。意味わかんないですね。ちょうどタイミングよく刺激的なもの目にするんですよ。毎日充実していそうな友人であるとか、同じような環境の中で頑張っているひとのブログであるとか。そういうのを目の当たりにすると、このままじゃあかんと思うわけです。
羅王に倒され「うっ」なんつって倒れて、ベットボタンを押すとどこかからか「ケーン!」ないし「ケンシロウ」という神の声が聞こえてきて「ウオォー!」なんつって立ち上がるわけです。
結局ループなんですよね。
このままじゃあかーん!
↓
とりあえずなんかをやってみる
↓
展望は見えない
↓
がんばろうよ、おれ
↓
どうしたらいいかわかりませーん
↓
刺激的な人やブログに影響を受ける
↓
このままじゃいやーん!
なんて感じで。成長しないんですよね。こういう無意味な言葉の羅列のブログ書くところもほんと成長しない。やめりゃーいいのに書いちまう。さびしーんだろうな。
だなもんで、またブログの方向性を変えることになるかもしれない。そう考えてもう3回くらい同じような内容のブログを場所を替え替えやってるわけだが。ほんっと成長しません。一体なにがしたいんだか。中学生みたいで気持ち悪いわ。
とりあえずなにか面白いことをしたい!!
今年のゴールデンウィークについての総評
毎年毎年ゴールデンウィークであるとか、夏休みであるとか、年末であるとか、ある程度のまとまった休みが取れるところに突入すると、BLANKEY JET CITYの「DIJのピストル」の歌詞の中にある「なにかとっても悪いことがしたい!」的なノリで、「今年の休みこそなにかおおそれたことをしてやるぜ!」なんつって毛穴から湯気をブシューっと出しまくるんですが、休みが終わると「今年もなにもできなかったな……所詮そんなもんだろ?」なんて空気の抜けたダッチワイフのような顔をして次の休みに想いを馳せるなんてことを繰り返してました。いかんなぁー、いかんよ君って感じです。
さて、今年のゴールデンはいかがだったでしょうか?今年の「なにかとっても悪いことがしたい!」的なノリのおおそれたことは本棚の整理でした。全然おおそれてなんかねえじゃねーか!的なツッコミ目当てではありません。これ、マジです。
本棚の整理といってもただ単純に本棚を整理するだけではありません。ブクログ というウェブ上の本棚的なものを作るのがあるんですが、昔ほんのちょっとやっただけで手付かずになっていたこれの整理です。
本が汚くなるのが嫌なんで、本屋で購入した際に付けてくれるブックカバーを付けたまんま本棚にぶっ混んでるんですよ、わたし。これのおかげで本は確かに汚れないんですが、如何せんブックカバーが付いたままだから本を探す際には、いちいち本を開いてタイトルを見ていかないとならない。これがめんどくさいんです。ブックカバー付けなくても本なんてたいして汚れないよ、とみんな言うのですが、わたしには嫌なんです。ただ探すのはめんどくさい。汚れるのは嫌だし、めんどいのも嫌だ。なにかベリグな妥協点はないのだろうかと頭を悩ませた際に見つけたのがこのブクログでした。ウェブ上で管理できるなら汚れないし、探すのも楽チンだね!ってことでさっそく登録して、作成を始めたのですが、途中でめんどくさくなってやめてしまったのですよ。本なんてこの先いくらでも増えていくからめんどくね?ってことで。ただ気にはなっていたんですよ。いつかやろう、いつかやろう、と思ってはいましたから。そしてこのゴールデンウィークがその「いつか」だったんですねぇー。
で、このゴールデンウィークも終わりを迎えた今日この頃、「見てくれよみんな、これがおれの本棚だぜ!」
的な紹介ができればよかったのですが、生憎なにもしていないのでお披露目はできません。なんか風邪引いたっぽくてさ、ゲホゲホなんて言い訳しますが、実情はやはりめんどかっただけです。いかんなぁー、いかんよ君です、まじで。
今年のゴールデンウィークもだめだったか……なんて諦めかけていたら、こんなものが!
これ欲しくない人っているのでしょうか。お値段はなかなかのものですが、それだけの価値は十分あると思われます。
家に一人でいてもまるでペットのような存在になりそうだし、友人なんかを招待したら一週間くらい家に住み着かれるかもしれません。ましてや女性を家に誘おうものなら……
そういえばちょっと前にこんな気になる記事が
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0805/01/news010.html
どうですか。関西の女性が来たらもう間違いないですよ。関東でも間違いないですよ。ぼくが女性なら、恋だの愛だのそんなの関係なくよく家に遊びにいきますよ。そこから深い関係になるもよし!延々とビデオを見続けるもよし!まじマストバイですよこれ。
ゴールデンウィークはだめだめでしたが、夏休みこそこいつを買って「なにかとっても悪いこと」をしてやろうじゃありませんか!
※DIJのピストルの「DIJ」とは
D okidokiするような
I kaれた
J inせい
ということのようです。「ドキドキするようなイカレタ人生」憧れますね。
さて、今年のゴールデンはいかがだったでしょうか?今年の「なにかとっても悪いことがしたい!」的なノリのおおそれたことは本棚の整理でした。全然おおそれてなんかねえじゃねーか!的なツッコミ目当てではありません。これ、マジです。
本棚の整理といってもただ単純に本棚を整理するだけではありません。ブクログ というウェブ上の本棚的なものを作るのがあるんですが、昔ほんのちょっとやっただけで手付かずになっていたこれの整理です。
本が汚くなるのが嫌なんで、本屋で購入した際に付けてくれるブックカバーを付けたまんま本棚にぶっ混んでるんですよ、わたし。これのおかげで本は確かに汚れないんですが、如何せんブックカバーが付いたままだから本を探す際には、いちいち本を開いてタイトルを見ていかないとならない。これがめんどくさいんです。ブックカバー付けなくても本なんてたいして汚れないよ、とみんな言うのですが、わたしには嫌なんです。ただ探すのはめんどくさい。汚れるのは嫌だし、めんどいのも嫌だ。なにかベリグな妥協点はないのだろうかと頭を悩ませた際に見つけたのがこのブクログでした。ウェブ上で管理できるなら汚れないし、探すのも楽チンだね!ってことでさっそく登録して、作成を始めたのですが、途中でめんどくさくなってやめてしまったのですよ。本なんてこの先いくらでも増えていくからめんどくね?ってことで。ただ気にはなっていたんですよ。いつかやろう、いつかやろう、と思ってはいましたから。そしてこのゴールデンウィークがその「いつか」だったんですねぇー。
で、このゴールデンウィークも終わりを迎えた今日この頃、「見てくれよみんな、これがおれの本棚だぜ!」
的な紹介ができればよかったのですが、生憎なにもしていないのでお披露目はできません。なんか風邪引いたっぽくてさ、ゲホゲホなんて言い訳しますが、実情はやはりめんどかっただけです。いかんなぁー、いかんよ君です、まじで。
今年のゴールデンウィークもだめだったか……なんて諦めかけていたら、こんなものが!
- ニッコー [最終入荷!5月中旬入荷予定!]R2-D2 DVDプロジェクター
- ¥388,500
- イーベスト
これ欲しくない人っているのでしょうか。お値段はなかなかのものですが、それだけの価値は十分あると思われます。
家に一人でいてもまるでペットのような存在になりそうだし、友人なんかを招待したら一週間くらい家に住み着かれるかもしれません。ましてや女性を家に誘おうものなら……
そういえばちょっと前にこんな気になる記事が
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0805/01/news010.html
どうですか。関西の女性が来たらもう間違いないですよ。関東でも間違いないですよ。ぼくが女性なら、恋だの愛だのそんなの関係なくよく家に遊びにいきますよ。そこから深い関係になるもよし!延々とビデオを見続けるもよし!まじマストバイですよこれ。
ゴールデンウィークはだめだめでしたが、夏休みこそこいつを買って「なにかとっても悪いこと」をしてやろうじゃありませんか!
※DIJのピストルの「DIJ」とは
D okidokiするような
I kaれた
J inせい
ということのようです。「ドキドキするようなイカレタ人生」憧れますね。
男は意地の痩せ我慢!
電車に乗っていたときのこと。3人がけの席ってあるじゃないですか、車両との継ぎ目のところに。端っこ好きのわたしとしてはあそこ好きなんですよ。3人座れるうちの2人は端っこに座れて、かつ最初っから3人以上は乗れない作りになってるから、それほどせまくて窮屈になることがないから。
で、運良く3人がけの端っこを確保できたわたしは「これで駅までゆったり行けるな」なんて安心しきっていたら、突如目の前が真っ暗になった。「停電か!?」と思い、顔をあげるとそこにはわたしの眼前をすべて塞ぐほどのスパーデブが立っていた。まさか……と不安になったが、その不安は的中した。スーパーデブはわたしともう一人の人が座っている間に体をねじ込んできた。それはそう、ねじ込むという表現以外表現のしようがないほどに非常にねじ込んできた。巨大なヒップをねじ込むとあとは力任せにそのはち切れているボディをクネクネしながらねじ込んでくる。あまりのねじ込みぶりにこっちの肩が悲鳴を上げた。端っこなのに全然ゆとりがない。
「ぶっ殺すぞこのスーパーデブ!」と口には出さないが、目で殺そうとしたそのときわたしの目がスーパーデブの読んでいた本を捉えた。「男は意地の痩せ我慢」だと?
(非常に残念なことに画像もなにもありませんでした。アマゾンには在庫があるようです。)
ちょっと待てよと。あんた眼鏡を頬肉に食い込ませてそんな本読んでる場合じゃないだろ。あんたが読まないといけないのは確かに「痩せ」のキーワードは合ってるけど、それ「痩せ」違いだよ。そう、こんな本を読むのであれば……
「男」というものについて考えた。いや、そりゃおれも男なのだから、あえて深く考える必要なんてないんだけど、おれの中の男の部分が「男としてのおれはこれでいいのか?」と自問自答を投げかけてくるわけであって、いまいちすっきりしないから考えてみているわけでありまして。
男とはなんだろうか?雄である。雄とはなにか?男である。そりゃそうだ、考える必要なんてまるでない。こんなことを考えているなら英単語の一つでも憶えたり、足の爪でも切っていたほうがよほど有意義なんだが、今は残念ながら英単語を覚えることや足の爪を切ることよりも「男」について考えた方がいいみたいだ。なにがいいのかはよく分かんないけど、そっちのほうが楽しいし、将来のおれのためになりそうな気がするんですよ。
ということでまた思いを馳せる。男とはなにか?雄である。雄とはなにか?男である。だからそうじゃないんだって。もっとこうほら、もう一歩突き進んだ議論はできなのかね。
じゃあちょっと見方を変えてみよう。どんな男になりたいか。そうそう、それいいよ。そういう感じ、うん悪くないよ。ん?なんだ?今映画監督ってフレーズが頭を過ぎった気がしたけど。男とは映画監督なんだろうか?ってことはおれは映画を撮るべきなんだろうか。「男を撮ることでぼくはよりいっそう男というものに興味を持つようになりました」記者会見のときに「監督はどのような理由からこの映画を撮ろうと思われたのですか?」なんて記者に問われたらそう答えよう。いや、でもそう答えると記者会見が終わった後に記者が蕎麦屋でメシ食ってるときに「聞いたか?あの監督の言葉。男に興味を持っただってよ。やばくね、あいつたぶん男好きだよ。女より男が好きな男だよあの監督は」なんてことが囁かれ翌日のスポーツ新聞の夕刊には「男好き監督」なんて誤解200%の記事が載ったりするんだ。あちゃー。映画監督だから男ってわけじゃあなさそうだな。
じゃあ男とはなにか?おとこことお。とここと。ここ。おとことこ。おとこのこ。何歳から男の子は男になるんだろうね。小学生は男の子だね。中学もおじさんなんかからしたら男の子だけど本人達からしたら「もう自分たばこも酒も女もバイクも知ってるんでぇ、そぉこんとぉこ、よろくぅ」なんて思っている奴はもう自分を男と思っているんだろうな。これがジェネレーションギャップってやつで、中学生だと思って馬鹿にしてるとナイフで刺されたり、鉄パイプで殴られてお陀仏なんてことになったりするから恐ろしい世の中でして。安心できるのはどこでしょうか、この世の中。なんて悲観にくれたりしても、現実として中学生による殺人なんて起こったりするから怖いよね。
でも鉄パイプって男だよな。あれこそ男の象徴といっても過言ではない気がしてきた。だって鉄パイプと女なんて結びつかないしね。「いやん、こんな重いもの持ちあげられない」なんてバイクで転んで鉄パイプに潰されくねくねさせてる女を助けてやるのは男であり、片手で鉄パイプを振り回す男に女は男を感じるわけで、「なんて鉄パイプの似合う男」なんて不二子ちゃんのような甘い囁きを耳元に寄せたりするわけだ。それで二人でヘルメットかぶったまま銭湯とかいくわけだ。坂道肩寄せて背中には夕日が当たり。
なら今のおれのこのもやもやは鉄パイプを持てば満たされるかというとそういうわけでもなさそうだから困るんですよ。いいよ、今から工事現場行ってきても。鉄パイプブンブンさせてやりますよ。でもその結果得られるものはなにもないですよ。やってみなけりゃ分かんないって?いや、わかるよ。そりゃ今まで生きてきて鉄パイプブンブンさせたことは一度もないけど、なんとなくわかるよ。だって鉄パイプだもん。男らしいけど、それは男が持つから男らしいだけであって、鉄パイプ持った女を男らしいとは思わないもん。でも鉄パイプを口で咥えてブルンブルンさせたらどうだろうか。男らしいのではないか。女が鉄パイプを口で咥えてブルンブルンさせていたら……狂気の沙汰じゃないな。ホラーだ。
どうしたいんだ、おれよ?どうすればこの胸のもやもやは消えてなくなるんだ?男塾でも通えばいいのか?ん。いやいや、ちょっと待てよ。男塾には男の中の男がいたじゃないか。なんで忘れていたんだ、あの男を。富樫がいたじゃないか。あの男の中の真の男が。沸騰させた油に全身浸かってみたり、富士山で宙ぶらりんになったときも口で命綱の荒縄を咥え果敢に戦った男がいたじゃないか。男は男塾にあり!向かうは本屋だ!
しかし男塾なんて古い漫画がまだこんな小奇麗な本屋に置いてあるだろうか。あるじゃん!なんか小さくなってるけどあるじゃん!富樫富樫と。めんどくさいから全巻買うか。けっこうな量だな。めんどくさいから店員呼ぶか。「店員さー……」ちょっと待てよ。おまえなにをする気だ。まさか富樫の真似をする気か。死ぬぞ。間違いなく死ぬぞ。正気の沙汰じゃない。そう、正気の沙汰じゃない。それにおれは男になりたいけど、その純粋な行為が他人の模倣という情けないことの下に成り立っていていいのか。富樫は確かに男だ。おれは認めた。富樫は男の中の男だ。あいつは生き様が男なんだ。模倣して生きていたらおれは自分を男と認められないのではないか。模倣の生き様は男らしくない。ならどうすればいいんだ!膝を叩いても股を叩いても答えは見付からない。男らしい生き様とはなんなんだ!
ガン!本棚に怒りの拳をめり込んだそのとき、一冊の本が目に入った。なんだって?「男は意地の痩せ我慢」だって。痩せ我慢。痩せ我慢。男は痩せ我慢。富樫は痩せ我慢。男は意地の痩せ我慢!おれは意地の痩せ我慢!そうか、つながった。痩せ我慢こそ男の美学!富樫の男らしさも痩せ我慢の一言に尽きる!男は痩せ我慢してこその男なんだ!「店員さーん、この本買いまーす」
なんて設定なら分かるんですよ。この本を掴むのも。ただここまで書いておいて画像もリンク先もなにも表示できないのが残念でたまらないのですが、ここまで書いてしまったのでしょぼしょぼですがウップしておきます。今後は気をつけます。
で、運良く3人がけの端っこを確保できたわたしは「これで駅までゆったり行けるな」なんて安心しきっていたら、突如目の前が真っ暗になった。「停電か!?」と思い、顔をあげるとそこにはわたしの眼前をすべて塞ぐほどのスパーデブが立っていた。まさか……と不安になったが、その不安は的中した。スーパーデブはわたしともう一人の人が座っている間に体をねじ込んできた。それはそう、ねじ込むという表現以外表現のしようがないほどに非常にねじ込んできた。巨大なヒップをねじ込むとあとは力任せにそのはち切れているボディをクネクネしながらねじ込んでくる。あまりのねじ込みぶりにこっちの肩が悲鳴を上げた。端っこなのに全然ゆとりがない。
「ぶっ殺すぞこのスーパーデブ!」と口には出さないが、目で殺そうとしたそのときわたしの目がスーパーデブの読んでいた本を捉えた。「男は意地の痩せ我慢」だと?
(非常に残念なことに画像もなにもありませんでした。アマゾンには在庫があるようです。)
ちょっと待てよと。あんた眼鏡を頬肉に食い込ませてそんな本読んでる場合じゃないだろ。あんたが読まないといけないのは確かに「痩せ」のキーワードは合ってるけど、それ「痩せ」違いだよ。そう、こんな本を読むのであれば……
「男」というものについて考えた。いや、そりゃおれも男なのだから、あえて深く考える必要なんてないんだけど、おれの中の男の部分が「男としてのおれはこれでいいのか?」と自問自答を投げかけてくるわけであって、いまいちすっきりしないから考えてみているわけでありまして。
男とはなんだろうか?雄である。雄とはなにか?男である。そりゃそうだ、考える必要なんてまるでない。こんなことを考えているなら英単語の一つでも憶えたり、足の爪でも切っていたほうがよほど有意義なんだが、今は残念ながら英単語を覚えることや足の爪を切ることよりも「男」について考えた方がいいみたいだ。なにがいいのかはよく分かんないけど、そっちのほうが楽しいし、将来のおれのためになりそうな気がするんですよ。
ということでまた思いを馳せる。男とはなにか?雄である。雄とはなにか?男である。だからそうじゃないんだって。もっとこうほら、もう一歩突き進んだ議論はできなのかね。
じゃあちょっと見方を変えてみよう。どんな男になりたいか。そうそう、それいいよ。そういう感じ、うん悪くないよ。ん?なんだ?今映画監督ってフレーズが頭を過ぎった気がしたけど。男とは映画監督なんだろうか?ってことはおれは映画を撮るべきなんだろうか。「男を撮ることでぼくはよりいっそう男というものに興味を持つようになりました」記者会見のときに「監督はどのような理由からこの映画を撮ろうと思われたのですか?」なんて記者に問われたらそう答えよう。いや、でもそう答えると記者会見が終わった後に記者が蕎麦屋でメシ食ってるときに「聞いたか?あの監督の言葉。男に興味を持っただってよ。やばくね、あいつたぶん男好きだよ。女より男が好きな男だよあの監督は」なんてことが囁かれ翌日のスポーツ新聞の夕刊には「男好き監督」なんて誤解200%の記事が載ったりするんだ。あちゃー。映画監督だから男ってわけじゃあなさそうだな。
じゃあ男とはなにか?おとこことお。とここと。ここ。おとことこ。おとこのこ。何歳から男の子は男になるんだろうね。小学生は男の子だね。中学もおじさんなんかからしたら男の子だけど本人達からしたら「もう自分たばこも酒も女もバイクも知ってるんでぇ、そぉこんとぉこ、よろくぅ」なんて思っている奴はもう自分を男と思っているんだろうな。これがジェネレーションギャップってやつで、中学生だと思って馬鹿にしてるとナイフで刺されたり、鉄パイプで殴られてお陀仏なんてことになったりするから恐ろしい世の中でして。安心できるのはどこでしょうか、この世の中。なんて悲観にくれたりしても、現実として中学生による殺人なんて起こったりするから怖いよね。
でも鉄パイプって男だよな。あれこそ男の象徴といっても過言ではない気がしてきた。だって鉄パイプと女なんて結びつかないしね。「いやん、こんな重いもの持ちあげられない」なんてバイクで転んで鉄パイプに潰されくねくねさせてる女を助けてやるのは男であり、片手で鉄パイプを振り回す男に女は男を感じるわけで、「なんて鉄パイプの似合う男」なんて不二子ちゃんのような甘い囁きを耳元に寄せたりするわけだ。それで二人でヘルメットかぶったまま銭湯とかいくわけだ。坂道肩寄せて背中には夕日が当たり。
なら今のおれのこのもやもやは鉄パイプを持てば満たされるかというとそういうわけでもなさそうだから困るんですよ。いいよ、今から工事現場行ってきても。鉄パイプブンブンさせてやりますよ。でもその結果得られるものはなにもないですよ。やってみなけりゃ分かんないって?いや、わかるよ。そりゃ今まで生きてきて鉄パイプブンブンさせたことは一度もないけど、なんとなくわかるよ。だって鉄パイプだもん。男らしいけど、それは男が持つから男らしいだけであって、鉄パイプ持った女を男らしいとは思わないもん。でも鉄パイプを口で咥えてブルンブルンさせたらどうだろうか。男らしいのではないか。女が鉄パイプを口で咥えてブルンブルンさせていたら……狂気の沙汰じゃないな。ホラーだ。
どうしたいんだ、おれよ?どうすればこの胸のもやもやは消えてなくなるんだ?男塾でも通えばいいのか?ん。いやいや、ちょっと待てよ。男塾には男の中の男がいたじゃないか。なんで忘れていたんだ、あの男を。富樫がいたじゃないか。あの男の中の真の男が。沸騰させた油に全身浸かってみたり、富士山で宙ぶらりんになったときも口で命綱の荒縄を咥え果敢に戦った男がいたじゃないか。男は男塾にあり!向かうは本屋だ!
しかし男塾なんて古い漫画がまだこんな小奇麗な本屋に置いてあるだろうか。あるじゃん!なんか小さくなってるけどあるじゃん!富樫富樫と。めんどくさいから全巻買うか。けっこうな量だな。めんどくさいから店員呼ぶか。「店員さー……」ちょっと待てよ。おまえなにをする気だ。まさか富樫の真似をする気か。死ぬぞ。間違いなく死ぬぞ。正気の沙汰じゃない。そう、正気の沙汰じゃない。それにおれは男になりたいけど、その純粋な行為が他人の模倣という情けないことの下に成り立っていていいのか。富樫は確かに男だ。おれは認めた。富樫は男の中の男だ。あいつは生き様が男なんだ。模倣して生きていたらおれは自分を男と認められないのではないか。模倣の生き様は男らしくない。ならどうすればいいんだ!膝を叩いても股を叩いても答えは見付からない。男らしい生き様とはなんなんだ!
ガン!本棚に怒りの拳をめり込んだそのとき、一冊の本が目に入った。なんだって?「男は意地の痩せ我慢」だって。痩せ我慢。痩せ我慢。男は痩せ我慢。富樫は痩せ我慢。男は意地の痩せ我慢!おれは意地の痩せ我慢!そうか、つながった。痩せ我慢こそ男の美学!富樫の男らしさも痩せ我慢の一言に尽きる!男は痩せ我慢してこその男なんだ!「店員さーん、この本買いまーす」
なんて設定なら分かるんですよ。この本を掴むのも。ただここまで書いておいて画像もリンク先もなにも表示できないのが残念でたまらないのですが、ここまで書いてしまったのでしょぼしょぼですがウップしておきます。今後は気をつけます。
