湘南の建築家のひとりごと -2ページ目

ワンデイ カフェ

今年はいまだ寒い日々が続くが、季節は着実に春のの訪れを感じさせている。
土筆が顔を出し、新芽をたくわえた木々の枝葉が今かとばかりに芽吹く様子は
すべてが「動き出す」躍動感を与えてくれる。

毎日の通勤自転車コースも、変化が訪れ楽しみが増えてきている。

そんな、自然を感じられるスピード感が心地よい自転車の季節が始まった。

先日からインフォメーションしている、葉山にあるヴィンテージ プジョー専門店
「TANTO LION」タントライオンがイベントを行う。

DESIGN CAFEと称して毎月第1日曜日にKOBO CAFEが「ワンデイ カフェ」「アート展」
などいろいろな催しを開く。

第1回目は来月4月1日(日曜日)。(場所や時間は追ってリンクします)


さて、どんな人々が集まるのだろうか。
今から楽しみである。

KOBO CAFEのファンが寄ってくれる。
初めてヴィンテージ バイクを眺めにくる人。
開催場所のIGUANA VOICEの空間を体感したい人。
などなど、色々な思惑の色々な人々の巡り会いがありそうだ。

自転車が好きな私も、ヴィンテージプジョーを眺め、そしてヴィンテージバイクマイスター
「葉山自転車市場」の門脇氏の話に耳を傾けながら、おいしいお茶でもいただこうかと思う。

ついでに、密かに購入したいと思っているお目当てヴィンテージ バイクがあるので
それを眺めながら、「自転車の家」などを思い描こうと楽しみにしている。


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緑の地図

はじめての場所へと向かうとき、地図を使う。

その場所への目的手段として「道順」がある。
当たり前だが手段なので、「2つ目の交差点を左折して、50メートルくらい進んだ角にある
白い看板の店を右折して、、、」など現実的なサインで結んでいき目的地までの「道順」を
構成していく。

車など絶対的な速度の流れがある場合は的確で安全だと思う。

ただ、人がコントロールできる速度ならば他の手段もありかなと思う。
各ポイントを結ぶサインを置き換えてみるのだ。

その一つが「緑」つまり樹木や草花などがおもしろいかなと思う。

「5本並んでいるイチョウの2本目あたりを左折するとサツキの植え込みが50メートルくらい並んでいて、そこを歩いていくと白い看板にもたれかかるようなオリーブの樹の実の色付きが濃い方に目を向けた先にあります。」
随分とながい説明で、本当に付くのやら、どのくらいかかるのやら、と手間だらけだ。

時間を争う、はやりの「ビジネスパーソン」の方々にはまったくもって使えないだろう。
たわいのない、道順の説明すら結論を重要視するあまり「何両目の何番目の扉から乗って、、、」など
ともすれば、考える事をさせないとても親切なサービスだ?
まあ、なぜそこまで多忙な発想をしてしまうかを冷静に考えてみれば?と思うのだが。

だいぶ、話が道草をしてしまった。


手間のかかる道順でも、目線が変わることで各ポイントを探すための緊張感や(なにしろ自然物)
見つけた時の喜び、そして目線が変わることでの道中の様子の再発見ができるのではと思う。

「緑」は自然物なので四季によって変化する。
春先の鮮やかな緑色や花の色が見えたり、落葉した枝だけの時はその「緑」で隠れていたその先に
風景が開けたりする。
また、枝や葉の向きが並んで一方向に向いていれば「ああ、ここは風の抜け道だったのか!」など
自然物であるが故のまちなみの様子を知らせてくれることもあると思う。

あるいは、進む途中でリズム良く多くの緑が見ることができれば
その街の行政による、まちづくりへの意識の度合いを感じられる。

意識と視点を変えて移動するということは、必ずや何らかの気づきが生まれると思う。
そして、間接的かもしれないが物事へのプロセスの発想も多くなると思う。

都会だからこそ、「緑」が際立ちその大切さも気づけるはずだ。




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「好き」であっていけない

建築の設計をするということ。
この職業、自分自身においてとても感謝している。

あたりまえのことだが、注文建築であるからどれ一つとして同じではない。
その毎回が白紙から始まる環境は数ある職種のなかでも、それほど多くはないと思う。

ましてや、二次元から始まって三次元へと到達するまでの往来も含み
想像や発見が顕著に具体化してくることへの感嘆は毎回必ず得ている。

とても感謝している。
それは、設計を与えてくれる相手。お客様がいるからこそ
対話が生まれ、発想や想いが現実となってくれるのだ。

このような感謝の「毎回」に対して自分の設計への取り組み方を改めて考えている。

それを一つの言葉で表現するなら「好き」であってないけないのかなと。

一見、過激な表現だが真摯な心構えの表れなのだ。

「設計が好き」
これは言い換えればその行為だけに満足して完結してしまわないか。
想像や発想が多くを占める最初の段階でこれに陥ってしまうと、とても偏った自問自答となって
着地点を誤ってしまう気がする。
そして、それが恒常的になってしまうのではと思う。

本来、設計をすることはお客様のための行為である。
発想やセンスに共感していただき、御依頼の機会がある。でもそこから先はお客様への
設計行為であることを再認識しなければと思う。

「設計が好き」という言葉に甘えて、相手の存在や想いを置き去りにしてはいけない。



だからといって目を吊り上げてストイックに。
そんなことはまったく無し。
あくまでもお客様の想いに対して、柔軟さをもった姿勢で受け答え、それを設計していく。
そして、毎回が新鮮で特別なのだという意識を忘れずに取り組むことを忘れてはいけない。

それには、戒めもこめて「好き」という言葉に頼ってはいけないなと考えている。






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