ひとりになりたがること
先日、ご新規さん1名が私の住む地方に出張にくるというのでお会いしてきた。年齢は私の7つ上の40歳。身長175cm、痩せ型の専門商社にお勤めの方。年収は自己申告で私の半分程度の600万。名前を羽鳥さんとする。線の細い、落ち着いた利休タイプの男性だったので、話はそれなりに弾み、楽しい食事となった。お店が23時に閉まり、二次会にいきませんか、という流れになった。だが、その日昼間から会社の人間と懇親会をしていた私は、早くひとりになりたくて限界だったため、時間も時間だし、ということで先に失礼した。ちなみにこの懇親会で、独身女性を見下す発言に傷ついていたこともあり、羽鳥さんとの会合も憂鬱なほどにひとりになりたかったことを付け加えておく。お先に失礼した後、ごちそうになった上お土産までもらっていたので、お礼のメールを打って、さあようやくひとりになれる、と安堵していると、電話がなった。羽鳥さんからアプリを通じたコールだった。電話の内容は、「もう少し話したかった」とか、そんな内容。疲れすぎてよく覚えていない。15分くらいで切れたが、正直この時、「ああ、この人とは無理かもな」と思った。適齢期で独身の女には何か問題がある。以前はその言葉に反発を覚えていたし、今でもそれを理由に見下す人には軽蔑を覚えるが、確かに自分は欠陥品なのかもな、と思うことがある。特にこういう、人が人に求める当たり前の繋がりをうざったいと感じる時。最近は仕事も忙しく、ひとりになれる時間が短いので、余計に鬱陶しく感じるのかもしれない。でも、最低なことを承知でいうと、究極自分が求める最も理想的なかたちとは、「側にいて欲しい時に側にいてくれて、あとはひとりにさせてくれる」関係だ。そしてその側にいて欲しい時は、ひとりになりたい時間に比べて圧倒的に少ない。それ以上ははいってくるな、とさえ思う。でも結婚は契約で義務で責任だから、そういうフリーダムな関係とはまったく異なるものだ。そんなことを今更ながらに実感して落ち込んだ。結婚さえしていれば、世の中は勝手に私を「こちら側の人間」だと認識して受け入れてくれる。私がそのおかげでどれだけ苦労をして、どんだけしんどかろうと、それだけで人並みに幸せだと思ってくれる。結婚ってそういうものだ。本当の意味で支えあって理解できるパートナーに出会えない限り、その人に選ばれない限り、私はずっとこのしんどさがしんどくなくなる瞬間を待ちながら向き合わなきゃならない。憂鬱だな、と思った。他の人にはこういうしんどさはないのだろうか。もうなんか適当に結婚してさっさと離婚したいとさえ思う今日この頃。30代以上はバツイチの方が生きやすいんだもんなぁ。