【2039年の黙示録⑦】アセンションの真実 | 【アテナの錬金術】エメラルド・タブレットのAscension Apocalypse

【アテナの錬金術】エメラルド・タブレットのAscension Apocalypse

アテナとは『ギリシア神話』の最高神ゼウスの額から生まれた知恵と芸術の女神で、
自由気ままだが理性的で慈悲深く気高い戦士として登場し、
錬金術の本質は「人間の魂をGOLDに錬成すること」を目的とする。

 

まず前置きとして、「なぜ人類の1/3が死ななければならないのか」についての続きを書いておこう。
 
 
『日月神示』に「何もかも三分の一ぢゃ」と示されている通り、それは人間だけではないようである。
 
「死ぬか生きるかは人民ばかりではないぞ。
神々様も森羅万象のごとくが同様であるぞ。
しばらくの生みの苦しみ。」
(日月神示)

 

 
 
前回は「最後の審判」について書いたが、大慈愛である神(宇宙の法則)は人間に軌道修正させるため、日々常々、気づきを与えようとしているのだ。
 
いわゆる「カルマの法則」であり、良い意味でも悪い意味でも「引き寄せの法則」もそれに該当する。
 
つまり、想念や言葉や好意に応じた出来事を体験するということである。
 
 
 
『日月神示』には次のように示されている。
 
「審判の時来ているのに気づかぬか。
その日その時裁かれているのだぞ。
早く洗濯せよ、掃除せよ。」
 
「殺して救うのと、生かして御用に使うのとあるぞ。
今度はハッキリ区別するのだぞ。昔からの因縁だぞ。」
 
「死んで生きる人と、生きながら死んだ人とになるぞ。
神のまにまに神の御用して呉れよ。
殺さなならん臣民、どこへ逃げても殺さなならんぞ。
何処にどんな事して居ても助ける人は助けるのざぞ。」
 
(日月神示)

 

 
 
最後の審判とは「人類のカルマの総決算」であり、何処にいても助かる人は助かり、何処に逃げても死ぬ人は死ぬ運命なのだ。
 
 
だが、「殺して救う人」もいるということなので、肉体の生死に囚われすぎてもいけない。
 
生き残ったとしても「生きながら死んだ人」になることもあるからだ。
 
 
現代社会を見渡してみても、生きながら死んでいるような人は少なくはない。
 
最後の審判の後に生きながら死んだような人になるのは、ヒトラーが予言している「ロボット人間」であろう。
 
 
 
 
もう1つ本質的な話をしておくと、3次元世界は上次元世界の投影である。
 
 
分かりやすく説明すると、哲学者プラトンが説いたイデア論の「洞窟の比喩」のようなものである。
 
 
 
 
あの世から見れば、この世こそ「死の世界」であり、生命エネルギーの低い世界なのだ。
 
つまり、死後の世界の方が本質的な世界で、生死の概念や感覚が反転しているのである。
 
その生と死を等化すれば、生死は一元的なものとなって解決することになる。
 
 
「変換人に進化すれば死は克服されます。
これから起こる意識進化とは、人間が生きながらにして死後の世界へ入っていくという言い方ができるかもしれません。
その意味で言えば人間は不死となります。」
(OCOT)

 

 
 
死を克服して不死となる……。
 
歴史上の有名人で死を克服した人間は「イエス・キリスト」がいる。
 
イエスは一度死んだが、それが死を克服するための通過儀礼のようである。
 
 
「残る者の身も一度は死ぬことあるぞ。
死んでからまた生き返るぞ。」
 
「今の肉体のままでは、人民生きて行けんぞ。
一度は仮死の状態にして魂も肉体も半分のところは入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組み。」
 
「半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならん。」
 
「灰になる肉体であってはならん、原爆にも水爆にもビクともしない肉体となれるのであるぞ。」
 
(日月神示)
 
 
 
半霊半物質というと「クラゲ」のようなイメージがあるが、そういうわけではないようだ。
 
イエスが彼らの中にお立ちになった。
彼らは恐れ驚いて、霊を見ているのだと思った。
 
そこでイエスが言われた。
「なぜおじ惑っているのか。どうして心に疑いを起すのか。
わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ。」
 
こう言って、手と足とをお見せになった。
彼らは喜びのあまり、まだ信じられないで不思議に思っていると、イエスが「ここに何か食物があるか」と言われた。
彼らが焼いた魚の一きれをさしあげると、イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた。
 
(新約聖書「ルカによる福音書」第24章36~43節)
 
 
そして40日の間、イエスは使徒たちに最後の教えを説いた後、神の国に昇天した。
 
このキリストの昇天を「アセンション」というが、これは肉体の死を意味するものではない。
 
肉体のまま次元上昇し、3次元の世界から姿を消したのである。
 
 
中国の仙人やヒマラヤの聖者の中には数百歳といわれる人々が存在するが、彼らは復活したイエスと同じ「変身体」なのだ。
 
また、昇天したイエスと同じく昇天して、姿を消した人々の伝説もあり、しばしば肉体で出現することもあるそうである。
 
 
 
最も有名なのが、伝説のヒマラヤ聖者「マハー・アヴァター・ババジ」である。
 
 
 
ババジは西暦203年11月30日生まれで、1980年代に姿を消したそうだが、近年、再び3次元の世界に現れて、意識レベルの高い人間に接触し、霊的な指導をしているそうだ。
 
2019年現在で1816歳だが、外見は18歳くらいの青少年のように見えるという。
 
 
では、普通の肉体と「変身体」の違いは何か……。
 
まず、変身体は不老不死だが、外見的には普通の肉体と変わらず、手に触れることもできるという。
 
 
だが、太陽の下で影ができないらしく、普通の肉体ではないのだ。
 
波動(振動数)が高いため、写真に撮ってもボケて写るそうである。
 
 
道教に伝わる覚醒のための秘術「クンルンネイゴン」の継承者kan.氏は、テレパシーでババジに呼ばれ、ある国の山奥の洞窟でババジと邂逅したという。
 
そして、意識進化のための「認識の土台を形成するための学びのヒント」を教わったという。
 
 
 
その時の写真が、著書『時空を超えて生きる』で公開されている。
 
 
 
 
kan.氏は普通に写真に写る人物だが、肉体が消えたりテレポーテーションしたりするという。
 
 
 
 
「認識の土台を形成するための学びのヒント」は、OCOT情報及びヌーソロジーと通じるもので、改めて紹介したいと思うが、興味があれば書籍を読んでいただきたい。
 

時空を超えて生きる―潜象界と現象界をつなぐ

 
 
 
私も昔、瞑想中や睡眠中に肉体が度々消えていたことを家族から聞かされていたが、肉体が消えてしまえば「変換人」ではない。
 
もちろん、変換人になれば、肉体の消滅もテレポーテーションも自在にできるようになると思うが、「変身体」はあくまでも肉体として存在するのだ。
 
 
 
『日月神示』にも、半霊半物質体が「肉体」であることが明記されている。
 
「半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならん。」
 
「灰になる肉体であってはならん、原爆にも水爆にもビクともしない肉体となれるのであるぞ。」
 
 
 
考えてみれば分かるが、ヒトラーが予言しているように、「超人(変換人)」と「人間(ロボット人間)」が共存していくのであれば、外見は同じような肉体として交流できるはずである。
 
 
OCOT情報によれば約6500年間が「覚醒期(変換人の時代)」だが、やはり両者は共存していくという話になっている。
 
また、ピラミッドを建設したのは前次元の変換人とのことだが、透明の霊的な体ではピラミッド建設などできないだろう。
 
 
もう一度、下図の説明を読んでいただきたい。
 

 

 

約6500年後の覚醒期の終わりに「位置の等換作用」が起こり、変換人の「肉体」は削除され、真実の人間の次元に上がるという。

 

 

「真実の人間」とは神のことで、その次元を「オリオン領域」という。

 

 

尚、オリオン領域にアセンションできるのは、約1万3000年に一度の「位置の等換」の時に限られていて、肉体を消したイエス・キリストや伝説のヒマラヤ聖者でも、まだオリオン領域には到達していないのだ。

 
 
分かりやすく説明すると、我々もイエス・キリストも、約6500年後にオリオン領域にアセンションするのである。
 
つまり、3次元の世界から人類が一斉に姿を消すというイメージの「アセンション」は、覚醒期の終わりである約6500年後の出来事なのだ。
 
 
 
 
 
だが、2039年まで生きていれば変身体となり、約6500年後のアセンションを体験できるかもしれない。
 
では、約6500年後のオリオン領域へのアセンションと、イエス・キリストやヒマラヤ聖者のように肉体が消滅もするアセンションの違いは何なのか……。
 
 
 
オリオン領域へのアセンションは、約1万3000年周期の「位置の等換」が起きる時の出来事である。
 
イエスのように個人的にシリウス領域にアセンションするのは、「位置の変換」において可能だという。
 
 
シリウスのハーベストプログラムでは「2013年 位置の変換開始」とのことだが、詳細は次回の記事に譲りたいと思う。
 
 
 
 
 
【関連記事】
ババジについて興味深い話があるのだが、近日、姉妹blog「日本イルミナティ協会」にUPすることにしたい。
 

 
 

 

■ネオデジタル内観

 

最終的には自分自身を師として、内観を深めていくしかない。

私が薦めているのは「ネオデジタル内観」だが、それを私がバージョンUPして実践してきたのが「ハイパーネオデジタル内観」である。

 

熾烈な自己観察で「心のハルマゲドン」を通過してこそ、「ミロクの世」が実現するのだ。

その意味においても、来たるべきハルマゲドンは人類の集合的無意識の投影(=自分の投影)であり、内観によって大難は小難となるのだ。

 

seesaaブログ「神泉組2」にハイパーネオデジタル内観の記事を書いている。

これもリニューアルしてアメブロで新たに開設する予定だが、とりあえず、(改定版)と書いている最初の7つの記事だけ読んでおいていただきたい。

 

http://world888.seesaa.net/article/144726730.html

 

 

 

 


 

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