歌手でコンポーザーで友だちのBikkeさんから連絡が来て、
ブログを開設したとのこと☆

http://ljbk.exblog.jp/

ライブ情報のほか、不定期エッセイを連載(?)予定だそうでする。
見てね~☆

みすずの「雨水を飲みながら」を読み終えて、次は「海つながりかな~」くらいの軽い気持ちで荷物に入れた、アン・モロウ・リンドバーグの「海からの贈物」新潮文庫です。紙があまりに黄ばんでいるので、「いったいいつ買ったんだい」と奥付を見てみたら、昭和52年の14刷。中学生のころですかね。とほほ。お値段は160円。念のためにアマゾンを検索してみたら、現在は420円なり。けっこう値上がってます。そうでもない? ま、すごーく昔に読んだもんで、記憶がかなりおぼろですが、一応再読です(笑)。


本棚からこの本を抜き出した時点では、「雨水…」とのつながりはほとんど見えてなかったんですわ。なんで、「雨水…」の訳者、田崎由布子さんが「訳者あとがき」で<女性作家による内省系エッセイ><執筆の舞台となっているのが海辺での隠遁のような暮らし><ネイチャー・ライティングと呼ばれる自然と人間に関するノンフィクション文学>等々共通項を指摘し、同じ系譜にあることを述べているのを読んで「あらま☆」という気持ちになりましたわ。続けて読む本としては、かなり適切なセレクトだった感じです。と自画自賛(笑)。


名作なのでご存知の方が多いのでは~と思いますが、約120ページの中に8本のエッセイが収められていて、そのうち6本に貝殻の名前が付いているですね。つめた貝、日の出貝、牡蠣…。貝の形態や生態を述べながら、自然とリンドバーグさんの筆は自分の暮らしに進み、女として、妻として、母として、今の自分はどんな位置にあり、どのように生きてゆくべきかを考察します。


こういっちゃうと、「ジンセーを哲学する」難しい語り口を想像しちゃうんだけど、話の進め方が巧みというか、無理のない流れに乗っていて素晴らしい。大人っぽいエレガントさがありますわ。初めて読んだ時は「エッセイとはこうあるべきみたいな、お手本のような作品だな~」と思ったことを思い出しましたで。


訳者は吉田健一氏。きれいな日本語だけど、ちょっと時代がかっている感触あり。文庫の初版が出たのが昭和42年(’67年)みたいなので、古くさくなっているのは仕方ないかもしれません。落合恵子さんが訳した本もあるみたいなので、そのうちチェックしてみたいと思うです☆


*芋蔓本*

アン・モロウ・リンドバーグ著、落合恵子訳「海からのおくりもの」立風書房

本上まなみでウォーミングアップを済ませ、入院中に読破するぞ~と思って荷物に入れたメインの本にとりかかりました。

アリックス・ケイツ・シャルマン「雨水を飲みながら」みすず書房、です。


この本を知ったのは

雨水をのむ旅

で書きましたが、江國香織のムック「江國香織ヴァラエティ」を読んで。巻頭グラビアのために江國さんがわざわざアメリカのメイン州に会いに出かけた、女性作家のエッセイですね。みすずの本らしく、字がびっしり詰まった持ち重りのする約300ページ。格別あつーい本ではありませんが、独特の重さがあります。選ばれた紙のせいかもしれませんわ。


手術直後から激痛で困ったことはほとんでなくて、イマの医学の進歩を実感しましたぜ~。でーも、全く痛みがないはずはなく、腹筋にちょこっと力が入ると「いって~、いてて」でした(笑)。顔だけで笑っても、腹筋に反射的に(?)力が入ることも発見。にこっとしただけで、お腹に痛みが走るんだよ~、驚いた☆ 傷がまだ痛い時期に、まじめな本を手にとっても果たしてホンの世界に入り込めるのか疑問でしたが、時間がこまぎれにならない今回のようなチャンスはめったにないと考え直し、読み始めましたわ。おしっ、いくぞ(かけ声だけは勇ましい・笑)。


著者のことはムックのグラビアを読むまで全く知らなかったんですが、アメリカのフェミニズム運動を引っ張った超有名な作家さん。100万部を超えるベストセラーも出しているし、結婚協定という記事を書いて’72年の「ライフ」誌の表紙になったこともあるそうです(訳者あとがきより)。フェミニズム界の重鎮といってもいい方のようです。ワタシ、フェミニズム系の方は、ベティ・フリーダンしかしらなかったよぉ(汗)。


ただし、この本の内容がばりばりのフェミニズムかというと、全くそんなことはなくて、著者はひとりで辺鄙な海辺の小屋(電気も水道も引いていない)にこもって、己の内面を掘り下げる作業を繰り返すんです。その過程がじっくり書かれています。


ソローの「森の生活」やアン・モロウ・リンドバーグの「海からの贈り物」に近い印象を受けました。静かで淡々とした筆致は、「フェミニズムの闘士だったのかなぁ、ほんとに??」という温度感だし~。人間の複雑さというか多面性に思いが飛んでいきました(笑)。ネイチャー・ライティングのサブジャンルに含めても良いと、訳者の田崎由布子さんは書かれてます。わしもそう思いますた。


 ――自分で作るナブル料理も含めてほとんどのエスニック料理が、それぞれの土地の原材料や旬のものを利用することから生まれた、基本料理の組み合わせの単なるバリエーションにすぎないのだということを、あらためてしみじみと認識する。料理法の論理は生活の論理に似ている―店に出かけて何がいいか選びとるのではなく、自分に与えられたものをどう利用できるかということなのだ。p270


*芋蔓本*

レイチェル・カーソン「海辺」平凡社

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー「森の生活」岩波文庫

アン・モロウ・リンドバーグ「海からの贈り物」新潮文庫など


*ちゅうい*

みすずの本の著者名はシャルマン。彼女と江國さんの対話が掲載されている新潮社のムックの表記は、原音を考慮してシュルマンとしたそうです。Shulmanだから、シュの方がリアルかな。




本上まなみ、続けます。「ほんじょの天日干。」を読んで、久しぶりに虫干の方も読みたくなりました(なんかこう、タイトルの趣味がへんてこですね。タレント本ってこういうのがフツーですか・笑)。「ほんじょの虫干。」新潮文庫です。


この本は2部構成になっていて、全体の5分の2くらいが写真を織り交ぜたギリシャの旅行記。後半の5分の3が本に関するエッセイとなっています。本上さんが撮った写真は「…天日干。」の方が見ごたえがあるかな。本上さんが写っている写真はこっちの方が多いので、彼女の美しいお姿を拝見できるのがメリットです(笑)。


というのは冗談で、この本の最もキモな部分は、彼女の読書傾向がうかがえるエッセイだと思うですね~。すごく個性的です。


『浮雲』が好きです。

と言ったら、「そうですか、僕もです」とその人はいった。

(中略)

 「――それにしても『浮雲』いいですねぇ。ああいう、ずるずるした話大好きなんです」

……「ん?」 p115


ここで話題となっているのは「浮雲」。本上さんは二葉亭四迷の「浮雲」だと思って話をしていたのに、相手は林芙美子の「浮雲」を考えていたというエピソードが披露されているんですが、すんごく渋いセレクトじゃありませんかね。


赤川次郎とか夢枕獏(できすぎ?)が出てくるとは思わなかったけど、いやー、意表を衝かれたぁ。二葉亭四迷も林芙美子も、現国の教科書の後ろに付いていた文学史年表の中では「気にならないエリアの作家」だったもんですから、「この人、こういうの読むわけ? マジで?」と思いますた。


ちなみに林芙美子の「浮雲」は読みましたが、二葉亭四迷は未読。ワタシの中でこの2作家は、どうでもいいといいますか、気になったことがなかった。レベルは、正宗白鳥と田山花袋と同程度です(しつこくて、ごめんなさい)。


なのに、本上さんは力を込めて書いているんだな~。ん十年間気にとめていなかった作家があまりにも鮮やかに(?)フィーチャーされているんで、「はあ~」とあっけにとられました。読んでみようか、とも思いましたよ(笑)。で、渋いセレクトはまだまだ続くんです。そそられた本は芋蔓本として書きますわね。


*芋蔓本*

嵐山光三郎「桃仙人―小説深沢七郎」ちくま文庫

斉藤政雄「十皿の料理―コートドール 御馳走読本」朝日出版社

あたたかいお見舞いの言葉をたくさんいただきまして、ほんとうにありがとうございます。深々ぺこり。ようやく書く元気が戻ってきました。あの、病気でへとへとになっていたわけではないんですが、やっぱり退院後すぐは、字を書く気分ではなかったです(笑)。


「読むぞ~」とバッグに本をたんまり詰め込んで病院に乗り込んだものの、初日は術前のなんだかんだで忙しく、読書するヒマなし。2日目に切腹で、翌3日目はベッドにハリツケ状態。ようやく4日目に各種チューブから解放され、「ああ~すっきりした」と開放感に浸っていたら本を読むのを忘れました。だから入院の前半はほとんど本を読んでいません。


そもそも傷がふさがらないうちに読書に励めるのか、っていう問題がありますわな。ちょっと考えたら「無理っぽい」と分かると思うんですが、入院した本人はかなりぼけているので、体調に関する読みの甘さを笑ってくださいまし~。


入院の後半は読書三昧ですた。1冊目は本上まなみ「ほんじょの天日干。」学研。

この本は再読で、以前読んだ本は元オットの所有物だったので、先だってアマゾンのマーケットプレイスで購入。入院中に自宅に届いたのを、現ダンナが病院に持ってきてくれました。(何気にバツっている経歴を告白・汗)


テレビをあまり見ないんで、世の中の動きはもちろん、女優やタレントさんの動向にも、すごくうといんです。美人は好きだけど「ほお~キレイな女の子」で終わってしまう、あっさりさ。年寄りくさいかもしれんですね。だから本上まなみさんも、特に思い入れはなくて、この本を読んでから顔と名前が一致するようになったです。


収録されているエッセイと写真は月刊誌「BOMB」誌上が初出。とつとつとしたリズムの文章(原稿用紙に鉛筆で手書きしているらしい)も味があっていいし、写真がこれまたいいです。よくぞこんなモノを見つけたなぁというショットが多々あって、「センスがいい人だ」と感心しました。ただし、ここでいうセンスは、ちょっとキモいニュアンスが振りかかっているタイプのものです(笑)。


装丁も凝ってますね~。ダストカバーと表紙のデザインが異なるので、カバーをはずした時に「おお~っ」と楽しめます。発泡性インクを巧みに使った印刷も、なんかこう「必然性」を感じさせる仕上がりです。デザインは祖父江慎さん。本屋さんで見かけたら、手にとってみることをおすすめしやす。手触りがおもしろいんだもん☆


 崖の上のほうにトリカブトを発見した時は、双眼鏡を借りて見たよ。青くてきれいな花でした。仲間うちの若夫婦の、嫁さんのほうが夫の背後でニヤリ笑いました。p96

本日、無事に退院いたしました☆

帰宅してPCを起動し、アメーバをのぞきに来たら、励ましのコメントをいくつもいただいていてびっくり。

とってもうれしかったです。ありがとうございます。ぺこり。

少し、落ち着いたらレス、いたしますね~。

取り急ぎ、御礼のみにて

えーっと2週間ほど更新をお休みいたしますので、お知らせいたしますです~。

かれこれ10年ほど大切に(?)育ててしまった卵巣の良性腫瘍がありまして、以前からドクターに「取るべし」といわれておりました。切腹が嫌で逃げ回っていたものの、なぜかこのところぐんぐんと成長してしまい、仕方がないのでシゴトが一段落したのを機に手術することにしますた。


病気自体はよくあるものなので、手術・治療に関してほとんど心配はありません。それより、ビミョーに花粉症なので、切腹後にくしゃみが出ないことを祈ったりしてます。ドクターに抗ヒスタミン剤の処方も頼んだし(笑)。読むものがなくならないように、本もじっくり選んで荷物に詰めました。なんで、ちょっくら別の場所に行って読書してきます~☆

 

片岡 義男「私はいつも私」角川文庫、読了。

一昔以上前の話になりますが、新刊書店の角川文庫の棚に行くと、片岡義男の赤い背表紙がずら~っと並んでいたもんです。森瑤子もちょっとニュアンスの違う赤だったので、棚を占める色として赤の比率が高かったなあ。ご両者の人気ぶりが、色から読み取れるような気持ちになったですわ。


ところが、いつのころからか赤い背表紙の新刊が出なくなり、気づいたら片岡義男の文庫本をあまり見かけなくなってました。ハードカバーはあちこちの出版社から着々と刊行されていたものの、続けざまに角川から文庫の新刊が出ていたころを知っている者としては、なんか寂しかったな~。


2000年を過ぎたら、またちょっと状況が変わってきて、角川文庫に白い背表紙の片岡シリーズが登場。恋愛短篇セレクションと題されたアンソロジーの刊行も始まりますた。ほっほっほ。なんか喜ばしい。


アンソロジーに収められたほとんどの短篇は読んだことがあるんだけど、なんせ初めて読んだ時から時間が経っているので、新鮮な気持ちで読めます。つまり、内容を忘れているということですね(笑)。ピックアップされている作品とその並びも刷新されているので、ますます新刊気分です☆


「私はいつも私」に収められている「雨の降る駐車場にて」は、片岡作品の中で一番読み返した回数が多い短篇。ヒロインの平野美保子さんが、大好きなんです。おっとりした美人でいいですよお~。


 息子の浩之は、ベッドの下にもぐって遊んでいた。へそに人さし指を突き立てようとする彼に、美保子が好きなようにさせておいたら、すぐに彼はへそに興味を失った。酒田と電話で話しながら、美保子は、自分の指先をへそに入れてみた。面白くもなんともなかった。p37


じわ~っとおかしいところが、好きだなあ。しゃれた舞台設定やラジカルな人物造形も魅力的だけど、ワタシは片岡さんのユーモアの感覚に引かれる気がするです。それにしても、白い背表紙に切り替わったのが、いつだったかを確認しようと思って本棚を見に行ったら、「私はいつも私」がもう1冊あった。どういうこと? ついにボケがはじまったか。しくしく。


*芋蔓本*

片岡義男「道順は彼女に訊く」角川文庫:背表紙白

片岡義男「and I Love Her」角川文庫:背表紙赤

 

読み終わりました~、連続殺人系ミステリー。

パトリシア・コーンウェル「神の手 上・下」講談社文庫、です。

上下巻で600ページを超えますが、字は大きめ。初期のコーンウェル作品って、もっと小さな字がぎっしり詰まってた気がするけど、本のデザインの方針が変わったのかなぁ。確かめようにも、気に入っている「遺留品」とかが本棚に見当たらないんです。どこいったんだろ(笑)。


ケイ・スカーペッタが主人公の検死官シリーズは、最近の作品になるほどスケールが大きくなる傾向がありますね。アメリカ国内だけじゃなく、舞台が海外(ヨーロッパ)にも飛んだりするし、主人公とその周囲の人々の地位や収入もすごーくアップ。恋人のベントンがプラダ製品を身に付けているという記述を見つけて、なんかにやりとさせられたこともあった☆ プラダって、アメリカでは成功した大人が着るブランドというイメージなのかな。あ、これは「神の手」のハナシではありませんが。


過去の事件のもつれた糸をときほぐす、いわゆる謎解きスタイルではなく、ストーリーの中で事件がどんどん展開してゆくので、ケイと彼女をめぐる人々が犯人と真正面で対決することも多いです。これも近作の特徴のような気がする。


大掛かりな舞台設定と派手なストーリーが、なんかハリウッド映画みたい。楽しめるけど、映画を観るなら<ヨーロッパひねくれ系文芸作品>な感じがやっぱり好きだな~。ただし、こういうのばっかりを観てたころは、人とハナシが合わなくて困りますた(笑)。銃や車や大型バイクが轟音を響かせる、どか~ん、ばしゅ~んという雰囲気がな~。疲れるのは否めませんねぇ。


mixi内の江國香織コミュニティで、「きらきらひかる」(新潮文庫など)の続編があることを知りました。で、リンクが張られていたアマゾンに行って、マーケットプレイスに出ていた掲載ムック「江國香織ヴァラエティ」新潮社をゲット。数百円ほどプレミアが付いてまして、ビョミョーな感じのお値段です。「はずれだったらいやだな~」と思いながら、目を通しました。せこいです、ワタシ(笑)。


えーっとですね、この本ははっきりと「当たり」と申し上げたいと思います。<10年後のきらきらひかる>と紹介されている書下ろし小説「ケイトウの赤、やなぎの緑」が目当てだったので、ほかのページはそこそこ楽しめれば文句はない、と思っていたんですが、巻頭のアメリカ・メイン州の紀行がすごく良かった。


江國さんが「会いたい」と願っていた女性作家、アリックス・ケイツ・シュルマンさんのお宅に訪問したことが話題の中心になっているんですが、その前後のゆるゆるしつつも非日常感が漂う8日間を、江國さんはしっかりと綴っているんだな~。読んでいて気持ちがいいです。


併録されている、同行コーディネーターさんによるアカデミックな味わいのある短文や、編集者が書いたと思われる時事がらみのコラムなど、巻頭グラビアはグラビアにもかかわらず、読みでのある内容。江國さんを取り巻く状況が立体的に構成されていて、すごく丁寧な編集です。編集者が面倒な作業を厭わずに、いろいろな材料を時間をかけて加工したんでしょうねぇ。お疲れさまでした、と思わずねぎらいたくなりました。


うひゃ~と思ったのは、本の紹介ページ。江國さんによる読書案内といってもいいですな~。おもしろそうな本がいくつも取り上げられていて、落ち着かない気分になったことを告白いたしましょう(笑)。最も気になった2冊は芋蔓本として書いておきますので、ご興味のある方はどおぞ☆


*芋蔓本*

アリックス・ケイツ・シュルマン「雨水を飲みながら」みすず書房

ウンベルト・サバ「ウンベルト・サバ詩集」みすず書房