小花たわし








えーっと、ちっとも更新していなくてお恥ずかしい限りです。それなのにスキンのデザインだけはくるくる変更していて、落ち着きのないキャラがばればれ。二転三転しましたが、結局、使い慣れたこれに戻ってきました。なんか、もじもじ、な気分です。

読書と編み物は両立しないっすね(当たり前かぁ)。飽きっぽいワタシにては、しぶとく(?)編み物ウィークが続いておりまして、大江健三郎の進み具合がはかばかしくありませんですわ。いやはや。

ハナシはがらりと変わるのですが、先だってからサイドバーにカウンターを設置しております。さっき見たら500を超えてました!(^^)! キリ番はどなただったのかなぁ。心あたりのある方、いらっしゃいますでしょうか。たわし、プレゼントいたしますよん☆ 洗いもの、お掃除にとおっても便利です(ワタシ、いったいどこの回し者??)

棒針たわし3色


更新が間遠になっている間に何をやっていたのかといいますと、趣味の爆睡の追求のかたわら、アクリル毛糸でたわしをせっせこ編んでおりました。幼稚園のころ、母親に教えてもらって以来、編み物はずーっと好きで続けておりまして、もうすぐキャリアん十年。年をとったぜ(笑)。


取材-原稿書きのサイクルにちょいと飽きてしまって、一時、高級差別化素材(アルパカとかカシミアとか)を使った手編みマフラーの専門店をウェブでやろうかと妄想にふけったこともありましたん。その後、本業の方が激忙しくなり、んなことをいってられなくなったのですが、やっぱり原稿書きより編み物が好きだなぁ。はあ~。


お暇なようでしたら、ヒマツブシにどうぞご覧ください。編み物部のブログです。ぺこり。

*dharmaknit*ニット往来

「懐かしい年への手紙」流れで、大江健三郎続行です。

「新しい人よ眼ざめよ」新潮文庫、再読。


「懐かしい年…」ではダンテの「神曲」とともに、ウィリアム・ブレイクの詩が重要なキーワードのように使われていますが、「新しい人…」ではブレイクの詩の重要度がさらに増しているといったらいいかな。ブレイクが残した数多くの詩集から、たくさんの作品が引用されています。こういう小説の顔つきをなんて呼んだらいいのかね~、はて~、と首をかしげていたら、巻末の鶴見俊輔さんの解説を読んで、ひざを打ちました。


 ――上記の三つの小説(「個人的な体験」「ピンチランナー調書」「新しい人よ眼ざめよ」のこと)は、同じ主題について新しく作曲された音楽のように、それぞれ別の形式をもってのびてゆく。『新しい人よ眼ざめよ』は、ウィリアム・ブレイクの詩についてのコメンタリーの形をもっている。p311


コメンタリーはcommentary、えーっと、注釈、説明、批評といった意味ですね。要するに小説の中に注釈書としての顔があると、鶴見さんはおっしゃっています。なるほど。こういえばいいのか。勉強になったぞ(笑)。


幻影を見続けたといわれるイギリスの詩人、ブレイクの詩をしばしば引いているので、小説には文学を学問として追求しているような高踏的なムードがあるものの、小説の語り手である僕は、障害のある子どもとの関係にしばしば悩んだり落ち込んだり、時には「はあ~? 大人としてその行動はいかがなものですか」みたいな、情けない行動さえとるんですわ。


このギャップが大江さんらしいというか、小説を一言では表現できない複雑な印象を与えるものにしているというか。「これはどういう本?」と聞かれて、「○○が△△する話」とは、とてもじゃないけどいえないなぁ。


*芋蔓本*

松島正一編「対訳ブレイク詩集―イギリス詩人選4」岩波文庫

「個人的な体験」

「ピンチランナー調書」ともに大江健三郎、新潮文庫

アクリル新作1


しつこくアクリルたわしの新作です。以前ナチュラルクリーニング用品を扱う「ちくわ本舗」というショップで、せっけんを入れて使うタイプのアクリルたわしを購入しました。けっこう使い勝手いいです。これに入れれば、ちびたせっけんを最後まで使い切ることができる☆ <完!>というところまでモノを使い切ると、とっても爽快です(大げさ・笑)。


ウチの母は大昔、歯磨きのチューブを最後まで絞りきるため、すりこぎを持ち出してぎゅぎゅっとやってました。子ども心に「そこまでやるか…」と思いましたが、似たようなことをやっているジブン。血はおそろしい。
ウチでは、この袋型のアクリルたわしをお風呂場のフックに吊るして、浴槽を掃除する時に使っています。中のせっけんが適当に溶け出すので、湯垢等の軽い汚れなら、こするだけで十分きれいになります。お風呂洗い用の洗剤を買わなくなって久しいですわ~。


愛用しすぎたせいか、たわし君の編み目が伸び、かなりくたびれてきました。なんで、袋になったタイプを試作してみました。画像左が長編みバージョン、右が中長編みバージョン。長編みだとすき間からせっけんが落っこちちゃいそうだったので、中長編みでも編んでみました。


作り終わってから「ちくわ本舗」のHPを見に行ったところ、古ストッキングにせっけんを入れて使えば、ちびせっけんがこぼれないとありました。なるほど。ということは長編みでざっくざっく編めばいいということね。次作の参考にしようと思います。
しかーしねぇ、これ、たぶん半年以上もつんです。2つも編んでしまったが、どうするよ…。いつ、次回作に取り組めるんだか。


ちくわ本舗のアクリルたわし

http://www.chikuwa.com/shop/lab.htm

吉本ばなな続けます。おっと、この本は「よしもと」になってからのものだな~。「デッドエンドの思い出」文藝春秋、です。

発行は2003年の夏。「これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです」という広告が新聞に出ているのを見つけ、購入したような記憶があるです。


約60ページの短篇が3本、それより短いのが2篇、合わせて5篇の小説が収められています。一番好きななのは、最初の「幽霊の家」かな。若い恋人どうしが時間をかけてゴールインするオハナシです。はて。なんで結婚のことを、ゴールインっていうんだろ。ゴールから先が大変なのに。ま、いいや(笑)。


タイトルに幽霊とありますが、魑魅魍魎が跋扈するこわいストーリーではありません。淡々とした語り口がいい味を出している、佳品ですね。


 それでもずっと悲しみはつきまとっていた。何をしていても「もうすぐお別れだ」と思うと、時間がどんどん過ぎていくのにひやっとする感じがあった。楽しく笑ったあとには必ず、ちょっとしょんぼりした気持ちになった。p45


若いころ、「なんかちょっと違うな~」と思いながらトモダチ連中とにぎやかに遊んでいる時、こういう感覚に良くなったなぁ~。どんぴしゃなものを目指しすぎるため、たいていのものが「違う」ものに感じられる、若さに由来する寂しさといったらいいか…。懐かしい。


他の4篇はワタシ的にはアベレージなので、この本を持っているべきかどうか、前から悩んでいるような。先だって本棚を買い換えて、本を入れ替えてました。で、この本が出てきて、懸案が再浮上している次第です。図書館に行けばたいていの本は読めるのよね。「捨てる!」技術の辰巳渚さんのように、すぱっと割り切れないから、本の山がなかなか崩れないんでしょう。はあ~。

 

  

         茶筒


http://aym.pekori.to/uranai/


トモダチのブログに成分分析系の占いが紹介されていたので、

本名でやってみました。


85%は銅製の茶筒で出来ています
9%は髪型で出来ています
6%は美肌で出来ています


だそうです。

茶筒に9%のボリュームのカツラを乗っけて、6%の表面を磨けば仕上がる模様です(笑)。

茶筒かぁ~。お茶は何でも好きだけど、茶筒っていうのは、どうなんでしょー。

ずん胴にまっすぐ向かいつつある体型の暗示だろうか。

余計なことが思い浮かびはじめたのでこのへんでやめておきます。

画像は桜皮細工の茶筒に猫のおもちゃを乗せてみた図。

昨日は大嵐でした~。マンションの南側を幹線道路が走っているので、煤煙で窓と網戸が汚れがちなんですが、強い雨&風が汚れを洗い流してくれたぞ~。やたっ。拭く手間がはぶけた(笑)。


低気圧が近づいていたせいか、お腹の手術痕がぴりぴりするし、持病のぜんそくも出るチャンスをうかがっている感じでした。おまけに激眠い。ここ数日は寝てるんだか起きてるんだかという調子でありました。はあ~。


で、読み終わったのが

吉本ばなな「体は全部知っている」文春文庫、です。

体調から読む本を選んだわけではないつもりです(笑)。ハードカバーが出た時すぐ買って読み終えたんですが、「持ってなくてもいいかも」と判断して、さっさか処分しちゃったんです。で、再び読みたくなったという、出版社と書店の売り上げに貢献する、いつものパターンでございます。


全部で13本の短篇が収録されていて、「あの話のタイトルなんだっけかな~。また読みたいな~」と、本を再入手するきっかけとなったのが、「いいかげん」という13本目のオハナシ。久しぶりに読んで、またしても笑ってしまいましたよ。


ストーリーをごくごく簡単に説明すると、老紳士と小学生の男子(平たくいえばじーさんとコドモ)に口説かれる、若い女性の物語。会員制のシックな喫茶店でオハナシがはじまるんですが、ここの空間描写とか、小道具とともに現れるじーさんの描かれ方とか、文章のリズムが小気味良い☆


 黒いコートに、毛玉がたくさんあるカシミヤのセーターのそのおじいさんは年の頃六十半ばくらいで、とても品がよさそうだった。しかし、わざと私の方に通帳をずらして、見せようとしているのだ。まるで痴漢がチャックを開けて、自分のパンツの中身を見せようとするみたいに。p193


わっはっは。この後、丁々発止のやりあいになります。

カエルさまアップ


いつも楽しみに拝見している嵐山ジェニさんのブログ、

浪花女の国際結婚

更新されるたびにすぐに飛んで行って読むんですが、しばしば笑いすぎて涙が出てくる☆ 今日は胸きゅんのお話でしたが、画像に見逃せないブツを発見しました。とっても素敵なカエルの王様(王子様?)の置物です。


たぶん置物以外の何物でもないと思われます。こんなものを家の中にドカンと置いてどおするのだ、という声も聞こえてきそうなほど、堂々たる物体です。装飾という機能はあるものの、いわゆる一般的な意味では役に立たないものでありましょー(たぶん)。いさぎよいです。かっくいいです。


自分ではカエル・モチーフが特別好きだとは思っていなかったんですが、いつの間にかブツがけっこう増えてました。なんでだろお。画像は愛用中のふきんとパジャマであります。ふきんは北欧のシックなメーカー製、パジャマは通販のガーネットヒルで購入しました。


おばかな柄ではありますが、お値段は高かったε=( ̄。 ̄;)

腕組みしながら購入を検討しました。で、買いました。こんなことに悩む自分が、あほくさいです。ちなみにお饅頭なら、名古屋の青柳の「カエルまんじゅう」がナイスです。カエルにかぶりつくのは気が引けますが、黄緑の箱がかわいいのだ。いくつも溜め込んでいるものの、場所ふさぎでもある…。


カエルさま

昨日、「懐かしい年への手紙」のエンディングが美しいと書いて、思い出しましたわ。

大江健三郎を読みながら何度も何度も聴いてたCD、

Takashi Yoshimatsu (吉松隆)「MEMO FLORA(メモ・フローラ)」Chandos Recordsです。


吉松隆さんを知ったのは、何年前になるかな。昔、NHK-FMの日曜の夜だったと思うんだけど、指揮者の大友直人さんが案内を担当する音楽番組があって、作品の新旧はもとより、大家から新人まで、いろんな楽曲を縦横無尽に組み合わせて番組を構成するセンスに、「絶妙にしゃれてるなぁ」って感心してました。そこで聴いたのが「鳥たちの時代」。


一応、現代音楽に区分される曲なんだけど、いや~、響きがリリカルで美しいの(でも、湿っぽくない)☆ びっくりしてCDを探したのが、ことの始まりでした。以後、吉松隆は要チェックの作曲家なんす。大江健三郎なら武満徹でしょ、という気もするものの、実をいえば武満はLOVE♪と思ったことはないんです。現代曲はけっこう好きで、演奏会にマメに行ったこともあるんだけどねぇ。どうも、ぎっぎー、きゅう、とん、ぱちん、みたいに不協和音のみが淡々と響く音楽は、ぴんとこない(-_-;)


「MEMO FLORA(メモ・フローラ)」に収められている曲の中では、田部京子さんがピアノを弾く、アルバムタイトルナンバーが超かっちょいい。ピアノの音はあくまでも繊細でクリーン。音程が上へ下への大騒ぎ(盛り上がってるところですね)になっても、こぶしを回すようなヘンな癖がなくて、あくまでも着実な感じが貫かれています。だからこそ、スケールの大きい、セカイがきっちり表現されているといったらいいかなぁ。


しっかりした技術をもって、しっかり曲を弾きこなす☆ 田部さんって、もしかすると運動神経がすこぶるいい方なのでは。非常に難しいことをたやすくこなしている雰囲気から、オリンピックに出るようなアスリートを連想しちゃいましたよ。飛躍しすぎか(笑)。それにしても、エンディングに漂うロック魂は、何? 作曲家・吉松さんは’57年生まれで、バンド活動もいろいろなさっていた模様なので、ロック魂はお持ちのはずだ、と勝手ににらんでるです。

やっと読み終わりました、大江健三郎。

「懐かしい年への手紙」講談社文芸文庫、です。ページ数は小説の部分だけでも589。ボリュームありました。読み始めたのはいつだったっけ、と思って画面をスクロールして確認したところ、4月6日に取りかかってましたわ。読み終えるまで、10日以上かかったわけです。ううむ。遅い(笑)。


ドクターには普通の生活に戻るべしといわれているんですが、退院以来「こんなに休める機会はめったにないよん」という怠け心にうながされるまま、レギュラーの仕事を休み、単発の仕事も断り続けております。前のペースに素直に戻っちゃうと、ゆっくりものを考える暇もなくなるしな~なんてぼんやり考えながら、「どうしたらいいべ~」と妄想にふけっていられるのも、お休みならではでありましょう(~_~;)


にもかかわらず、先週はシゴトの打ち合わせ4本をこなし、さらにプレス向けの内覧会にも出かけました。がんばったです。普通に働いている人から見れば「どこががんばったの?」というレベルなんですが、なにぶん超がつくほどのナマケモノなもんで~。


「懐かしい年への手紙」は、最初に読んだ時もエンディングが美しいな~と思ったんですが、今回は季節が重なっていることもあって、一段とその思いを強くしましたで☆


 ――大雨の晴れわたった青空のもと、対岸の斜面にはあなたの植えた山桜が ― まだ咲ききっていなかっただけ、大雨と風の影響も受けず ― いまは満開で陽に輝いている。僕はそのような風景のなかの、女たちの穏やかな草採みへの思いに魅きつけられる。p587