こんにちは。

 

随分前に深掘りしすぎて疲れて、

更新を辞めてしまった福岡・大分の旅の続きを書こうと思います。

 

 

 

 

 

 

さて、油山を出た続きから。

 

海人族の神である住吉三神を祀る、神社の元宮はどこか。
実は旅行に行く前から、その大元の神社へ行きたいと思っていました。

 

日本三大住吉神社と言われているところは実は3箇所あります。

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住吉大社(大阪府大阪市):住吉神社の総本社。神功皇后は、住吉大神の加護を得て強大な新羅を平定せられ無事帰還を果たされます。この凱旋の途中、住吉大神の神託によって現在の住吉の地に鎮斎されました。

 →神功皇后が帰還した後、大阪の住吉に作った神社。

 

・住吉神社(山口県下関市):神功皇后の三韓征伐の際、住吉三神の荒魂(あらみたま)が祀られたと伝えられる穴門山田邑が、現在の下関市にあたるとされています。

 →三韓征伐の際に神功皇后が祀った神社。

 

住吉神社(福岡県福岡市):全国に2,129社ある住吉神社の中でも、最初の神社と云われており、古書にも当社のことを「住吉本社」「日本第一住吉宮」と言われている。

 →住吉神社の中でも、最初の神社と云われている

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大阪と山口は、神功皇后が作ったので大元ではなさそう。

福岡の住吉神社が最古と言われているよう。

 

そして、調べると、もっと大元の神社と言われている神社があることが分かりました。

 

住吉三神が生まれた場所から辿ってみます。

 

古事記で、伊弉諾尊が、黄泉の国から帰ってきて「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(あわきはら)」で禊を行った時に生まれたのが、

この三柱、底筒男命・中筒男命・表筒男命を、「住吉三神」という。

 

その禊をされた場所は諸説あり、どこなのか。

 

一般的にいわれているのは、宮崎県。

1. 宮崎県宮崎市「阿波岐原」にある「御池(みそぎ池)」

 

そのほかの候補では、

 2. 福岡県福岡市西区小戸

 3. 福岡県筑紫郡那珂川市の西隈

 

など。私は宮崎県ではないと思います。なぜなら、

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・古代の筑紫国は現在の福岡県のうち、東部(北九州市など)を除いた部分とされていて、具体的には、筑紫野市、春日市、大野城市、太宰府市、那珂川市の5市

だそう。

 

・古代の海岸線は現在よりもかなり内陸に入れ込んでおり、弥生時代には福岡市内のほとんどが海中だったと九州大学名誉教授山崎光夫博士も唱えていること

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候補の1と2は、現在の海岸線にある地域なので、古代は、海中だったと考えると、

残るは3。物申す

 

私が今回の旅のきっかけとなった、那珂の海人の名前である那珂川地域ビックリマーク

 

著名な国学者・青柳種信は、「筑前国続風土記拾遺」の中で

神代の昔、イザナギノミコトは西隈の那珂川のほとりの立花木(現人神社のすぐそば)で禊を行ったと考察しているそうです。

 

その西隈の那珂川にあるのが、

 

現人神社

 

なぜ現人という名前かというと、神社の御由緒にあります。

 

1800年前の仲哀天皇の御世に神功皇后が大陸遠征されたとき、住吉三神が「人の姿になって現れ」嵐をしずめ、水先案内をしました。

嵐がしずまった海を渡り、無事に大陸遠征を果たした神功皇后は、神恩に感謝し、祈請(うけい)によって当地をお知りになりました。

神功皇后は、「人として姿を現した」ことから住吉三神を「現人神」と呼び、那珂川の水を引いて神田を潤し五穀豊穣を祈念して、「現人大明神」の尊号を授けられました。

 

とのことお願い

 

また、googlemapの口コミにも

最古の神社といわれる住吉神社(大坂、下関、福岡)に分霊したといわれる由緒と歴史ある神社です。

 

とあります。これは、現人神社のご由緒書きにそう書いてあるようでした。

私も写真で撮ったけど、よく見えない泣くうさぎ

 

 

福岡県民新聞のサイトにも同じように書いてありました。

 

 

さて、さて、いざ、住吉三神が発祥の地と思われる、

現人神社へレッツゴーラブ!!!
 

続く