Commentarii de AKB Ameba版 -33ページ目

Commentarii de AKB Ameba版

AKBとかその周辺とか

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 Amazonから大きな箱が届いて、中からCDがこんだ4枚。「唇 触れず…」が4つ。
 えー俺こんなに頼んだっけ? 頼んだんだね間違いなく。生写真は1枚。その代わり応募券3枚。
 別にそんなにn3bsのこと好きなわけじゃないのに(もちろん嫌いでもないです)、どうしちゃったんだろう。

 なんか応援したくなるんだよね。小嶋も高橋も峯岸も。ほら、ずっとA1からDVDを見直しているところなんで、今メディアに出ている3人の向こうに、2006年とかの姿が浮かんでくるわけ。
 うっわ小嶋キレイになったなあとか、高橋変わらねえなあ、とか。
 あ、峯岸はねえ、初期の公演DVDじゃ目立たないんだよね、MCなしだから。その代わり「前田敦子とCHERRY GIRLS」で号泣とか、「幻のスカひらセブン」で号泣とか、エピソードは知ってるんだけどね(もうちょい後になると、「メガネはやっぱりパリーミキ」とかでかっちょいい姿を見られたり、あと「夕日」のマネージャーとかに会えるんだけどね。)。

 生写真は天才小嶋先生でした。ライブの応募も3通しました。

 それはそうと、「明後日、ジャマイカ」。
 これは天才小嶋先生の初ソロってことでいいんですよね?(←すいませんこじぱ先生にはCloudy skyがありましたね)
 で、秋元センセイ、ジャマイカって思いつきジャマイカ?(←すいませんこれが言いたかっただけでした)

あなたと一緒だったら/世界の果てでも構わないし…
近所でも楽しいと思う
頭を空っぽにして/大切なことだけは
ちゃんと覚えていればいいよ/明後日、ジャマイカへ行こう

 ジャマイカでなくてもよかったんジャマイカ? 

 そう、ここでジャマイカは、"Somewhere over the rainbow"みたいな場所。カンザスじゃなければどこでもいいどこか。あなたと一緒だったら近所でも楽しいって、泣かすじゃない。

 で、思いつきで明後日ジャマイカに行くのね。
 レゲエの何たるかも知らず。
 だがしかし、それでいいんだわ。幸せの入り口ってそういうものなんジャマイカ?
 
 でもジャマイカ、遠いぜえ。ぱるさんぜってー途中でブチ切れると思うぜえ。
よにこも! 第13回

 「メタボPの慧眼」ってタイトルも考えました。
 ラジオ日本の「メタボP」が、ANNの「ラジオ王決定戦」翌週の佐藤(亜)の切れ具合を聞いて、「この子とラジオをしてみたい」と思ったんだそうな。

 それってこの回だよね。うん。確かにこの回の佐藤(亜)は飛ばしてた。これを聞いて佐藤(亜)にアプローチしたなんて、メタボPやるじゃんか。

 ところで第8回だったか、佐藤(亜)がDにぶち切れたのは。Dのフォローを振り切って「もうやめて下さい、だからもう、いいんです。もう私はリスナーの皆さんを信じるから。みんなを信じてるから。だから是非、送ってきて下さい。トランボンもね。送ってこいよ!」とリスナーに呼びかけたのは。

 あれから数回。トランボンさんの名は読まれることはなかった。
 でも途中、水樹奈々さんから「Dをdisるのも面白いやね(大意)」「Dを番組に引きずり出しちゃえ(要約)」みたいなことを受け、佐藤(亜)とDの間の、妙な緊迫感は感じられなくなった。

 それどころか、番組中、ちょいちょい男の笑い声が聞こえるようになった。あれDか?
 それって「構成の渡辺くん」方式ってことか?

 うん、まあDと仲良く面白くできればそれにこしたことはない。
 でも妥協はいかんよ妥協は。自分のやりたいことをやり抜け佐藤(亜)よ。

 でも「ラジオでは伝わりにくいコーナー」はどうかと思うぞ佐藤(亜)。

 ところでこんな企画やってたんだ(って知ってはいたけど、興味はなかった)。
 でも次回「オールナイトニッポン対決」と来たからには、ラジオ王王位請求者の名にかけて負けるわけにはいくまいよ。

「よにこも!」で憶えたトークスキルを見せつけてやりたいと思いますので、みなさんも応援よろしくお願いします

 事既ニ此ニ至ル佐藤亜美菜ハ今ヤらじお王称号奪取ノ為蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破砕スルノ外ナキナリ。
 我ら臣民も励精職務を奉行し各々其の本分を盡す覚悟ですぞ。
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Tags:B1、恋、desire、季(夏)

 タイトルだけで一発OKって曲があるよね。
 たとえば「星の温度」。片想いをしている女の子の、外からはわからない内に秘めた激しさを、一言で表現して余りがない。お見事。

 K2ではこれ。「ふしだらな夏」。「ふしだら」。最近あんまし使わない言葉で、聞く者が耳をそばだててしまわずにはいられない。
 
 年増の生活指導の先生が、生徒の行状を見てつい口走ってしまいそうな言葉。
 「まあ、なんてふしだらなんでしょう!」。
 でも生徒を非難する先生の声にもじっとりとした汗がまじる。
 暑さのせいだけではなく、生徒の言動を見ているうちに、とっくの昔に飼い慣らしたと思い込んでいた自分のなかの「欲望」が頭をもたげていることに気づいてうろたえる汗。

 そんな大人を横目で見ながら、未成年の少女たちは夏を待ち焦がれる。ふしだらな夏を。

 タイトルはうまいんだけど、この歌い出しはちょっとピントが定まらない感じ。

ふしだらな夏が来る/灼熱の太陽 連れ
そのすべて燃やすように/愛しさを加速させる

 「愛しさを加速させる」では「ふしだら」さが際立たないよね。「ふしだら」って言うと、不特定多数を対象とした恋愛を思い浮かべちゃうのに対し、「愛しさ」はちょっと一途な感じ、一人の人に注ぐ愛情の印象が強い。放縦さ、奔放さが薄れちゃうよね。
 
 「リオの革命」もそんな感じだった。あれもちょっとふしだらな感じで歌いだすんだけど、でも解放しきれないで終っちゃっていた。自由恋愛のへたれっていうか。

 これが秋元康のいっぱいいっぱいなのか、それともAKB仕様なのか。
 まあAKBの世界観だと「言うだけ言うだけ見栄っ張り」がメインストリームであるのは事実だが。
 ホントにふしだらな女の子は、ヲタ諸君の支持を得ることはできないし。

 それはそうと、ホントは夏に「ふしだら」も「品行方正」もへったくれも無いよね。その季節に触発されて「ふしだら」になってしまう少女たちがいるだけなんだもん。

 それをまるで「夏」に責任転嫁しているような言い方。

 理性ではどうにもできない、自分でも手に負えない本能の有り様を、ちょっとネガティブ(つまりは自分でもイケナイってわかっている、なにしろ未成年なんだし)に表現して、かつ「ふしだらですけど何か?」と開き直ってもいる。

 ところでこの歌、アン・ルイスが歌った名曲、「ラ・セゾン」を思い出させる。

La Saison d'amour
言い訳台詞は必要ないわ

 こちらは「La Saison d'amour」(直訳すれば「愛の季節」、要するに発情期)に責任転嫁する歌なのだが、「ふしだらな夏」の後ろめたさがちょっと少ないかな。

 人間もヒトという動物の一種であるからには、種族繁栄のための生殖本能が働く。特定の発情期がないかわりに、年中発情期であるとも言える。
 若いころの恋心のほとんどが、要は性的衝動のあらわれなわけだ。でもそこに非動物的な、というか人間的な「愛」が絡むからおもしろい。時に美しく、時に愚かしい愛。

 余談だがこの曲って作詞「三浦百恵」だったんだねえ。
 三浦百恵、旧姓山口百恵こそ秋元康にとっていわば「アイドルの原点」だった。
 秋元が「目撃」ことはできたけど、「会う」ことはできなかった、永遠の片恋の相手。
 山口百恵というと、やっぱりこの歌

あなたに女の子の一番/大切なものをあげるわ

 「ひと夏の経験」が18歳、思春期の秋元康少年のハートをどう撃ち抜いたのか。

 おっと、タイトルだけでお腹いっぱいになっちゃった。
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Tags:B1、恋

 K2の「企画物」第3段。秋元康いわく「小野恵令奈のゾウに尽きる」。
 つまりは小野にゾウの着ぐるみを着させるためだけに生まれた曲。えれぴょんにエレファントって、シャレか。
 B1では、この大役を渡辺が勤めている。
 「これぞアイドル」vs「CGアイドル」というわけだ。

雨の動物園/わざと選んだのよ
誰もいないデートコース
なんて 贅沢な/2人だけのために オープン

 直前の悲恋の雰囲気をいっきに吹き飛ばす着ぐるみの少女たち。言ってみればこのシアターに足を運んでくれたひとのためにオープンした「動物園」ってわけだね。

 出てくる動物は歌詞の通り。歌詞には仔鹿が出てくるのだが、着ぐるみはない。なんでだろ。
 ペンギン担当の早野もなんで子鹿がないのか気になっていた由。当初は9人ユニットを想定していたのかもしれませんね。
 
 踊りも歌も着ぐるみも幸せたっぷりの一曲。
 せっかくだから「雨の動物園図鑑」。

 キリン:最初見たときは色違いのヒョウかと思いましたよ。あの赤いの、キリンの柄だったのね。キリンの特徴がなに一つ現れていないキリンさん。首の長さの表現はちと難しかったろうが、せめて角はついてないと。象と並んでこの曲のセンター的ポジション。Kでは小林(大王即位前)、Bでは片山がつとめている。小林、音域がちとあってないのかな、歌い出しが苦しそう。

 ライオン:たてがみですぐにライオンってわかるよね。Kでは松原、Bでは早乙女。あんまし映ってないのね。しかしライオンといえば、元祖を忘れてはいけないよね、ライオンさーん がおー。

 チンパンジー:Kでは、Bでは多田と、どっちも年少さんが演じたチンパンジー。奥は怒ってるの? って感じ。一方多田は終始右頬にえくぼが見える。ステージ中ずっと笑顔だったってこと。同じ年少さんでも奥との最大の違い。
 
 象:この歌の主役。小野 vs 渡辺 甲乙つけがたい王道アイドルの2人。ちなみに日本青年館2006第2公演では、ギャルに進化する前の板野だった。Team Aには、「王道アイドル」の人っていなかったんだねえ。当時の板野がぎりぎり一番近かったのだけど、ほら、その後ともちんあんな感じだし。前田が象さんやったこともあるけど、前田も王道アイドルからはかなり隔たってるしねえ。そう考えると、Team Aっておもしろいね。

 シマウマ:Kでは梅田、キバの生えたシマウマさん。梅田はその後キバを抜かれてしまうのだけど、キバがあった方が好きだった。もちろんキバがない方が顔のバランスはいいし、べっぴんさんになったのは間違いないのだけれど。うまく言えないけど「hook」とか「glitz」のようなものが無くなっちゃった感じ。Bでは菊地。すらっとしててちょっとエロいシマウマさん。

 ラクダ:タヌキだろこれ、って思いましたね、最初見たときは。どこがラクダかというと、ほら、背中にコブらしきものが一応あるの。Kでは今井、Bでは野口。どっちも卒業しちゃった。ラクダは鬼門なのかな。Team Aがやった時はラクダ自体出て来ませんでした。

 パンダ:Kは「こんなにパンダが似合う人はいない」と言われたという野呂だが、Bの松岡もなかなか。後にはあんな風になちゃう野呂もこのころはカワイイパンダさん。松岡はちょっとべっぴんさん風。

 ペンギン:Kでは早野。なんかくしゃっとした顔して、可愛かったねえ。Bの平嶋は、Team Aにいたときにはシマウマをやったことがあった。この時、将来ペンギンになるなんて夢にも思ってなかったろう。

 ところでこの動物園ってどこなんだろう。
 「パンダ」が出てくるので上野動物園だろうって? でもあそこは雨でも込んでるしなあ。
 パンダがいるのは上野だけじゃないんだって実は知りませんでした。こことかここでもパンダは見られるんだ。

 動物園へは動物を見に行くのだけれど、実は見られているのは人間なんじゃないかって思うことがままある。

なんだか 私たち 見てるわ/きっと羨ましいのね

 などとデートでうきうきの女の子は言うのだが、まあそ羨ましがられてはいないよね。まあ

本当は 柵の外/私たちが見られてる
絶滅の危機にある/ペアルックの私たち

 の方がありそう。

 実際動物園では「人間も動物の一種」って観点の展示、というか仕掛けをすることがある。

 ニューヨークのブロンクス動物園ではのぞき込む人が映る「最も危険な動物」と題した鏡を展示しているという。山崎豊子の「沈まぬ太陽」で有名になった。
 この展示、話としてはよく聞くのだけれど見たことはない。実際に行った人のレポートがあったが、この展示は見つからなかった。
 小さいころにブロンクス動物園へ行った人の思い出話には出てくるエピソードなので、昔は確かにあったらしいが今は不明。

 似たような展示がインドのクロコダイルバンクにあって、こちらは写真があった。ちょっとチープな感じだが。

イギリスのブリストル動物園では、お客さんがくつろぐカフェの外壁の所に「ヒト」を展示しているかのようなプレートが貼り付けられている。動物園で掲示したものではなく、イタズラなのだが、よくできているのでそのままにしてあるそうな。
AKB48で好きな曲 ブログネタ:AKB48で好きな曲 参加中
本文はここから
 Tags:H1
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 最初聞いたときは好きになれなかった。
 自分を甘やかし過ぎてる感じがしたから。

 気がついたら最近、寝る間際に聞くことが多くなった。
 もうろうとした頭に詞が沁みいる。

それなりの今日が終わり/すべてをリセットする夜が来るよ

 全てを包み込む夜の中で、自分が消え去る錯覚に陥りながら見る夢がありがたく快い。

 きっと疲れがたまっているんだろう。
 
 それにしても秋元康は、年端もいかない女の子たちになんて深遠な智恵を授けたのだろう。

夕日が沈む空を見ているか?
今を受け入れること/進むことを教えてくれる
失うことは何かを/いつか必ず手に入れられること

 「何かを手に入れることは、必ず何かを失うこと」と歌わせなかったのは、人生の先輩としてせめてもの心づかいだったのかもしれない。
 
 夕日は沈み、あいにく点線のような星は見えなかったが、今日という日はもうすぐ終わろうとしている。
 今日は、「明日は明日の君が生まれる」と歌った人が本当にこの世に生を受けた日。

 大切なのは今を受け入れ、そして進むこと。
 立ち止まることなく進んでさえいれば、何度でもリセットすることができる。
 僕らの生まれたのは、なんて素敵な世界。
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 Amazonから大きな箱が届いて、中からCDが3枚。「Flower」が3つ。
 えー俺こんなに頼んだっけ? 頼んだんだね間違いなく。同じ生写真3枚。
 別にそんなに前田のこと好きなわけじゃないのに(もちろん嫌いでもないです)、どうしちゃったんだろう。

 うん。別に大して好きじゃないけど、時々はっとするほどアトラクティブな表情の前田に遭遇して、目が離せなくなることがあるんだよ。
 知ってるよ。たとえば「夕日を見ているか」のPVの前田。

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 でもこのCDのジャケ写、なかのフォトブック、どれももう一つなんだよなあ。この人、一人でない方が輝くのかなあ。

 で、その前田のソロデビューシングル。

心の片隅 Flower/小さな花が咲いた
あの日の願いは/ゆっくりと
日向の中 咲いた

 てっきり「『僕』の歌」で来るのかと思ったら、ストレートで来た。思いっきりストレート。何のしかけもない、直球。

 ちょっと前からちょくちょく耳にするようになってて、あんまりぱっとした印象はなかった。歌詞もよく聴いてなかった。 

 で、じっくりと読みながら聞いてみた。

 そしたらわかった。わかっちゃった。

 この歌は、秋元康から前田に送られた、心からの感謝と愛。

あなたのひたむきさが/太陽のように
くじけそうな私に/勇気くれた

 この「あなた」と「私」って、「前田」と「秋元」であると同時に、「秋元」と「前田」なんだわ。
 
 くじけそうだったのは、前田でもあり、秋元でもあったんだ。

季節は知らぬ間に/空だけ残して
まわりの景色を変える/名もない花

 秋元が心血を注いだAKBをとりまく景色は、知らぬまにすっかり変わって行った。
 その中心にはいつも前田がいた。最初はぱっとしない、臆病で後ろ向きな女の子だった。
 その子が、まるで堅い蕾がほころぶように花を咲かせた。前田の夢を咲かせたのは秋元だった。
 でも同時に、それは前田(と女の子たち)が秋元の夢を花開かせる過程でもあった。
 
 前田が今度の総選挙で1位に返り咲いた時、秋元は泣いたってさ。
 今、花が咲いた。前田の花と、秋元の花。そりゃ泣くさ。泣いちゃうさ。

じっと眺めていると/涙溢れて 止まらなくなる
もし あきらめてしまったら
何も咲かない/土だったんだ 

 前田のおかげであきらめずに済んだ。
 秋元康、ほんとに前田のこと好きなんだな。大好きなんだな。
 立場上、それを認めるわけにはいかないだろうけど、こんなに愛が溢れた言葉を最近書いてなかったでしょ、秋元先生。
 たとえ

ここまで育った/この花は
まるで愛のように…
まるで愛のように…

 って、それは「愛のようで愛ではないんですよ」と誤魔化そうとしてもそりゃ無理だ。
 
 歌の中で愛が花のように咲き誇っているもの。

 先生、あなたは心から前田敦子を愛しているんですよ。
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Tags:B1、恋

 まさかまさかの6回目。もう書くことないでしょ、と思いきや。
 「禁じられた2人」という楽曲の持つインパクトの広さ・深さのせいです。

 同性愛を扱った文学や芝居、マンガはたくさんある。BL、GLまで視野に入れると文字通り枚挙に暇がない。
 じゃあ、「禁2」のような、同性同士の恋愛の「歌」はどうなのだろう。これまでだらだら書きながら、これまで聞いてきた曲を思い出したり、調べたりしてみた。

 最初に思い出したのはこの曲。当時日の出の勢いだったサザンオールスターズ、2枚目のLpより、「ブルースへようこそ」。
 
 はじめて聞いた時は何歌ってるのかわかんなかった。確か初版のLpの歌詞カードには、この曲の歌詞伏せ字だらけだったんじゃなかったかな。ま、当時サザンはシソー家たちによって「歌詞を脱構築(デコンストリュクシオン)する」だのへったくれだの言われてて、語義を追うこと自体が前近代的などうしたこうしたなどという風潮があったので深追いはされてなかったのだが、

おとこのがいいの ただひとつ気になるのはみそよ

 「みそ」とはなんぞや、とサザンを聞いてるクラスの連中の間で熱いディスカッションになったりはしたのだ。
 で、結論からいうと、「みそ」とは「うんこ」だ、と。

恋したらしいの????のに/気持ちがこれ程いいとは

 リンク先では「????」となっているが、実際にはここは「掘られる」だ。
 歌の最後で

Oh、みそがつく/Oh、みそがつく
Oh、みそがつく What is an ????/手が届くだけで姿を見せない

 「????」は、明らかに「ass hole」だ。

 以上をまとめると、「ブルースへようこそ」は男性同性愛の風景であり、具体的には「肛門に挿入した陰茎にうんこが付着する」ことを歌っている、ということであった。

 当時肛門性交という知識はあったが、イメージは「ジルベールとセルジュ」しかなかった僕には、結構な衝撃であった。
 そっか、やると「みそ」がつくんだ…。

 今から思えば「加工」されていない同性愛の歌の直撃。そりゃ流通しないよなあ。てか桑田さん桑田さんどーかしてるよアンタ。

 もう少し流通しやすくしたのが、accessの一連の曲だった。
 SCANDOLOUS BLUEとか、歌詞には特徴はないのだが、PVは男性同性愛を前面にしている。
 ま、御大がゲイか否かというのはおいておいて(え?)、当時のaccessの売り方はちょっと「薔薇営業」っぽかった気がする。

 もう少しストレートな曲と言えば、スガシカオの「はじめての気持ち」。

はじめてのこんな気持ちを 誰かに話したいけど
君がぼくの友達の弟でさえなければ…

 女の子大好きなシカオちゃんがどうしてこんな曲を書いたのか知らないが、この曲の印象は不思議と「同性への恋慕と苦悩」という色彩が薄い。

 背徳的な匂いのある状況であれば、これが「友達の弟」ではなく、「友達の彼女」でも「兄貴の嫁さん」でも「親父の後妻」でも「息子の恋人」でも成立しちゃうような歌。さすがに「女房の親父」では飛びすぎなんだろうが。

 障害のある恋愛をテーマにした歌で、たまたまその障害が「同性」であった、という程度の重さ(というか軽さ)しかないように聞こえる。それはそれである種「ノーマライゼーション」の一つと考えることもできるかもしれない。

 そして最後はとても個人的な話。
 世間に流通した音楽というわけではないのだが、どうしても書いておきたい曲。
 もう30年以上前のこと、僕が思春期まっさかりのころ、芝居にはまったことがあった。
 当時地方に住んでいた僕は、休みになると電車に乗って上京し、芝居を見て、最終近くの電車で戻り、夜遅く自転車で家に戻った。
 天井桟敷、東京キッドブラザース、そしてつかこうへい劇団。パルコ劇場で見た「いつも心に太陽を」。

 風間杜夫と平田満のおかしくも哀しい男同士の歪んだ愛情。客席で泣きながら見ていました。その時流れていたのが、大津あきら(当時は彰)のこの

過ぎていく夏の日々 また俺は残された/熱い夢 長い髪 胸焦がす思いも
夕凪のまぶしさに 思わず目を閉じて/この肩にもたれた あの日の微笑み

 歌詞には男性同性愛を思わせる言葉はないが、聞きながら目を閉じると抱き合う主演2人の姿とそれを見ながら号泣している僕の姿が甦る。

 とまあ書いているうちに、「禁2」から遠く遠くへ来てしまったねえ。

 調べて思ったのは、「薔薇」の歌はそこそこあるけど、「百合」の歌ってホント少ないね。
 というかはっきり「百合」とわかるのは「禁2」、そしてこの後控えている大物、K4の「おしべめしべ…」くらいだった。「百合の歌」ご存じの方はご教示いただければ幸甚です。

 ん? これっていわゆるニッチ
 それを見て秋元センセイのソロバンがパチンと動いたのかもしれませんな。

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 最後に「百合」、秋元センセイつながりのこと。ホントこれで最後にしますって。

 「百合」をカミングアウトしたアイドルとして一時話題になった星井七瀬。実際の所は「女の子を好きになったことがある」くらいのことだったのだが、「レズビアンを告白」などと扇情的に書かれてしまい、その後姿を見かけなくなってしまった。可愛らしい顔でセックスピストルズとかニルヴァーナが好きというミスマッチがステキだったのに…。
 
 この星井七瀬が「3代目なっちゃん」として売り出されたときの曲が、「ガラスのクツ」。
 オーディションを受けに来たアイドルの卵の、不安と決意の歌。

だってChance! やってみなきゃはじまらない
だってChance! トライしなきゃもったいない
キセキは勇気の隣に

 この後にCMで使われたなつかしのフレーズが続く。
 えーこういう、アイドルを目指す女の子が根性出すって歌詞、最近よく聞くよねえ。
 そう。秋元センセイ、2003年の御作でした。

「かぼちゃの馬車に乗りたい」/つぶやく女の子たち
もう1人の私を信じて/私らしく踊るわ

 「オーディションに来た他の女の子たちとは私はちょっと違って、アイドルらしく振る舞うのは難しいけど、でもここはひとつ自分の中に潜む『もう1人のアイドルらしい私』を信じて、自分のコントロールを渡してしまいましょう、それでも私は私だから」ということなんでしょう。
 秋元康お得意の「アイドルを演じようとするアイドル」=「メタ性・自己言及性」的歌詞。

 星井は「なっちゃん」と呼ばれるようにわざわざ「七瀬」と芸名をつけたという。後年、「『なっちゃん』と呼ばれるのが不本意だった」「作り物の私を好きになってもらっても嬉しくない」などとブログに書いて物議を醸し、やがて芸能界から消えていった。

12時の鐘が鳴っても/夢から覚めないように

 と秋元康は「なっちゃん」のために書いたのだけれど。

 夢は覚めちゃったんだね、なっちゃん。
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Tags:B1、恋

 ええええー、「禁2」でまだ語るの-?
 すいません。そうなんです。
 この曲を聞いて、いろんなことを考えてしまったので。

 この曲は女性同性愛、俗にいう「百合」の世界が歌われている。「百合」ゆえの悲恋(と恐らくは心中)。

 秋元康があえて「百合」の歌を書いた理由は詳かにしないが、少なくとも客はそれを好意を持って受け入れた。残念ながらAX2011では圏外となってしまったが、「青春ガールズ」公演がNMBによってリバイバル上演されたAX2012での返り咲きも期待できる(見てみたい)。

 「禁じられた2人2」で書きかけたのだが、人々がこの曲を見たがる背景には、同性愛に対する好奇心があるのは間違いない。

ぶっちゃけて言うと、「ノンケもホモは好き」。ヘテロセクシュアルの人もホモセクシュアル(女性同性愛も含む)が気になって仕方ないのだ(それは時に当事者にとって迷惑なことでもあろう。ホモフィリアとホモフォビアはコインの裏表のようでもある)。

 ホモフィリアとは、ここでは「自分性的指向は異性愛であるが、同性愛に対する肯定的な関心が強い人」くらいの意味である。
 まあ典型的には801板の住人の皆様ですよね。

 男性同性愛を偏愛する女子(腐女子←つーか一発で変換してるんじゃねえよATOK)と「禁2」に萌えるヲタというのは、よく似た構造と考えていいだろう(否定する当事者は圧倒的に多いと思われるが)。

 ところでAKBが女性同性愛に親和性の高い環境の集団である、と以前書いたが、少なくとも実際に「女性同性愛」を公言しているメンバーはいない(まあいてもするわけないけど)。
 そういう「非百合」メンバーが入れ替わり立ち替わり「百合」を演じ、ホモフィリックな聴衆がそれに喝采を送っている状況について、ホントの「百合」の人はどう感じているのだろうか。
 
 「百合」ではないが、「百合」っぽい言動をすることによって「百合好き(ホモフィリア)」層の支持を得ようとすることを「百合営業」というらしい。まあソースがソースだけに、記事の信憑性が不確かなのは確かなのだが、そういう言葉あるのは事実だし、言葉のニュアンスはわかる。
 発信者も消費者もヘテロセクシャルである「百合」。

 そこには流通しやすいような加工(誇張された戯画化や悲劇化)が行われている。
 「ノンケもホモは好き」なのだが、それは「ノンケ向けに味付けされたホモ」である必要がある。あまり濃い味だと、一般向けに売れる商品にならない。

 たとえば、女性同性愛をカミングアウトしたアイドル同士が「禁2」を歌ったら、それを見たヘテロの客は心置きなく「ヒューヒュー」って言えるかということ。
 たぶん言いづらいよねえ。ちょっとシリアスになりすぎちゃうもんねえ。聞いてる方は「これってフィクションでしょ」という前提があるから気楽に楽しむことが出来る。

 そういう薄まった「百合」、ステレオタイプな修飾がされた「百合」を、ホントの「百合」の人はどう思うのだろうか。

 嫌悪感とかを抱くことはないのだろうか。

 で、「禁2」にも「百合営業」の匂いが少しするのは事実である。好きな曲だけに、気になるところ。
 
 もっとも秋元康の場合、「え、営業ですがそれが何か」とあっさり言いそうだよね。

 何しろAKBは「恋愛禁止」が建前なのに、歌ってるのは恋の歌ばっかり。これだって「営業」には違いないよね。一方で恋愛の当事者は「オトコ・オンナ・ゲイ」がデフォルトなんだって秋元は初手っから言い切っているのだから、「恋愛してない(建前の)メンバーによる恋愛の歌」と同じように「百合ではないメンバーの百合の歌」があるのは、当然っちゃ当然。
 
 フツーではない、と思い込まれていたことが、フツーになるということ(ノーマライズ)とはこういうことなのかもしれないなあ、と思ったりもして。
 だとしたら、もう少しAKBの「百合」の歌を聴いてみたい気がする。
よにこも! 第11回

 久しぶりのラジオネタ。

 選抜総選挙で18位を獲得し、選抜入りを果たした佐藤(亜)。「よにこも!」でも冒頭からご挨拶とお礼の言葉。
 
 第1回は奇跡の第8位、でも第2回で18位と大幅に順位を落とした佐藤(亜)。新規ファンや浮動票が大量に増えた第3回総選挙ではさらなる大幅な順位下落が心配されたが、きっちり踏ん張った。

 さて、選抜総選挙は2009年から開始され、今年で3回めとなった。この3回の選挙を全て勝ち抜いて選抜入りしたメンバーは、現在15名しかいない。
 すなわち、小嶋、前田、板野、高橋、大島(優)、河西、峯岸、宮澤、篠田、渡辺、柏木、秋元(オ)、北原、松井J、そして佐藤(亜)。

 言い方を変えれば、これこそが、ファンに最も愛されており、かつ愛され続けているメンバーのリストと言うことができるだろう。

 このリストのうち、佐藤(亜)以外のメンバーは、いわゆる選抜常連である。最も選抜回数の少ない北原、松井Jでさえ、次回の24th(メジャー22nd)シングルで12回めの選抜となる。

 ひるがえって佐藤(亜)の選抜回数は、今度でわずか3回目。
 「言い訳Maybe」、「ヘビーローテーション」、そして次のシングル。いずれも総選挙による結果である。選挙以外で佐藤(亜)が選抜されたことは一度もない。

 つまり、「全ての選挙で選抜入り」を果たしながら「選抜入りは選挙の時だけ」というメンバーは、佐藤(亜)ただ一人なのである。

 はい、こことってもとっても大事なことなので、もう1回言いますね。

「全ての選挙で選抜入り」を果たしながら
「選抜入りは選挙の時だけ」というメンバーは、
 佐藤(亜)ただ一人。

 どれくらいの人が気づいているのかわからないけど、これって、小さな奇跡だよね。

 佐藤(亜)は映像系メディアの露出が多いわけではない。決して目立つ子ではない。運営による「推され」「干され」で言えば、残念ながら「干され」に近い位置にいると言わざるを得ない。

 だから、新規にファンになった層が、彼女の顔と名前を知るのは、ずいぶん後になるだろう。
 いわゆる「神7」に柏木、最近では指原、横山、SKEの松井JR、NMBの山本等々。これらそうそうたるメンバーを知った後に、人はやっと「佐藤(亜)」に出会う。
 
 だけど佐藤(亜)に出会って、一度彼女を愛したファンは決して彼女を支えることをやめない。
 それが

「全ての選挙で選抜入り」を果たしながら
「選抜入りは選挙の時だけ」というメンバーは、
 佐藤(亜)ただ一人。

 が意味するところだ。

 だから上に掲げた、「ファンに最も愛されており、かつ愛され続けているメンバーのリスト」で一番輝いているのは

佐藤亜美菜

 あなたの名前です。

 愛されたい愛したい、でもやっぱりホントに愛されてるラジオガール。
 おめでとう。本当におめでとう。

 よにこも!放送中、彼女は選抜に選ばれたことよりも、大好きな水樹奈々さんからコメントを貰ったことを喜んでいるようだった。

 そういう佐藤(亜)のことがみんな大好きなんだけどね。