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Tags:B1、恋
まさかまさかの6回目。もう書くことないでしょ、と思いきや。
「禁じられた2人」という楽曲の持つインパクトの広さ・深さのせいです。
同性愛を扱った文学や芝居、マンガはたくさんある。BL、GLまで視野に入れると文字通り枚挙に暇がない。
じゃあ、「禁2」のような、同性同士の恋愛の「歌」はどうなのだろう。これまでだらだら書きながら、これまで聞いてきた曲を思い出したり、調べたりしてみた。
最初に思い出したのはこの曲。当時日の出の勢いだったサザンオールスターズ、2枚目のLpより、「ブルースへようこそ」。
はじめて聞いた時は何歌ってるのかわかんなかった。確か初版のLpの歌詞カードには、この曲の歌詞伏せ字だらけだったんじゃなかったかな。ま、当時サザンはシソー家たちによって「歌詞を脱構築(デコンストリュクシオン)する」だのへったくれだの言われてて、語義を追うこと自体が前近代的などうしたこうしたなどという風潮があったので深追いはされてなかったのだが、
「みそ」とはなんぞや、とサザンを聞いてるクラスの連中の間で熱いディスカッションになったりはしたのだ。おとこのがいいの ただひとつ気になるのはみそよ
で、結論からいうと、「みそ」とは「うんこ」だ、と。
リンク先では「????」となっているが、実際にはここは「掘られる」だ。恋したらしいの????のに/気持ちがこれ程いいとは
歌の最後で
「????」は、明らかに「ass hole」だ。Oh、みそがつく/Oh、みそがつく
Oh、みそがつく What is an ????/手が届くだけで姿を見せない
以上をまとめると、「ブルースへようこそ」は男性同性愛の風景であり、具体的には「肛門に挿入した陰茎にうんこが付着する」ことを歌っている、ということであった。
当時肛門性交という知識はあったが、イメージは「ジルベールとセルジュ」しかなかった僕には、結構な衝撃であった。
そっか、やると「みそ」がつくんだ…。
今から思えば「加工」されていない同性愛の歌の直撃。そりゃ流通しないよなあ。てか桑田さん桑田さんどーかしてるよアンタ。
もう少し流通しやすくしたのが、accessの一連の曲だった。
SCANDOLOUS BLUEとか、歌詞には特徴はないのだが、PVは男性同性愛を前面にしている。
ま、御大がゲイか否かというのはおいておいて(え?)、当時のaccessの売り方はちょっと「薔薇営業」っぽかった気がする。
もう少しストレートな曲と言えば、スガシカオの「はじめての気持ち」。
女の子大好きなシカオちゃんがどうしてこんな曲を書いたのか知らないが、この曲の印象は不思議と「同性への恋慕と苦悩」という色彩が薄い。はじめてのこんな気持ちを 誰かに話したいけど
君がぼくの友達の弟でさえなければ…
背徳的な匂いのある状況であれば、これが「友達の弟」ではなく、「友達の彼女」でも「兄貴の嫁さん」でも「親父の後妻」でも「息子の恋人」でも成立しちゃうような歌。さすがに「女房の親父」では飛びすぎなんだろうが。
障害のある恋愛をテーマにした歌で、たまたまその障害が「同性」であった、という程度の重さ(というか軽さ)しかないように聞こえる。それはそれである種「ノーマライゼーション」の一つと考えることもできるかもしれない。
そして最後はとても個人的な話。
世間に流通した音楽というわけではないのだが、どうしても書いておきたい曲。
もう30年以上前のこと、僕が思春期まっさかりのころ、芝居にはまったことがあった。
当時地方に住んでいた僕は、休みになると電車に乗って上京し、芝居を見て、最終近くの電車で戻り、夜遅く自転車で家に戻った。
天井桟敷、東京キッドブラザース、そしてつかこうへい劇団。パルコ劇場で見た「いつも心に太陽を」。
風間杜夫と平田満のおかしくも哀しい男同士の歪んだ愛情。客席で泣きながら見ていました。その時流れていたのが、大津あきら(当時は彰)のこの曲。
歌詞には男性同性愛を思わせる言葉はないが、聞きながら目を閉じると抱き合う主演2人の姿とそれを見ながら号泣している僕の姿が甦る。過ぎていく夏の日々 また俺は残された/熱い夢 長い髪 胸焦がす思いも
夕凪のまぶしさに 思わず目を閉じて/この肩にもたれた あの日の微笑み
とまあ書いているうちに、「禁2」から遠く遠くへ来てしまったねえ。
調べて思ったのは、「薔薇」の歌はそこそこあるけど、「百合」の歌ってホント少ないね。
というかはっきり「百合」とわかるのは「禁2」、そしてこの後控えている大物、K4の「おしべめしべ…」くらいだった。「百合の歌」ご存じの方はご教示いただければ幸甚です。
ん? これっていわゆるニッチ?
それを見て秋元センセイのソロバンがパチンと動いたのかもしれませんな。
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最後に「百合」、秋元センセイつながりのこと。ホントこれで最後にしますって。
「百合」をカミングアウトしたアイドルとして一時話題になった星井七瀬。実際の所は「女の子を好きになったことがある」くらいのことだったのだが、「レズビアンを告白」などと扇情的に書かれてしまい、その後姿を見かけなくなってしまった。可愛らしい顔でセックスピストルズとかニルヴァーナが好きというミスマッチがステキだったのに…。
この星井七瀬が「3代目なっちゃん」として売り出されたときの曲が、「ガラスのクツ」。
オーディションを受けに来たアイドルの卵の、不安と決意の歌。
この後にCMで使われたなつかしのフレーズが続く。だってChance! やってみなきゃはじまらない
だってChance! トライしなきゃもったいない
キセキは勇気の隣に
えーこういう、アイドルを目指す女の子が根性出すって歌詞、最近よく聞くよねえ。
そう。秋元センセイ、2003年の御作でした。
「オーディションに来た他の女の子たちとは私はちょっと違って、アイドルらしく振る舞うのは難しいけど、でもここはひとつ自分の中に潜む『もう1人のアイドルらしい私』を信じて、自分のコントロールを渡してしまいましょう、それでも私は私だから」ということなんでしょう。「かぼちゃの馬車に乗りたい」/つぶやく女の子たち
もう1人の私を信じて/私らしく踊るわ
秋元康お得意の「アイドルを演じようとするアイドル」=「メタ性・自己言及性」的歌詞。
星井は「なっちゃん」と呼ばれるようにわざわざ「七瀬」と芸名をつけたという。後年、「『なっちゃん』と呼ばれるのが不本意だった」「作り物の私を好きになってもらっても嬉しくない」などとブログに書いて物議を醸し、やがて芸能界から消えていった。
と秋元康は「なっちゃん」のために書いたのだけれど。12時の鐘が鳴っても/夢から覚めないように
夢は覚めちゃったんだね、なっちゃん。