雨降る土地にうたが生きる -14ページ目

雪景色


新しい学校は遠い線路の向こう
そこに新しい家がある

荷物は先に送ったから
ちょっとしたカバンで
気楽な汽車の旅

いろんなものと別れてきた
これからどんな生活が始まるのだろう

4月というのに窓の外は雪景色
恋する心も
内緒の約束も
全部が凍りついたように思えた


どこかに海があるという
海には水がいっぱいあるが
とても飲めたもんじゃないという


思春期の渇きの中で
一人大洋の小船の上
あたりに水はあふれているのに
こんなにも乾いている


高原に棲む牡鹿は
霧雨の注ぐ草を食む


砂漠の少年は年寄りから聞いた
どこかに海があるという
そして
誰にも知られない場所で
そっと雨が降っているという

タクシー


おい運ちゃんそこ曲がれって言っただろう、
うわー会社間に合わなくなっちゃうじゃんか
すいましぇん、とか言うなこのじじい
次は右に必ず曲がれよ、頼むから
ってーまた直進かよこのじじい
料金メーターもかなり上がってるじゃねえか

「お客さん、つきましたよ」
という言葉で目覚めた
「なかなかうなされてましたね」
運ちゃんはそう言ってガムを一枚くれた

少年時代


靴を脱ぎ ただ ぶらんこで
あの日の事を思い出していた
家が燃えて婆ちゃんがいなくなったあの日

ノートブックPCを入れたかばんには
どんな思い出も入ってはいない
そこに入っているのは
実務的な現在だけだ

ぶらんこで揺れながら
婆ちゃんの笑顔と
膝枕の温かさと
「ばちあたりめ」と罵られた日を思い出す


ひぐらしが鳴いている
そろそろ帰らなければ
妻が夕餉の支度をしているだろう

お父さん


太い薬指にぎざぎざのシルバーリング
俺を目の前に座らせてお父さんはこう言う
「お前の母は最低だ」
そればかりが2時間も続く

 ボートで魚を釣ってる日焼けした腕
 俺に指示して餌まきやボックスの準備をさせていた
 「お前も普通に泳げるようになれ」
 いつもの説教が幾度となく続いた幼い日

俺は父を捨てた
博打に借金女遊び
別の家庭と養子縁組をした
これでようやく自由になった

と、ある日お父さんがやってくる
「オムライス、お前好きだったよな」
レストランに入りオムライスを黙々と食べる

まあがんばれよ、と父は言い
そのままタクシーに乗ってどこかへ行ってしまった
その数日後
僕は喪主としてお父さんの葬式で頭を下げていた

柔らかな日差し


白かったベンチがやがて朽ち果て
現代建築が遺産に変わる
そっと歩いた道は
草も生えず砂利だらけになる

航海を続けた船はすっかり錆び果て
最新車は鉄くずになる
パソコンは世代変わりする
学校にいる人もすっかり入れ替わる

壊れたおもちゃは捨ててしまいなさい
そう言われて泣きながら捨てた記憶
記憶もやがて真っ白くなって
白いベッドの上で息絶える

どんな日でも
嵐や豪雨や吹雪の日でも
それが過ぎたら
ささやかな光があなたを包むことでしょう

雲古


雲が空から落ちてきて
化石になって
古い風が吹きすさぶ

そのなかにいて
おなかの調子が悪くなり
こころのどこかがスイッチを押す

コンビニの
トイレに駆け込む
歴史的な僕の何かが
そこに放出される

心の中のラブレター ~告白できなかったあの人へ~


小学生の頃の話だ
その子は他県から来たというだけで
意味のない虐めを受けていた
しかも
その子はアルビノというだけで
意味のない虐めを受けていた

「そんなことしたらいけない」
僕は言った
そうしたら僕まで虐めの対象になった

その子はどこかへ行ってしまった
そう思っていた
でも同じ大学でその子を見かけた

昼間にも黒い傘を持って
美しく白い肌
そして美しいその容姿
僕は言葉を失い
その後ろ姿を
ただただ見ていた

あの日、本当はあの子のことが気になって仕方なかったんだ
だからとっさにあんなことを言ってしまったんだ
もっと言うべき言葉があったはずなのに
言葉を失った僕はただ彼女の姿をそっと見ていた

蜜柑


足元に陽だまり
見上げた木々は風にその葉を揺らせていた
幼いころの夏の淡い思い出が急に僕を切なくさせる

 竹の棒を持って隣の家の
 ミカンを突いていた
 いくつかを取って
 家に持ち帰った

 テーブルの上にミカンを置き
 鳴らない電話を待っていた
 ミカンの皮をむき一房ずつ丁寧に食べた
 電話は鳴らなかった

 僕はその日
 母親とともに遠いところへ行くはずだったのに
 母は一人で行ってしまった
 それから母からの電話が鳴ることはなかった

見上げたミカンの木の枝が
さよならと手を振るように揺れている
あれは甘酸っぱいミカンだった
まだ成熟していないミカンだった



僕はだいぶ大人になったけど
ねえ
まだ僕の事
覚えていてくれてるかな

あいたい


独特な口調でいつもだれもを罵るあいつ
きっと孤独なのだろう
孤独を紛らわせる防衛手段としてあの態度を取っているのだ

卒業式に投げ飛ばした帽子
あいつは一人被ったままだった

あいつが不細工な男なら僕は嫌いなままでいただろう
あいつが女でなければ

今頃どんな人生を送っているのか気になることがたまにある
あの仕草と表情と素直な眼差しや
時に見せる女性らしい姿を想う

今なら言えるかもしれないな
あいつに
言いたかった言葉のすべてを