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水の中。

海外小説のレビューと、創作を。

コーチ八木沢の選択により、東アジア選手権で最高の世界デビューを果たした「まふゆ」。
物怖じしない天真爛漫な氷の妖精が戸惑うのは、八木沢への想い。

(奥さんのいる人だなんて、知らなかった――)



水の中。-プリンセスオンアイス2 (画像どころかリンクすらないって……?)



ううううーん。


ベテランで漫画表現の達者な作者さんの描く作品。
面白くないわけではないのですが……これはちょっと目指すところが古くないですか。
いまどきのスポーツ物として、技術的な話があまり出てこない上に、見せ場がなあ、まふゆちゃんの見開きは華やかだけれど、情緒的なムードだけでスケートの素晴らしさを伝えられてもなあ……。


スポーツもの、いえ特殊な業界を扱う物語としては、情報面においても志向する方向性においても、新鮮味が感じられません。


恋をしてるから→素敵な滑りに!
なんてさー、「愛のアランフェス」(←私もリアルタイムでは知りませんが、かつての槇村さとるスケート作品)の時代までじゃないかな通用するのは。


荒削りな才能の持ち主が→「アタシがんばるもん!」で一流選手に!
ていう構造もさー、いつの時代のスポ根でしょうか。



2巻でもうすでに先が見えてしまった感のある作品ですが、
なんとかならんですか、へいうち先生!


女性誌というせっかくの新しい場所、せっかくの女の子主人公なのに、先生の新たな局面を切り開く野心作にならんのですかコレ!



(なんか無念……鬼束れいちゃんが「オフサイド」のシンゴに見えるのは私の目が悪いのか?!)





チョコレートが大好きな彼女の笑顔が見たい。
想いをこめてつくった手作りチョコを渡したものの、アコガレのサエコさんに二股をかけられて捨てられたバレンタイン。


この日から、爽太のショコラティエへの道が始まった。


失恋ショコラティエ 1 (1) (フラワーコミックスアルファ)/水城 せとな
水の中。-失恋ショコラティエ
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いやー、すごい面白いですねコレ。


ぜんぜん報われないにもかかわらず、何年経とうとも、相変わらずサエコさんを想い続ける主人公。
恋の報われなさとは裏腹に、パリの有名店での修行を終え、自分の店を持ち、どんどん成功していく主人公。
この原動力はやっぱり失恋(この場合、恋でなく失恋と呼ぶべきのような)のチカラであるわけですね。



この主人公の想い人・サエコさんですが、なにはともあれ彼女の美味しいチョコへの愛はホンモノであったりして、なかなか憎めない妖精さんvなのですよねえ……。やっていることを数えあげたら○○○○(完全伏字)でしかないのですが、このへんの造形がスバラシイ。

あー、いるいる、こういうこと悪意なくやっちゃう女子いるよ! と思ってしまいます。


この作者さんはストーリーテラーだなーといつも感心するのですが、逆に言えば読者がキャラクターに思い入れるようなタイプの作品ではないのですよね。長編であっても短編であっても、シリーズ化したものであっても、これは同じ。
人間が描けてないというのではないので、不思議だなーと思うのです。



何故だろう。考えぬかれた設定勝負で、その段階からすでに物語の仕掛けが始まっているので、ストーリーの枠組みをそれて遊ぶような部分が無いからでしょうか。



作家さんとしては「キャラクターを好きになってもらう」ほうが商売としては成立しやすく、また読後も長く読み手の心にとどまっているのではないかと思うのですが、この職人ぽさこそがご本人の持ち味なのでしょうね。



フツーはありえないことですが、いつも予想を裏切ってくるこの作者さんの場合、主人公の恋が実ることだって無いとは限らない……!



次巻を楽しみにしております。





――もう家には帰れない。

年端もいかない少女にしか見えない小柄なフォーンは、華奢な体に新しい命を宿していた。
ひとり旅の最中に魔物に目をつけられ、襲われた彼女を救ったのは片腕の男、
湖の民の警邏員・ダグだった。



死者の短剣 惑わし (創元推理文庫)/ロイス・マクマスター ビジョルド
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シリーズ一話目であるらしく、「湖の民(えーまあその、不思議な力を行使する、魔法使い的な存在でしょうか)」のダグが、「地の民(いわゆるフツーの一般人)」のフォーンと出会って恋におちてしまい、という物語。


特に後半などはスゴイ。


いかにしてフォーンの家族にふたりの結婚をみとめてもらうか


というだけの内容になっておりますよコレ。




しかし、いつも不思議でならないのですが、私などのファンタジー好きでもない、恋愛ものに特に興味があるわけでもない読み手を、最後の一行までグイグイ引っ張ってしまうのですよね。


この物語に出てくるフォーンという少女、彼女は農場をやっている大家族のなかで育ったわけですが、兄たちにはいつも半端ものあつかいで苛められ(というか乱暴に可愛がっているんだなアレは)、「おまえなんか」と言われつづけてきたのです。
その中で小さくなってしまった自分というものを取り戻す――これはそういう物語なのだと思います。



「自分というものの価値を認めてもらいたい」



というのは、この作者さんのテーマでもあるのか、形を変えてたびたび書かれているような気がします。
作中でダグがフォーンの家族について考えこむ



――愛されても価値を認められないほうが、価値を認められても愛されないより辛いのだろうか



というところですね。
そうだなあ……私自身は家族の中でそういうポジションにいたことがないので、実感としてはこの「おさえつけられている無力感」「自分だって一人前なんだと叫びたい気持ち」というのが分からないのですが、その「愛する」はつまり、自分の一部と見なされているだけなので、受けとめる側に自分というものが出来てきてしまうと、苦痛でしかなくなってしまうのですかねえ……。



こうしてあらためて考えてみると、「いいじゃん末っ子ポジションて気楽で」とも思ったりするのですが、読んでいる間はまったくそういう気にならないのですよね。
これはスゴイことだと思うのです。
特に奇抜な手段を使っているわけでもなく、王道展開で綴られている物語であり、何をどうしたらこうできるのか、相変わらず理由がまったく分からないのですが。


なんだろうなー、これは物語る力の基礎力の問題なのでしょうか……。



まるで違う思想(思想かコレ)の持ち主である読み手さえ、難なく主人公の気持ちに同化させてしまうビジョルドの筆力、おそるべし……!







水の中。-226 (写真は記事と無関係な倉敷ですー!)



新年(いつの話……)でございますよ、こんばんは!


さてお正月のこと。
例年どおり、旦那の実家でヨメ業をやりとげ、実家に顔を出したあてくし。
「行くわよ散歩!!」
雑煮を食べるなり、仁王立ちになって宣言しました。
しましたってつまり、うちの犬にですが。



「えっ、なにも来た早々に犬の散歩なんてしなくても……」
酒をつごうとしていた母が、「今日は寒いから」と引き止めます。
しかし実家にいたときは、毎朝五時半に散歩に出ていたこの体、昼間の風くらい、寒いことなどありません。
いいえ正直になりましょう。



わたしは犬の散歩が死ぬほど好きなのです。
やりたくてやりたくてたまらないのです。
そのためだけに毎月のように実家へ帰っているのです!!



(ちなみに前述の母に、「あんたって、このコ(←いぬ。)がいなくなったら、ここへは帰ってこなくなりそうね~」と言われ、ついふつうに「それはそうだよ」と頷いて親を悲しませてしまった、ひとでなしな自分……)



「あのー、お、おれは寒いんだけど……」
ついてこなくてもいいのに、何故か一緒に散歩に来てしまった旦那(体脂肪ナシ)が、強風に震えています。


「えー、これくらい寒くないよふつうだよ太陽でてるし」
「おまえ薄着なのによく平気だな……」


うしろからついてくる旦那が、こころなしか青ざめているのを見て、さすがにかわいそうになってきました。
「あ、じゃあアレやろう! さ、これ持ってみて」
よいことを思いついて、私は旦那にリードを預けます。
そのとたん、相変わらずおそろしいほどに神経質なうちの犬が、ただそれだけの出来事に(なんでこいつ?!)という顔でさっと振り向いて、全身をこわばらせました。


「あのね、このリードをね、そのへんのフェンスに縛ってね、ダーッと走って姿を消して戻ってくるという置いてけぼりゴッコをね……」


私の説明するところの、この「置いてけぼりごっこ」。
これは私と姉が好きな遊びで、この神経質な犬をからかうために昔よくやっていたもの。
まあ姿を消すといってもフリをするだけで、数秒で戻ってくるのですが……



しかし旦那が私の言葉を遮り、
「やらないよ」
と言うのです。



「え、なんで?」
「なんでって……」


すると、ここで予想もしなかった一言が。



「なんでって、そんなことしたらコイツがかわいそうじゃないか」



しーん。


「コイツが」と指さされた当の犬、会話の内容が分かるわけもなく、いやむしろ嫌いな人間にリードを持たれて「ウウウ」と唸っています。
「か、かわいそう……?」
このぜんぜん自分に対して可愛げのない(今もそこで唸っている)、なつかない(何年たっても変わらぬ鋼のような警戒心)、この犬が「かわいそう」……?


ポカーンとする私にあらためて彼が言うには、
「ふざけてるなんてコイツには分からないんだし、そういうことするな」
なのだそうです。


「は、あ、はいゴメン、もうしません……」
動物を飼ったこともない相手に諭され、反省させられる愛犬家な自分。
あまりにびっくりして
(なにこの善良発言。天使……?!)
とか思ったことはナイショです。





夜空からすべての星が消えたとき、ぼくは12歳、ロートン家の双子の姉弟は13歳だった。
のちにその現象は「SPIN」と呼ばれ、地球を覆う不思議な膜の外側では、何億年という時間が流れて去っていることが判明する――ぼくら人類に残された時間はわずか50年ほど。


太陽が燃え尽きる前に、地球はこの状態を脱することが出来るのだろうか?


時間封鎖〈下〉 (創元SF文庫)/ロバート・チャールズ ウィルスン
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(↑なんで上巻がないとですか!!)


久しぶりに物語を読む楽しみを思い出させてくれた本作。


しかし何度も言うようですが、この邦題がなあ……ハードSFを想起させる字づらなのですが、実際のところは、青春モノ+災害パニックものであり、主人公タイラーと幼なじみ二人の長年にわたるかかわりと、異常事態下での逃亡劇であるわけなのですよね。


なので、いわゆる真のSF読みが好む雰囲気の作品ではなく、どちらかと言えば一般小説(なにが一般ていうかまあ、SFでない現代小説のことでしょうか)に近い味わいがありますので、それにふさわしいパッケージで提供してもらいたいなーと思うわけですが……。



という売り方への不満はさておき、作品そのものは人物造形も心理描写も非常に丁寧で、二つの時間軸を行き来することで物語的な緊張感を維持しながらも、結末まであっという間に読まされてしまいました。



主人公タイラーは、ロートン家の双子の弟・ジェイスン(スーパー天才児で、SPINの解明に大きな役割を果たし、のちに多発性硬化症を発症)を医者として看つつ、ひたすら双子の姉のほう(ダイアン)を想いつづけているのですが、この愛がなー、相手が結婚しようが遠くへ行こうが、まあひたすらに辛抱づよく相手の力になろうとしつづける愛、考えようによっては「なんでそこまで」な愛なのですが、何故かそうは感じさせない語りなのですよね。


そして、「幼なじみ」と言っても、実のところタイラーの母はロートン家の住み込み家政婦(というか地所内に使用人用の小さい家がある)であって、単純な「ご近所さん」ではないのです。
こういった育ちからすると、もう少し複雑な愛憎が発生していてもいいような気がするのですが……


タイラーの、この二人の幼なじみへの愛情と、二人からの信頼。


変わることのない三人の関係が全編を通して流れているので、この作品をとても優しい物語にしているのではないかな、と思われます。



(しかしアレですね、いつもツッコミ感想しか書いてない身のせいか、よい作品については語るべきことが少ないものだわ……)





水の中。-223


タイトルが間違っているようですが、気分的にこんなカンジというだけですので、気にしない方向で!
旦那実家で年末年始を過ごし、今回は早めに戻ってまいりましたー。
さわやかな挨拶で新年を始めたいところですが、ここでふと思い出すのは、年末の忙しいさなかに同僚と交わした会話です。

同僚Aちゃんは定期的にチェックしている共通の知人のブログ(ちょっと不思議ちゃん系の女子の日記)の面白内容について、ときどき報告してくれるのですが……


Aちゃん: 「あ、もう今年は終わりみたい。 『あたしがかかわった全ての人に感謝をv 世界のみんなに幸福がおとずれますようにv』みたいなこと書いてあるー」


わたくし: 「どれどれ(と携帯で読んでみる)、ふーん……」


見れば、確かにそのようなことが書いてある。



わたくし: 「なんかさ、そーゆーこと思ってもいない人にかぎって気分で書くよね、世界だなんだと具体性のないことをさ」
Aちゃん: 「アハハ! 書くね~。でもあんたいつにも増してどすぐろいね~」
わたくし: 「そんなことないわよまっしろだわよ!」



というようなことを言い合ったような記憶があります。

しかしこのように本人フツーに日記を書いているつもりで、知り合いからウォッチされているというのは恐ろしい話かもしれません。


(あれっ、これ新年の挨拶か?)



水の中。-sea

今年もあとわずかとなりましたが、

皆さまいかがお過ごしでしょうか。


私はといえば、

「書庫の更新してない!」

「2008年のベスト作品とか選んでない!」

などなどなどの心残りがありますが、なにぶん時間切れぽい様子ですので、それらは年明けに持ち越したいと思います……。


えーと、個人的近況としましては、このあと


1・年賀状書いて

2・荷造りして

3・会社行って

4・午後の新幹線に乗らないと


なのですが、1のあたりからすでにアヤシイ。

先ほどようやく年賀状を作成したのですが、

「え、来年の干支って何だっけ?!」

「トラだろトラ」

「オッケ、トラね!!」

という、日本人とは思えない会話をしていた、うちの夫婦……(虎とかありえねえし)。


そういうわけで、しばらく時間と戦いたいと思います。

ここにまた現れるのは年明けとなりますが、みなさま愛する人と、すてきな新年を迎えられますように。

ではまた!




水の中。-22



うわー、書庫で設置したはずのWEB拍手のリンクが切れているもよう……!!


いま実家におりますので、書庫で使用しているロリポの編集画面に入れないのですよね。

「あれ? でもいつだったかアメブロの下書き記事にパスワード類を保存していたかも……」

と思いだし、


とりあえず姉のPCからログインして、

「ああ、あったあった!」

とIDとパスワードを見つけ出したのはいいのですが、


ロリポのWOOPAはですね、「IE6.0にしか対応してません」ですってよ!!

このPCのブラウザでは開かないんですってよ。くそー。

仕方がないので、IE7.0と過去バージョンを共存させるソフトを探し出したはいいのですが、

これVISTAには対応してない……

インストールしたはいいけれども、動作しない……


つまりリンクが直せない……。


というわけで、せっかく設置した拍手ですが、

拍手でなく、へんなとこにリンクされたままになっております。ががーん。

その他あれこれも今のところ直せません。

ああああ。


あのー、ふだんのわたくし、特に感想を求めていないので、そんなものは取り付けていないのです。

しかし今回はせっかくの預かりもの。どうにかフィードバックを得られないものかと考えてみたのですが、

そういうわけで、みごとに不発に終わっております。


明日以降は直しますので、のでー!!

心やさしい感想書きの方がいらっしゃいましたら、どこか(って、どこだろ。書庫のブログでもここでもプチメ機能でもぜんぜんウェルカムです!!)にコメントいただけるとありがたいです。


(あたらしいマシンにこのような落とし穴があーろーうーとーはー)



★追記★


上でグズグズと文句をたれている本件ですが、修正できました!!

しかし借り物のPCなので、私自身がアメブロをログアウトしたあとで姉のログイン状態に直しておかねばー!と思い、

「スキン変えてあげるから、IDとパスワード教えて」

と言ったところ、あっさり教えてもらえました。


だましておいてなんですが、よくこんな隙だらけな理由で教えてもらえるものだ……(おかしいじゃん!!)。




水の中。-22



えー、書庫で「Change the world」の後半をアップしております。


いまこうして見直すと、企画ページとか息切れしていてなんだかもう~! な出来ですが(特にMAPの説明がひどすぎて戦慄……)、
あー、えーっと、物語のほうを楽しんでいただけるとありがたいです。


感想も「あれ私こんなこと言いたかったんだっけ?」な語りになっていますが、そこらへんもあまり気にしないでいただけると……。 ←しっかりして自分!!


ああ、でもそうですね。発掘屋さんも下のコメント言われているように、この物語は永一にかなり優しくしていただいているので、本編でまったく救われていない彼が救われたかのようで、何もしていない私まで「めでたしめでたしだね!」なキモチになっております。


私自身が永一という人のその後を書くことはないと思われますが、やはりああいう人間がシアワセになるには恋愛がてっとりばやいのかなーという気がします。


「愛は負けても親切は勝つ」というのは一面の真理ではあると思いますが、誰かひとりと深くかかわるという意味では、やはり慈愛や友情ではどうもならんところがありますよねえ……。




世界各地に飛来した謎の球体。
球体内部から現れた人類そっくりの姿形をした宇宙人・クラトゥは言うのだった。
「地球を救うためにここへ来た」


その言葉に秘められた真意とは?

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地球の静止する日 (角川文庫)/ハリー・ベイツ
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感想……感想というものが思いつかないほどの薄いドラマ。

あのですね、


「地球に害をなす人類を滅ぼしに来た宇宙人」が
        ↓
「君たちに変わるチャンスを与えよう」と今回は去っていく


……という、二行ほどの説明で終わってしまう物語。


「人類が地球にとって害悪である」とゆーテーマといい、
宇宙微生物学の研究者母子とのヒューマン・ドラマぽい関わり方といい、
アメリカ政府(のしかも国防長官だけ)しか登場しないところといい、
まるで二十年くらい前のSFのよう。


原作は確かに古い作品であるようですが、あえて現代において映画化するのであれば、
何かもうちょっと他に語るべきことがあるのでは……?



だいたいさー、人類が地球環境に悪影響を与えてますなんて今更言われても
「あー、そうだよね」
としか言いようがないわけで。


さらに言わせてもらえば惑星の寿命から言えば人類なんてものは現れて消えるだけの儚い種であって、
「地球を救え!」だなんて主張はおこがましいというか、そもそも勘違いでしかないと思うのですが(地球じゃなくて自分たちを救わないとさ……)。


うーん、こういった「人類に警鐘を」というエコなテーマ自体が悪いわけではないのですが、
切り口に目新しさがまったくないのがなあ……。
SFというのは、他のジャンルでは語ることができない「新しい物語」でなくてはならないと思うのですが、
本作にはそういう試みがまったく見当たりません。



あー、そうですね。
あえて見所を挙げるとしたら、
「キアヌが出演しているよ!」
という部分でしょうか……?