ロンリー・オル・ナイト

ロンリー・オル・ナイト

80年代で時が止まったオサーン。タイトルは青春時代の好きな曲から…
そして今はインドネシアで怪魚釣りを夢見る男の海外奮闘記!

Halo teman teman!!

 

今日は、スナヤンでいちばん安いメシと、いちばん高そうなコーヒーをハシゴした午後の話です。

さて、ジャカルタの南に「Senayanスナヤン」という地区があります。

日本人などに大人気で、日本でいうと銀座と青山を合わせたようなイメージです。

インドネシアでは「超優良地区」で、そこにあるモールも「超高級」って感じですね。

そこの従業員用の食堂に行って面白かったので報告です。

 

行って来た高級モールはこちら!

「Mall Senayan City」

やれグッチじゃエルメスじゃと高いブランドが全部あります(笑)

ちなみにここのロレックスでは普通に予約で買える…という噂があります。

各種レストランもありますが、スナヤン価格で相場よりも高いそうですぞ。

 

そんな高級モールの地下3階

 

かなり目立たない所にフードコートがあるんですね。

正確には一般人も入れるので「従業員用」ではないですが、まあ関係者しか来ないでしょうね。

 

祝日に行ったので人は少なめ…

 

客はやっぱ従業員が殆どだと思います!

 

 

自分はこの奥のパダンの店で購入しました!

 

ちらほら店もオープンしています。

 

ここはカキリマで良くある雑貨屋さんですね。

 

さて、アイさんの案内で行ったのですが、彼女たちはレストランオープンの時にスタッフ教育とかで店がオープンするモールに通い詰めになるんですね。

その時にお昼をよく食べてたらしく「あんたが好きそうだから案内したげる」という事で誘ってもらいました。物好きな日本人への親切心です(笑)

 

さて、今回、自分がチョイスしたのはこちら!

Soto Campur ソト・チャンプルーでホルモン系のスープです。

 

美味しかったけど少ししょっぱい。。。

現地流にケチャップマニスで甘く味を調えます!ウンピンにもかけると美味しい!

 

本当のパダン風味だそうです…

臓物というかホルモンが美味しい♪

 

どローカル向けなので、味は濃くて少ししょっぱいです。それがご飯にめっちゃあいますね。

もう反則級の美味しさなんですよね。この手の庶民飯は絶対にワルンで食べたほうが美味しいです。

 

これはアイサンが頼んだガドガド(温野菜にピーナツソースをかけたもの)です。

インドネシアの女性はほぼこれが好きですね。僕はピーナツソースが苦手なのでパスですが…

 

この2品にミネラルウォーターで合計は600円くらいです。恐らくスナヤンで一番安いご飯だと思います(笑)

カキリマやワルンで食べれる人なら、普通に食べれますね。エアコンが無いので送風機の前に座るのがおすすめです。

★良きインドネシアのIBUであるアイサンに軽蔑されそうだったので言いませんでしたが…

ブランドショップとかに勤めていそうな「凄い奇麗なお姉さん」がご飯を食べていまして眼福です♪

 20年若ければなぁ。インドネシア語の学習成果を試してみたくて話しかけようかと思いました(笑)ひょっとしたらナンパの穴場かもしらん。

 

 

さて、シュールな追記です。

自分は「従業員食堂」がメインでしたが、本当はスナヤンにある高い高いコーヒーショップが本来の目的でした!

 

「Bacha Coffee Plaza Senayan」

自分的には1mmも興味なし。こういうすかした店は好きではありません。

ただアイサンの本業であるマーケティングで必要なんで行きました。

日本人にも人気なんだと思います…「高い」って言ってたのが聞こえた(笑)

 

お土産が買えるみたいです!

 

 

この本みたいなの「メニュー」なんですよ。世界中の豆が選べるみたい。

全部めちゃくちゃ高い!さすがスナヤン!?

 

一杯、1200円のコーヒー!この国の物価って日本の1/3~1/2なので…すげえ(汗)

世界各国のコーヒーが選べたのですが、僕はスラバヤの豆にしました。

味は・・・はっきり言って解りません。普通だと思います。。。

コーヒー通のアイサン曰く「とても美味しい」だそうです。

 

さて、笑っちゃいましたがお昼は美味しく300円で食べ、食後のコーヒーは小さなケーキと味のわからんコーヒーで2,000円でした。

いったいどんな価値観やねんって思うんですが、まあ超高級なスナヤンですからね。最初の店が逆におかしいのかも知れません。

それでも、やっぱり僕はこういう「高級エリアとは言え従業員食堂」がいちばん落ち着きます。
物価の落差も含めて、ここがいちばん“この国らしい”気がするんですよね。

というわけで、従業員食堂めぐりはまだまだ続きます…かも。多分(笑)

次回はプラザ・インドネシアあたりに行ってみようかな。

 

 

ポチッと頂くと海外生活の励みになります!

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 

Halo teman teman!!

 

インドネシアに来て早5年。日本が恋しい…とはなりません(笑)

が、日本の食事が恋しいって思うことは最近結構あります。

「現地化」に取り組んで、現地食を食べ続けて5年…少し飽きがきたような。。。

中でも特に最近思うのが「日本の普通のラーメン」が食べたいってこと。

そうなんです!日本の普通のラーメンです。普通てのが大事なんです!

 

さて、これには説明が必要ですね。

実はインドネシア人、ラーメンが大好きです。ただし「インドネシアナイズされた」が付きますが…

これはインドネシア人が美味しいって食べるラーメンです。

日本人が食べると単純に”味が濃い””辛いだけ”でコクがないって思うんじゃないかと思います。

また国民が全員?猫舌だと思った方が良いくらいなので、日本でいう熱々のスープはまず無いですね。このラーメンもぬるかったです。

麺も普段のMIE AYAMってへなへなの腰のない麺なので、彼らが普通だと思う麵は、日本人には絶対に”茹で過ぎ”ですね。

つまりインドネシア人が素直につくったラーメンは「味のキツイぬるいスープに、にゅう麺みたいな茹で過ぎの麺が入った物」になります。

僕は2,3回、ローカライズされたラーメン屋に入って、なぜ日本人がいないか良く解りました。

 

さて、先日、インスタ見てて猛烈に「日本の中華そば」系のラーメンが食べたくなりました。

二日酔い気味だったのもあるかと思います。ああ、あっさりした中華そばが食べたいなって思ったんですね。

で、「日本の普通のラーメン」AIに聞いてみました。したら色々と出てきましたが、中でも評判が良かったのが「麵屋桜」でした!

 

まあ中華そばというよりは「つけ麺」が有名みたいですが…

でも「日本と同じ味」と評価が高いです。AIも推薦してるし(笑)

 

という訳で行ってきました!

 

お昼時でも空いていてGood♪ 

 

この日は二日酔い気味だったので飲みませんが、BEERもあって非常にポイント高し!

忘れてましたよ!日本のラーメン屋行くと餃子でBEERが飲めるんだった。

メニューはこんな感じです。

やっぱりつけ麺系が主流ですね。

 

でも初志貫徹で頼んだ「醤油ラーメン」

これはっきり言って、とても美味しい!

いや~一口食べてびっくり。日本と同じ感じ!!!

 

おっちゃんは感動したよ! インドネシアで唯一美味しいと思ったラーメンでした!

 

さて、すっかり嬉しくなって、次の日にも行きました!(笑)

 

まずはこれですな。

Beerに餃子。ああええ感じや。。。

 

今日はつけ麺です。

 

僕はつけ麺ってほとんど食べたことがないですが、日本と同じ味がすると思います。

これもとても美味しかったです!

 

もちもち麺がええ感じよ。

 

もうすっかりハマりまして…メニューを制覇したくなった!

 

という訳で日曜日にもまた行ってきた!

今度は個人的に一番期待した「台湾ラーメン」

このメニューがあるという事は名古屋のチェーンなのね。

 

う~ん、ちょっと期待外れかな(笑)でもジャカルタじゃ普通に美味しい!

 

写真を撮ってませんが「チャーハン」も美味しかったです(ボリュームがあり過ぎで残してしまった。ごめんなさい!)

インドネシア人にしては愛想のない店員さんがやってまして、それもまた良し(笑)

 

さて、あくまで自分の感覚ですが「日本と同じ味」がして美味しいと思います。

日本にいる方には理解しがたいものがあるかと思いますが、海外駐在経験がある方なら解ってくれるはず…

 

今度はご飯系のものを食べたいなぁ~なんてすっかりハマってしまったのでした!!!

 

 

 

 

ポチッと頂くと海外生活の励みになります!

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

池を勘違いしたのも、自分らしいと言えば自分らしいのかもしれない。
それでも僕は、ここが本命の池だと信じ込んでいた。

 

アーティストとアドニスと、一番のバス

泥水のような池で、まったく気は進まなかったが、とにかく釣りをしようと準備を始めた。
アーティストにオールアングルを合わせ、当時お気に入りだった5500のブラウンをセットする。

惚れ惚れするほどかっこよかったが、同時にひどく空しかった。
「もう二度と、このタックルを使うことはないかもしれない」
そんな気がしていた。

こんな大事な釣りなのに、いつものレギュラーメンバーは何ひとつ持ってきていない。
テラーも、ビッグラッシュもない。
岸辺に立って、ルアーの選択にひどく迷った。

結局、無難にマグナムトーピードを結んだ。
もちろん、現行モデルを自分でWフックに改造したやつだ。

そして振りかぶり、この池での記念すべき第一投を放った。
アーティストは素直に曲がり、程よくルアーの重さを乗せながら、しっかりと受け止めてくれる。
それでいて負けない粘りもあって、とても気持ちよかった。

ほとんど使っていないのに、不思議と安心して投げられる気がした。
すぐに手に馴染んだように感じた。5500との相性も抜群だった。
まるで自分が少しうまくなったような気がして、気分がよくなった。

L字型に入り組んだワンドの先から、岸沿いにキャストを続けていった。
何投目かのとき、岸ぎりぎりのブッシュ際を狙って投げた。
ルアーが草に引っかかり、そのあとポトリと水面に落ちる。
「いい感じやな」
そう思った瞬間、「ピチョン」と水面がはねた。

「……!?」
魚が出た?
僕は信じられなかった。
バスじゃないかもしれないが、明らかに魚だった。

死んだ池じゃない。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
一人で笑ってしまった。
嬉しくて仕方がない。胸の奥から、じわっと希望が湧いてきた。
それからは、もう必死で投げ続けた。

手前のポイントを打ち尽くしたので、今度はさっきまで投げていた方向へと少し移動した。
さすがに、いま自分が立っている足元からはもう出ないだろう。
そこで少し遠投して、対岸のオーバーハングを狙うことにした。

ルアーは、透明なクレイジークロウラー。
何の変哲もない現行品だけれど、一緒にたくさんのバスを釣ってきた相棒だ。
遠投だったので、少し力を入れて投げた。
ルアーは思った以上に飛び、あっという間に枝に引っかかってしまった。

最悪なことに、太い木にぐるぐると巻きつくように絡んでいる。
押しても引いても、びくともしない。
もう切るしかなかった。

ラインを無理やり切り、枝先でぷらぷらと揺れている大事なルアーを見上げて、情けなくなった。
「もうやめようかな」
そう思ったとき、ふとタックルボックスの片隅にあるルアーが目に留まった。

アドニスの「クラッパー」というルアーだった。
発売当時、「絶対に羽が開く」というのが売り文句だったはずだ。
現行クレイジークロウラーの羽の開きの悪さに閉口していた僕は、その言葉につられて買った。
けれど、どこか垢抜けないデザインが好きになれず、ほとんど使わないまま眠っていた。

「これにしよう。これなら、なくしても全然かまへん」
そんなノリで、クラッパーを結んだ。
そして再び、対岸のオーバーハングを狙ってキャストした。

アドニスは思ったより重く、その分だけよく飛んだ。
そのせいで、サミングがわずかに遅れた。
だが、その“遅れ”がよかった。
垂れ下がった草を突き破り、遅れた分だけ奥まで滑り込んでいった。
偶然にしては出来すぎなくらい、これ以上ないところに入った。

幸い、ラインも枝には絡んでいない。
僕は慎重にクラッチを戻し、糸ふけを取る。
二、三秒ポーズを入れてから、また慎重にリールを巻き始めた。

コポ、コポ……。
アドニスは弱々しく泳ぎながら、いい感じの波紋を広げていく。
「ええ動きやな」
そう思うようなアクションだった。
しかし何事もないまま、オーバーハングから五十センチほど出てきてしまった。

「あかんか……」
少し失望しかけた、そのときだった。

「バシュッ!」

水しぶきが上がり、アドニスが一瞬で消えた。
「……!! うおおっ!」
バス!?
信じられなかった。
思いきり合わせを入れ、必死でリールを巻いた。
潜っていた魚が、今度は大きくジャンプした。
バスだ。

そのあとは、それほど抵抗も見せずに寄ってきた。
最後は、ひょいと抜き上げるようにして、そのバスを手にした。

きれいだけれど、痩せた小さなバスだった。
僕は、口をパクパクさせて暴れるその魚を手に持ちながら、まだ現実とは思えなかった。
「嘘みたいや……」
心の中でそう呟いた。

こんなところでも、バスが釣れるんだ。
ちゃんとやることをやれば、バスはちゃんと釣れてくれるんだ。

じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。
心の中で「すごい、すごい」と何度も繰り返している自分がいた。
本当に嬉しかった。
この一匹のバスに、感謝したい気持ちでいっぱいになった。

そっとフックを外し、足場が高かったので、心の中で詫びながら、池へ向かって丁重に放してやった。

 

一番大事な一匹

釣りは、もうやめだ。
たった一匹だけど、十分だ。

すぐに、家で待っている嫁に報告しようと思った。
「あのな、バスが釣れたんや。だからな……」
ここまで想像して、僕は口をつぐんだ。

嫁はわけが分からず、きょとんとするだけだろう。
そして、この胸の高鳴りは、きっと理解されない。

本当は、この思いを分かち合いたかった。
けれど、それは無理な相談だとも分かっていた。
この、最後になるかもしれない、いろいろなものがかかった釣りで、一本釣ることができただけで、僕には十分だった。

そのあと、すぐに家へ戻った。
家で嫁に何を話したのか、記憶はない。
たぶん、何も喋らなかったのだと思う。
ただ、満ち足りた気持ちでハンドルを握り、家路についたことだけは、今でも鮮明に覚えている。

この日を境に、転職や新生活への不安は、少しだけ小さくなった。
ほんの少しだけ、心が楽になった。

不思議なことに、このとき活躍したクラッパーは、その後二度と使わなかった。
間違えた“本命の池”にも、その後三回ほど行く機会があった。


 

そのたびに鰻ノ手池の横を通ったが、一度も寄ろうとは思わなかった。

 

そのあと僕は東京へ行き、今でも東京で、なんとか生活を続けている。
結局、バス釣りをやめずにすんだ。
だから僕は、今でもバス釣りが大好きだ。

あれから、たくさんのバスを釣った。
もっと大きなバスも釣った。
いろいろな場所で、いろいろなバスと出会った。

それでも僕にとって、あの日の、あの小さな痩せたバスが、一番のバスなんだと思う。
そして、自分にとって一番大事な一匹なんだと、今でも思っている。

 

 
 
★AIで「読みやすくエッセイ風」にした昔の記事です。
今年、結婚27周年ですから27年前の実話になります。この時の感動は今でもはっきりと覚えています。
そして今は東京じゃなく海外…でもまあ満足していて鰻の手池の神通力は未だ健在ですね。
数年に一度くらいの感じで、釣り場探しで「鰻の手池」「バス釣り」で検索した人が、びっくりしてブログにコメントをくれたりしてくれる事があります。
そんな素敵な事があるのも気に入ってます。
 
 
 
ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 
 
 

バス釣りを始めて一年あまり。
いろいろなことが分かってきて、「もう初心者ではないかな」と思い始めた頃、

どうしても自分の「一本」と呼べる竿が欲しくなった。
師匠にはザウルスのフィリプソンがあり、

シライサンにはカスタムオーダーしたアーティストがあった。
使い込まれた二人の竿を眺めていると、とにかくかっこよくて、

そこにある信頼関係ごと羨ましくてたまらなかった。
二人に相談し、散々迷った末に、「うらしま堂 渡辺つり具」にアーティストをオーダーすることに決めた。


初めて電話をかけたときはひどく緊張したけれど、

受話器の向こうの声は、想像の何倍も丁寧で親切だった。
僕の拙い「ああしたい」「こうしたい」という要望にも、一つひとつ丁重に耳を傾けてくれて、

「それなら、こうしてみてはどうでしょう」といくつも提案してくれた。
最終的には、当時憧れていたフィリプソンをイメージした仕様で作ってもらうことになった。
「少しお時間がかかります」と申し訳なさそうに言われたが、まったく気にならなかった。
シーズンは終わりかけていたし、何より、それどころではなかったからだ。

自分の結婚式が、もう間近に迫っていた。

 

結婚と、現実と

そして結婚した。
すると、それまでは意識してこなかった問題が、いろいろと顔を出し始めた。

まず、自分の給料がとても安いこと。
薄々とは分かっていたけれど、気楽な実家暮らしのあいだは本気で気にしていなかった。
実際には、二人の暮らしが成り立たないレベルだった。

駐車場代なんてとても払えないから、自慢のチェロキーは手放した。
関東から嫁いできた妻も、当然のように働きに出た。
妻は「友達をつくるから」と笑いながら言ってくれた。

足がなくて、知り合いもいなくて、一人ぼっちになる妻のことを思うと、かわいそうで、僕は釣りにまったく行かなくなった。

それでも、釣りのない生活は思ったほど退屈ではなかった。
一足先に結婚していた師匠やTちゃんが遊びに来てくれたし、

シライサンもよく家に来てくれて、嫁と三人で仲良く酒を飲んだりした。

そんなある日、妻が「やっぱり車がないと不便だよ」と言い出し、きっと釣りに行けない僕を見かねてくれたのだろう、無理をして軽自動車を買った。

また釣りに行けるようになった。
たまに許しをもらって出かける釣りは、本当に楽しかった。
道具を以前のようには買えないけれど、家に帰れば待っていてくれる人がいるということが、何か特別なことのようで、とても嬉しかった。
「こんなのも悪くないな」と幸福な気持ちで思う日が続いた。

でも、それは妻が病気になるまでの、短いあいだだけだった。

 

病気と決意と東京行き

妻が病気になり、働けなくなった。
自律神経の不調からくる、心の病気のようだった。

関東から関西へ。
地理だけでなく、言葉も習慣も、少しずつ違う。
その違いが、じわじわと負担になって体調を崩す人が、実は少なくないのだと、あとから聞いた。

新婚なのに、どんどん痩せていく妻の姿を見ていると、勤め先の会社にどうしようもない怒りが湧いてきた。
「ちゃんと暮らせる会社に転職しよう」
そう決心したとき、結婚からまだ半年しか経っていなかった。

ちょうどその頃、例のアーティストが出来上がった。
素晴らしい竿だったけれど、しばらくは手に取る気にもなれず、放っておいてしまったと思う。

そんな中、奇跡的に僕を採用してくれる会社が見つかった。
ただし条件は、東京本社での勤務。

「また東京か……」
僕は内心、断りたい気持ちでいっぱいだった。
以前の、あの東京での嫌な生活が頭に浮かんだ。
それでも、参っている妻のことや、その原因を考えると、東京の方がきっといいに決まっている。迷っている場合ではなかった。

僕は承諾し、転職と東京行きが決まった。
そしてその瞬間、今までのバス釣りのすべてを、いったんあきらめることにした。

その後は一気に慌ただしくなった。
新しい会社への初出社日と、今の会社の退職日が決まり、後任への引き継ぎを何とか終えて、有給消化に入った。
約二週間分の有給をとり、そのあいだに引っ越しを済ませなければならない。

住民票の移動、荷物の梱包、隣近所へのあいさつ。
毎日バタバタしていたが、それでも働いていたときほどではない。
そうしているうちに、ふとした瞬間、転職への不安が顔を出すようになった。

特に夜、布団に入ってからがいけなかった。
なんだかんだ言って、僕はもう若くはない。
「今さら転職なんてして、大丈夫なんだろうか」
この転職がうまくいかず、しょんぼりとうなだれている自分の惨めな姿が、頭に浮かんでしまう。

考えても仕方のないことだと分かっていても、どうしても考えてしまう。
僕は不安から目をそらすように、引っ越しの準備に打ち込んだ。

 

五月、鰻ノ手池へ

そんな重苦しい日常のある日、五月の、うららかに晴れた日のことだった。
僕はふと、急に釣りに行きたくなった。
理由なんてよく分からない。ただ、どうしても行きたかった。

いろいろな思いを込めて、嫁に「釣りに行ってええかな?」と聞いた。
何かを察したのだろう、嫁は「ああ、行っといでよ」と、あっさりと言ってくれた。

久しぶりに釣りの準備をした。
竿はもちろん、例のアーティスト。
リールは、お気に入りの5500のブラウン。

今日は岸釣りのつもりだったから、ルアーは「なくしてもいい」と思える二軍の、どうでもいいやつをたくさん詰め込んだ。

「さて、どこへ行こうか」
もう昼だったので、近場がいいと思った。
いつものアホ池は、なぜだか今日は行く気になれなかった。

そこでふと、少し前にシライサンが話していた池を思い出した。
「ええ雰囲気の、ええ感じの池やったで」
トップで、絵に描いたようなバイト。しかもサイズも良くて、とてもいい思いをしたらしい。

いつも通っていた釣具屋の前の道を山の方へ上がっていき、しばらく進んだところにあるという。
それなら分かりそうだ。
「よし、そこにしよう」
そう決めて、一路その池へ向かった。

 

池に向かう車の中で、また転職の心配が頭をよぎった。
それもあったのだと思うけれど、なぜか、このこれから向かう岸釣りに、

今後の転職の未来までもがかかっているような気がしてきた。
初めての池。苦手な岸釣り。しかも出る確率の低いトップ。
とても釣れそうにない条件だ。まず釣れないだろう。
それは、きっと厳しいであろう東京での生活や、新しい職場での仕事と同じなんじゃないか。
でも、もしそれで釣れたとしたら。
もし、この状況で一本釣ることができたのなら。
「なんとか、うまくいくんじゃないか」
僕は、そんなふうに思った。
 

池へ向かう道は、すぐに分かった。
ただ、心細くなるくらい細くて急こう配の道だった。
ぐねぐねと曲がりながら、どんどん山奥へ入っていく。
「本当にこんな先に池なんてあるのか」
そう不安になり始めたころ、急にぱっと視界が開けた。

池だ。
何となくほっとして車を止めた。
止めた場所の脇に、手書きの看板が立っていた。

「鰻ノ手池」

なんともおかしな名前だった。


池にちゃんと名前が付いているのを見るのは初めてだなあ、と、そのとき思ったのを覚えている。

ところが、その鰻ノ手池は――あ然とするほどひどい池だった。


何度も水を抜かれているような、そんな荒れた印象。
生命感はまったくなく、向こう岸の底が見えてしまっている。
水は、これ以上濁りようがないというほどの泥色だった。

一目見て、嫌になった。
「どこがええ雰囲気やねん」と心の中でつぶやいた。
それでも、もう他の場所へ移動する時間はない。
ここで釣るしかなかった。

本当のことを言えば、本命の池はこの先にあった。
ただ、道路からは離れていて、人に聞かないと場所が分からないところだった。
そのことを知ったのは、ずっと後年になってからだ。
シライサンが笑いながら言った。

 

「手前の池? ああ、あっこはアカンで。魚おらんやろ」

 

 

 

★以前の記事をAIで「読みやすくエッセイ風に」変更して題もAIチョイスです。

本文は「アーティストとアドニスと鰻の手池」になります。

この記事は15年前に初めて書きました。当時はバス釣りの追憶だったのですが、

今見ると「結婚」「転職」という人生の転機の瞬間の記録でした。

この後、子供も出来たし、この会社もあと3年で定年です。そしてまさかの海外です。

渡辺さんとも未だ付き合いがあります。だから今UPしてみたいと思いました。

 

釣れたかどうか、釣りの後編に続きます。

 

 

 

ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

真夏の暑い盛りの真夜中。
風もまったくなくてジトッとして、もう不快指数は100%…。

でも我々バサーにとっては話がまるで違う。
こんな夜は、早朝の釣りが期待できる、楽しみでならない胸が高揚とする状況だと思う。
そして僕は、こういった時のBGMとして必ずレゲエが思い浮かぶんだ。

 

釣り場で知り合ったシライサンと、一緒に釣りに行くようになった。
師匠以外の人と行くのは初めてだから、ちょっとした習慣の違いや考え方の違いが新鮮で楽しかった。
向こうも似たことを感じていたと思う。

気がつけば、もう毎週毎週、当然のように一緒に釣りに行った。
なんせ、帰る道すがら次の週に行くところを二人で相談して決めていたくらいだったから。
たまに用事で行けないことがあると、とても落ち着かなかった。
何かすごく損をしているような気がするんだ。

まあとても密度の濃い時間だったと思う。
本当に楽しかった。

 

釣行を重ねるにつれて、二人の間でルールのようなものが自然と出来た。

高速代、ガス代は事前徴収で割り勘。
たしか5000円ずつを出し合って、余ったら車を出した方が貰う。

最初の一匹、もしくはナイスバスを釣った方にビールをおごること。
これはすごく燃えた。
朝イチの一投から、ビール一本分の勝負が始まる感じだった。

フローターで釣るときは僕が車を出すこと。
僕の車にキャリアーが無かったのでそうなった。
ジョンボートはシライサンが持ってたから、ボートの時はシライサンの車だった。

僕はボートの方が好きだったから、素直にシライサンの車で行く方が嬉しかった。
それともう一つ。
シライサンの車でかかるBGM…レゲエが聴きたくて仕方がなかったのもある。

 

シライサンの車はパジェロだった。
凝り性だったからタイヤ、ホイール、バンパーを替えていた。
流行りではあったけど、やっぱりかっこよかった。
今でも僕はこの手の車に乗りたくて仕方がない。

当時としては先端のナビもあり、「秘密の釣り場!」がたくさん登録されていて、とても羨ましかったなぁ。

そこまでしているのに、何故かカーステはノーマルなカセットテープ。
当時ですら少し珍しい。
凝り性なのに???と僕は思ったけど、本人は気にする風でもなく、2、3個のカセットをずっと聴いていた。
そして、それが全部レゲエのテープだったんだ。

 

「サーフィンやってた頃に友達に作ってもろた…」
なるテープは、いろいろなミュージシャンのが入っていたと思う。

僕はレゲエなんて、ロックミュージシャンがカバーした物を聴いた事ぐらいしかなくて、本物はほとんど初めてだった。
これがとても良いんだ。
選曲が良いのか、ミュージシャンが良いのかは今となっては解らないけど…。

 

残念ながらシライサンには、曲やアーティストは聞けずじまいだった。
何となく恥ずかしくて聞けなかった。
シライサンは、僕がレゲエを気に入ってたのを知らないと思う。
僕がそんな事を一言も言わなかったから。

年をとった僕は、それをすごく悔やんでいる。
その他にも、いろいろな事を伝えてない気がするんだ。

それでも、たった一人だけアーティスト名を聞いた事があった。
名前は「ホレスアンディー」。

前後の経緯は忘れてしまったけど、一度だけ「どんなアーティストが良いの?」って聞いた事がある。
シライサンはちょっとだけ考え込んで、「ホレスアンディーがええで!」って言った。

ほう、と僕は何気なく流して聴いたふりをし、翌日早速買いに行ったんだ。
でも何処にも売ってなかった。
マイナーな人なのかなぁ〜って、その時はそれっきりで終わってしまった。
本当は超有名な人だったが…。

 

「夏の釣りは夜明け前に釣り場に着いてて、夜が明けるのを釣り場で待つ位で無いとアカン」
というのがシライサンの信念だったから、僕たちの朝はとても早かった。

当時通ってた新成羽川ダムには行くのに数時間かかった。
という事は出発は12時。
もう完全に徹夜だ。

真夜中の高速道路を飛ばした。
もちろんBGMは例のレゲエのテープだ。

行く道中では二人で色々な話をした。
バス釣りの事、道具の事、仕事の事、結婚の事など…。
何故か真面目な話ばかりになった記憶がある。
でも不思議と楽しかった。

明け方はきつかったなぁ。
単調な高速、クーラーの効いた車内、そこにもって催眠術のようなレゲエだった。

でも、この真夜中のレゲエとドライブは濃厚な思い出である。
釣りに関しては断片的に覚えているだけだが、この真夜中のドライブはとても印象に残っている。
そして年をとった僕は、とても切ない気持ちになる。

 

結局、シライサンのレゲエは今でも曲名もアーティストも解らないままだ。
ホレスアンディーだけは判明した。

あの催眠術?って思った女性ボーカル?が、実は男性ボーカルで、なんとそれがホレスアンディーだったんだ。
この「スカイラーキン」は、あのテープに絶対入ってたと思う。

他には誰が入ってたんだろう。

僕のレゲエミュージックは、あのシライサンのテープが全てである。

そして、もしもシライサンに何処かで会う事が出来たら…。
本当にそうなればとても素敵だが…。
「あのテープ覚えてる?」って、さりげなく訊いてみたいと思うんだ。

 

 

★以前の記事をAIに「読みやすくエッセイ風に」リマスターしてもらいました。

オリジナルは「真夜中のレゲエミュージック」です。

この記事を書いた時、真剣にシライサンともう一度会いたいと思っていました。

で、一番心に響いた事を書いたのですが、このレゲエ記事ってイマイチ反応が薄いんです…

個人的には凄く気に入ってるんですがね。どうしてかなぁ~って少し悲しかったの覚えてます。

AIが編集したらどうなるんだろう?なんて興味があってリマスターしてみました!

 

 

 

ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

 

 

その日、僕はフローターで淡路島にいた。
朝からいくつもの池を回り、何匹ものバスを手にしていて、その日は僕にしては上出来な一日だった。

最後の夕まずめは、僕たちが「ランカー池」と呼んでいた、とっておきの池で大物狙い。
ルアーは、その少し前にようやく手に入れたピカソフィー。
カクカクした首振りで、その日も朝から何匹もバスを連れてきてくれていた。

池のちょうど真ん中あたりにある、一番のポイント。
何気なく投げたピカソフィーが、ポトンと気持ちよくいい場所に落ちた。

一呼吸おいて、その日何十回と繰り返してきたように首振りを一回、二回、そしてポーズ。
ダメか…と回収しようとリールを巻き始めた瞬間、とてつもないバイトがきた。

仰天して、思わずのけぞるように合わせてしまった。
すっぽ抜けたルアーを見ながら天を仰いだとき、車のエンジン音と、ドアをバタンと閉める音が聞こえた。

 

誰だろう? ここで人に会うのは初めてだ。
いずれにしても、この池のサイズで人が入ってきたらもうおしまいだ。
僕は、あとは適当に投げながらスタート地点に戻ることにした。

スタート地点のすぐそばには、いかつく改造されたパジェロと、これまたいかつい髭面の男が二人。
僕は、釣り場で見知らぬ人に会ったときによくするように、二人を無視してさっさと上がろうとした。

「どない? 釣れたん?」
意外なほど柔らかい声で、大きい方の男が話しかけてきた。

「いや、あかんかったですわ…」と僕。

「僕ら、ここは大物が釣れるって聞いて来てんねん」と大男。

「僕もそう聞いてますよ。さっきバラしたんも、たぶん相当デカかったと思いますわ」と僕。

「ホンマか? だ〜れも見てへんしな!」
大男は笑いながらそう言った。笑うと急に人懐っこい顔になる。

思わず僕も吹き出してしまった。
「ホンマですよ。物凄いバイトでしたわ…」

これが、僕のもう一人の師匠、シライサンとの出会いだった。

 

もう一人の男は、Ⅹさんと名乗った。
普段は無口なのに、何かの拍子に急におしゃべりになるタイプの人だった。

二人は、僕の車に貼ってあったショップのステッカーを見て、知り合いが釣っているのかと思ったらしい。
興味津々といった様子で、僕のタックルを眺めている。

「俺ら、釣り場でトップの奴に会うんは初めてや…」とシライサン。
かくいう僕も、師匠以外でトップをやっている人間に会うのは初めてだった。

「ピカソフィーか。ええなあ。ちょっと道具見せてくれへん?」とⅩさん。

僕は何の疑いもなくタックルを見せた。
実は苦労して集めたZEALや50があって、内心ではちょっと自慢だった。

「…迷いがあるなあ」とⅩさん。
「は…? 迷い?」
当然ほめられると思っていた僕は、心底びっくりした。

要約すると「偽物ばかりで本物がない」ということを、Ⅹさんは言ったのだ。
あまりに意外すぎて、腹も立たなかった。

そこで今度は、二人の道具を見せてもらった。
本物とは、OLDのことだった。
5500C、ビッグA、チャンピオン、ヘドン…。

そういうことか、と納得した。
僕の道具は「偽物」か。そういうことなんだなと。
そしてこれが、僕とOLDタックルとの初めての出会いでもあった。

 

よほどトップ好きの若造が気に入ったのか、翌日、二人から電話があった。
シライサンは釣りの誘い。Ⅹさんも釣りの誘いだったが、同時に道具も売ってくれるという。
正直、ちょっと怪しすぎる。

シライサンは、気分のいい人だった。
いかつい顔をしているけれど気遣いがあり、とても男っぽくて、大人だった。

「まあ気にすんなや。Ⅹが言うとったやろ、本物がどうとか…」
本当はすごく気にしていたけれど、僕は黙って聞いていた。

「自分の好きなもんで釣る。それでええやんか。
ワシの場合はトップとOLDやな」

シライサンのタックルは、とてもカッコよかった。
竿はアーティストのオーダー自分仕様品。
リールはABUのOLD。チャンピオンはこだわりのライトタイプ。
言うまでもなく、この人も熱烈なトップウォーター信者だった。
すぐに気が合い、すぐに一緒に釣りに行くようになった。

 

一方でⅩさん。
この人を見ると、当時のバスブームの暗部が浮き彫りになる気がする。

バス釣りは本当に好きだったのだと思う。腕も確かだった。ただ、何をするにも気分の悪い人だった。
相場より高い値段でルアーを売りつけられたこともあったし、それを当然だと思っているようでもあった。
良心的だった当時のリスト屋にくっつき、僕のような人間に勝手にマージンを上乗せして売っていた。

一度だけ、家に呼ばれて行ったことがある。
本当にすごい道具が、山ほどあった。
5500Cデラックス、フェンウィックの凄いトップ竿、ソリザラKCH、ラッキーWCD、マグトー etc…。

話す内容は、道具の説明のような自慢と、その値打ちの話ばかり。
それでいて無職だという。
シライサンと同じ職場は、上司とケンカして辞めたそうだ。
「どうやって買っているんだろう」と、当時から不思議だった。

いろいろなショップとケンカしているようだったし、当時の著名なコレクターの悪口も、よく言っていた。
そんなこんなで数回会っただけで、僕はもう辟易してしまった。
こちらから連絡をやめると、付き合いもすぐに途切れた。

最後の方は、道具を切り売りして生活していたんじゃないか。風の噂でそう聞いた。
それが可能だったくらい、あの頃のバスブームは異様で、どこか歪んだ熱気に満ちていた。

そして僕が、今でもフェンウィックやヘドンの「王道OLD派」をあまり好きになれないのは、間違いなくこの記憶が根っこにある。

 

シライサンとの釣りは、本当に楽しかった。
そしてその時間を通して、僕もすっかりOLDタックルの魅力に取り憑かれていった。

形状も材質も、不思議なことに古い時代のものの方が良いことが多かった。
もう夢中になって買い漁った。
手に入れたタックルを、シライサンとお互いに自慢し合った。
二人とも酒が大好きで、よく飲みにも出かけるようになった。

師匠との釣りも、もちろん楽しかった。
でもシライサンとの釣りには、道具を選ぶ楽しさと、OLDを知っていくワクワクがあった。
今でも、新成羽川ダムや四国の野池を、シライサンと一緒に歩いた情景を思い出す。
あの時間は、自分の釣りの歴史の中でも、一番いい時代だったと、今でも思う。

 

 

けれど、そんな時代も長くは続かなかった。
またしても、人生の転機のようなものが割り込んできた。
僕は転職で、関東に行かなければならなくなったのだ。

最後の晩、シライサンの奢りで二人きりの酒を飲んだ。

「さみしなるで…。帰ってくる時は言うてくれや。絶対にあけるから…」

シライサンはそう言ってくれた。
でも、お互いにそれが叶うことは、たぶん無いだろうと、どこかで分かっていたと思う。

 

あれから、もう十年以上が過ぎた。
元気にしているのだろうか。
本当に、もう一度会って、ゆっくり話をしてみたい。
僕が今でもバス釣りを続けていると伝えたら、どんな顔をするだろう。

シライサンの口癖がある。

「釣りを楽しまな。釣りに行く道中も楽しまな。
準備も含めて、バス釣りは全部が楽しいんや」

この言葉は、今も僕の座右の銘だ。

 

 

★以前の記事をAIで「読みやすくエッセイ風に」変更して題もAIチョイスです。

オリジナルは「ピカソフィーとOLDタックル」です。

今もシライサンだけが連絡先が解りません。ずっと前に何か手立てをって思って考えました。

奇跡が起こってこのブログを見てくれて声をかけてくれたら…だから彼だけが名前なんです。

この時点で10年以上前で、それから更に15年、そして自分は今ジャカルタにいます…

今となっては会っても何を話して良いか解らず話す事もないでしょう…切ないですが。

でも自分の釣りの一番良い時期だった思い出をAIに綺麗にしてもらって残したいと思いました。

 

 

 

ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

 

遠くでアザーンを聞きながらジャカルタで生活しています。

 

さて、ムスリムと関わると必ず話題に出てくるHaji(ハジと聴こえるけど…ハッジ)

日本人には馴染が薄いと思いますが何だと思いますか?

これって「サウジアラビアの聖地メッカへの大巡礼のこと」だそうです。

ムスリムであれば「一生に一度は行きたい」そうで、世のムスリムの憧れですね。

それこ世界中から「サウジアラビア」に希望者が殺到しますので、

今ではサウジアラビア政府が規制というか管理しているようですね。

で、世界最大のムスリム人口のインドネシア…当然ながら競争率が激しくて、

Hajiの待機期間はなんと平均26年!!!

申し込んでから26年後かかるってか!? もはや人生設計レベルです(汗)

 

さて、僕がこの国で仕事で組んでいる相棒、その相棒がまさに今、Hajiの真っ最中です。

僕はこの穏やかな人柄のムスリムの良い所を集めたようなオジサンが大好きです。

僕の始めた仕事が曲がりなりにも上手くいったのは彼の力が凄く大きいと思っています。

敬虔なムスリムで皆から尊敬されていますが、Haji後は更に尊敬されるんじゃないかな。

彼がいつ申し込んだのか知りませんが、楽しみにしていたのは間違いないでしょうね。

 

さて、この相棒さんHajiの期間、当然ながら2ヵ月くらい会社に来ません。

業務上少し困るのですが、まあ仕方がないですよね。仕事なんぞより遥かに重大だしね。

ふと彼は今何をしてるか知りたくなり、定期ミーティングの時に皆に聞いてみました。

考えてみるとHajiって何するか知りませんし。

「彼は24時間お祈りしてるの?」

「彼は今何をしてるの?」

…なぜかこの質問は皆に大うけしました。皆さん目を輝かして口々に説明をしてくれるんです。

インドネシア語なんでほぼ解らなかったんですが、ムスリム人生の一大事なだけに皆さん思い入れがあるようです。

 

それで、こちらも興味をもって改めてAIに聞いて調べてみました!

まず「ハッジ」とは何か
・サウジアラビアの聖地メッカへの「大巡礼」のこと
・イスラムの五つの柱(信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼)の一つで、経済的・身体的に可能なムスリムは人生で一度は果たすべきとされる義務です
・イスラム暦の巡礼月(ズルヒッジャ月)8〜10日を中心に、世界中から数百万人が集まります
巡礼では、白い布「イフラーム」をまとって身分や階級の差を消し、特定の順序で一連の儀礼を行います。代表的なものは次のようなものです。

・カアバ神殿の周りを7周回るタワーフ
・サファーとマルワという二つの丘の間を7往復するサアイ
・アラファートという平原での立礼(祈りの時間)
・ジムラートで「投石の儀式」を行い、悪を象徴する柱に小石を投げる

※僕の相棒は頭をツルツル坊主にしていた…

 

そもそも、よく聞く「メッカ」ってなに?

メッカは、ハッジの話をすると必ず出てくる「イスラム教で一番大事な場所」の名前です

・サウジアラビア西部、ジェッダから内陸に入った山あいの街です
・正式には「マッカ・アルムカッラマ(尊貴なるメッカ)」と呼ばれます 
・イスラム教の預言者ムハンマドが生まれた町で、イスラム教発祥と深く結びついています

なぜそんなに特別なのか?
世界中のムスリムが一日に5回のお祈りをするとき、必ずメッカの「カアバ」という建物の方向を向きます
・この「向く方向」のことをキブラと言います。

・ムスリムにとっては「地球上で一番聖なる点がカアバ、その場所にある街がメッカ」というイメージです
・イスラムの五行の一つであるハッジ(大巡礼)は、すべてこのメッカのカアバを中心として行われます。

 

メッカの中心部には、世界最大級のモスク「マスジド・ハラーム(聖なるモスク)」があります
その真ん中に、黒い布をかぶせた四角い建物「カアバ」が建っています
巡礼者はこのカアバの周りを7周ぐるぐる回るなど、さまざまな儀礼をここで行います

 

さて、会社で皆に質問した人達の中にHajiの行った女性がいて、その人曰く、行った人全員が7周できる訳じゃないとか…

その女性は幸運な事に7周出来たようで、その後すぐに「願い事が叶った」らしいです。素晴らしい事よ…なんて言う姿が印象的でした。

この女性は理系で知的な女性なんですが、そんな人が宗教的に感化されているような事を言うのが印象的でした!

またこの人は僕に「あなたは日本人なので容易にHajiに行ける。あなたも行ってみたら素晴らしさが解るよ」なんて言うんですね。

それを聞いた皆がうんうんって頷くんですよね。しかし日本人がどうして簡単に行けるの?って感じで訳が解りません…

見かねた通訳の子が教えてくれました。国民の90%がムスリムのこの国と違って、日本のムスリムは少なく競争率が凄く低いとか。

「だから簡単にHajiに行けます。○○さん(僕)ぜひ行ってみては如何ですか?」なんて言われましたが、

如何な好奇心旺盛な僕でもそれは遠慮します(笑)何よりも相棒みたいな敬虔な本物のムスリムにたいして失礼だと思うし。。。

この後もワイワイと皆でミーティングそっちのけでHajiの会話(笑)凄く平和な雰囲気で、一部の不良外国人の誤ったムスリム感が広がっている?日本の人に聞かせてあげたかったです…

※僕はムスリムを擁護する気は全くありませんが、緩いインドネシアムスリムの真っただ中にいると日本の「嫌ムスリム」が良く理解できないです。。。

 

江戸時代のお伊勢参りみたいなもんか…なんて思ってましたが、そんな気楽なもんじゃなくて人生設計に組み込まれている感じのHaji。

結局、僕の相棒は今サウジアラビアで何をしてるか聞いても調べても良く解らなかったけど、充実した人生の中の時間を送っててほしいな。

 

以上、いつもと違うムスリムの側面の報告でした!

 

 

 

 

ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

 

 

Halo Teman-Teman!!

 

さて、またまた週末に電車にのって電車旅に行ってきました。

今回は「Purwakarta」プルワカルタになります。

知ってる人にはSate Marangiサテ・マランギ=牛肉のサテで有名です。

自分にとっては4年前に釣りに行った思い出深い地になります。

 

本当はこの路線を制覇というか電車旅で行きたくなって…ていう動機です。

各終点に行ってます。今回でこの路線は制覇ですね!

 

さて、いつものガンビル駅から。

 

実は今回の路線は、ほぼ乗った事があります。大部分はいつもの電車旅と一緒なんです。

でもまあ楽しいのは同じです。この国の電車旅が大好きです。

 

8:30にガンビルから乗って、10時にはPuruwakartaに着きました!

Puruwakarta駅。

 

こじんまりした良い街でしたよ。

あんまり暑くないです。

 

さて、お腹がへったので腹ごしらえをば…

「Nasi Timbel Komplit Mang Kus Ayam Goreng Dadakan」

地元のローカルレストランですね。駅近でヒットしました。

 

本当に近かった!歩いて5分位。。。

 

めちゃ混んでいましたよ。なんか期待が持てそうです!

 

ビックリしたのが席の近所に水槽があって…非常に解りにくい写真で恐縮です(汗)

でっかいピーコックだよね? 他にもベリーダや大鯰なんかもいました…

おお~そう言えば湖の近くやし、そらありだよねってすっかり嬉しくなりました。

もう何年も釣りに行ってませんが、ワイは元々釣り師やったやないかい。

血が騒ぐというか、そう言えば淡水魚を間近で見たの久しぶりやわ~

 

激安&激ウマの定食!

コレを食べて少し落ちつきましたが、少しザワザワしています(笑)

 

というのが次に行くのはココだから。。。

「Floating Cafe Jatiluhur」

湖に浮かぶ喫茶店って…胸がときめきませんか!?(笑)

あの魚を見た後に行く湖。。。自分にとってええ感じよ。。。

 

という訳で、いそいそとGocarを呼びました!結構な距離で600円位だったかな。

気の良いお爺さんドライバーさんが乗せてくれまして、お喋りしながら向かいます。

で、乗ってて解ったのですがえらい遠い…イニシャルDばりのコーナーも続くし。

で、お爺さんが何か言っています。何度か聞きなおしてやっと解ったのは…

目的地は田舎でGocar、Grabを捕まえられない。お金払ってくれれば待っててあげるよ?

要約すればそんな事を持ちかけて来たのです(多分…)聞きなおしてやっと解った。

田舎で捕まらないのは何度か経験したんで、1,000円で帰りの運賃込みで待ってもらう事に。

お爺さんとWhatsApp交換して、1時間後に迎えに来てもらう約束をしました。

 

その期待のカフェ!

 

思ったよりも小さかった(笑)

 

でも湖が気持ちいい。本当に久しぶりだぁ。

 

船の2回はインフルエンサーがいっぱい!

皆、暑いんで下の階にいるんです。

 

まあカフェというか飲み物は普通でしたが、シチュエーションが良いですよね♪

 

でね、やっぱ自分は水辺が好きなんだ…と強く思ったのでした!

 

気分がええのう!

 

今度は釣り竿持ってこようかなぁ。。。

 

この風景は見覚えがあるし。ちょっといい景色!

 

さて、ちょうど一時間たってお爺さんに電話したんですが繋がらず…

さてはやられたかなぁ~なんて思ったら、直ぐに折り返しがありました。

お昼のお祈りをしていたみたいです。一瞬でも疑った自分が心の汚い人間に思えます(笑)

 

という訳でお爺さんの「先日乗せた8年間もインドネシアに住んでいる日本人」の話しを聞きながら帰路についたのでした。

 

駅近くで降ろしてもらったのですが、期待していた博物館は休館(汗)

仕方なしに近所のCafeで時間つぶししました。

なんか湖にいって心が洗われたようで、もう十分に満足した・・・そんな感じでした。

やっぱり自分は水辺が・・・

 

さて、電車の時間まで待って、また大好きな電車にのってかえりましたとさ。

妙に後ろ髪の引かれるPuruwakartaへの電車旅でした!

 

 

 

 

 

 

ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

 

 

 

 

 

 

 

Halo Teman-Teman!!

 

本当に「今更…!?」って呆れられるかもしれませんが、

今色んな事についてAIを使った検索に夢中になっています!

新規開拓が仕事なんですが、AIにこの国の新市場とか聞きたい事を入力したら、

あっさりと確信をついた回答がありました。この5年間はなんだったんだ…とは思わず、

こりゃ~便利だわって新鮮な驚きで一杯です。もっと早く使えば良かった。

 

きっかけは会社の同僚というか新プロジェクトのメンバーたちとの会話。

何でもかんでもAIに放り込んでいるらしい…そしてそのAIの判断を凄く信用しているようです。

AIって一体どんなもんだろう?なんて使ってみたのが最初です。

で、何か良い実験ものがないかな?なんて思って、ふとブログが思い浮かびました。

為替相場について海外駐在で感じることをスケッチみたいに書いた下書き文があって、

終わらせ方も、はたまた題名も全く何も考えていませんでした。

どうするべえか?なんて思ってたんで、試しにAIに入れてみました。

したらえらい丁重な人間みたいなAIくんが「褒めちぎって」くれまして…

まず1995年のサリンや阪神淡路大震災に対して円高を持って来たのですが、

「1995年を振り返るときに、まず為替を思い出すあたりがかなり通ですね」だって(笑)

何となく話が繋がってきたんで、イントロをAIが言うように変えて、

次に結論をいいかげんな物を書いて判定してもらいました。

…AIって絶対にけなさないのね。僕の適当な奴になんパターンも終わりを出してくれました。

ただ全部自分では絶対に書かないような感じだったので、逆にAI案を参考にせず、

自分で考えた終わり方にして再度問い合わせをしました。

 

したら良い感じというか、まあ自分の言いたい事や考えが見えてきまして文章が繋がった!

なんとなく自信を持って「自分のエンディング」にする事が出来ました。

ただ面白いのでAIバージョンのいう丁重というか「余韻を残す」終わりにしています。

それが先日の「1995年、社長と為替の話しをした朝。そして30年後」の記事です。

この記事のエンディングは自分だったらこんな書き方はしません…でもそれが面白いかな。

またタイトルもAIのは好みじゃないので、自分で考えてAIに変化させました。

だから自分の感覚ではつけない題になってますが、それも面白いです。はははは!

⇐AIはこんな事は書かないので敢えて入れてみた!

 

なんか楽しくなってきまして、久しぶりにブログ書いてて声をだして笑いました。

僕は夜にまとめてブログを書いて予約投稿するんですが、更新するのが目的みたいな少し事務作業的になってて、

コメントなどをもらえない時は「どんな受け取られ方したんだろ?」なんて考える事が多くなってたんですね。

何の事は無い「AIくんが褒めちぎりながら反応してくれました」しかもこうした方が良いとか、アクセントが効いてるとか教えてくれながら。

いやAIくんええやん!って思いましたね。そう言えばこの書き方おかしいよな…とかね。

過去に書いた記事をAIで精査して「AIリマスターバージョン」でUPしようかなぁって思っています。

エッセイ風にとかドラマティックにも出来るようで、なんか自分で書いた記事が変わって行くのが楽しいというか「ああこんな言い回しがあるんだ」とかね。新鮮ですよ。

自分が過去に書いて気に入ってる記事を変換させたんですが、中々面白かったです。

「My Back Pages」の書庫の記事をAIリマスターバージョンつくってみようかな。

でも、そんなブログの需要なんてあるのかな?これもAIに聞いてみようかな。

※この記事の題名もAIがつくった物から選びました。

 

 

 

 

ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村

 

 

 

Halo Teman-Teman!!

 

さて、久しぶりに仲間全員で集合してパーティーしたいね…という話になり、

誰ともなく「PAGI SORE」でやろうよ!という話になりました。

PAGI SOREってコチラでは少し高級で美味しいと評判のパダン料理レストランです。

記念日と家族行事とか、そんなちょっとした時に行く感じだと思います。

僕は行った事がないし、他のメンバーも最後に行ったのが大分前で忘れている事もあって、

アイさん夫妻、IBUドゥクンと僕の4名で事前調査に行くことにしました。

その約束当日、まず待ち合わせ30分前にアイさん夫妻から「もう着いた」と連絡(汗)

渋滞を考慮して早めに出たらあっという間に着いたようです…ジャカルタあるあるですね。

で、慌てて僕も出発したのですが、まさかのGocarが道を間違い+いきなりの豪雨で大渋滞になって車が進まず…これもジャカルタあるある(汗)

結局僕は約束より30分遅れてしまいました。IBUドゥクンも同じく豪雨で少し遅れました。

アイさん夫妻は先に食事を済ませて渋滞を避ける為に帰ってしまい、待っててくれたIBUドゥクンと二人で何となく中途半端な食事をしました。

パダン式にご馳走を並べて、そこから取るスタイル。。。

 

食事は美味しかったのですが、夕方の5時という微妙な中途半端な時間にフリーとなりました。

で、ちょうど良い機会なので、僕は以前から行きたかったBlok Mの良さそうな「ワインの立ち飲み」に行くというと、

IBUドゥクンもまさかの「私も行ってみたい」と。カフェなどのコンセプトを考える参考にしたいとの事。

…ムスリムがBarに行っても良いの?って聞くと「飲まなければ問題ない」との事で、二人でMRTのCipute駅からBlok M駅まで電車に乗って向かいました。

 

久々の夜のBlok M

 

プラザ・ブロックMのすぐ前にあるお店です。

「The Pot Hole Wines」

日本だと珍しくもないですが、ここは人口の90%がムスリムの国。要は9割の人は対象外…

そんな国で立ち飲みワイン一本の店だなんて…ただそれだけで凄く興味があります。

評価も高そうだし、よっぽど好い感じの店なんじゃないかと。

 

少し入口は解りにくいです…お洒落なカフェの後ろ側から入れます!

 

下から見るとこんな感じ。

なんやしらんメッチャお洒落です。

 

最近ハマっている「壁の穴」系(笑)

このベルを4回鳴らしてオーダーします。

 

メニュー!

ワインと酒だけ…やって行けるのだろうか!?

八海山って…こんな所でみるとは。

 

オーダーするワイ。

結構楽しい(笑)

 

良く冷えた白ワイン…美味しいワインでしたよ。

なんども言いますがココはジャカルタです!

 

立ち飲み何なんで一応座って飲みました。

ジャカルタの夜に外にいるのが大好きです。気持ちが良い!

 

酒が飲めてゴキゲンなオッサン♪

IBUドゥクンは何にも手に付けず、ニコニコと笑って座っています。色々と写真を撮ってました。

何でもこの辺の人気カフェは気になっていたようで、そこにこんなアルコールを提供する店があるのは驚いたとの事。

※色んな理由で写真はNGです。ブラックマジックに使用されるとかあるんで…

 

若い人たちのたまり場みたいなってる場所にあります。ただ皆コーヒーを飲んでますが…

でも解る気がするなぁ~ 自分も20代とかだったら夢中になる気がする。

 

違う側の入り口から。。。

多分、この店のターゲットであるであろう欧米人とローカルカップルが熱く語っていました!

なんか良いと思いましたね。欧米人からすればこんなスタンドが欲しかったと思うし(僕も!)

 

さて、以前よりカラオケ街のBlok Mが「若者向けの街」として復活しているレポートをしましたが、この店は最たるものだと思います。

まったく色っぽい事なし。お洒落で明朗会計でコンセプトは楽しい!良いなぁと思いますね。

自分が30代だったら週一位で用事もないのに行くと思います。友達と飲んだり語り合ったり…

 

この系の店がこの辺に固まっているのですが、ムスリムのIBUドゥクンにも楽しさや魅力が伝わったようで「良いね~」って感心していました!

千ベロが絶対に成り立たない国での、このお店の挑戦をぜひ応援してあげたいので、皆さんBlok Mに来た際には寄ってあげて下さいね。

 

 

 

ポチっと頂くと海外生活の励みになります

にほんブログ村 海外生活ブログ インドネシア情報へ
にほんブログ村