中小企業診断士試験14回目の挑戦 -85ページ目

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の6回目の合格に挑む。


『自分が困っていることについて、
アドバイスを求めてください。
そして、その相談を他人から受けたという設定で、
助言してみてください。
他人(自分以外)のことであれば客観的な立場で回答できますから。
そして、その内容が「助けになるものか」確認し、修正していきましょう。』
をやってみる。
 
「中小企業経営・政策の上級テキストの内容が憶えられなくて困っているがどうすればよいか」
テキストを読んで憶えこもうとしても、なかなか難しいので、トレーニングや過去問を併用して問われ方を確認して、テキストを読んだほうが憶えやすい。
しかしトレーニングや過去問をやってから、と思ってそちらから当たると、これはこれでちんぷんかんぷんで、テキストを一通り読んでから、という発想になり、堂々巡りになってしまう。
だからといって暗記から遠ざかると直前期に死ぬような思いで対策しなくてはいけなくなり、他の科目との兼ね合いもあり地獄を見ることになる。
で、あれば比較的焦らなくてよい今の時期からコツコツと覚えておくに越したことはない。
結局暗記は根気よくやるしかない。どのようなやり方をとるにせよ苦痛は伴うのだ。
楽して覚えられる事はない、という前提に立って工夫すれば自分にあったやり方も見えてくる。
 
なるほど、自分で考えたにしてはなかなか気の利いた事を言っているような気がする。
意識して自分自身に助言しようとしなければ、自覚しているようで自覚されていない事だ。
また自覚していたとしても実践されていない事を実践するきっかけになる。
 
 
 
 

 

講義の中で言われたことでどうしてもしっくりこなかったのが、
「考えられるミスをわざとやってみる」である。
事例Ⅳの計算問題をわざと間違えてみる。
間違いを知る事で間違いを避けられる。
と、言われて試してはみるものの、どうにもしっくりこない。およそスキルアップにつながっている気がしない、あの時心の中で「ちゃんとしたやり方を知ってるのに間違えるなんてできない」とつぶやいていた、と回想していて閃いた。
そう、知っているのに間違いはできない、起こりうる間違いを知ることで間違えようがなくなるようにする事が目的だったのだ。
そのように具体的に説明はされていたが、「間違えてみる」というところにフォーカスしてしまって目的がずれていたように思う。
例えが微妙に違うかもしれないが、将棋の羽生名人(今は名人かどうか定かでないが)が子供の頃、家族の皆さんと将棋を指している時、家族側が不利になると、「逆てーん」と言いながら将棋盤をくるりと回され、それまでの攻守を交替させられたそうである。
この時、交替前の自分に有利になるような指し方は当然せず、交替後の立場になって真剣に考えたからこそ、今の羽生名人(名人かどうかは定かではない)があるのだと思う。
つまり、昨年までやっていた「わざと間違えてみる」はこの「交替前の自分が有利になるよう に指す」のと同じことだったのではないかと思うのだ。
 
大切なのは事例問題をこねくり回して知り尽くす、という事だったのだ。
事例問題をミスして間違えて、正解の導出だけをトレースしていては同じミスは繰り返される。
ミスを出し尽くして知っていればミスを避けられるという事だ。
だからそう言っているではないか、と言われそうだが自分の中では何かが変わった。
 
そうはいってもわざと間違えてみて間違いを避けるスキルを上げる、というのは高等テクニックだ。
ただ高等テクニックを磨くのだと自覚して間違えてみる事でこれまでと違い何かを習得できる気がする。
 
 
 
 
 

『自分でいろいろ選べるし、実際選んでいるなぁってことが
自覚できれば収穫です。
選ぶことを変えれば、世界がちがってくるわけですから。』
 
この能動的な姿勢が長らく自分にかけていた部分ではないかと思う。
「やらなきゃいけないことが山積している」、が口癖のようになっていた。
いつから何故そうなってしまったのかは別の機会に考えるとして、
受動的であっては常に後手に回ってしまう。
自分で選んで能動的に行動してこそ、積極的という状態にもなる。
同じ結果にたどり着くにしてもスピードが違ってくる。
 
意識的に自分で選んでいる、という事に注意を向けることが肝要である。
 
 

20歳台、30歳台、時代を思い起こすと、誠にもっておぞましい記憶が蘇る。
東京、大阪で満員電車に揺られての通勤、いつもへとへとになっていた。
今から思えば上司のまったく理にかなっていない指示、
「お前らこの程度の予算組んで会社をつぶす気か!」的な罵詈雑言を直立不動で浴びてきたが、あれは怒声の為の怒声であって言ってる方も信念があって言ってる訳では決してなかったろう。
「じゃあまず、あんたの戦略を聞かせてもらおうじゃないの」とあの時、部長に反論の一つもすれば痛快だったろうな、などと考えてしまうが、そうしなかったから今があるわけで、逆にあの時変に納得させられて擦り減り続けているより、上等な選択が出来たのでよしとしよう、と思えるようになっている。
話はそれるが、あの経験があったから繰り返し鑑賞するほど「半沢直樹」が面白かったのだ。
自分は日本でも屈指の半沢直樹ウォッチャーだと思う。
 
しかし20歳台、30歳台、今より身軽で考える時間もたっぷりあったのにそうしなかった。
やっておけばよかった、という後悔はないが、「今は仕事が忙しいから」「時間が出来たら本腰を入れて勉強しよう」と自分に言い訳をしながら問題を先送りにしてきたのは我ながら愚かだったと思う。
どうどう巡りになるが、その経験があったから「自分に対する言い訳は何もうまない」と自覚できているわけだが。
 

『「めんどうだから、考えるのやめよう」と判断したなら、
イヤな気持ちになったと思います。』
『「勉強しなければいけない」のほうが、勉強しなかったとき楽です。
言い訳を考えればいいだけですから(そして私たちは言い訳がとても得意ですから)』
 
身をもって、しかも性懲りもなく何度も経験してきたことである。
目先の大変さから逃げても、後味の悪さだけが残る。むしろ息を止めて全力で走り抜けた方が得られるものもあり爽快感も残る、とわかっていても
「今日くらいは勉強はいいか」となってしまう。
だがさすがに年の功で「今日くらいはいいか」からは何も生まれない事は学習し、その積み重ねが今であり、その現状から脱出しようとしている、というロジックが自分の中に出来上がっていて「今日くらいはいいか」→「今日勉強しなくていい理由はない」と自分自身の背筋を伸ばさせるテクニックは身に着けた。
偉そうにテクニックを身に着けたなどと言うほどの物ではないかもしれない。
20歳台、30歳台、40歳台は「やらなくてはいけない、しかしそれは今でなくてもよい」と努力を先送りしてきたがさすがにその言い訳ができなくなっただけのようにも思える。
 
負の経験が積み重なって発酵して爆発したエネルギーが今の自分を突き動かしているのかもしれない。
理由はともかく、生涯で今が一番整理整頓をこまめに行っている。