中小企業診断士試験14回目の挑戦 -86ページ目

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の6回目の合格に挑む。


『「自分で選んだわけではない」と思ってしまうとまずい事になる、どうして?』
 
「自分で選んだわけではない」に続く言葉として自然に「だから、やりたくてやっているわけではない」という言葉が思い浮かぶ、さらに「なので、やりたくないことをやっている」というロジックになる。
つまり自分の中で、本来そうではなくても「嫌なことをしている、苦痛の時間」と決定づけられてしまうのでまずい。
更に「自分で選んだわけではない」、は即ち他人の責任においてやっている、という事になる、責任の放棄である。
ただでさえ、往々にして人は自分で選んでおきながら「やってられるか」等と恥も外聞もなく口にしてしまう。それが人にソフトであれ強制されているとなればもはや継続する理由がない。
 
教育の賜物か人間が本来持っているものか「責任」という美徳も人の中には確実にある。
「男なら自分で決めたことなんだから責任もって最後までやれ」と言われるとひるまない男はいないだろう。(今のご時世あまり男、男いうと問題かもしれないが)
然るに「自分で選んだわけではない」となると易々と責任を放棄できる逃げ道を作ってしまうことになる、なのでまずい。
 
「勉強は内発的動機付けによって行うべきである」という論旨から正反対の事になってしまう。
 
 
余談であるが、30歳台のころどうにもパチンコがやめられないので、パチンコを打ち興じながら「これが人から無理やりやらされている事だとしたらさぞかしつまらないだろう、一つそう思い込んでみる事にしよう、そう思い込めればやめられるに違いない」
と、考えてそのように思い込んだが、
「いや、強制されていてもこれはこれで楽しいかも」という結論になった。
 

「勉強にしても仕事にしても選ぶ事ができる。」
 
「しなくてはいけない」というのと「権利を行使する」では随分響きが違う。
講義の中か以前のアテンションプリーズの中でだったか
「勉強時間を目標にしてはいけない」というのがあった。
 
「一時間勉強しよう」というのと
「一時間勉強できる」では勉強に向かう姿勢から違ってくる。
 
「一時間勉強しなくてはいけない」と
「一時間だけ勉強してもよい」ではもはや取り組む事柄が別物である。
 
言うは易し行うは難しで、頭の中で切り替えれば済むようであるが
身体を構成している一部の細胞が「騙されてなるものか」と抵抗勢力になる。
 
勉強が内発的動機付けに基づいて取り組まれていることが重要である。
勉強する事そのものからのフィードバックを楽しめる領域に入れば、
「一時間だけ勉強してもよい」、「勉強する権利を行使する」の境地だろう。
 

「カレーを作って、という指示に従うためには
『出来上がりのイメージ』『作る過程のイメージ』がないと出来ない。
でも、それは答え(カレーライス)ではない」
 
「答えは自分の外で作るものであって覚えるものではない」
 
つまりはカレーのレシピを覚えても美味しくもないし腹も膨れない、ということか。
ましてや指示に従っている事にもならない。
 
勉強するにも答えを意識して勉強する、ということか。
勉強も、本試験で解答を書いてやっと完成、ということ。
 
どこかの講義の中にあった。
本は読まれて初めて完成する。
 
 
 

「いま、もっとも勉強したいことは?」の前提は
「いま、あなたは勉強したい」である。
 
やはり「勉強したいこと」が前提だった。
しかし
「人は質問されると答えたがる、理由付けしたがる、この特性を利用して自分の注意を自分でコントロールしやすくなる」
という発想にはまったく至っていなかった。
 
メソッドにある、ある結論に対して「他には」あるいは「それで」という思考がまったく身についていない。
もっと脳みそに負荷をかける必要がある。
 
今日の仕事でどんな工夫をするか。
TACメソッドの習得の為に今日の仕事の段取りをとりあえず視覚化してみる。
他人に引き継ぎ出来るほどの説明が出来るほどに。
 
 
 
 

問い、質問はパワフルなものである、
注意を特定の方向にもっていくことができる。
 
質問には前提がある。
 
「勉強が好きですか?、嫌いですか?」という質問の前提が
「勉強というものには好き嫌いがある」という事だとすれば、
 
「今もっとも勉強したいことは?」の前提は、「人は本来向学心がある」という事、或いは「何かしら学びたがっているものだ」というものだろう。
 
余談だが、「質問はパワフルなもの注意を特定の方向にもっていくことができる」、
で思い出したが
20年以上前、バブルが終焉を迎えるころ、会社にしつこい勧誘電話がかかってきた。
そのしつこさは尋常ではなく、電話を受けた事務の女性も断るのだが、余りのしつこさに取り次いでしまう、というものだった。
とにかくクレジットを組ませてしまおうとする悪徳商法である。
電話を切っても切ってもかけなおしてくる、というターミネーターのような相手だった。
今思えば、しつこさに根負けしてこちらの口を開かせようとする作戦だったのだろう。
 
とにかくこちらに反論の隙を与えないのである。
なぜ、反論できないのだろう、と考えて気が付いた、こちらが反論しようとすると
「もしもし、○○さんっ!」とかぶせてきて思わず「はい」と返事をすると会話がリセットされ、そこからまた相手のペースになるのだ。
そのことに気付いてさっそくその相手に、
「もしもし■■さんっ!」と勧誘の最中に強引に話しかけてみた、
相手は思わず「はい」と返事をしてしまう。
 
ここで攻守交替となった。
たっぷりと呪いの言葉を浴びせかけて最後はあちらに電話を切らせた。