”「ソフトな強制」って何さ?”について考える。 | 中小企業診断士試験14回目の挑戦

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の11回目の合格に挑む。


『「自分で選んだわけではない」と思ってしまうとまずい事になる、どうして?』
 
「自分で選んだわけではない」に続く言葉として自然に「だから、やりたくてやっているわけではない」という言葉が思い浮かぶ、さらに「なので、やりたくないことをやっている」というロジックになる。
つまり自分の中で、本来そうではなくても「嫌なことをしている、苦痛の時間」と決定づけられてしまうのでまずい。
更に「自分で選んだわけではない」、は即ち他人の責任においてやっている、という事になる、責任の放棄である。
ただでさえ、往々にして人は自分で選んでおきながら「やってられるか」等と恥も外聞もなく口にしてしまう。それが人にソフトであれ強制されているとなればもはや継続する理由がない。
 
教育の賜物か人間が本来持っているものか「責任」という美徳も人の中には確実にある。
「男なら自分で決めたことなんだから責任もって最後までやれ」と言われるとひるまない男はいないだろう。(今のご時世あまり男、男いうと問題かもしれないが)
然るに「自分で選んだわけではない」となると易々と責任を放棄できる逃げ道を作ってしまうことになる、なのでまずい。
 
「勉強は内発的動機付けによって行うべきである」という論旨から正反対の事になってしまう。
 
 
余談であるが、30歳台のころどうにもパチンコがやめられないので、パチンコを打ち興じながら「これが人から無理やりやらされている事だとしたらさぞかしつまらないだろう、一つそう思い込んでみる事にしよう、そう思い込めればやめられるに違いない」
と、考えてそのように思い込んだが、
「いや、強制されていてもこれはこれで楽しいかも」という結論になった。