「勉強にしても仕事にしても選ぶ事ができる。」
「しなくてはいけない」というのと「権利を行使する」では随分響きが違う。
講義の中か以前のアテンションプリーズの中でだったか
「勉強時間を目標にしてはいけない」というのがあった。
「一時間勉強しよう」というのと
「一時間勉強できる」では勉強に向かう姿勢から違ってくる。
「一時間勉強しなくてはいけない」と
「一時間だけ勉強してもよい」ではもはや取り組む事柄が別物である。
言うは易し行うは難しで、頭の中で切り替えれば済むようであるが
身体を構成している一部の細胞が「騙されてなるものか」と抵抗勢力になる。
勉強が内発的動機付けに基づいて取り組まれていることが重要である。
勉強する事そのものからのフィードバックを楽しめる領域に入れば、
「一時間だけ勉強してもよい」、「勉強する権利を行使する」の境地だろう。