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D-DST

日記や、沢山の好きなことへの、
独り言。

先月のフォーマル自装。
もう少し続きます。

先月の事ですが、
年明けてからまだひと月…

予想外の体調の波もあり、公私共々地味にミッションも発生したりで、
何だかひと月長かった。

体調管理だけは、引き続き更に強化せねば。





勝手の分からぬ場所での着替なので、些か不安などもありましたが、
殆どは杞憂でした。

とても使いやすい(?)更衣室でした。


スーツケースを広げて、スタート。
14:04。

ヘアセット
着付
ネイル
片付け、で
16:10。

途中、帯の垂れ長さのやり直し、
少々手こずった帯揚げの始末という失敗も経て。

だいぶ慎重にやっておりました。


ネイルも、頑張った!

出先且つ、上記したように未知の場所での身支度でしたので、
長さを整える手間不要の、貼って硬化させるだけのチップに挑戦。



何を頑張った、て、
この長さ!
自己満足の極みですが。


幼少時からピアノ弾き、長じてからは着付もやるので、
爪など人生で伸ばしたことがありませんので。


しかし、やはりせいぜい3時間が限度でした、
長い爪に対する不便さ不潔さ不快感に耐えるのが。

もう、この先2、3時間何もしない、とわかっているシチュエーションでしたら、またやってみよう、
まだチップ余っているし。




着物。

仕事で着ていた頃は考える余裕がなかったけれど、

現在。
着る度に課題が出来ます。
反省と、やりたい事も止めどなく。


今年もたくさん着て、検証して、挑戦して、
もっともっと身近にしてゆきたい。







菊さん、丑之助さん襲名を祝う会。


そんな訳で着てゆくものは決まりましたが。

悩みましたが、
移動距離、時間が長いので、現地で着替えることにいたしまして。

事前に問い合わせをし、お借りしたオークラ東京の更衣室は、更衣室として大変過ごしやすい快適な空間でした。

一番心配していた、
スーツケース内で寄る事もなく畳み皺も付くことなく。
綺麗な状態で運べて安堵。


フォーマルの自装も恐らく18年ぶりくらい。

先ず、下準備をしっかり仕込んでおく。
そういえば襦袢は広衿でした。

襟は織柄の入ったものににようかと一旦縫いましたが、
やはり、白襟にしました。
自ずと背筋が伸びます、白襟。

普段が刺繍襟や柄襟ばかりに慣れておりますし、
がっしり肩という体型的にも、
白襟の重ねる角度というものは、難儀しました。

襲襟も折り畳まないかんやつだった。

案の定、浮いた…。
自装での襲は本当、難しい。



帯は、当初は、お祝いなので胡蝶蘭のコレ、
と思いましたが、

結局、着物に合わせて作った帯が一番しっくりくる、という結論。
コレも菊だし。


「着物1枚に帯3本」なる都市伝説がありますが。

や、
結局「この着物にはコレしかない!」が多いです、私の場合。



髪飾りも、菊の絵の簪にしました。
くどいくらいの祝いの装い。


ココには何度か書いておりますが。


菊さんが五代目 尾上 菊之助を襲名なさった名古屋での襲名公演で菊さんのファンになり。

それから約30年。


この度、また新しい菊之助の誕生に立ち会えます。

歌舞伎役者が、代々、芸を継いで繋いでゆく様を、
観客の立場で僭越ながら、肌で感じる様に実感出来る喜び。

犇々と熱くなって来ております。



という上記を、

直接菊さん、丑之助さんへお話出来たので、
もう、思い残す事はありません。
自己満足ですみません。


それから、瓔子奥様。

この事も何度かココに書いておりますが、
ご結婚当初に劇場でご挨拶くださり、その時のご対応に感激して一瞬で瓔子さんのファンにもなり。

大好きな蒼乃夕妃さんに似ていらっしゃることもあるのですけれど(美女好き)。

その後は私もめっきり観劇へ行かれなくなってしまったので、
この度、本当にお久し振りに拝見出来。


明るく愛らしかった瓔子奥様が、すっかり音羽屋の女将の風格を纏っておられ、
そのお姿に感動で目頭が熱くなりました。


これからの襲名興行に先立ち、父上が瓔子さんを労る場面がありました。


菊さんとご夫婦表裏一体、
妻としても母としても、益々頼もしくなられることでしょう。

カッコ良かった…✨


菊さん、奥様のこと、もっともっと大切にして差し上げてください。




帰宅し、片付けなどを済ませてから証紙を確認しましたら。

この着物の元々のタイトルは『菊ノビル』。

襲名祝会にはやはりぴったりでした。



結局、参加してしまいました、
菊さん並びに丑之助さん襲名を祝う会。

快く送り出してくださりありがとうございました旦那様。

会については、写真撮影、SNSへのアップ禁止、とのことですので、

すみません、自己満足の装いレポートを綴りたいと思います。


着物の自装他装が出来る母親で、
歴史や古典好きも相まって幼少時より着物へ興味を持ち、浴衣×文庫結びは自装しておりました小学生時代。

大学生の頃にはプレタ入手、誂えもするようになり、
並行してお茶のお稽古や服飾史など机上お勉強もしているのを横目で見ていた母親と祖母が、

そんなに好きなら、作りましょうか、と、

誂えてくれたのがこの菊の加賀友禅訪問着です。
当時25歳。

その後は、頼んでもいないのに紬やら色無地やら諸々勝手に作ってきてくれるようになっていた。
ありがたや。


訪問着誂えに際しては、

菊!
加賀友禅!

と希望を述べましたら、一番に持ってきてくださったのがこちらでした。

絵羽ラインにぎっしり草花が描かれている、所謂ザ・加賀友禅をイメージしておりましたが、


潔く真っ直ぐ伸びる大輪の菊!のみ!


一応他にも、ザ・加賀友禅も一通り見せて頂きましたが、

もう、コレしかない。
私以外に誰が着るのよ。
私の為の一着じゃないのよ。

勝手に言いたいこと言いまくっておりますが、
つまりは一目惚れでした。

加賀友禅でも、なかなか見かけない図案。
何より菊さんファンにはたまりません。


私の着物ゴコロ、菊さんゴコロを汲み取ってくれてありがとう、おかあさん、おばあちゃん。


将来、菊さんが襲名興行する時が来たらコレ着て全通する、と、
痛々しい決意が生まれました。


あれから約20年が経ち。

時が来ました。


勿論、襲名公演も観届けたい次第ですが、
その前に、祝賀会。

せっかく参加するなら、着てゆこう。
全身で、くどいくらいのお祝いしよう。


…当時はとにかく菊!しか見えておりませんでしたが、
このタイミングで改めて見ると、


衽の二輪の菊。
まるで新生菊五郎&菊之助親子の様ではないか。

寄り添う三輪の蕾は、瓔子夫人とお二人のお嬢様。

え、コレ、20年後の予言だったのではあるまいな(どあほう)。

親子同時襲名になんて相応しい(←やかましい)。

この訪問着。「親子菊」と名付けよう。


左肩にふわふわと見守っている一輪は七代目。

袖や身頃にも何輪か蕾がありますが、
眞秀丈や姉上にもみえてきたZO。

寺嶋ファミリー意匠だったのか!(どあほう)





ちなみに、
誂えて2年後の友人の結婚式で一度袖を通したきりでした。

その友人も歌舞伎に興味を持っていた子だったので、
当日、対面し、大笑いしてくれました懐かしい思い出。


そんな訳で。

一度着たきりでしたが、
とにかく思い入れのある一着。


続く。←?


旦那様お料理シリーズ。

例年よりお正月休みが長い本年の旦那様。

 毎日お夕食を担当してくださいまして。

元日には肉じゃがを、カレー4日分くらいの大鍋でおつくりあそばされまして。

肉じゃがといえば昨夏も、唐突に「肉じゃがが作りたい!」と買い出しへ繰り出し、
丁度パリオリンピック前の日本代表のキャンペーン広告で盛り上がったり。

私の記憶している限りですが、
過去、旦那様が肉じゃがを作ってくださったのは4〜5回くらい。

この度、新年一発目の肉じゃが調理に際し、

「和食は極めた。」

イキり初めに相応しい大仰発言、出まして。


こちらは、一晩ねかせた二日目の肉じゃがと、
奥様作の名古屋風お雑煮。
散らした鰹節はとっくに沈んだ。




あけましておめでとうございます。

1月2日。本当の意味で仕事納め気分の日です(サービス業のおやくそく)。



年末年始は若干の体調不良もあり、極度に睡眠不足、
元日は盛大に寝坊をし(仕事は間に合った。旦那様ありがとう(愛))。


元日帰宅後は、その睡眠不足を少しでも解消すべくお昼寝決行。

お蔭様でぐっすり眠れたようだったが、


途中、ダイアナがジャンピングダイヴで起こしに来てくれたことも、

「ケーキ!」「ケーキ!」「ケーキ!」
寝言うわ言戯言を叫んでいた(旦那様証言による)ことも

まったく覚えていない。


巷ではインフルが流行り、職場でもお休みされる方もちらほらいらっしゃる中、
それだけは避けたいと、この時期、体調管理にはいつも以上に気を配っているが、

どうやら違うトコロが重傷だった様で。



そんなこんなでわたくしが寝坊やら寝言やら一応仕事やらでばたばたしておる間も、

ダイアナのお世話やお掃除、お夕食準備などなど、
お家のことをまわしてくださり大感謝です旦那様。


ダイアナも、日々シェルソックをありがとう。


今年も3人仲良く、協力しつつ、
心地よい家庭を築いて参りたい次第です。