D-DST

D-DST

日記や、沢山の好きなことへの、
独り言。

今更ながら、昨秋、御園座での菊さん襲名披露公演。

『京鹿子娘二人道成寺』。

道成寺も気付けば最も観劇している作品の一つになっておりますが、

観れば観るほど深いなあ(所化ズの場面も含め)⋯と改めて。


そして今回、道行ではずうっと、扇捌きを凝視しておりました。


子供時代からの着物好きから自装他装は勿論、

着物そのものの服飾史、
茶道のお稽古から学んだ宇宙観、からの着物の装いへの影響。
日本史、文化史、宗教観などなど。

ヲタクの立場からヲタクなりに実技、座学、研究してまいりまして、
実際に着物に携わる仕事もいろいろ経てきた中で、


割と雑に扱われているなと感じる末広問題。


特に京都では本当に不勉強な美容師、着付士が多い感想で
(ソコについても私なりに模索、追究し、なんとなくその理由も解明しているのですが)、

改めて勉強し直してみても、
世間ではやっぱり間違った扱い方されていて。

特に正装の場に於いてですが、
そもそも「正装で末広を差す、持たせる意味」すら認識されていない、という現状に、

ひたすら落胆、絶望、
最近は諦めの境地ですらあります。


婚礼現場でも
「お目出度い日なので、金色を見せるように差す」のだそうですよ(呆&溜息)。

「礼」の解釈、どうなってるんだ。

色を見せたいだけなら折紙でも挟んどけ。(←暴言失礼)



日本文化では『褻』『晴レ』という所謂TPOの分別世界観がありますが(西洋文化でも同様かと思いますが)、

殊『晴レ』に於ける正装では「装いで心を表す」という意味があって(西洋文化でも同様かと思いますが)、

末広とはソレを表現するのに大変よく出来たアイテム、扱い方が出来るものであるはずなのに。

日本人の心の礎である神道や、
それこそお京都様の碁盤の目の成り立ちと同じ陰陽道や風水にも通ずる意味があるということ、

こんな素晴らしくて豊かな感性、
何故知ろうとしないのだろう。



正しい知識を身につけようとしないこと、
知らないことを勉強しようとしないこと、
不勉強な者こそ間違った情報を広めがちであること

これらの行動言動、昨今の社会問題とシンクロし、
日本文化の侵略という危険な行動であるとすら感じています。

日本文化、日本人の心が侵されるという恐れ、を通り越し、
もう、怒りしかありません。
わたくし、怒っています。


正装に於ける末広。
向きとか場所とか持ち方とか、

全部理由、意味があるんだわ(西洋文化でも同様かとおm以下略)。
あってもなくてもどっちでもいい的なアクセサリーと同列じゃねえんだわ。

場合によって扱いが変わるとか、そういうもんじゃねえんだわ。


知識無いなら意味知らないなら、いっそ持たせなくていいわ。
↑暴言失礼(怒ってるので)。

(この怒りの矛先ですが、普段着物に触れる機会の少ない方、趣味で楽しんでいらっしゃる方へ対してではなく、
紛いなりにも着付士名乗っておいて、フォーマルの場に携わる仕事に就いておいて、己の不勉強棚上げして薄っぺらい言い訳だけしている連中に対してです。

お代いただいているなら相応の知識は身につけるべきです。)


というわけで。


ああ、やっぱり、こうだよなあ。
この所作だよなあ。

末広を使用するのは道行のみなので、
身体ごと花道に正面向いて正座で臨みたい心持ちです。


先人たちが紡ぎ、大成してきた道。
込められている心、感性。

ソコへ思いを馳せながら観劇する舞踊。

やはり、正しい姿は筋が通り、説得力を伴う。
シンプルに、グッと舞踊も楽しくなる。


至極、私事ですが、
わたし、間違っていなかった。


本当に清々しい気持ちで観劇出来た道行でした。



観劇の感想になっておらずすみません。
本題についてはまた後ほど。

去る2月、久しぶりのデート。
行先がKLIMT ALIVE展。

クリムト作品に寄せる方法も考えましたが(着物民も意外と多く、実際、寄せている方々が多かった)、

藤井フミヤさんが黒×赤をお召しで、クリムトの世界にとっても映えてカッコ良かったので、
そちらを意識しました。

何より、
黒×赤ならまかせなさい(←?)。





ベースは、
とにかく便利なKEITA MARUYAMAの単衣。

気付けば四半世紀着続けている万能選手。

帯も、コレに合わせて入手しましたこちらも四半世紀来の万能洒落袋帯。

裏側まで使える。


2025年2月23日 @LUNATIC TOKYO2025
着物も同じです。

帯揚。
赤色はコレしか所有していないのですが、実はハート柄、
当日はバレンタインデイ。
うっかり地味にシンクロしてしまったという。

帯揚は、やはり縮緬素材が一番使いやすいです。
あと、絞り。

絞りの帯揚もいくつか、祖母の遺品も含め所有しており、
しかし今や絞りの帯揚は成人式くらいでしかお見かけしないので、
既婚民には需要がないものなのかと、フリマサイトで売りに出すもいまいち反応悪く。


そうしましたら最近、寺島しのぶさんが眞秀さんの初日で絞り帯揚を合わせてらして、
とってもカッコよくて素敵で!!!
全体のかラーコーディネートも美しくてだね。

是非、真似してゆこうと思いました。

30代独身時代に色無地に絞り帯揚締めてましたら「七五三?(笑)」なんて言われましたけどね。

もりもり絞っていったります。

そういえば総絞りの着物もありますけど、いまいちTPOがわからず、いまだに冬眠中ですが。


半襟は、クリムトぽくゴールド刺繍で。
コレも、紬にも垂れモノにも合う、万能選手です。
頼りになります。




ダイアナさんの写真を数枚送るとダイアナさんタロットカードを生成してくれるというので、
頼んでみました。

うん、ダイアナさんではないですね(泣笑)!

おでこの白味はありませんし(パピー時代にはありましたが
今は完全ベジータです)、

お鼻の白味の形も違う。
ウチはお耳セットもしていないし。


「あ、コレ、シェルティやな、ほなシェルティやったら何でもええやろ」
というAIさんの適当且つ雑なナメた仕事ぶりが伺えて少々苛立ちつつ。

何度か写真を送り直し、
やり直してもらいましたが一向にダイアナにならなかったので、
もういいです。

ただのシェルティのカードです。



デザインの勉強の一環で若干かじった事のあるタロットカード。

色、数字、モチーフが持つ象徴。

構図。表情。

一枚のカードに描かれている絵の隅々、細部にもすべて意味があって、
歌舞伎の様式美にも通ずるそんな世界観が面白くて。


単にカードの絵を調べていただけなので、
占いをするとか、そういうのには興味はありません。
正位置がどうとか、逆位置はああだとか、
そういうのもさっぱりわかりませぬ。


というわけで、
中途半端に知っているだけに、
AIさんが作ってきた雑カードに、中途半端につっこみつつ。

修整をかけられるので、
地味に修整しながら地味に生成しております。

現在も修整中です。


0 THE FOOL

後ろから白いワンコがついてきているハズですが、おりません。

我に返ると、
そもそもワンコがメインになっている時点でアレということで、
落としドコロに悩みながら。

そもそもダイアナではないし。

タイトル、最初「愚者」になっていたし。


特に小アルカナにはネガティヴな絵柄もあるので、
シェルティで再現されるととてつもなく辛い気持ちにもなるが、仕方がない。

逆にダイアナになりすぎていなくて良かったかもしれない。

小アルカナは、それぞれスートでアラビア数字が描かれており、
このデザインは初めて見たのですが、
コレはAIさんのこだわりなのだろうか。
あまり意味がなくなる気がしますが。


一先ずこのままにしましたが、
どうにも気持ち悪くなったら、ちゃんとウェイト版に倣い、作り直そうと思います。


『水滸伝』は、児童期に大変影響を受けた里見八犬伝のモデルになった作品だというし、

舞台でも上演されたりしていて、
特に15年ほど前に観劇した澤瀉屋さん一門の『新・水滸伝』が本当に面白く、結構嵌まりまして。

しかし文献自体は途中で挫折しておりまして。

この度、WOWOWでドラマ化、しかも日本人キャストで!
というので、放送をとても楽しみにしておりまして。


結婚するまでは殆どテレビを見ない生活をしていたため、
お恥ずかしながら初めて知った役者さんも多く、
毎週、楽しんでおりました。


↑ですってよ。

そりゃそうでしょ!!!

7話で完結するわけないじゃん。
取り敢えず賊どもまだ4分の1くらいしか出てきていないし。

はじめは、もしかして7話に圧縮収納してあるのかとも思いましたが、
放送始まってみると、掘り下げるところはしっかり描かれているし、
晁蓋(反町隆史さん)が梁山泊へ向かったのが5話のラスト。

このペース、あと2話で終わるわけがない。

最終話はどうなるのだろうと思っていたら、
もつれた痴話喧嘩で終わった。

うそーーーーん(涙)。
え、コレ、志を持って集まった漢たちのハナシでしたよね?

え、コレ、『シーズン1』とかですよね?

原作の小説読んでおりませんが、
まさか19巻でドラマと同じ内容です、とかではないですよね?

宋江さま(織田裕二さん)、晁蓋に「そんな怒んないで❤️」言うてましたが、
や、コレは、晁蓋でなくてもまあまあ怒りますよ。

武松(伊藤健太郎さん。武松、といえば豪傑、阿部寛さんのような、ケンシロウぽいイメージだった。キャスティング、だいぶ違った。)の場面で時々フラッシュバックしていた女性はおそらく潘金蓮だろうけれど、そのあたり散らかったままだし、
馬桂(松雪泰子さん)も二竜山組少華山組もなかなか雑にほったらかしのままだし、

一番のお気に入り・白嵐はあれから登場しないし(涙)。

最終話観終わった時点での心の悲鳴。

MISIAが流れ始めた時、絶望しかなかった(涙)。

ちゃんと続くそうで、本当良かった。

扈三娘とか孫二娘とか女傑も控えていて楽しみだし、気長に待とう。


当ドラマの婆惜(吉田美月喜さん)はとても良い子だった。

呉用(野間口徹さん)はやっぱりカッコよかった。
子供時代から、こういう軍師、参謀キャラに物凄く憧れます。こういう人たちは基本頭が無茶苦茶良いので絶対無理なのだけれど、
こうなりたい、と、今でも密かに憧れている。

チーム次元大介(大塚明夫さん、玉山鉄二さん)のラスボス感が凄すぎた。
あんちゃん(←あんちゃん言うな)キレモノ且つ変態ぽくてクセになってきている。

池田成志さん(高俅)、さすがだった。腐っていた。
「書いたら持ってこーい!」が「灰皿持ってこーい!」にしか聞こえなかった。成志さんだから違和感なかった。
こういうお役を気持ちよく魅せてくれる役者さん、貴重だとおもう。

近年いち、佐藤浩市さん(王進)の賢人役を観ました。厚み、母性(←?)が違う⋯。

松雪泰子さんは期待どおり美しくて、更に今回はカッコ良い。
シーズン2でもまた白嵐と美人ツーショットを魅せてください。

↓本作最お気に入りの白嵐❤️


あと、音楽も素敵です。
チェロの弦の振動が、堪らんのでありんす。

お衣裳展(←違)も、行かねばならん!






先月の久しぶりデート。『KLIMT ALIVE』へ。

映像、音楽、香り、と、五感で楽しむコンセプトの美術展とのことで。

近年多くなったこういうタイプの展は、

撮影可能で、
正直『SNS用映え展』的感想があり些か懐疑的ではありましたが
(実際「好きな作品鑑賞してきました」より「話題の展で過ごす私」の投稿を多く見たので)、


思っていたより作品、時代背景、ルーツについても割と解像度高め(←何様)、テーマ分けや選曲も割と良かった(←何様)。

映像で観る絵画作品については、
当展アンバサダーの藤井フミヤさんもおっしゃっていたが、

かなりのズームインで観られるのはココならではだなあと感動しました。
ズームにしても粗くならない、文明の進歩もありがたい。


ただ、
既存の作品を無理に動画化するのはやはり賛成しかねる。

静止画として現存しているものは静止画のままで、
観た人それぞれがそれぞれに思いを馳せればいい。

勝手に加工して、スピンオフを押し付けないで欲しいのだ。


あと、ココでの展を経て、
やっぱり、
作品は一点一点、ゆっくり鑑賞するスタイルが好い、と思った。

前半、そういう展示も少しありましたが、
しっかりと充実した内容だったので、全編あのスタイルでも私は良かったくらいです。

全容とズーム、2種類ずつ展示してあるのも面白かった。

そしてベートーヴェンフリーズは、やっぱり現物を体感したい⋯。



『接吻』パネルと記念撮影出来るコーナーもあった。
手前のお花畑部分に座れるようになっている。



や、

そういうのは求めておらんとです。

コレと共演出来るのは志穂美悦子さんだけだと思っているので(真顔)。

しかし、↑ココのクリムト部屋の場面は、永遠に観ていられる。

お二人のお衣裳の色彩もクリムト部屋に合うし映えるし、
芝居、台詞も相まって本当に美しいです。


話が逸れました、
クリムトとの出逢いがこの作品だったので、つい。


それにこの頃の時代劇、映画は、着付けも付随する小物の扱いも正しくて気持ちがよい。

今は巷の美容師も自称着付士も、メディアの制作側も、知識もなければ不勉強すぎて、
そんな傾向も日本人及び日本文化への侵略の一環ではなかろうかと勘ぐってしまう。


話が逸れました。



↑このエリアは、洞窟感といい、上記場面の様な雰囲気で密かにテンション上がりました。




ショップにはバーカウンターが設けてあり、
『接吻』デザインのスパークリングを楽しむことができる。

本場オーストリアでしか販売していないお品だそうだ。
旦那様にご馳走している間に、
DEMELとの共演ケーキを入手。

バーカウンターも素敵。
カウンターのお姉さまも素敵。
おじさまもダンディで素敵。
丁度、ウィーンの街角でお買い物しているような空間づくりも素敵。



以前、こういった「没入型系」展にて、
客層もスタッフさん対応もなかなかひどくて残念な思いをした記憶があるので、いろいろ不安もあったのですが。


スタッフさん方も皆さまもとっても穏やかで丁寧でいらっしゃいました。