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D-DST

日記や、沢山の好きなことへの、
独り言。

ダイアナさんの写真を数枚送るとダイアナさんタロットカードを生成してくれるというので、
頼んでみました。

うん、ダイアナさんではないですね(泣笑)!

おでこの白味はありませんし(パピー時代にはありましたが
今は完全ベジータです)、

お鼻の白味の形も違う。
ウチはお耳セットもしていないし。


「あ、コレ、シェルティやな、ほなシェルティやったら何でもええやろ」
というAIさんの適当且つ雑なナメた仕事ぶりが伺えて少々苛立ちつつ。

何度か写真を送り直し、
やり直してもらいましたが一向にダイアナにならなかったので、
もういいです。

ただのシェルティのカードです。



デザインの勉強の一環で若干かじった事のあるタロットカード。

色、数字、モチーフが持つ象徴。

構図。表情。

一枚のカードに描かれている絵の隅々、細部にもすべて意味があって、
歌舞伎の様式美にも通ずるそんな世界観が面白くて。


単にカードの絵を調べていただけなので、
占いをするとか、そういうのには興味はありません。
正位置がどうとか、逆位置はああだとか、
そういうのもさっぱりわかりませぬ。


というわけで、
中途半端に知っているだけに、
AIさんが作ってきた雑カードに、中途半端につっこみつつ。

修整をかけられるので、
地味に修整しながら地味に生成しております。

現在も修整中です。


0 THE FOOL

後ろから白いワンコがついてきているハズですが、おりません。

我に返ると、
そもそもワンコがメインになっている時点でアレということで、
落としドコロに悩みながら。

そもそもダイアナではないし。

タイトル、最初「愚者」になっていたし。


特に小アルカナにはネガティヴな絵柄もあるので、
シェルティで再現されるととてつもなく辛い気持ちにもなるが、仕方がない。

逆にダイアナになりすぎていなくて良かったかもしれない。

小アルカナは、それぞれスートでアラビア数字が描かれており、
このデザインは初めて見たのですが、
コレはAIさんのこだわりなのだろうか。
あまり意味がなくなる気がしますが。


一先ずこのままにしましたが、
どうにも気持ち悪くなったら、ちゃんとウェイト版に倣い、作り直そうと思います。


『水滸伝』は、児童期に大変影響を受けた里見八犬伝のモデルになった作品だというし、

舞台でも上演されたりしていて、
特に15年ほど前に観劇した澤瀉屋さん一門の『新・水滸伝』が本当に面白く、結構嵌まりまして。

しかし文献自体は途中で挫折しておりまして。

この度、WOWOWでドラマ化、しかも日本人キャストで!
というので、放送をとても楽しみにしておりまして。


結婚するまでは殆どテレビを見ない生活をしていたため、
お恥ずかしながら初めて知った役者さんも多く、
毎週、楽しんでおりました。


↑ですってよ。

そりゃそうでしょ!!!

7話で完結するわけないじゃん。
取り敢えず賊どもまだ4分の1くらいしか出てきていないし。

はじめは、もしかして7話に圧縮収納してあるのかとも思いましたが、
放送始まってみると、掘り下げるところはしっかり描かれているし、
晁蓋(反町隆史さん)が梁山泊へ向かったのが5話のラスト。

このペース、あと2話で終わるわけがない。

最終話はどうなるのだろうと思っていたら、
もつれた痴話喧嘩で終わった。

うそーーーーん(涙)。
え、コレ、志を持って集まった漢たちのハナシでしたよね?

え、コレ、『シーズン1』とかですよね?

原作の小説読んでおりませんが、
まさか19巻でドラマと同じ内容です、とかではないですよね?

宋江さま(織田裕二さん)、晁蓋に「そんな怒んないで❤️」言うてましたが、
や、コレは、晁蓋でなくてもまあまあ怒りますよ。

武松(伊藤健太郎さん。武松、といえば豪傑、阿部寛さんのような、ケンシロウぽいイメージだった。キャスティング、だいぶ違った。)の場面で時々フラッシュバックしていた女性はおそらく潘金蓮だろうけれど、そのあたり散らかったままだし、
馬桂(松雪泰子さん)も二竜山組少華山組もなかなか雑にほったらかしのままだし、

一番のお気に入り・白嵐はあれから登場しないし(涙)。

最終話観終わった時点での心の悲鳴。

MISIAが流れ始めた時、絶望しかなかった(涙)。

ちゃんと続くそうで、本当良かった。

扈三娘とか孫二娘とか女傑も控えていて楽しみだし、気長に待とう。


当ドラマの婆惜(吉田美月喜さん)はとても良い子だった。

呉用(野間口徹さん)はやっぱりカッコよかった。
子供時代から、こういう軍師、参謀キャラに物凄く憧れます。こういう人たちは基本頭が無茶苦茶良いので絶対無理なのだけれど、
こうなりたい、と、今でも密かに憧れている。

チーム次元大介(大塚明夫さん、玉山鉄二さん)のラスボス感が凄すぎた。
あんちゃん(←あんちゃん言うな)キレモノ且つ変態ぽくてクセになってきている。

池田成志さん(高俅)、さすがだった。腐っていた。
「書いたら持ってこーい!」が「灰皿持ってこーい!」にしか聞こえなかった。成志さんだから違和感なかった。
こういうお役を気持ちよく魅せてくれる役者さん、貴重だとおもう。

近年いち、佐藤浩市さん(王進)の賢人役を観ました。厚み、母性(←?)が違う⋯。

松雪泰子さんは期待どおり美しくて、更に今回はカッコ良い。
シーズン2でもまた白嵐と美人ツーショットを魅せてください。

↓本作最お気に入りの白嵐❤️


あと、音楽も素敵です。
チェロの弦の振動が、堪らんのでありんす。

お衣裳展(←違)も、行かねばならん!






先月の久しぶりデート。『KLIMT ALIVE』へ。

映像、音楽、香り、と、五感で楽しむコンセプトの美術展とのことで。

近年多くなったこういうタイプの展は、

撮影可能で、
正直『SNS用映え展』的感想があり些か懐疑的ではありましたが
(実際「好きな作品鑑賞してきました」より「話題の展で過ごす私」の投稿を多く見たので)、


思っていたより作品、時代背景、ルーツについても割と解像度高め(←何様)、テーマ分けや選曲も割と良かった(←何様)。

映像で観る絵画作品については、
当展アンバサダーの藤井フミヤさんもおっしゃっていたが、

かなりのズームインで観られるのはココならではだなあと感動しました。
ズームにしても粗くならない、文明の進歩もありがたい。


ただ、
既存の作品を無理に動画化するのはやはり賛成しかねる。

静止画として現存しているものは静止画のままで、
観た人それぞれがそれぞれに思いを馳せればいい。

勝手に加工して、スピンオフを押し付けないで欲しいのだ。


あと、ココでの展を経て、
やっぱり、
作品は一点一点、ゆっくり鑑賞するスタイルが好い、と思った。

前半、そういう展示も少しありましたが、
しっかりと充実した内容だったので、全編あのスタイルでも私は良かったくらいです。

全容とズーム、2種類ずつ展示してあるのも面白かった。

そしてベートーヴェンフリーズは、やっぱり現物を体感したい⋯。



『接吻』パネルと記念撮影出来るコーナーもあった。
手前のお花畑部分に座れるようになっている。



や、

そういうのは求めておらんとです。

コレと共演出来るのは志穂美悦子さんだけだと思っているので(真顔)。

しかし、↑ココのクリムト部屋の場面は、永遠に観ていられる。

お二人のお衣裳の色彩もクリムト部屋に合うし映えるし、
芝居、台詞も相まって本当に美しいです。


話が逸れました、
クリムトとの出逢いがこの作品だったので、つい。


それにこの頃の時代劇、映画は、着付けも付随する小物の扱いも正しくて気持ちがよい。

今は巷の美容師も自称着付士も、メディアの制作側も、知識もなければ不勉強すぎて、
そんな傾向も日本人及び日本文化への侵略の一環ではなかろうかと勘ぐってしまう。


話が逸れました。



↑このエリアは、洞窟感といい、上記場面の様な雰囲気で密かにテンション上がりました。




ショップにはバーカウンターが設けてあり、
『接吻』デザインのスパークリングを楽しむことができる。

本場オーストリアでしか販売していないお品だそうだ。
旦那様にご馳走している間に、
DEMELとの共演ケーキを入手。

バーカウンターも素敵。
カウンターのお姉さまも素敵。
おじさまもダンディで素敵。
丁度、ウィーンの街角でお買い物しているような空間づくりも素敵。



以前、こういった「没入型系」展にて、
客層もスタッフさん対応もなかなかひどくて残念な思いをした記憶があるので、いろいろ不安もあったのですが。


スタッフさん方も皆さまもとっても穏やかで丁寧でいらっしゃいました。



昨年9月。

2020年にステージ4で癌発覚、抗がん治療を続けながらツアーを遂行していた、
この度脳腫瘍も見つかった、との告知を受け、
正直、心の準備はしていた。

が、ルナフェスでのご様子を拝見したところ(不参加でしたので放送でですが)、
や、でもコレはもしかしたら、3月⋯!?と
そんな希望を抱いたくらいの、少し憔悴した様子うかがえたものの、
真ちゃんらしい、明るく前向きな発言、姿だった感想。


早々に献花式を設けてくださったご厚意は嬉しかったが、
早々過ぎてどうにもスケジュール合わせられない遠方民。

参加され、お写真などなど送ってくださったスレイヴさま方、本当にありがとうございます。


そういうわけで、心の準備はしていたものの、
参加はしていないがセレモニーも経たものの、
⋯なんだか、日に日に実感から遠ざかってゆく感覚で過ごしております⋯。


いちファン、ど素人の私ごときが真矢先生の凄さを述べようなどと至極烏滸がましいことはいたしませんが、

ただ、やっぱり人生で最も多感な時期に出逢い、
ずっと「ソレ」を聴いて育ち、
淳士くんもおっしゃっていた様に、
まさにDNAに染み付いている音、ビートであることには間違いなく、

当初は、
「この先真矢のドラムが聴けないならLUNA SEAのライヴへ行く意味がない」とまで、思っていました。

そのくらい、ココでも何度か書いておりますが、
ライヴ中は気づいたらドラム、真矢先生を追っていたので。


ドラム、打楽器のことは正直さっぱり無知なのですが、


先生のドラムセットはスケールが豊か、というのか、
絶対音感のある方だったら五線譜に起こせるのではないかと思える(←個人の感想です)調律。

特にミドルテンポの楽曲で多く見られたインプロの、もう、堪らない高揚感(←聴いている私個人の感想です)。

打楽器に拘らず重要なことですが、「休符」イコール「音を出さない」ではない、楽曲構成の認識、理解力。

私自身のピアノとの向き合い方、フラメンコのサパともシンクロし、


実は自身の経験と割と近いところにあったのではないかと、
今、こんなことになり、


改めて「真矢」というミュージシャンと出逢えた喜びと、

そしてその演奏がもう二度と聴くことができなくなった現在に、
ひたすら茫然としている。


それから、音楽とは別件で。

癌治療に関しては家族の立場でしか知り得ないが、

改めて、
癌という病気、
「癌治療」そのものに対して、

激しい憎悪しかない。


この2、3年、
なんだか生き急いでいるかのような怒涛の活動は⋯

コレも散々ココに書いてきたが、
もう、そんなことより身体を休めて欲しいとRYUICHIの姿ばかりが辛かったが、
きっと先生のことが発覚したからであろうかと今だから考察される事実。


抗がん治療って、無茶苦茶体力も免疫力も消耗するし、
本っっっ当にぼろぼろになるのに、
私たちにはそんな鱗片すら全く感じさせなかった、あのハードなツアー、スケジュール、演奏。

今改めて観てみても、昨年のLUNATIC TOKYOですらも、
何の遜色もない、パワーと情緒が漲るドラムプレイ。


RYUICHIもそうだったけれど、
満身創痍でも全く言い訳も弱音も吐かない堅固な意志。


我々ファンが知り得る限り、
こんなに気丈で強烈な精神力を持つ真矢先生に対してでも、

平気で蝕んでゆく、癌、癌治療が、


改めて猛烈に憎いです。



独身時代は約四半世紀通った御園座。

建て替わってからは初訪問の御園座。

ホワイエが随分と狭くなった感想。その分、客席が広くなったのかな?

南側エントランスは変わらず、舞台の向きが変わった。
客席総数自体はあまり変わらない気がするが、横幅が伸びたかな。
位置的に、所謂桟敷席の見切れも減ったような気がします、座ったこと無いので知らんけど。


ホワイエが狭くなったということで、
気になったのが幕間の客席内飲食でしょうか。
丁度、今、何やらSNSで騒がれておりますが。

私が歌舞伎観劇するようになる以前はクラシックコンサートやオペラ、
基本、客席内飲食なんて以ての外という感覚でした。

御園座で観劇する際には、同伴の祖母がいつも食事を予約してくれていて、
旧御園座には2階に食堂がありましたので、そちらで幕間の食事を摂っておりました。

ので、
客席内で食事をする(という発想自体も当然皆無)、している方というのを見かけたことがなく(同じように2階食堂利用者が多かったと思います、いつも満員でしたので)、
初めて地元以外で歌舞伎観劇をしたのが南座ですが、

幕間、一斉に客席でお弁当を出し始めた光景に大変驚いたものでした。


歌舞伎観劇に於きましては、
幕間に客席で食事をすることは観劇の一部になっていますし、
SNSで言われていたような、下品だなんて思ったことも思いついたこともありませんが(器用だな、とは思いますが)、

正直、大いに抵抗はあります。


客席での食事後、膝の上に広げていたハンカチをそのまま通路にパッパしている方をみた時。
食べ終えたお弁当をずっと座席下に置きっぱなしにしている方をみた時。

ああ、コレだからやっぱり私には無理だ、と。

膝の上で食べる前提のお弁当なので、一口サイズだったりの配慮はされているのでしょうが(幕間弁当、食べたことないので憶測ですが)、

やはり「食事をする」ということで少なからず汚れの温床になりうること、


そして、におい

熊谷陣屋の三重送りの余韻に浸っている中で焼き魚のにおいがするとか、
煮物のにおいが残る中の鷺娘観るために来たんじゃねえんだわ(←暴言失礼)、
ということがありました。


その他、
上記したように、そもそも客席内食事NGで育ちましたし、
劇場云々関係なく、基本、テーブルと椅子が揃っていない状況での食事はしない(←や、シンプルに、食べづらいので)。


あと、劇場には非日常を楽しみに来ている感覚でもあるので、舞台の目の前で食事、なんて「日常」を持ち込みたくない。

更に申し上げると、
「舞台」を神聖視しているので、畏れ多いのです。

いろいろつらつら書きましたが。

できれば客席内は食事禁止が望ましいとは思うのですが、
まあ、わたくし個人の事情、感想によるものですし、

何より客席内飲食許可が出ている現状ですから、

幕間になったら早々に席を立つようにしています。


幕の内の由来も当然承知しておりますし、
お弁当ありきの歌舞伎観劇も重々承知の上です。

が、こういう人種もいること、
なんとなくでも知っていてくださると嬉しい。


ちなみに、観劇時は基本的に何も食べません。
昼夜通しで観劇する場合は、昼夜の間に劇場外でパンを一口入れたり、アリ◯ミン注入する程度。


というのも、観劇時は、食事する時間が惜しいんです。

特に一人で観劇するようになってからは、もう、
その時毎の劇場を楽しみたくて、探検したくて
(売店や演目にちなんだ飾り付けや催しなど、
わたくしにとって劇場は微テーマパーク)

情報収集に一生懸命です。


ちなみに翌日、地元の盟友・Mさんとお逢いし、
奇しくもMさんから
「御園座って客席でお弁当食べれるの、どうして!?」という話がありまして(笑)。

Mさんも、殆ど私と同じ理由で、やっぱり客席食事には賛成できない、と。


そういえば中日劇場がなくなり、名古屋のミュージカルは御園座が多くなりましたが、
ミュージカルでも客席でお弁当やってるの!?
ホワイエ狭くなるし、食堂もなくなって⋯客席しかないのか⋯。