D-DST

D-DST

日記や、沢山の好きなことへの、
独り言。

菊さん襲名披露公演も先月の巡業を経て、ご無事の大千穐楽。
翌日は菊さんのお誕生日、
FC斧琴菊の、お誕生日会と第一回茶話会へ参加いたしました。

⋯茶話会のご案内が届いた際には「抽選」とあったので、ダメ元でエントリーしましたら当選してしまいまして。


旦那様お休みの日でしたので、ダイアナさんをお願いし、
参上いたしましたすみません。


貴重なオフショットも織り交ぜながら、
昨年からの襲名披露公演中のあれこれを振り返るお話は本当に盛り沢山で、
宴が延長するのかと思いました(笑)。



何事も、現場の方々の裏話は大変興味深いです。楽しいです。

各地、登場したレストランはお隣の方が逐一調べていらして、後ほど共有し合ったり。

名古屋。
出身高校付近エリアにそんなお店があったなんて。
しかも千穐楽前日、って、
私名古屋入りしてたじゃないか!


襲名公演演目について。

『茨木』について、
「鬼」の概念や解釈についてのお話が、特に大変深かった。聴き入りました。

「鬼」については、実は我が家でも旦那様と時々、
鬼とはそもそも一体何なのか、という話をしております(歴史、ファンタジーヲタク夫婦でありんす)。

桃太郎についても、
風水や陰陽道から私なりの解釈をしてみたり、

各地各時代各書物などに残る伝説などからも、
シンプルに所謂「クリーチャー」を指していたわけでもなさそうよね、
場合によって、外国人、或いは宇宙人だったかもしれないわよね、
みたいな無茶苦茶な説を立ててみたり。


菊さんのお話からも、
少なくとも人間に擬態し情に訴えかけよう作戦を仕掛けられるほどに、
人間が持ち合わせている情愛、喜怒哀楽、文化風習などを経験、知性や教養を会得しているいきものなのではないか、

という解釈をしていらっしゃいました。


T-1000ではなくてダース・ベイダー、みたいな(←なんか違う)。

綱も、すべて理解、把握したうえで、徹底追跡はしなかった、と。


茨木観劇記がまだ書きかけで未投稿ですが、
このあたり、もう少し整頓し、改めて観劇したい、と思いました。

◆◆◆

座席も抽選。

最後列さ(泣笑)。

でもでもでも!!!

出入口からの入場、会場のテーブル間を隈無くお通りになりながらステージへ。

ご厚意で撮影も可、

感嘆とどよめきが響く入場でした。


 LUNAPIC同様、菊PICも相変わらずの腕前で(乾)。


天井は、螺鈿細工のようなシャンデリアでした。



『操り三番叟』

おめでたい公演ということで、様々な三番叟が登場する襲名フェス。
名古屋では人形振りと人形遣い、という趣向。

三番叟人形の鷹之資丈、後見(人形遣い)の吉太朗丈、
トリッキーな演出、振付は共に観応えたっぷりです。

個人的には吉太朗丈、
女形も愛らしく、袖遣いも流れるようなしなやかさで見事ですが、
さらっと、こういう立役も清々しい。
「兼ねる」が益々成熟なさってきた様子。
三人吉三だったら、おとせさんと十三郎、どちらもいける、みたいな。


操りの糸が見えてくる指遣い、視線。
素晴らしかったです。



菊さん襲名フェスの三番叟シリーズではこの操りが一番好きですが、

当月博多公演でもまた若手ゴレンジャーが、昨年とは異なるキャスティングで再登場するのも楽しみ。
吉太朗丈はアオレンジャー?
鷹之資丈はムラサキジャー?かな?


熟練の芝居をじっくり観劇するのももちろん感慨深いですが、

踊りまくったり立ち回りで暴れまくる若手さんたちも、
やっぱり元気が出ます。

そんな年齢になってまいりました(遠い目)。


『京鹿子娘二人道成寺』

五月歌舞伎座での娘道成寺は玉さまとの三人花子でしたので道行のみでしたが、
今回は道行から鐘入まで、殆どが音羽屋仕様のお衣裳でした。

帯は狂言紋ではなく扇柄。
御紋からでしょうか。

ただ頼めでは小さな桜花で大きく麻の葉が模られ、
中央には菊花でしょうか、大胆な音羽屋仕様。
コレ、可愛い。

御園座公演のパンフレットも扇が二面。

菊柄は背景に、メインは御紋意匠。
こんなセンスも素敵。

そして!
この日、初めて道成寺の手拭いを入手できました!
蔦之助丈の一投目です!
菊さんのはすべてかみてへ飛んでいった(笑)!器用!

道成寺は結構観劇しているのですが、今までなかなか取れなくて。
菊さん襲名、名古屋公演で、だなんてありがとうございます(感涙)!

菊之助さん。
五月に観劇した時より更に滑らかに踊られている感想。お二人の表情のコントラストも、更に明確になっていた印象。

名古屋公演では特に、
菊さんの、白拍子花子というよりはもう、始終「清姫」としての舞踊に思えた。
怨嗟や飢え、渇きといったどす黒いものまでもが垣間見えるが、
音楽や踊りで鬼迫を御して抑えて、という表情や所作の隅々(←個人の感想です)。



五月歌舞伎座での観劇時は、菊之助さんの鐘入の表情は悲愴を感じましたが、
今回はグッと強い念も込められていたようだった。

割と短いタームで同じ作品、配役の進化が観劇出来たこともとてもありがたい。

この度の襲名口上でも諸先輩方々も仰るように、
「すえおそろしい」
六代目 尾上菊之助。


所化御一行さまの眼目は、やっぱり彦さま!

和気藹々と和やか朗らかハッピーモード、
そしてコミュ力高すぎ(笑)!
全員と絡んでいらしたのではと思えるほどで、思わず観客の顔も自然とほころびます。

特にぐいぐい行っていたのは吉太朗丈かと思いましたが、あとから思い出したらやゑ亮丈だったかも。

そして自由に動き回っている様で、進行を妨げない実は緻密でスムーズな動線。


昨今はSNSのお蔭で、名題さん、名題下さん方の事も良く知ることが出来。
ガイドで紹介がなくとも判別出来るようになり、
所化御一行さまの場面もより楽しく観劇できるようになった。


僭越ながら彦さまへ上記感想をお伝えしましたところ
(こういう部分もSNSのありがたいところ。)、

「荘厳な大作舞踊の導入を柔和にしなくてはいけないので、いつも以上に表情豊かにやってみました」

とのお返事をいただき。


そうか、やはりあの場面にはそのような意図が込められているのね。

パンフレットにも幹部方々の微インタビューは載っていますが、本当に一言なので涙。

役者さん直々に、役作り、裏話、エピソードなどを、
まさにリアルなお声として知ることが出来るのはとてもありがたく、
一層響いて参ります。

和やかな所化さんも良いが、
菊さんの花子さんで、彦さまの押し戻し、
なんて構成も観たい!!!
(↑その場合は、キマリ⋯?)


今更ながら、昨秋、御園座での菊さん襲名披露公演。

『京鹿子娘二人道成寺』。

道成寺も気付けば最も観劇している作品の一つになっておりますが、

観れば観るほど深いなあ(所化ズの場面も含め)⋯と改めて。


そして今回、道行ではずうっと、扇捌きを凝視しておりました。


子供時代からの着物好きから自装他装は勿論、

着物そのものの服飾史、
茶道のお稽古から学んだ宇宙観、からの着物の装いへの影響。
日本史、文化史、宗教観などなど。

ヲタクの立場からヲタクなりに実技、座学、研究してまいりまして、
実際に着物に携わる仕事もいろいろ経てきた中で、


割と雑に扱われているなと感じる末広問題。


特に京都では本当に不勉強な美容師、着付士が多い感想で
(ソコについても私なりに模索、追究し、なんとなくその理由も解明しているのですが)、

改めて勉強し直してみても、
世間ではやっぱり間違った扱い方されていて。

特に正装の場に於いてですが、
そもそも「正装で末広を差す、持たせる意味」すら認識されていない、という現状に、

ひたすら落胆、絶望、
最近は諦めの境地ですらあります。


婚礼現場でも
「お目出度い日なので、金色を見せるように差す」のだそうですよ(呆&溜息)。

「礼」の解釈、どうなってるんだ。

色を見せたいだけなら折紙でも挟んどけ。(←暴言失礼)

そもそも、紙側を向けている時点で間違っていますので、
先ずはせめてお茶のお稽古から始めてください。



日本文化では『褻』『晴レ』という所謂TPOの分別世界観がありますが(西洋文化でも同様かと思いますが)、

殊『晴レ』に於ける正装では「装いで心を表す」という意味があって(西洋文化でも同様かと思いますが)、

末広とはソレを表現するのに大変よく出来たアイテム、扱い方が出来るものであるはずなのに。

日本人の心の礎である神道や、
それこそお京都様の碁盤の目の成り立ちと同じ陰陽道や風水にも通ずる意味があるということ、

こんな素晴らしくて豊かな感性、
何故知ろうとしないのだろう。



正しい知識を身につけようとしないこと、
知らないことを勉強しようとしないこと、
不勉強な者こそ間違った情報を広めがちであること

これらの行動言動、昨今の社会問題とシンクロし、
日本文化の侵略という危険な行動であるとすら感じています。

日本文化、日本人の心が侵されるという恐れ、を通り越し、
もう、怒りしかありません。
わたくし、怒っています。


正装に於ける末広。
向きとか場所とか持ち方とか、

全部理由、意味があるんだわ(西洋文化でも同様かとおm以下略)。
あってもなくてもどっちでもいい的なアクセサリーと同列じゃねえんだわ。

場合によって扱いが変わるとか、そういうもんじゃねえんだわ。


知識無いなら意味知らないなら、いっそ持たせなくていいわ。
↑暴言失礼(怒ってるので)。

(この怒りの矛先ですが、普段着物に触れる機会の少ない方、趣味で楽しんでいらっしゃる方へ対してではなく、
紛いなりにも着付士名乗っておいて、フォーマルの場に携わる仕事に就いておいて、己の不勉強棚上げして薄っぺらい言い訳だけしている連中に対してです。

お代いただいているなら相応の知識は身につけるべきです。)


というわけで。


ああ、やっぱり、こうだよなあ。
この所作だよなあ。

末広を使用するのは道行のみなので、
身体ごと花道に正面向いて正座で臨みたい心持ちです。


先人たちが紡ぎ、大成してきた道。
込められている心、感性。

ソコへ思いを馳せながら観劇する舞踊。

やはり、正しい姿は筋が通り、説得力を伴う。
シンプルに、グッと舞踊も楽しくなる。


至極、私事ですが、
わたし、間違っていなかった。


本当に清々しい気持ちで観劇出来た道行でした。



観劇の感想になっておらずすみません。
本題についてはまた後ほど。

去る2月、久しぶりのデート。
行先がKLIMT ALIVE展。

クリムト作品に寄せる方法も考えましたが(着物民も意外と多く、実際、寄せている方々が多かった)、

藤井フミヤさんが黒×赤をお召しで、クリムトの世界にとっても映えてカッコ良かったので、
そちらを意識しました。

何より、
黒×赤ならまかせなさい(←?)。





ベースは、
とにかく便利なKEITA MARUYAMAの単衣。

気付けば四半世紀着続けている万能選手。

帯も、コレに合わせて入手しましたこちらも四半世紀来の万能洒落袋帯。

裏側まで使える。


2025年2月23日 @LUNATIC TOKYO2025
着物も同じです。

帯揚。
赤色はコレしか所有していないのですが、実はハート柄、
当日はバレンタインデイ。
うっかり地味にシンクロしてしまったという。

帯揚は、やはり縮緬素材が一番使いやすいです。
あと、絞り。

絞りの帯揚もいくつか、祖母の遺品も含め所有しており、
しかし今や絞りの帯揚は成人式くらいでしかお見かけしないので、
既婚民には需要がないものなのかと、フリマサイトで売りに出すもいまいち反応悪く。


そうしましたら最近、寺島しのぶさんが眞秀さんの初日で絞り帯揚を合わせてらして、
とってもカッコよくて素敵で!!!
全体のかラーコーディネートも美しくてだね。

是非、真似してゆこうと思いました。

30代独身時代に色無地に絞り帯揚締めてましたら「七五三?(笑)」なんて言われましたけどね。

もりもり絞っていったります。

そういえば総絞りの着物もありますけど、いまいちTPOがわからず、いまだに冬眠中ですが。


半襟は、クリムトぽくゴールド刺繍で。
コレも、紬にも垂れモノにも合う、万能選手です。
頼りになります。