2010年10月3日、22時15分ごろ。東京・中野サンプラザホール。
山下達郎がマイクスタンドを舞台の際から奥に下げた。予定調和が好きな達郎がみせた不釣合いな行動。
「?」
FCの会員で8、9割埋め尽くされた客席が、予想もしなかった司祭の行為でどよめいた。
アンコールを3曲披露し、バックのミュージシャンが舞台の袖にはけていく。佐橋佳幸は手をひらひらさせて達郎に小さなエールを送る。これからは、達郎さんひとりの時間ですよ、と。達郎がマイクスタンドを舞台の縁にだす。土岐英史が後ろでサックスをもってスタンバイ。あとは「YOUR EYES」を朗々と歌い客席にお決まりのご挨拶をする、はずだった。
達郎は忘れ物を思い出したかのように、マイクスタンドを後ろに下げる。ステージの脇からテクニシャンの宮村貴史がコードをつないだ黒いギターをもってきた。
「もう1曲おまけです」
「!!」
(今日はおまけに「LAST STEP」を演ってくれるんだな。コンサート、26本目で“One Of The Best”の出来って言ってたからなあ。)
観客は手拍子の準備をこころに秘めた。土岐は達郎のご乱行に動揺したのか、目を泳がせ所在なさげに舞台袖に消える。しかしギターを抱えた殿のご乱行はまだつづいた。
「『LAST STEP』じゃないです」
「???」
アンコールで「LAST STEP」以外にギターソロで演るものなんてあるのか?みんな、頭の中で探し始めた。でも見つからない。いつもと違う不調和、ファンは小さな混乱の声をあげた。達郎はなにをする気なのか?マイクに向かった達郎は、笑いをわすれた落語家のようにかたりだした。
「前回からツアーを再開して、ツアーを3回やれば声の調子ももどると思うんですけど。今回、前半でなかなかもどらなくてつらい思いをしてたんですけど……、調子がもどってきたら、ぜひやりたいとおもっていた曲があります。35周年の記念に……、これから、それを、やります」
2200人あまりの気を受けとめて、達郎は弦を爪弾く。声をマイクに乗せる。
めーをとじれば そーこーおに まい しゅがーあ べえーいーぶっ ……
「??? えっ? !!! あっ! 『MY SUGAR BABE』?」
その曲は16年5か月ぶりに蔵の奥から引っ張り出された。大事にしまっておいたヴィンテージワインのような趣、アロマのような空気がサンプラザを満たしていった。いつもと違うアンコールが幕を開けた。
……
9月初旬、北陸某市で今ツアー最初のコンサート、そこで達郎は喉をつまらせ何度となく声をとぎれさせた。俗にいうエヘン虫に入られたらしい。「LOVELAND ISLAND」で拡声器にのせて声をはりあげるお決まりの締めで、まったく声が出なくなった。無理やり張り上げて格好をつけるそのうしろで、コーラスの佐々木久美が体を前に倒し腹をかかえて笑っていた。
こちらも笑った。けれど釈然としない。いつもなら興奮を冷ましながら帰るはずが、この日は高揚感がまったくなかった。『ドカベン』の銅像を見ながら、「オレも達郎がいうところのすれた評論家気取りに成り下がったのか……」自分が達郎を裏切ったことにがっかりした。
FCをやめようかなあ。
中野サンプラザのコンサートも、達郎の調子がいいことを願いながらも半信半疑で会場にいた。ステージから10列目、FCの予約でとった席から達郎をみた。「HAPPY HAPPY GREETING」を歌いながら、ふと振り返る達郎をみた隣の女性が「すごくノッているね」と興奮していた。ステージで35周年を祝う曲を演奏しながら、達郎は口笛を吹いてスキップしそうな面持ちだ。
今日は大当たりかもしれない。
東京のお客は評論化然としていてスレた客がいる、と達郎はファンクラブの広報誌で語るが、今日のお客は違うらしい。無駄な掛け声がなく、拍手・手拍子は途切れない。MCは早口だけど演奏への集中力を切ることをおそれるように、話のながれを破綻させない口調だった。
「僕らは猿回しの猿なので、いい演奏をするかの半分はお客さんにかかっているので、お客さんがノッてくれるとこちらもいい演奏ができる」
なんともトウがたった猿回しですが、途中でこんな話ができるほど今日の演奏は素人には破綻が見えないものだった。そして、アンコール前、達郎はファンに声をかける。
「今日のお客さんは最高です。今日はOne Of The Bestの出来です。やっぱり、東京のお客さんはこうでなくちゃ」
……
さすがに3時間歌いこんだ後はつらいのか、声は裏返り、ギターのキーもはずれ気味。だけど……、
すべて燃えつきるとも 君は僕のものさ OH MY SUGAR BABE OH MY SUGAR BABE
「お粗末さまでした。……爪がわれた……」
ファンの静かな熱気を受けとめた、いつもと違うアンコールが終わった。
達郎の爪がわれた瞬間に、FCをやめようなんて気持ちが消え去った。9月の達郎はたまたま調子が悪かっただけだ。もう2度と達郎を裏切る気はない。
これが私の“アンコール オブ ザ ベスト”、これを胸に刻んで、また来年のツアーでもこんな感動に出会いたいのです。
山下達郎ファンの皆様、ぜひとも来年のコンサートを楽しみに待ちましょう。きっと素晴らしい音楽が待っています。
このブログも、書評、ドラマ評、続けていきますので、どうぞよろしく。みなさま、よいお年をお迎えください。
(敬称略)