あやしい宗教学 神と仏 ⑤ 山川草木全てに宿る霊妙にして不可思議な力としての日本の神様 | 日々の妄言、ざれ言、たわ言、世迷言

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思いつくことを適当に書き込んで行きます。まことしやかに書かれておりますが、何の根拠もありません。適当に読み流してください。

我々日本人の多くは無宗教であるなんて言われておりますが、実際には日本独特の宗教的な世界観、言い換えれば宗教文化というものの中に、誰しもが意識するにせよ、していないにせよ、どっぷりと浸かっているように思います。

 

 

以前、このことを称して「日本人は独自の、日本教とも言うべき宗教の信者だ」なんて書いたことがあります。

 

 

こと、日本固有の様々な神様について、いろいろ調べ考えておりますと八百万の神様とはよく言ったもので、驚くくらいに多くの神様がいることがわかります。

 

して、今回は我々日本人が「」というものをどのように捉えてきたのかを考えてみたいと思います。

 

テキストは國學院大學名誉教授の三橋建・編『日本の神々・神徳・由来辞典』(学研)の、三橋センセの「山川草木全てに宿る霊妙にして不可思議な力」という、この本の序論ともいうべき一節です。

 

 

草木国土悉皆成仏、あるいは山川草木悉成仏なんてことが天台宗の教えとしてありますが、こちらは、この世界のものは全ての現れだとしております。

 

この「仏」を「神」にしてもいいのでしょう。

 

 

 

宗教学では万物に霊魂、精霊が宿っているという考え方をアニミズムと言いますが、日本の宗教、そして文化というものこのアニミズムによって示されるものもありそうです。

 

 

さて、日本の神といえば神道ですが、そもそも神(カミ)を崇拝する、祀るという風習は人類に普遍のもので、きわめて古くからあるとされます。なお、この「神道」という言葉は『日本書紀』に初めて登場するのだとか。

 

ここでいう「」とは、恐らくは古代中国の老荘思想(道教)の「道(タオ)」に沿ったもので「法則」という意味のようです。

 

つまり、「神道」とは「人知でははかり知ることのできないほどすぐれた自然の法則」ということになるようです。

 

 

 

ちなみに、この「道」なる概念は、なかなか奥深い意味のあるもので様々な使い方がされております。

 

神の道」に対し「人の道」というものを考えるなら、これは人間が、人間として守るべき倫理規範というものと言うことになるように思います。

 

人の道に外れた」なんて言いますが、これを「外道(げどう)」なんて言います。

 

 

んで、悪辣、非道徳、非人情といった人を、あるいはヤーさんの世界で任侠道に外れたことをするような輩に対して、

 

 

 

あの、腐れ外道のねずみ男が

 

 

 

 

 

あっしが、腐れ外道!?

 

 

 

 

 

 

なんて言ったりもします。

 

 

さてさて、神道という言葉が示す自然界の法則であることを、かつては「自然界の霊威」なんて捉えていたのだと思います。

 

今でこそ我々は、様々な現象や世界には自然科学的な法則が働いていることを知っておりますが、昔の人はそんなことは知らず、そこに人知を超えた不可思議な力が働いていると考えたのでしょう。

 

その神の法則、つまり道に沿うことを「随神(かんながら)」言います。神の御心に随(したが)う、ということなのであります。

 

これは、イスラム教の「インシャラー(神のみ心のままに)」とも似ていますねえ。

 

こちらはアッラーという人格神ですが、神道の方は、つまりは自然界の秩序・法則に随うということなのでしょう。

 

 

思うに、古代の日本人はその豊かな自然の中において働いている様々な力をして「神(カミ)」としたのでしょう。

 

 

 

 

大気の放電現象も、かつては神の為したものだった

 

 

 

この自然における神の働きは、人間に豊かな恵みを与えてもくれますが、同時にのように災いを起こすものもあります。

 

そんな自然に対し感謝と同時の畏怖の念を抱く。

 

 

それゆえに、そんな神に対し捧げものをし、神を讃え(祝詞)、懐柔し、喜ばせ、なんとか人間にとって良い方向に向かうようにと祈りを捧げたのでしょう。これが祈願であり、祭りであったとされます。

 

 

お神酒上がらぬ神はなし」なんて言いまして、神はきっと飲ん兵衛だからと酒を供え、神を喜ばせる謡曲(神楽 ー かぐら)なんかを奉納したのであります。

 

 

さて、神(カミ)の他にも、自然界に宿る霊威として「ミ」、「チ」、「タマ」、「モノ」、「ヌシ」などという、「カミ」よりもずっと古い言葉があったとされます。

 

わたつみ(海の神)」、「やまつみ(山の神)」、「いかずち(雷)」、「おろち(大蛇)」なんてのがあるようです。

 

先の戦争で亡くなった学徒兵の遺書をもとにした『きけわだつみのこえ』なんてのがありましたねえ。

 

 

 

なお「ミ」は神霊「チ」は精霊なのだそうで、「ミ」の方が神格(霊格)が高いのだとか。

 

 

「タマ」は霊・魂で、「うかのたま(稲の神)」なんて言ったようです。

 

「モノ」、「ヌシ」は鬼・魔物・精霊を意味し、「大物主(オオモノシー 奈良・大神神社の祭神)」がおります。

 

 

 

なお、「カミ」は峠・坂・辻・道・港・瀬・岬・海峡・山口・河口などにもいて、そこに邪悪なものが侵入してこないようにとしめ縄を張ったとされます。

 

 

このように、しめ縄には、その聖域を示す意味と、そこに邪悪なものが入ってこないようにという、二つの意味があるわけですねえ。

 

 

いっそのことヌー〇劇場なんて所にも張って置いたらどうか。

 

 

 

はい、ここから、出ないで、入らないで

そこの・・・、ねずみ男みてーなオヤジ!

 

踊り子さんに手を触れるんじゃねーよ

テメーのバイ菌がうつるだろうが

 

 

 

深窓の令嬢なんて、やんごとなき女性ともなりますと、やはり、こういう目には見えないしめ縄でも張られているんでしょうか。

 

なにか、こう、うかつ傍に近寄れないようなムードが漂ってます。目に見えないバリヤーがあるような。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうなの?

 

あたし自身、まったく気が付かないんだけど

男の人が、ぜんぜん近寄ってこないのよ

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

いや、あんたの場合は違うと思うぞ。