日々の妄言、ざれ言、たわ言、世迷言

日々の妄言、ざれ言、たわ言、世迷言

思いつくことを適当に書き込んで行きます。まことしやかに書かれておりますが、何の根拠もありません。適当に読み流してください。

アメリカの心理学者セイモア・フィッシャーという方が『からだの意識』(誠信書房)という本を書いております。専門はボディ・イメージ(身体像)心理だとか。

 

 

なかなか面白いです。

 

 

 

 

よく、「自分ことをは、自分が一番よく知っている」なんて言う方がおります。

 

 

 

はたしてそうか?

 

 

以下、「自分の身体はなぜ知りにくいか?」という章に沿って、教えを乞いましょう。

 

 

[ 鏡に映った自分のことがわからなかった? ]

 

 

まず、精神分析の創始者G・フロイトの体験です。

 

 

彼が寝台車に乗っていた時、隣についている洗面所からガウンとナイトキャップを被った年配の男が自分の部屋に侵入してきたので、洗面所から出る時、この年配の男は方向を間違えたのだろう思い、注意しようとした時、その侵入者こそは洗面所のドアの鏡に映っていた自分自身であることに気づいた、のだとか。

 

 

続いて、これはまた別の方の体験談です。

 

毎日毎日残業が続いて、疲労困憊な状態であった時、やはり洗面所に入った時に、中に顔がやつれて化粧の剥げかかった中年の女性がいると思いきや、よくよく見ると、それは他ならぬ鏡に映った自分であったのだとか。

 

 

[ 自分の頭のサイズをきちんと把握しているか? ]

 

 

フィッシャーによりますと、心理学的に実験したところ、多くの方が自身の頭部の大きさを過大評価、つまり実際よりも大きいものとしてイメージしていたとされます。

 

 

 

 

まあ、鏡を見ればだいたいの大きさはわかるものですが、自己のイメージにおいては実際よりも大きいと考える傾向にあるのでしょう。

 

ついでに言いますと、録音された自分の声を聞いたことがある方ならわかると思いますが、その声はあたかも他人の声のように思われたりもします。

 

つまり、自分がしゃべったことはもちろん自分自身が耳にしておりますが、その場合、聞こえていた声と、他人が利くであろう声とは微妙にちがっているのであります。

 

 

[ 身体は常に変化している ]

 

 

我々の細胞は、日々新陳代謝しておりまして、それこそ「昨日の自分」と、「今日の自分」は異なっております。DNA、つまり遺伝子の設計図(プログラム)によって、一定の基本的な形は維持されておりますが、日々どんどん変わっていっているのであります。

 

 

それは、当初は成長ですが、一定年齢ともなりますと老いとなります。

 

興味深いのは、この老いもまた、生得的にプログラムされているようでして、もっと言いますと死すらもあらかじめプログラムされているのだとか。これをアポトーシス、といいます。称して自殺プログラム

 

 

しかし、何らかの原因でこのようなプログラムが働かなくなった細胞こそがガンなのだそうです。ガン細胞なるものは健康な方においても生成されるもののようですが、普通はこれは死ぬことになるとされます。これが死なないで、どんどん増殖してしまうと、本体そのものを危機に陥れることにもなります。

 

 

して、当たり前のことですが、何年かぶりに逢った友人などに「お前、老けたなー」なんて言われることもあるでしょう。まあ、お互い様なんですが。

 

 

老いは、誰にも平等でやって来ます。ただ、それが早まったり、遅くなったりすることはあるようです。

 

極端なことを言えば、とてつもない恐怖の体験をした方の髪が一夜にして白くなる、なんてこともある?

 

 

 

老化

 

 

しかし、我々は、自身の身体イメージを正しく、客観的に認識しているとはいえず、概ねその認識と、他者における評価や、実際の生理的な機能との間にはギャップがあるとされます。

 

 

例えばの話「気は若い」のだが、「身体が付いて行かない」なんてことが言われます。

 

 

小学校の子どもの運動会で、父兄の競技に参加したら、翌日には体中が痛かった、なんてお父さんも少なくないはずです。

 

そりゃあ若い頃なら、疲労の回復度も早いのでしょうが、加齢とともに体力回復度も落ちてくることに気づいていない、と。

 

 

よく「心は少年のまま」なんて言うことがありますが、これは良い意味と悪い意味があります。

 

中年になっても、プラモデルを作っているとか、昆虫採集をしているとか、J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に登場するあんちゃんのごとく純な心を持ったまま大人になってしまった、なんてのはいいんでしょうが、冬彦さんのようなマザコン男なんかですとねえ。

 

 

 

佐野史郎の怪演が評判になりました

 

 

 

精神年齢というか、成熟年齢というか、要は、それこそ精神的に未熟なままに肉体的には大人になってしまった方です。これを称してピーターパン・シンドロームなんて言います。

 

 

いますねえ。いい歳こいたオッサンになってもガキみたいなのが。こういう精神的未成熟オヤジが上司だったりすると、その下に付いた部下は、もう悲劇です。あっしにも経験があります。

 

 

女性にもいるみたいですけど。フェミニストの上野千鶴子であったか、「中年フリル族」なんて言って、結婚して、いい歳の子どももいるのに、気持ちは少女のままで、フリルの付いた可愛らしい下着を付けていたりもする。

 

 

 

 

 

 

いずれも早熟とは逆で、肉体的成長に合わせての精神的な成熟が止まってしまった?

 

 

 

さてさて、理想的には年相応の精神的な成熟こそが望ましいわけですが、いつまでも若々しくありたいという願望は誰しもが持つ者でしょう。

 

しかし、身体はやはり加齢とともに劣化、老化してゆくもの。

 

 

動物行動学者であるデズモンド・モリスの『ボディウォッチング』によりますと、例えば女性の乳房の理想的な形は10代後半だそうで、以降も膨らんで行くも25歳以降は次第に垂れ下がってゆくのだとされます。

 

 

ちなみに、生理学的にはこの年齢が出産にあっては最も理想的であるとされます。

 

しかし、幾つになっても形の良い張りのある乳房に拘る女性も少なくないわけで、シェイプアップ(矯正)ブラなんてものが売れるのでしょう。これで下着メーカーは大儲けした、という話があります。

 

 

他にも、これは男女共ですが、次第に出てくるお腹を矯正するため、女性ならコルセット状の矯正下着なんかを身に付けることもあると思います。

 

言わずもがなですが、年齢の上昇とともに、化粧品も種類が増え、高価なものとなってゆく。

 

 

 

して、化粧を落としたあなたの素顔

 

 

 

 

 

 

んで、ビフォア、アフターで、

 

 

 

誰だよ、お前?

 

 

なんてことだってあるのではないか、と。

 

 

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余談ですが、あっしは、以前、TV出演したことがあります。録画撮りの番組で、収録前に女子アナと打ち合わせをしたんですが、この時はごくノーマルな化粧でしたが、いざ、本番という時に登場した彼女を見て、唖然としました。

 

 

 

すんげー化粧!女は化けるとはよく言ったもんだ

 

 

 

なーんて思っておりました。

 

後で聞い話では、スタジオで撮影する場合ライトの光線がメチャクチャ強く、これで肌が痛むので、保護のためにあえて濃いめの化粧をするのだとか。

 

 

まあ、そういうことなのでしょう。たぶん・・・。