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バイカルアザラシのnicoチャンネル

 サイコロジストの日常と非日常を季節の移ろいを交えて描いています。バイカルアザラシのnicoちゃんの独り言です。聞き流してください。

 

 

ここをクリックすると8分の動画になります。見てね!

 

 

 今日は、三重県熊野市の七里御浜に来ました。七里御浜は熊野市と御浜町を南北22kmに連なる海岸線です。七里御浜には東西に何本か川が流れていますが、川の礫が海岸に流れ着いて、黒潮の波で磨かれ光沢のある丸い石をしています。何一つ角張った石は一つもありません。海岸を覆う小石はすべてが宝石のように光沢を持ち、伊勢言葉ではつるつるすべすべです。

 


 今日の空撮は、まず
花窟神社の東側を離陸します。その後、伊勢路ルールを北上します。沿岸には熊野市の中心地が見えてきます。やがてカフェが見えてきて、その右には大きな岩があります。これが獅子岩です。実際にカフェからはライオンが熊野灘に向かって吠えているような形に見えます。

 


 さらにドローンは北上を続けると、木本高校が見えてきます。太平洋戦争末期1944年12月に
東南海地震が起きました。そのとき巨大津波が発生し、高校まで押し寄せたと記録にあります。小さな漁港が見えてくると巨岩が連なっています。これが鬼ヶ城。鬼が住んでいたという伝説があります。実際に現地を訪れると、まさしく鬼の拠点のような奇岩が続いています。


 実はこのような奇岩は1500万年前、熊野カルデラの巨大噴火でできた地形。溶岩が固まり隆起して、波に削られてできた地形です。地球最大規模の巨大噴火は、人間が様々な想像をかき立て新たな信仰も生みました。


 

 ドローンはいったん南下し、世界遺産の熊野古道をひたすら熊野三山を目指します。熊野三山とは、速玉大社・那智大社・本宮大社のことで、それぞれ、未来を救う弥勒菩薩、今を救済する観音菩薩、過去をも救う釈迦如来に比定され、熊野三山を参拝すれば、過去から現在、未来まで仏の救いにあずかれると信じられています。これが蟻の熊野詣での由来です。


 さて、奇岩から綱が引かれている場所があります。これが花窟神社で人類最古の墓です。伊邪那美命が火の神をお産みになったため女神は黄泉の国に行きました。夫の伊弉諾は黄泉の国に赴き妻を返そうとしました。女神はウジ虫に体をむしばまれ、伊弉諾を追いかけてきます。這々の体でこの世に帰った夫はここに妻のために墓を建てました。花窟神社は名前のように夏はご神体の岸壁に純白のハマユウが咲きます。境内には大輪の百合が、そして、大きなクロアゲハが百合の周りに飛んでいます。まさしく花で覆われた境内で、華道を極めようとする方達がお参りに見えます。まだ、芸能関係の方もいらっしゃいます。ご神体からの綱は女神と人間をつなぐ絆です。毎年二回お綱かけ神事として新しい綱が架けられます。

 熊野へ参るには 紀路と伊勢路の どれ近し どれ遠し 広大慈悲の道なれば 紀路も伊勢路も 遠からず

 当時の流行歌を集めた梁塵秘抄はこのように詠います。実際は京都からは和歌山ルートの方が近いのですが、伊勢神宮がある伊勢ルートも神仏の大きな慈しみを垂れたもう道なので、どちらも道も遠くはない。それは、現代を生きる私たちも同じ思いでしょう。

 ドローンは鬼ヶ城から熊野市と御浜町までを今日は飛びましたが、飛んでみればわずか10分ほどのフライトでした。伊勢路からここまで来れば、もう速玉大社まではもう少し。ゴールは間近です。

 さすがに花窟神社まで来ると、もうここは現世とあの世の境目を感じます。
紀伊山地の霊場と参詣径、世界遺産に指定されてから早くも20年になりますが、近年は外国人の多いこと。英語でlive wellと言う言葉があります。「よく生きる」。熊野はこの世の端、つまり隈野なのです。よく死ぬことは、よく生きることにつながるのでしょう。外国人はそんな新しい道を求めて、ここで何かを触れて、何かを感じ、新しいパワーを得てまた帰って行くのでしょう。


 今日の熊野灘は風も凪いでドローンのフライトとしては絶好のコンディションでした。海から見た熊野灘の海岸線はまさしく広大につながり、神と仏の慈しみは黒潮の満ち引きとともに絶え間なく私たちに及んでいました。

 


 今回のドローン空撮の軌跡を国土地理院の地図にしてみました。約4kmで10分の海道旅です。

パソコンで読んでいるため読み間違いが各所にあります。ご了承ください。
花の岩屋神社 はなのいわやじんじゃ
木本高校   きのもとこうこう
黄泉     よみ
華道     かどう
live well      リブウェル
参詣径    さんけいみち  b

 

 

 三重県多気町には立梅用水が通っています。今は東海自然遊歩道に指定されていてのんびりと散歩やサイクリングに使われています。

 

 立梅というように沿道には梅が植えられています。今はススキの穂も枯れています。その向こうには10mもはあるかという梅の大樹。白い花びらをつけると豪華絢爛。

 

 檜並木の遊歩道を抜けていきます。日差しがないので寒くて仕方がありません。檜林の向こうには集落が見えます。

 

 遊歩道はここまで。いきなり通行不能の看板が。

 

 行ってしまえと強行しましたが、行く手を阻むのは旧立梅水道のトンネルです。もうここまで来たら戻れません。人は、目的地があると危険を冒しても先を行きたくなります。

 

 暗いトンネルを怖々抜けても、容赦なく山崩れに倒木で行き手を阻みます。

 

 トンネルの向こうには明るい世界が。手掘りの壁面は見物です。向こうには春が来ているような景色が見えます。

 

 トンネルをくぐるのはやめて回り道をするのですが、ここでは崩れそうな崖から木の枝が垂れ下がっています。

 

 もう少しで廃道が終わりそう。ところが、崩落花崗岩で道は塞がれていました。そこをバイクを担いで登ります。もう後戻りをしたら今までの苦労が無駄。集落は目の前です。

 

 やっと集落にたどり着きました。小さな祠の横にはどんど火がありました。この地方では左義長を焼く風習があります。

 

 やっと廃道から抜けると国道166号線に出ました。川にはループ橋が架かっています。向こう岸はリバーサイド茶倉というバンガローで泊まることができます。

 

 道マニアには聖地になりそうです。でも、危険度は☆☆☆くらいかな。自己責任の世界でした。立ち入り禁止ではありませんが、落石覚悟で。

 

 道の駅茶倉は、食堂があってこぢんまりとした所です。食堂の二階からはゆったりとくつろげる展望台があり、見晴らしはかなりのもの。近くには日本最大の断層中央構造線の露出している所があります。井尻遺跡は日本最古の土偶が出た所で竪穴住居の公園があります。

 

 今回、回った所を国土地理院の地図にしてみました。廃道の部分は険しい崖になっていることが分かります。ここから少し北西方向には、津市美杉と松阪市飯南町上仁柿地区を通る未成道があります。半分程は完成しているのですが、地滑り地帯が見つかり予算がついていません。これがまた道マニアには聖地のようで・・・。

 2023年にTBSの日曜劇場で放映された「下剋上球児」。現地画像と空撮で聖地巡礼をしてみたいと思います。ここは松阪市飯南町にある深野の沈下橋です。なぜか伏線になる重要な会話がここから始まります。先生の秘密を打ち明けるのもここ。

 

 深野の沈下橋の2回目のロケは、黒木華さんと生徒達の会話。この橋が出てくると場面は大きく変わります。いったいどんな展開があるのでしょう。ロケ当日は川が増水していて青緑に濁っていました。地元の人たちはこの濁りを笹濁りと言います。本当に笹の葉っぱのような色をした流れになります。

 

 急坂を上るのは丸山千枚田です。「深野の棚田」とともに日本の棚田百選に選ばれています。秋にはここに朝霧が溜まって風の峠(風伝峠)を超えると海側の峰には真っ白な布団が降りてきたような風景が見られます。風伝おろしです。一度、見たことがあります。

 

 丸山千枚田は熊野市紀和町にあります。田圃に水が入り早苗が風伝峠の風になびく頃は美しいです。緑の畦に囲まれた幾何学模様の鏡のような棚田は日本の原風景。

 

 夏、松阪市の祇園祭の風景。御城番屋敷です。すぐ傍には蒲生氏郷が建てた松阪城があります。夏には三社神輿が出てにぎわいます。梶井基次郎の「城のある街」の舞台です。

 

 鳥羽市神島。先生がここまで家庭訪問に来るとは。伊勢湾に浮かぶ離島で、三島由紀夫の「潮騒」の舞台です。伊勢湾の真ん中にあり、距離的には愛知県の渥美半島の方が近いです。先生の人柄が滲み出て、生徒のやる気スイッチが入る瞬間。見ているとハッとさせられる絵です。

 

 第一話で最初に登場するのが四日市コンビナートです。舞台は津市白山町を中心に県下くまなく回り撮影されています。「美し国 うましくに」三重の自然が美しく描かれています。海の幸山の幸の豊富なこと。牡蠣養殖の場面が出てきますが、的矢牡蠣は伊勢志摩サミットでオバマ大統領も召し上がりました。食材が美味しいのは当たり前。ドラマの各所で登場します。

 

 台詞の伊勢言葉は他の地方の方から見たらどう受け取られるのでしょうか。自分たちはこれが標準語だと自負しています。独特のイントネーションと表現は紀伊半島の東岸にある山と海が産み出した物です。それはそこに住む人々の気質のような物がそのままほとばしったものなのでしょう。

 

 今、アマゾンプライムビデオで見ることができるので、年末正月に視聴するにはいい機会ダと思います。一気に見ても半日で終わります。ドラマでは三重県の風土や気質も細やかに描かれています。ひょっとしたら三重県人のいやらしさを感じられる方もいらっしゃるかと。戦国時代の下剋上と言う言葉をもう一度蘇らせた白山高等学校。この令和の時代にいっぱい下剋上を実現して、心に抱いた夢や想いを現実の物にできたらどんなに素晴らしいことでしょう。

 

 様々な出来事があった2024年。このブログを見ていただいた方々に感謝を伝えたいと思います。来年こそ、いい年になりますように。今年がラッキーだった方はさらにそれがもっともっと巡ってきますように。ありがとうござしました。

 

 以下は、バイオルアザラシのnicoちゃんがYouTubeにアップした動画です。omineyamneco(バイカルアザラシのnicoチャンネル)では空撮映像を含めて300本ほどの動画をご覧いただけます。見てね馬

 

 深野の沈下橋

 

 桜が満開の頃 丸山千枚田

 

 レンゲ畑の丸山千枚田

 

鳥羽市の神島 三島由紀夫の潮騒の舞台

 

 神島の空撮

 

 静止画にはありませんが、深野の棚田でもロケが行われました。

 

画像をクリックすると空撮動画がご覧いただけます。見てね!アップ

 

 

 今日は、TBSの日曜劇場「下剋上球児」の聖地にやってきました。このドラマは三重県を舞台に、弱小野球部の三重県立白山高校が甲子園に出場するという実話をドラマ化した物です。高校野球というと春の優勝校・夏の準優勝校の三重高校が有名ですが、白山高校の進撃は脚光を浴びました。部員はレギュラーの人数に満たず、グランドは雑草がボウボウで、草刈りから始まった野球部がどうして甲子園に出場できたのか。


 舞台は津市白山町をメインに、松阪市飯南町、熊野市丸山千枚田、鳥羽市の離島、四日市コンビナートと多彩な場面設定をしています。三重県は、「美し国 うましくに」と呼ばれていますが、松阪牛や伊勢エビと山の幸、海の幸に恵まれた所です。


 今日は、松阪市飯南町の櫛田川にある沈下橋で主演の鈴木亮平さんと黒木華さんが演じた舞台を空撮に来ました。「下剋上球児」は今でもアマゾンプライムビデオで視聴することができます。


 ドローンは沈下橋を離陸すると上流に向かいます。中流域なので川は蛇行しており、ここに中央構造線が走っており、マイロナイトという茶色の変成岩の奇岩が目立ちます。櫛田川の右岸つまり南側は緑色片岩、左岸南側は花崗岩という全く違った岩盤が同時に見ることができます。


 この沈下橋に立つと地中のとてつもないパワーを感じるのはそのためです。主演の鈴木亮平さんも黒木華さんもこの場面でドラマを動かす重要な台詞を演じました。


 右岸には原生林の大樹が並んでおり、紅葉時には赤や黄色に色づきます。今は、冬枯れ季節。紅葉した葉は川の底に落ち、殺風景になった細枝が木枯らしに震えています。春は山桜が山肌を覆い、この地域では一番美しい季節になります。

 

 

 

  今日は昨日のみぞれ模様の空と違って快晴となりました。風も強くないので深野の棚田に空撮に来ました。白猪山の中腹にあるこの上郷地区にあります。松阪牛の産地で、今年の共進会では特選一席が3032万円の値がつきました。家畜一頭に三千万円とはどういうことでしょう。


 但馬牛のメスを二年ほど肥育します。血行が良くなるように焼酎を毛に吹きかけてマッサージをします。食欲を増進させるためにビールを飲ませます。昼は棚田のあぜ道を散歩。体調が悪いと飼い主が牛小屋に一緒に寝ます。手塩にかけられた黒毛和牛は孤高の品質になります。

 

 江戸時代初期、宝永三年白猪山は大崩落をしました。伊勢湾から西方を見ると端正な三角形の山が三つ見えます。伊勢三山です。その中央に位置する白猪山は標高820m。夏に一ヶ月豪雨が襲います。集落は海になったと記録があります。そのとき、山頂から花崗岩が崩落しました。人々は崩落した花崗岩で石垣を築き、今の棚田を造りしました。収穫は崩落前の1.5倍になりました。重機もなく人々はふいごで土を運びました。


 日本人から勤勉という言葉が消えましたが、今でもこの地域ではその言葉が息づいています。日本の七打百選に指定されている深野の棚田は石の芸術の呼ばれるようになりました。

 

 ドローンは麓の長野地区から夏明け地区に飛びます。虫明けや夏明けとは、肥料を入れなくても豊かに実る地名につけられます。石垣にはベゴニアの赤い花をつけ、その下には雲海が広がることがあります。対岸の山々の上にある棚田はまさしく雲上の棚田です。

 

 棚田を流れる川は櫛田川の支流となって本流に注ぎます。これほど立派な花崗岩の石垣はなかなかお目にかかれません。棚田の寒暖差は大きいため米のお味は美味しくなります。また、白猪山の降る雨を田圃に引いているため水質は綺麗です。しかも、今でも収穫した稲の束をハザがけをして天日で乾かす農家もあり、刈り取った稲の茎からさらに栄養をとるので美味しくなります。

 

 三重は古代から「美し国 うましくに」と呼ばれていたように松阪牛と深蒸し茶と棚田のお米は山の幸です。伊勢湾の海の幸と言えば、伊勢エビを筆頭にあわび、さざえは海の幸でしょう。お魚で言うと、鯛やさわらは有名です。