出入口には用途別に

 

・貴人口

・茶道口(勝手口)

・給仕口
・躙口

 

 があります。

 

 また、部屋に対してどこに勝手口があるのか?で「背口【せぐち】」と「腹口【はらぐち】」という区別があります。

 

 背口とは点前座の背中側に茶道口があることをいい、まっすぐ点前座に進むことから「突っ込み茶道口」ともいいます。

 

 腹口は点前座の横側に茶道口があることいい、入ってすぐに回ることから「回り茶道口」や「曲がり茶道口」ともいいます。

 

 月桑庵ではこの背口と腹口の2つの茶道口を設けようとしています。

 これは当流の場合、背口と腹口で踏み込み足が異なるためです。

 

 また、背口の下側を外せるようにして、躙口の稽古ができるようにしようという目論見もあります。

 

 茶道口の形状は

 

・引違襖または障子(四角)

・方立口 上が一直線(柱が付く)

・火灯口 上が蒲鉾形

・袴腰  上が台形

 

 のほか鴨居部分の袖の形状によって名前があるようです。その場合は、方立口にして上に透かしを置くようです。

 

 また、茶道口と給仕口を襖で使い分ける「通口」という設えもあります。これは護国寺の宗澄庵がこの形式です。

 

 変わったところでは「釣襖」という片引きと片開きの襖を水屋側に引き込む形式のものもあります。これは表千家の不審菴が片開きになっているそうです。

 

 一般に方立口や火灯口などは小間で用いられる形式で、広間では引違襖または障子とされていますが、四畳半は小間にもなることから方立口や火灯口をつけるようになっています。

 

 となると、背口を方立口、腹口を鱗口(当流の流派紋である三鱗を模した袴腰の変形)にするのがよいでしょうかね。

 

 貴人口も当然つけますので、一応四種類の出入口が付くようになるかと思います♪

 建築屋さんに見積りを依頼した訳ですが、月桑庵の床は奥行きがなく、とても小さい床になります。

 これを有効利用するためにはどうしたらいいか?を考えます。

 

 

 一番良いのは塗回床です。

 

 これは、「床のなかの入隅の柱を土壁で塗り回しとした床」のことで、角にRをつけて作るため、空間の間仕切りがなく、奥行きが深く見えることが挙げられます。

 

 また、土壁にせず、床の壁に珠光好みのように鳥の子紙を貼るに肖って、雲龍紙を貼るのもありかと思います。

 

 さらに龕破床【がんわりどこ】にして手前側に袖壁を設けることで奥行きを広く見せる演出もありです。ただし、床が三尺しかないので半間床にも満たず、奥行きもない(2尺)ので桝床にすらならない訳です。

 

 いっそのこと円相床にするのもありだなぁ(ぉぃ

 

 さて、皆様ならどうされますか?

 

 床の種類は

 

・踏込床【ふみこみどこ】⇒床框がない
・蹴込床【けこみどこ】⇒床框を板にする

・塗廻床【ぬりまわしどこ】
・室床【むろどこ】
・土床【つちどこ】⇒床面が漆喰になっている

袖壁のある床の種類

・袋床【ふくろどこ】⇒方立をつけて袖壁がある
・洞床【ほらどこ】

・龕破床【がんわりどこ】
・円相床【えんそうどこ】

一部を省略した床の種類
・壁床【かべどこ】
・置床【おきどこ】
・釣床【つりどこ】

・織部床【おりべどこ】

特殊な床の種類
・霞床【かすみどこ】
・円窓床【えんそうどこ】⇒円相床と紛らわしいので【えんまどどこ】と呼ぶ人も
・原叟床【げんそうどこ】

・琵琶床【びわどこ】





 私のライフワークともなりつつある歴史小説『数寄の長者〜戦国茶湯物語〜』第一部 竹馬之友篇の第十八服(18話)が書き終わりました。

 今回は丹波国のお話です。

 第十六服で兄を殺された柳本賢治とその長兄波多野元清が主君細川高国(武蔵入道道永)を見限って叛旗を翻します。

 この波多野三兄弟、個人的にいたく気に入っており、香西元盛に至っては殺したくない!とさえ思いました(笑)

 死なせないと話が進まないので、サクッと殺しましたが、もう少し恰好よく散らせられないものか?と反省しきりです。

 丹波は源氏の封地であり、山城との国境には酒呑童子が住んでいたという伝説があり、これを源頼光が退治しています。

 丹波は、都流にとっても縁の地でして、なんと荒木村重の苗字の地があります。

 荒木村重の祖父?が波多野氏に仕えた荒木氏の分家という伝承があるそうですよ!

 あとは誤字脱字や内容の正誤、ルビ振りをすれば投稿です!

 多分今週の土曜日にはアップできるのではないかと。

 本当は丹波立杭焼のことなども書いておきたかったのですが、ページの都合で天目の話も割愛したぐらいなので(ブログの記事として昨日投稿しましたが)、いずれ語るときが来るでしょう(笑)

 では、お愉しみに♪

『数寄の長者〜戦国茶湯物語〜竹馬之友篇』

 天目には、建窯で作られた耀変天目、油滴天目、禾目天目などと、吉州窯で作られた吉安天目、木葉天目、文字天目、鸞天目など、磁州窯で作られた緑天目、その他に茶洋窯でつくられ侘数寄で注目された灰被天目と、灰被に似て珠光が好んだという黄天目、河南省を中心とした窯で作られた黒釉銹斑の河南天目、これらを真似て作られた高麗天目、そして日本で生まれた瀬戸天目や美濃小名田窯で作られた白天目などがあります。


 天目は元々宋時代に流行した抹茶が白を至上とされていたため、黒釉の茶垸が好まれ建窯にて大量生産されました。


 建盞は斑紋が現れたものをいい、線条に斑紋が現れたものは兎毫盞と呼ばれ、日本では『禾目』と呼んています。


 黒地に白い斑紋が現れたものは鷓鴣斑と呼ばれますが、日本ではあまり好まれず輸入されたものの珍重されませんでしたが、支那では大変に人気があるり、天目の最高峰と言う人も居ます。


 建盞の内外にあたかも水面に油の滴が散って浮いているように見えるものを星斑といい日本では『油滴』と呼んでいます。さらに星斑の外側に瑠璃色の耀きを持つものを日本では特に『耀変』と呼び、「建盞の内の無上なり」とされました。

 建窯以外の窯では釉薬を二種掛けた物が多く、特に吉州窯は鉄分の少ない白い陶土を使ってで焼かれています。吉安天目の中では、鼈盞(鼈甲盞)は白い素地の上に鼈甲に似た斑紋が外側または内側に現れた黒い天目を指します。また、内側に木の葉を着けて焼き、木の葉の跡が模様となった木葉天目などは玳玻盞と呼ばれ、文字が描かれた文字天目や梅の花を描いた梅花天目、龍が描かれた龍天目、鳳凰が描かれた鸞天目などの文様を描いた物であり多彩な絵付天目が作られました。


 その序列は『君台観左右帳記』に拠れば耀変・油滴・禾目・烏盞・鼈甲・玳玻・天目となっています。


 ちなみに文様が薄くほぼ黒に見える艶のある建盞を烏盞、文様が一切なく建盞ではない|黒い天目を只天目(天目)と呼び、区別していることから、建窯のブランド化が日本においても意識されていたということになります。只天目は最も数が多く、唐物に数えられるものの珍重されることはなく、台に載せるとしても数物や替えもの扱いになっていたようです。

 その天目の高台に供御という文字が刻まれているものは唐物の中でも宮廷で用いられたことを意味します。最も多く刻まれているのは禾目天目で、日本に渡来したのは「供御」が殆どでした。


 その刻印はいくつかの種類があり、「御厨」「苑」「後苑」「貴妃」「供御」「殿」「尚薬局」等がありますが、その中でも「供御」は皇帝に献ぜられる器物に刻まれたものであり、格が高いとされました。


 ちなみに「御厨」は厨房の厨師のことで、「苑」は後宮外の庭園、「後苑」は宮中の庭園、「貴妃」は皇帝の側室で最も高貴な妃嬪、「殿」は執務室や皇帝の私室、書斎、様々な宮殿、「尚薬局」は太医局の処方箋に従って薬を煎じる後宮の部署のこと。使う場所や提供する人物によって器を区分し、担当も変え、毒殺の危険性を排していたことが分かります。


 一概に天目といっても奥深く、さらに稀少であること、漢作唐物もさらに少ないことから、現在では稽古でしかすることが殆どありません。


 武家茶道の家元席などでお目に掛かったりすることがある程度のことですが、有り難くも鸞天目、禾目天目、油滴天目でお茶を頂いたことがありますが、その時の気持ちは、天にも昇るような心持ちといえばいいのでしょうか……誰と同じ茶垸で頂けたのかと想像を膨らませてしまいました。


 この調べ物は私が執筆している歴史小説『数寄の長者』で天目が登場した際に書いたものをブログ用に直したものです。半ば考察を含んでおり、また、小説の方からは文字数の関係で削除したものです(爆)


 烏盞と只天目、鼈盞と玳玻盞の区別は大変難しかったです。また、灰被と黄天目も同種とする専門家や亜種とする専門家とバラバラで、割合収拾がついていない気がしました。


 その中で私が『三好天目』と渾名したあの四つめの耀変天目が幻の毫変盞の可能性があり、また信長の所持したという耀変天目の可能性もあるというサイトが作られていました。


https://yohentenmoku.com/


  興味深いサイトなので、かつて中島誠之助を誹謗し、あの天目を『偽物』と言った人たちに見てもらいたいと思います。


 私は耀変天目でなかろうが、毫変盞でなかろうが、あれはいいものだと思って居ます(笑)


 今年は是非、復興建盞でお茶会へ行こうをしたいものですね♪

 

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「お茶は食事とお酒とお茶が揃ってこそ!」
 

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 お茶事に抱くイメージってどんなものがありますか?
 

 お茶事ってどんなもの?
 

 茶道ってどんなことしてるの?
 

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 茶道の醍醐味といえば「茶事」。
 

 茶事というのは、まず懐石があり、お酒があり、そして最後に濃茶と薄茶をいただくというもの。
 

 そう、本来のお茶とは食事とお酒とお茶がセットになったもてなしのことなんです。
 

 月桑庵の「お茶事へ行こう」は、本格的なお茶事とは違い、炭点前がありません。あくまでお稽古です。
 

 懐石に慣れることを目的としておりますので、少々ゆっくり目に時間を取らせていただいております。
 

 さらに、自分たちだけのために用意された小さな美術館として、日本の伝統工芸に身近に触れられます。陶器、漆器、指物、竹工、金工、羽細工、鋳物、織物、染物、建築、造園、書や香などが所せましとそこにあります。
 

 そして着物で出掛ける場所としてこれほど相応しい場所もありません。
 

 ご興味ございましたら是非お出掛けください(*˘︶˘*).。.:*♡

 

 5月19日は旧暦四月十二日。初風炉の茶事になります!

 

 濃茶 
 薄茶 
 

 定員5名(別途手伝い枠3名)
 

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■日時
 令和6年5月19日(日)
 懐石:12:00~14:00
 八寸:14:00~15:00
 濃茶:15:30~16:30
 薄茶:17:00~18:00


 開始15分前までにお越しください。
 

 時間はあくまで目安です(席が分かれていて途中参加できるわけではございません)。また、予定時間通りに終わるとは限りませんのでご理解ください。
 

 茶事終了後、お時間のある方はお残りください。お凌ぎがございます。

 

※濃茶【こいちゃ】
 本来のお茶。一般的に思い浮かべる抹茶よりもどろっとして濃い抹茶。菓子は上生菓子を添える。

 

※薄茶【うすちゃ】
 一般的に抹茶といわれると思い浮かべる抹茶。菓子は干菓子または半生菓子を三種以上添える。
 

大寄せでは上生菓子にてお出しすることも多いです(笑) 

 

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■会費
 9000円(懐石・八寸・濃茶・薄茶)
 会費は当日封筒に入れてお出しください。
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■参加方法
下記予約ボタンより予約をお願いいたします。

 

STORES 予約 から予約する


■申し込み締め切り
 定員になり次第募集終了です。
 また、菓子の都合もありますので、一週間前には締め切らせていただきます。ご注意ください。
 加えて、キャンセルもそれまでの受付とさせていただきます。キャンセル料は全額お支払いいただきますので、ご了承ください。


■ご新規さまへのお願い
 当日キャンセル後、ご連絡取れない方が多いため、ご新規さまにつきまして会費の事前振込をお願いすることになりました。何卒ご協力おねがいいたします。


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■服装
 洋装OKです。
 ただし、できるだけゆったりとした【外出着】でお越しください。ジーンズやミニスカートはお控えください(できるだけ膝丈より長いもの)。カジュアルすぎる物はお避け下さい。
 男性は七分裾などの短いものはNGです。
 また、当会はお稽古会ですので、お着物の場合は小紋、浴衣、絣など普段着や紬などの普段着・お洒落着(無紋の訪問着)でOKです。
※通常のお茶会は色無地紋付以上の礼装となります。

 

■ご用意いただくもの
・懐紙【かいし】
 お菓子を頂いたりする際に用います。
 

・菓子切り【かしきり】
 菓子を着る金属や竹などでできた楊枝です。金楊枝ともいいます。
 

・扇子【せんす】
 茶道用の扇子です。礼をする際などに必要です。五寸、五寸五分、六寸、六寸五分があります。
 

・帛紗【ふくさ】
 茶道用の帛紗。点前をする際に亭主が腰につけ、道具を清めるのに用います。
 ※習われている方以外は不要です。
 

・小帛紗【こぶくさ】または出し帛紗【だしぶくさ】など
 茶盌(ちゃわん)が熱いときや道具を拝見する際に用います。濃茶には必須です。
 ※お貸しいたします。
 

 以上のものにつきましては、
 ・薄茶席の方はできるだけお持ちください。
 ・濃茶席の方はお持ちください。
※ご用意のない場合はお貸しいたします(未経験の方)。
 

・替え白足袋または白靴下
 足袋カバーをお脱ぎいただいても構いません。洋装の方は履き替えていただきますので、必ずご持参ください。
 

・封筒
 会費は封筒に入れてお名前をお書き添えの上、ご持参ください