ヤフオク:★★★
 
 九谷の日展作家・苧野憲夫(あさののりお)氏の作品です。
 
 ヤフオクを眺めていたら、「お? いいのがあるじゃん!」と母に見せたところ「これは買いね!」ということで、購入が決まりましたが、予想金額を下回るというラッキーで入手しました。
 
 九谷の作家が作った三島手の茶盌というのが面白いですね。普段は九谷のガラス釉を中心とした青い器を作られているようですが、こうした茶道具もお作りになられるようです。
 
 茶道の世界では日展作家はあまり見掛けない(伝統工芸士が少ないから?)のですが、私はあまり気にせず気に入ったら購入しています。
 
 うねるようなゆがみのある造形に、編目模様の白象嵌で編笠を表しています。見込みにも白象嵌があり、俵形のように縦細い形になっているので、濃茶で二客用(二人用)の茶盌とするのもいいと思います。
 
 苧野憲夫氏は北出不二雄氏に師事し、加賀市にて旭泉窯を開いています。
 
 編笠なので、三夏の季語として、夏ならばいつでも使えるのですが、やはり梅雨の時期が一番ふさわしいでしょうか。外出や旅にもつきものの編笠、旅情を詠んだ歌などとも合わせられるように思います。
 

 本日は、旧暦三月四日、二十四節気の第六「穀雨」です。


 田畑の準備が整い、それに合わせて春雨が降るころです。穀雨というのは「穀物の成長を助ける雨」の意味で、昔風に言えば「春雨が百穀を潤す」となります。『暦便覧』には「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されています。「百穀春雨」とも言います。種まきなどに適した時期なので、農作業の目安にされたりしています。

「清明以降雪が降らなくなり、穀雨になると霜が降りることもなくなる」とも言われますが、日本では春分過ぎると霜が降りることはまずありませんし、四月の雪など見たこともないですね(北国を除く)。北国では冬支度から完全に開放され、南国では蜻蛉が飛び始める頃ともいいます。

 変わりやすい春の天候も安定し、陽射しも徐々に強まり夏の気が近づいていることを感じさせます。穀雨の終わりには八十八夜があり、茶道にはゆかりの深い雑節を迎えます。

 茶道では最後の炉の時期です。
 表千家、武者小路千家では吊釜、裏千家では透木釜。
 個人的には「これは趣向によるのでどちらでもよいのでは?」と感じるところですが、穀雨を過ぎると気温と湿度の具合から、「透木釜の方がいい」と感じるのですが、皆さんはどうでしょう?
 これまた個人的ですが、初風炉には眉風炉に雲龍釜か筒釜という組合せが好きなので、吊釜だと似たような釜が続いてしまうのが面白みに欠ける!と思ったりするのですよね。

 着物的には早取りの褝(例えば大島の褝など)が始まります。

 男性は襦袢を早々に麻に替え、暑さに備え始めます(半襟が夏物ではNGなのでそこを注意しないといけませんが)。雨が多いのもこの時期ですから、雨具の用意や雨にぬれても大丈夫な着物のセレクトが重要になってきます。

 この時期に相応しい御軸は「雨収山岳青」「得雨一時開」「雨洗娟々浄」などがいいかと思います。特に花との関係性が春は喜ばれますから「得雨一時開」がお勧めです♪

 

 

 本日は旧暦三月三日。雛祭りです。桃の節句ともいわれる上巳節は平安時代より前であり、京の貴族階級の子女が、天皇の御所を模した御殿や飾り付けで遊んで健康と厄除を願った「上巳の節句」が始まりとされています。

 もともとは支那の婚姻と生育の神の高?を祀るお祭りで、沐浴して、禊を行い、身体を清潔にし、体の邪気を払っていました。後世、曲水の宴を行うようになり、王羲之が蘭亭序を書いた「蘭亭の会」が有名です。

 曲水の宴は文人が水べりで宴会をしながら詩をつくる行事で、平安時代に貴族たちもこぞって和歌を詠んでいます。日本の場合は、盃などを流して、その器が自分の前に来るまでに読まないと盃を干さなければいないなどの余興もあったようです。

 元々は三月上旬の巳の日でしたが、古来中国の三国時代の魏より三月三日に行われるようになったと言われています。

 やがて武家でも行われるようになり、江戸時代には庶民の人形遊びと節句が結び付けられ、行事となり発展していきました。その後、紙製の小さな人の形(形代)を作ってそれに穢れを移し、川や海に流して災厄を祓う祭礼になっていきます。この風習は、現在でも「流し雛」として残っています。御所を模した飾りは「御殿飾り」として残っており、段飾りとは違った雰囲気でなかなか趣のあるものです。

 上巳のお軸はなんといっても「立雛画賛」を挙げたいですね。普段は画賛を掛けない私ですが、もうこれ一本でいい!というぐらい(笑) 強いて挙げるなら「桃花千歳春」「桃花笑春風」「桃李自成蹊」でしょうか。

 本日は旧暦三月一日、弥生朔日です。

 旧暦一月から始まった春も今月で終わりを迎えます。

 弥生は草木が生い茂る意味の「木草弥や生ひ月」が短くなったものと考えられるそうです。

 晩春、季春ともいい、春の最後の月です。

 

 さて、弥生の別名というと

 

 桜月【さくらつき・さくらづき】
 桜の咲く月だから

 

 

 雛月【 ひいなつき】
 三月三日がひな祭りなので

 早花咲月【 さはなさづき・さはなさきつき】
 早咲きの花が咲く月の意味

 夢見月【ゆめみづき】

 夢見草(桜の別名)が咲き始める事から「夢見月」と言われています。


 染色月【しめいろづき】
 不詳

 
 嘉月【かげつ】
 花月の字替えと思われます。

 花月【かげつ】
 花は桜のこと。桜の季節の月の意味。

 花津月【はなつつき】
 津は「の」の意味。花月に同じ。

 

 花見月【はなみつき・はなみづき】
 花は桜のこと。花見をする月。

 

 春惜月【はるおしみづき】

 旧暦では春の終わる季節のため。

 

 暮春【ぼしゅん】

 旧暦では春の終わる季節のため。

 

 建辰月【けんしんづき】

 「建」の文字は北斗七星の柄を意味し、その柄が旧暦で辰の方位を向くため。

 

 蚕月【さんげつ】

 旧暦三月は蚕を飼い始める時期であるため。

 

 宿月【しゅくげつ】

 不詳

 桃月【とうげつ】

 桃の花の咲く月の意。

 

 まだまだありますが、この辺で♪

 本日は旧暦二月二十八日。利休を祖とする三千家では利休忌が行われます……といっても、表千家は新暦3月27日、裏千家と武者小路千家は新暦3月28日に追善供養を済ませています。

 あくまで、旧暦に則りたい方(私みたいに?)向けのご案内ということにしてください(笑)

 三千家では、利休坐像遺偈賛または立像の掛軸に、楽焼の三具足(香炉、華瓶、燭台)と供茶茶盌、盛物台を用いるようになっています(これでなければならないということではないようです)。
 
 道具については過去に記事にしていますので、参照いただくとして(【道具】三具足のこと)、利休忌=利休の命日――すなわち、利休の死について話したいと思います。

 利休の死は切腹という「武人が身の潔白を証明する死に方」で行われています。


 これは当時、大変名誉なことであり、家名を重んじる傾向にある武家では、家名存続のための大きな手段になっていきます。

 そもそも、秀吉の派手好みと利休の侘び好みの対立ということが示唆されている訳ですが、秀吉は現実的に批判をされた山上宗二を斬首させていますが、利休は批判をせず、秀吉の好みを取り入れて新しい美を造り続けて行きます。つまり、ここには対立構造というよりも、パトロンの要望の上を行く芸術家としての利休が見えてくるだけであり、さして切腹の理由にはなりません。

 そもそも切腹とはどの程度の罪に対して行われるものなのでしょうか。
 江戸時代においては武家にのみ許された死に方で、主君から命ぜられて自らの行いによって罪を贖うということが含まれています。つまり「嫌疑による罪を腹を裂いて潔白を証明する」という意味になります。

 つまり、利休はなんらかの「嫌疑」を掛けられていたということになります。
 表向きの理由は、どうであれ、実際には嫌疑を掛けられていたが証拠はなく、秀吉はこれを赦すために切腹を申し付けた……とするのが、最も自然な落着であるように感じます。

 その嫌疑とはなんでしょうか?
 おそらくは「次の天下人」のことであったのではないかと。
 この頃の大名は茶の湯をしない者は「風流を解さぬ品のない者」として蔑まされていた部分があります。これに反発していたのが石田三成や上杉景勝です。とはいっても、上杉家は前田慶次を雇い入れるなどの傾奇を解する大名で、風流を解さぬとは思われていません。つまり、石田三成とそれ以外の人たちの対立ということになります。

 いわゆる文治派と武断派の対立です。
 この両方を抑えていたのが羽柴秀長でした。そして、利休を庇護していたのも実は秀長です。この秀長が亡くなってしまい、後ろ盾を失った利休は政争に巻き込まれ、石田三成ら文治派から糾弾されたというのが、私の見方です。

 次の天下人に秀頼を就けたい秀吉と、そこに付け込み官僚体制を敷きたい三成、大名となった子飼いの武断派たちは自らの手で秀頼を守ろうとする。つまり「豊臣体制をどういう手段で維持するか?」という対立です。そして、武断派と打倒豊臣体制の筆頭格である家康を結びつけないためには「利休を排除する」ことが三成らによって画策されたのではないでしょうか。

 それは結果として、秀吉麾下の子飼いである武断派が利休の茶道の弟子とつながっており、こぞって家康に接近してしまうことになり、豊臣体制が崩壊していく訳ですが、それこそが三成と対立した家康の狙いであったのではないかと考えます。

 いずれにせよ、利休の切腹は「謎だらけ」です。
 是非、利休忌にちなんで、皆さんで謎に挑んでみていただきたいですね。