旧暦十二月二日は細川三斎の命日です。

 細川三斎は茶名を宗立、諱を忠興といいます。

 細川幽斎(藤孝)の息子で、豊前小倉藩初代藩主、のちの肥後細川氏の祖となった人物で、利休の高弟でもあり、三斎流の祖とされる人物です。利休の忠実な弟子であったといわれ、ものまねにならぬよう師から窘められたとも言われます。

 利休が堺に蟄居を命じられたとき、古田織部とともに見送った人物でもあります。

 このとき利休が三斎に贈ったのが名杓「ゆがみ」。
 へうげものとして名を成した織部に贈ったのが名杓「泪」。

 普通に考えると逆に贈るのが正しいようにも思えますが、そこは利休、教えを忠実に守りすぎる三斎に対しては「破」を、奔放に自分の茶を具現化する織部には「守」を贈っています。愛すべき弟子に足りないものを見つめ直させるために贈ったのでしょうか。

 三斎忌には熊本の立田自然公園内の茶室「仰松軒」で三斎流の茶会が開かれます。

 細川家の永青文庫には

・黒楽 長次郎作 銘「乙御前」 利休贈
・唐物茶入 利休尻膨 秀忠下賜
・瓢花入 千利休作 銘「顔回」
・茶杓 千利休作 銘「ゆがみ」
・南蛮芋頭水指
・井戸茶碗 銘「細川」

 などがあり、やはり三斎忌にはこれらの写を取り揃えた道具組をしたいものです。