【はじめに】
【 10月 2日のカメラ練習の結果】
「従来の保持方式」
「片手保持方式」
【閑話休題】
【そして感謝】
「そもそもの始まりの」
「それから」
「そして」
「今回の踊りを拝見して」
「最後に申し上げることは」
【終わりに】
【はじめに】
前項 でご説明した方向性で、従来のカメラ保持方式での高倍率における視野設定精度の向上と、片手持ち方式の開発を続けてきました。前回指摘させていただいたのは、従来の保持方式であれば、座っている腰骨に乗る丹田のバランスが重要であるらしいということ、そして、新しい方式であれば、左腕の筋力の増強が必要であるということでした。それから、もう、一月たちましたので、現状をご紹介させていただきたいと思います。結果としては、丹田のバランスを意識することにより、視野をかなり安定に保持できるようになったこと、そして、左腕の筋力増強は新しい方式に確かに効果があるものの、従来とは違う保持方式では、カメラの視野を動かすに当たっての筋肉間の調整に更に習熟が必要であるということです。簡単に言えば、従来の保持方式で行った習熟練習と同じことを、新方式でも繰り返さなければいけないということです。それぞれの方式での技量は日毎に向上している感じはありますが、一月で、お知らせする程に進歩したかと言えば、自信はありません。しかし、10月に入り、今後について、以下のようにお知らせしたいこともあり、ご報告させて頂く次第です。
さて 10月に入りました。本来の日本なら 4月がそうなのですが、世界的には、そして、最近では日本でも、 10月も様々な制度や人事が動く時期です。それで、この区切りの時を待って、今後の方向について、ある程度心を決めましたので、ご説明させて頂きたいと思います。まず結論です。あの方は、誠にあの方に相応しいやり方で、この素人カメラマンに感謝を表され、そして、彼の役割の終わりを告げて居られたのが分かりました。彼が今後のあの方の踊りに関与することはないでしょう。ただ、これが終わりではありません。なぜなら、彼には確信があるからです。今現在は分からなくとも、ある時から、あの方は私達の前に姿を現され、人々への愛をもって踊り、そして、その愛の踊りが人々の心を暖めていくことになるでしょう。それが私達を変えていくのです。それが、有り余る才能を持って今に生まれて来られたあの方の役割なのです。その時は何時でしょうか。わかりません。数年後か、十年後か、或いは 二十年後かも知れません。全ては、かみの御計らいで決まります。何だか、信じられないことばかりを書き連ねていますね。後半で、ご説明させていただきたいと思います。
(10/6 お礼を申し上げたかったのが、この記事を書いた「全ての」理由です。彼が努力する最終的な目標は変わりません。)
以下、前半ではカメラ練習の近況をお知らせし、後半で、上で述べたことの説明をさせていただきます。多摩川での撮影において使われる カメラシステムは「多摩川でのカメラ練習の近況(3月24日)」述べた通りです。
【 10月 2日のカメラ練習の結果】
上に述べましたように、丹田の据え方に気を配った練習は、ある程度の効果を見せてきているように思います。これは、従来の保持方式の場合のみならず、片手保持の場合でも同様だと思います。しかし、片手保持の場合には、丹田の安定性以前の問題として、手首、前腕、そして上腕の間の安定した関係性を保つという大きな課題があります。以下、それぞれにご説明いたします。
「従来の保持方式」
この場合、目標は、視野を安定させることと、そのうえで、目標が動いている場合には、なめらかに追従することです。この日の場合、激しく動き回る鳥は居らず、唯一、上流から流れ下ってきた鴨を撮ったものがあるだけでした。
1. 眼の前で悠然と魚を狙っている水鳥
不思議と、この水鳥は素人カメラマンが練習を始めると、目の前にやってきます。まるで、お前は誰だと言っているように見えるのですが、時々大きな魚を獲りますので、別にカメラマンを監視しているのではないのかも知れません。無意味に ズーム アップする方が悪いのでしょう。
2. 上流側から流れてきた鴨を、目前で発見
川の流れの速さは場所によって変わるので、追うのは難しいです。それから、ズーム アップしている時に見失うと、もう一度見つけるのが大変です。直視すれば場所は分かるのですが、そこへ直ちにカメラを向けるのが難しいのです。
3. 昼寝中の二羽の鴨
鳥は感覚が鋭いようで、カメラを向けてから ズーム アップしていくと、右の鴨のように問う様にこちらを見ることが結構あります。ズームを少し戻して、ニ羽を一つに収めようとするのですが、どうしても視野が動いてしまいます。
4. 上流遠方の鷺
以前に比べると、視野はかなり安定してきましたが、ピタッと止めてみたいのが欲というものです。撮影中、懸命に丹田のバランスを探っています。
5. 下流遠方の鴨と鷺
上流でも下流でも、遠方なら同じと思われるかも知れませんが、両者では水面の高さが違うので、撮影時の姿勢が違ってきます。下流のほうが楽な印象はあります。しかし、「カモ」と「サギ」というのは、悪い連想が働きます。
動画全体に興味がある方は、右下の YouTube のロゴを クリックされれば、再生時間の指定のない動画を見ることができます。
「片手保持方式」
さて、新方式です。今までの結果では、随分と先が長そうな雰囲気でした。しかし、気がついてみれば、どの日でも、特に事前準備もなしに、いきなり片手保持に切り替えて撮影していましたので、安定しないのも当然でした。そこで、今回は、横の動きを中心に練習をしてから、挑んでみました。
1. 眼の前で悠然と魚を狙っている水鳥、再び
眼が覚めたようですね。この水鳥は夕方辺りから漁を始めるようです。「鳥目」なんて嘘です。薄暗くなると水面反射が少なくなって魚を見つけやすくなるのかも知れません。
2 下流遠方の鴨と鷺、再び
ズーム アップに自信がないので、最大倍率の時間を短めにしてしまいます。
3. 眼前に動きのある鷺の出現
追っていくのが不安でしたので、早めに切り上げました。
4. 昼寝から眼が覚めた二羽の鴨
撮影を始めてから約 7分半という所で、そろそろ腕の筋肉が笑い始めましたので、ここで終了です。
以上からお分かりになるかと思いますが、新しい保持方式を試すときには、やはり、事前の準備運動を行うことにより、良い結果が得られるようです。後は、もう少し筋肉を増強して、持久時間を伸ばして行くことを目指します。ただ、マイクや マイク ミキサーなどもつけた フル装備の状況では試していませんから、先は、やはり、まだ長いでしょうね。
【閑話休題】
私の大好きな話を書かせて下さい。
ある時ある所に、人々を救済する かみ にならんとて修行を重ねられた、ある貴い方が居られたと言われています。この御方は幾つかの誓い、本願、を立てられ、「これらの願い叶うまでは、かみになることも欲さず、限りなく修行を続けん」と誓われました。その一つに、この様な願いがあります。「われに依り来る人は、全てもれなく、幸福にせん。」もし、その貴い御方が かみ であられるなら、その大願は成就しています。ですから、この貴い御方が かみ であられることを信ずるなら、それによって、その人は既に救われているのです。つまり、その幸福は定められているのです。
何だか、循環論法のような気がします。しかし、信ずるということと、信ずることによって救われるということをよく表わす話ではないでしょうか。もし貴方がその かみ の存在を信ずるなら、信ずることにより、既に貴方は救われているのです。されば、そこにあるのは救われた喜びなのです。そして、どれほどに信じたかということは関係ありません。この素人カメラマンはこの話をとても素敵だと思います。そればかりではありません。この話は、過去に私達の社会がとても不幸な状態に在った時に多くの人々を救ったものでもあるのです。ただし、現実に社会にあるものとはなんの関係もありません。
なお、以下の記述では「かみ」と書くところが幾つかあります。それ以外に書きようがないからです。それは、しかし、「神」ではありませんし、特定の存在を指すわけでもありません。昔から考えられてきた様な、人知を超えた存在の中の何れかを、自由にご想定くださればよいです。どなたにも、知ろうと知るまいと、見守ってくださるものはおありでしょう。
【そして感謝】
6月 23日のサンライト カーニバル、トワイライトパーティ、と グランド ステージ での ウアケア佳奈子さんの踊りが何を意味しているのかは、中々、分かりませんでした。ここには時期的な問題もありました。分かってみれば、やはり、舞台が終わってすぐに分かる内容ではありませんから、この 10月まで引きずってしまったのは仕方のないことだと思います。以前の何れかの項で、新しい段階に進むための努力をされているのでしょうと書きました。これは、海外の舞台と契約するのであれば、 10月からの契約になるであろうから、ハワイアンズの籍をそこまで残しておくのではないかと考えたからです。そして、 10月になれば、何時までも自分を誤魔化すわけにはいかなくなり、6月 23日のかの方の踊りを改めて見直さざるを得なくなりました。そうしましたら、そこにあるのは「感謝」と「別離」であると理解せざるを得ませんでした。そこに前者があるのは比較的容易に分かります。そしてそのことから、後者が分かるのです。何故、感謝なのかをご説明さしあげるために、素人カメラマンが見守ってきたこの方の最初の頃の踊りと最後に拝見した踊りを比較します。
「そもそもの始まりの」
そもそもの始まりのこの頃、2022年の頃、ウアケア佳奈子さんは ソリストになられてから間もない頃でした。確か、レイイリマ万由子さんも若干遅れながらもこの頃に ソリストになられています。その頃の YouTube で拝見していた印象では、ウアケアさんは技術的に相当に優れていらして、同等か、若干上にいらしたのが イオラナ怜奈さんだったと思います。お二人が同時に踊って居られるときには、つい、ウアケアさん負けるなと(心の中で)声援していたものです。
その踊りとは、サンライトカーニバル「ピリカラニ~ようこそ楽園へ~」の演目「クウ プア サクラ (私の桜の花) 」です。歌は、日系一世のお母さんへの感謝の思いを述べたものです。そして、踊りでは満開の桜の花を表す手指の動きが決め手になるのです。ウアケアさんは、この手指の動きの巧みさで高く評価されて居られました。でも、YouTube で拝見したお姿は全く別でした。この方の踊りは悲しみでいっぱいのように見えたのです。その悲しみで、ウアケアさんが踊られると、他の方が交われない独自の世界ができてしまうように見えました。どうにも、別世界過ぎて、普通の踊り手さんでは共演できないのです。どうにか共演できたと思うのは、当時のキャプテンの ラウレア美咲さんか、イオラナさんくらいでした。ソリストになられた レイイリマさんも「クウプア サクラ」に加わり、その衣装姿の初々しさが話題になったものでしたが、いつしか外れて居られました。ソリストになられてすぐでは共演が難しかったのだろうと思っています。当時、カメラマンになる以前の素人カメラマンは、どうして ウアケアさんの踊りは悲しみに溢れているのか、とても不思議でした。そこで、ハワイ語の歌詞を見てみたのです。勿論、解釈は英語訳を介してです。でも、歌詞は温かいのです。それで、ウアケアさんにはお母さんについての悲しい思い出があるのだろうと理解していました。
当時、ウアケアさんは グランドステージ 「未来〜Hau'Oli(ハウオリ )」で「プア カーネーション」を踊って居られました。この歌は「マカラプア」と組み合わせて歌われることになっていて、とても深い内容 を持ちます。見かけ上は男女の別離と愛の物語ですが(愛と別離ではありません)、ハワイ女王を褒め称える「マカラプア」と一緒になると、今はなくなってしまったハワイ王朝を懐かしみ、お戻り下さいという歌になるのです。この歌は「お戻り下さい、そして一緒になりましょう」という意味の詩で終わります。この時の ウアケアさんが、胸が締め付けられるような、別離の悲しみに満ちていたのです。素人カメラマンは、この迫真の悲しみの演技に惹きつけられました。
その後、家庭内の事情で、二週に一度は外に遊びに行ってこいと ケアマネージャに命じられましたので、彼はハワイアンズを訪問することにしたのです。
その頃、グランドステージでは、タヒチの部の嚆矢として「ヘイ アラヴァ (白い花飾り)」が歌われていました。歌の内容は、夜の若者たちの集まりに初めて参加する女の子が、家族の精一杯の心尽くしで、白い タヒチ ティアレで飾られ、花で覆われたようになっているさまを ロマンティックに表したものです。踊り手さん達の衣装も、詩に負けないくらいに ロマンティックです。その詩の二節目がこの様になっています。「ヒナ」とは、夫の乱暴に、月にまで逃げ、今でも一心にタパ (樹皮から作る布) をお作りになっていると言われるポリネシアの女神さまです。「貴方」とは、その女の子です。
'Ua vehihia 'oe mai te roimata o Hina rave'a 貴方は包まれているよう、囚われのヒナの涙に Na te tiare Tahiti e vehi e vehi to tino タヒチの花で飾ってある、飾ってある貴方の体
踊りでは、この付近で踊り手さん達が舞台前縁に出て、前列の観客に愛想を振りまくようになっていました。ある訪問のとき、この素人カメラマンは偶然にも前列に座ることができ、しかも、その席に居ると ウアケアさんが眼の前に立たれて愛想を振りまきに来られたのです。
【2022年 10月 31日撮影】
撮影もまだ下手で、画像がはっきりしないのですが、それでも当時のウアケアさんの雰囲気がよく解ると思います。お隣は レイイリマさんです。つい最近の ウアケアさんと比較すると、この頃のこの方のご表情は硬いですね。でも、この素人カメラマンは、なかなか近くで拝見できなかった方がそこに居られるので有頂天でしたから、勿論、そんなことは気にもかけませんでした。踊り手さんたちは、二節の二つの行に合わせて、舞台前縁に二度立たれるのですが、これは「囚われのヒナの涙に包まれているよう」という所で、ヒナの涙が白くきらめくところなのです。この時に、彼は ウアケアさんの瞳の内側が灰色の涙に溢れているのを見ていたのです。勿論、見えるはずはありません。この スナップ ショットが証拠です。しかし、彼には ウアケアさんが悲しみに覆われている理由が分かった思いがしたのでした。この涙は払われなければならないと。そうしましたら、不思議なことに、ウアケアさんがお変わりになり始めたのです。多分、ウアケアさんの未来を危うんだ かみ が素人カメラマンに前列の席をお与えになり、お見せになったのでしょう。その かみ は今も ウアケアさんを見守って居られるはずです。
以上が、全ての発端のあらましです。
「それから」
それから、なかなか大変なことになったのです。一体何が起きたのか、あの方にお尋ねしたいと思っていたのですが、果たせずに終わりました。まずは、それ以前のご様子をご覧ください。
【2022年 10月 19日撮影】
その頃の「タネ イ ムア」の一場面です。鮮烈な美しさがありますが、取り付く島がない気もします。次は、上のことがあってからの ソロの始まりのところ、奥舞台で荒ぶってから主舞台に出てこられる所です。
【2022年 11月 30日撮影】
とても楽しそうです。
【2022年 11月 30日撮影】
「踊るのを もう待ちきれない!」という風情です。実際、お顔が随分と前に出ていて、この素人カメラマンは、お顔が落ちるのではないか、ちゃんと踊れるのだろうか、と危惧したのです。勿論、実際に 「タネ イ ムア」が始まれば何時ものように見事に踊られたのです。
【2022年 11月 30日撮影】
最初の頃と比較すると、違いは明らかです。
これで問題解決かと思えば、ウアケアさんの場合には簡単では無いのです。それは、この方が非常に優れたものをお持ちだったからなのです。既に沢山の項で議論してきたので、詳しくは繰り返しませんが、ウアケアさんは優れて力強い体幹と腕脚、そして高い運動能力をお持ちになり、バランス感覚や リズム感覚にも極めて優れたものをお持ちになり、ハンドモーションを支える手指の柔軟さは尋常なものではありません。つまり、ポリネシアンを踊るのに必要な殆ど全てを完璧なレベルでお持ちなのです。ただ、表情を歌に合わせて作っていくということを除いてはです。勿論、表情が駄目ということはありません。歌に合わせて、踊りに合わせて、良い表情をお見せになります。これは、その頃の「プア カーネーション」の終盤の一場面、「再び一緒に」と歌う場面です。二人一緒というところから指を二本出しています。左から、この日の「タネ イ ムア」を踊られた キャプテンの ラウレアさん、水上桃子さん、ウアケアさんです。水上さんはこの瞬間だけ、カメラマンに向けて、お茶目なご表情をされています。ウアケアさんは場面に合った自然な表情をお見せになっています。また、面白いことに、この踊りを悲壮な表情で終えられることもなくなり、むしろ、落ち着いた柔らかな終わりかたに変わりました。どうも、悲壮なご表情も演技ではなかったようです。
【2022年 12月 13日撮影】
それでは、何故悲しみの表情を浮かべて居られたのでしょうか。それは、お心が何かにとらわれてしまっていたからなのでしょう。別の言い方をするなら、灰色の涙にとらわれてしまった女神であられたのかも知れません。この、右も左もわきまえない素人カメラマンの行動が、女神を解き放つきっかけになったと言うと、評価し過ぎなのかも知れませんが。
しかし、先に申し上げたように、これだけではすんなりと収まらなかったのです。踊りの技量と比べ、ご表情が素朴すぎるのでした。この素人カメラマンは、観客の心に共感を呼ぶためには、もっと積極的な表情をお考えになると良いと常に思っておりました。これから一年ほど経った時の サンライトカーニバル「ククナ(太陽の光)II」での「サンゴ礁の彼方」の踊りです。
【2023年 10月 25日撮影】
左から、今の ウイラニ杏奈さん、ウアケアさん、今の プアメリア真由さん。ウアケアさん、良いご表情だと思いますが、この方の完璧な踊りと比べると、まだまだ、素朴すぎます。もっと沢山のアロハを放って居られても良いと思っていたのです。踊りに合わせた、強いアロハを放つことができれば、ウアケアさんの踊りはもっと美しくなり、観客の心に愛を生み出す力を持つと思っていたのです。この素人カメラマンは、折りに触れて、動画のコメントにそのようなことを書かせていただきました。ウアケアさんはご理解されていたようですが、踊りの中でご自分の思いを出されるのは難しいことのようでした。ただ、すぐに変えるのは難しいご様子でしたが、2024年、2025年と、確実に美しくお変わりになって居られたのは確かです。もうこの頃には、この素人カメラマンの眼にも、ウアケア佳奈子さんは使命を与えられて ポリネシアンの世界にお現れになった存在だと思えるようになってきました。そのためには、はっきりと変わる必要がありました。しかし、スパ リゾート ハワイアンズの舞台は、そのために最適な場所ではなかったのです。
当時もぼんやりとは感じていたのですが、今となれば、はっきりと言い切ることができます。ポリネシアの多くの踊りは アロハを大事にします。簡単に言えば、歌が背景として含んでいる愛の心を観客に最大限伝えることを大事にしているように思えます。それは、ポリネシアの文化を伝えていく上で大事な事柄だったからでしょう。では、ハワイアンズの舞台で伝えるべき愛の心とは何でしょうか。そもそも、それが求められているのでしょうか。求められていない、というのが答えだと思います。日本全体では、少子化が進み、子供を持とうにも、収入が足りなくて結婚すらできないという事例にあふれています。その様な現実から、ハワイアンズの観客を眺めれば、子沢山の家族はたくさん来ているは、満ち足りたご夫婦が気晴らしに来ているはで、舞台上の踊りに愛を求めるような雰囲気からは遠いのです。とすれば、ハワイアンズの舞台はエンターテイメントを提供するところでしかありません。何が歌われているのかを誰も気にかけていないというところからも分かります。常連の方たちでも、何が歌われているのかをご存知の上で観覧されて居られる方は、殆どいらっしゃらないでしょう。ですから、この舞台で 10年近く踊ってこられた ウアケアさんに愛の踊りを求めても、実感として響かなかったかも知れません。ここで必要とされているのは、エンターテイメントとしての晴れやかな雰囲気なのですから、踊りを大事にされるこの方には厳しいところであったとも言えると思います。あるいは、それが、この方が灰色の涙に囚われてしまった一つの原因だったのかも知れません。何かが必要だったのです。
「そして」
そして、素人カメラマンにとっての最後のハワイアンズ訪問の日です。そもそも、この日に ウアケアさんが出演されている保証はありませんので、掲示ディスプレイにこの日の出演者として名前が提示されるまでは気持ちが休まりませんでした。
さて、この日の ウアケアさんの踊りを拝見して、彼はとても驚きました。お美しかったからです。勿論、それまでもお美しかったことには変わりはありませんでしたが、それは歌の世界を自然に表現した結果だったのです。ところが、この日、美しいウアケア佳奈子さんが踊られていたのです。ここでは踊りそのものを議論するつもりはありませんので、特に心に残った場面をお示しすれば十分かと思います。
まずは トワイライトパーティ の「プア ミキノリア」から
この曲と ウアケアさんの踊りは以前から大変に素敵に思えて、歌詞の解析 等も行ってきました。一般には大変に艶めかしい内容の曲と見られているのですが、ハワイ語の歌詞はあくまでも淡々として、場所によっては何を歌っているのか分からないという不思議な曲です。この場面は、愛し合う二人は隠れ家に行きましょうというところです。勿論、ハワイ語の歌詞では、あまりあからさまな事は書かれていません。この曲を、この方は、淡々と爽やかに踊って居られたのですが、今回は、随分と ウアケア佳奈子としての表情を出して居られる、つまり、曲の流れに合わせて出てくる自然な表情の上に、更に、踊り手の意識が反映されているように思いました。この方の トワイライト パーティにおける踊りには二つの飛躍が在ったように思います。最初の頃は、演技として踊って居られて、顔の表情には意識が払われていなかったように思います。それが、何時からだったか、今ここでは明確に申し上げられないのですが、踊りに色が付いたのです。そうですね、可愛らしい女性が踊って居られるという意味での色です。逆に言えば、それまでは、素晴らしい技能者の演技であり、それ以上でも以下でもないという感じだったのです。感覚的には、白黒の動画がカラーの動画に変わったように思えたのです。この方のトワイライト パーティにおける踊りが美しいと思い始めたのは、それからでした。そして、もう一つが今回です。踊り手としての意識が明確に現れています。ここには明らかな飛躍があります。この様な踊りなら、何時までも拝見して居たいと思うのです。
つぎは、 グランド ステージ での「青いレイ (ブルー レイ) 」です。この曲は、ハワイを訪れてきた女性とのひと時の甘い思い出を、青いレイ、青い海、白い砂浜、青い空、唇の笑み、太陽の差し掛けてきた光などにかけて印象的に歌います。ですから、印象的で絵になる場面も沢山あります。歌に合わせて表情を作られる ウアケアさんには、とても良く合います。それは、以前に撮った次の場面でもよく分かります。左はチホさん。
【2025年 2月 18日撮影】
このように、歌や踊りに合わせて自然と表情を定められる ウアケアさんの美しさが遺憾なく発揮される曲であると言えます。この点は、今回も基本的には変わらないのですが、その上に、この方の思いが乗せられているような気がするのです。たとえば、
愁いなく 君にも僕にも
二人を抑えるような
と歌われる所です。
この張り詰めたようなご表情は何を表すのでしょうか。とても気になりました。
そして、最後の場面。
あの人のかけていた青いレイ、その感触を確かめ、香りを感じて、過ぎ去った思い出を懐かしんでいるところが随分と明確に表現されています。この様な意識的な表現は今までにはなかったものです。
つぎは、同じく グランド ステージ での「川の流れのように (Me Ke Kahe‘ana O Ke Kahawai) 」です。この曲の歌詞 は英語とハワイ語、そして日本語の元歌からできています。英語の歌から始まりますが、あくまで物語の背景のように淡々と歌われ、サビの部分が、最初はハワイ語で、次に日本語で歌われます。
まず、サビの部分のハワイ語での歌いだしの場面です。
今までは、左の レヒヴァさんや ウイラニさんの様に、ウアケアさんも自然体で始めて居られたのですが、ここでは随分と気持ちをお込めになった始まりとなっています。動画を収録しながら拝見していた際にも心に残ったのを覚えています。これほどの気持ちを込められたことはありませんでした。それでは、この曲を淡々と踊られるのが ウアケアさんの本分だったのかと言えば、決してそうではなかったのです。時間的に前後しますが、この年の 3月の グランドステージの サムネイルからの抜き出しをお示しします。
【2025年 3月 3日撮影】
ご自分の中にはこの曲の流れと踊りの流れが作られていて、それに基づいて、この場面に現れているようにダイナミックに踊るのが元々のお考えだったのです。ところが、この場面にあるような躍動的な ウアケアさんの踊りをブログで褒めちぎったせいなのか、この様な、ご自分の流れで踊るのを、以後は、お控えになられたのです。多分、ソリストの方々の中で随分と話し合いが持たれたのではないでしょうか。この曲では、歌の流れが重要で、踊りにはそれに合わせた ハーモニーが必要だという結論になったのでしょう。その結果、同じ場面が今回は次のように踊られています。
アヤカさんがフライング気味なのですが、あとのソリストの方々は (レイイリマさんは左端の ウアケアさんの後)見事に動きを合わせて居られます。ソリストの方々の間で相当綿密なすり合わせが行われたことは明らかです。それは、同時に、この踊りが重要視されていることの表れでもあります。ですから、ハワイ語のサビが始まるところでの ウアケアさんの気の入れ方は、相当にギリギリいっぱいのところであったのだと思います。ちなみに、この素人カメラマンは次の場面がとても気に入っています。
ここでは全員が見事に合わせて居られるのが分かります。同じ歌で踊るとは言っても、主舞台の右端から動きながら合わせるというのは相当に高い技量が要求されるものです。ソリストの方々全員が出演されているという、この日の幸運に彼は甚く感謝しました。
最後に、同じく グランド ステージの「フェヌア モア」です。この曲は、かつて、中央ポリネシアの信仰の中心であった ライアテア島の マラエ遺跡である タプタプアテアを見て、歌いましょう、踊りましょう、自分たちはこの島の子供、そして、タプタプアテアは私達の中心と歌うのです。何度も繰り返される「タイオラ」が、この曲を作った音楽バンドの名前であることが分かるまでは非常に不思議な曲でした。今まで、この曲は ウアケアさん以外の出演者で拝見してきたのですが、今年の 5月にハワイアンズの都合で ウアケアさんが加わって踊られたときには大変に驚きました。この方はとてもしっかりとした体幹をお持ちなので、体を拗じらずに動くことができます。体を拗じらないというのは踊りの基本であり、日本の踊りでも同じです。そうは分かっていても、実際にこの方が大きく踊られると、体を拗じらないことの意味がよく分かるのです。その後、何度か ウアケアさんの「フェヌア モア」を拝見してきましたので、今はさほどに驚かなくなっていたのですが、今回の踊りはとくべつでした。
まず、歌の冒頭、皆を寿ぐところです。ぐっと思いが込められているのが分かります。
そして、マラエ タプタプアテアは私達の中心であると誇るところ。
握りしめた拳に込めた力が伝わって来そうです。タプタプアテア等の古代の遺跡を見て、それらを作り上げた祖先を知る ライアテアの人ならばかくや誇らん、と思えて来ます。タヒチの人 (仏領ポリネシアの人) なら喜ぶでしょう。今更ですが、ウアケアさんがタヒチで踊られるのを拝見したいものです。強く在って繊細な方ですから、タヒチに在っては、その繊細さによって、日本はいかなる国かを表す素晴らしい踊り手と評価されるでしょう。
「今回の踊りを拝見して」
今回の踊りを拝見して、まず気がついたことは、舞踏家ウアケア佳奈子が前面に出て踊って居られることです。これは、その様に組み立てられている ソロ演目以外では、この方の踊りとして、とても新鮮な経験です。次に、その踊りの対象が観衆一般ではなく、ある特定の者に向けられているようであったことです。特定の者とは、他ならぬ、この素人カメラマンです。それは嬉しい推測でありましたが、彼が ウアケアさんに期待している踊りとは違いますから、複雑な気持ちです。そして、サンライト カーニバルの「ウイラニ」は、もう少しスマートにやろうと思って居られた所を、失敗してしまったものの様でした。この様な不満は持ちつつも、しかし、ウアケアさんの踊りが新しい次元に入られたことは十分に感じられるものでした。この変化が今までに欠けていたものを埋めることになるのでしょうか。
ところが、既に申し上げたように、ご連絡をいただけないままに 10月になり、この 6月 23日の踊りから ウアケアさんの真意を推し量るよりなくなりました。そうすると、単に特定の者に向けて踊ったというだけではなく、常々、素人カメラマンが期待していた、観衆へのメッセージを込めた踊りを、意図的にやってみせて下さったものと考えるとしっくり来ることに思いあたったのです。同様なことをこの方は過去にもされていたことを、「私の愛の歌声 (Ku'u Leo Aloha) :解析の試み」に書きました。それならば、その意味は、彼が ウアケアさんの踊りに期待してきたことは全て了解しているという回答に他なりません。つまり、貴方の言うことは分かった、だからやってみる、という メッセージです。しかし、全ての踊りに、そのメッセージを含めるのは大変な作業ではなかったかと思います。彼の思いに対して、それだけのことをして答えてくださったのは、感謝の心をお示しになるためだったのでしょう。しかし、ここで議論する気には毛頭なれませんが、どの踊りにも見られる緊張感の意味するところは、共に進もうということではありません。そうすると、ウアケアさんのメッセージは、「今までありがとう。貴方の言うことは全て分かった。ここからは自分で努力していきます。」ということになります。ですから、(「理解」と)「感謝」、そして「別離」と申し上げたのです。
これらの、この方のご判断を受けて、この素人カメラマンがこれから行うことはだいたい以下のようなことになります。まず、YouTube のチャンネルについては、新規の動画を アップすることもありませんから、適当な間を置いてから、限定公開にします。ブログとの関連を整理して、最終的には チャンネルの停止に持っていきます。このブログの記事の中でも、あの方を主題に取り上げた項は、順次、非公開にしていきます。そうしなければ、チャンネルの停止ができないからです。自分で手掛けたものを他の方の手に委ねることは考えていません。ポリネシアの歴史についての記事はこれからも続けていこうと思います。あの方が踊り続けるに当たり、何らかのお役には立つでしょうし。カメラの練習もしばらくは続けましょう。多摩川河川敷の草原を歩くのは良い運動になることはありますし、次の新しい段階があるとすれば、片手持ちの方式は役に立つでしょう。いざ鎌倉を忘れないという嗜みのようなものです。
(10/5 やってみたいことが出てきましたので、YouTube チャンネルは暫くそのままにします。日本語の ポリネシアンです。演奏できず、歌えもしないものが提示するとすれば、どうするか。今までの ハワイアンズ訪問の代わりだと思えば、やり様はあります。まず、日本語での歌が提示されれば、遊んでみる人も居られるかも知れません。結果は分かりませんが、素人カメラマンは失職中で暇ですから。)
「最後に申し上げることは」
最後に、ウアケア佳奈子さん、どうもありがとうございました。常々申し上げてきましたように、これまでの三年は、この素人カメラマンにとって、とても幸福な時でした。そして、ウアケアさんが、最後のハワイアンズ訪問の時に彼のために踊ってくださったことは、彼の素人カメラマンとして頂く栄誉です。今までにも多くのカメラマンがハワイアンズに通われたと思いますが、この様な栄誉を受けた方は居られないと思います。次に、彼の今後について考えてみましょうか。ここでも、彼はやはり幸せなのです。あの かみ 様を信じるなら、もう救われているからです。と言うことは、彼の願いは叶うことが定められているということなのです。彼の願いは、「舞踏家ウアケア佳奈子の踊りが多くの日本人に愛の心を呼び覚まさせることです。」そして、これが実現することは定められているということなのです。そうなれば、これからのどんな困難にも、日本の人々は互いに手を取り合って、立ち向かっていけるようになります。ですから、ウアケア佳奈子が舞踏家として人々の前にたち現れ、愛の心を呼び起こす愛の踊りを披露してくださる時を待ちましょう。
(10/5,6 言葉が足りませんでした。もう関わることがないと言うことは、この方の踊りに対しての直接の努力はもう十分と、この方の かみ がお決めになったということです。つまり、素人カメラマンがその願いのために思うべきところは別にあるのです。)
願いは達成されるにしても、現在のウアケアさんには、まだ、愛の心を呼び覚ますということはどういうことか、どうしてそれが必要なのかはお分かりにならないと思います。なぜなら、高校をご卒業になってから、ハワイアンズという、比較的恵まれた人たちが集まるシアターで 11年に渡って踊ってこられたのですから、前に述べましたように、愛の心を伝えることの意味も、必要性もお考えになることはなかったでしょうから。しかし、ハワイアンズから離れて生活をするならば、今の日本の人々が大変に苦しい状況にあり、それは今後長い期間に渡り解決しそうにないということがお分かりになります。その時、私達を支えるものは「互いへの愛」しかありません。そして、その愛の心を育むべくお生まれになったのが、他ならぬ舞踏家 ウアケア佳奈子だと思うのです。そのことに、いずれはお気づきになるでしょう。そして、時は ウアケアさんを見守る かみ がお選びになるでしょう。
世界を見渡して、愛の心を理解し合える芸能はあるかと考えれば、その第一がポリネシアの芸能であると思うのです。日本の芸能は優れたものでありますが、愛を伝えるという形では発展してきませんでした。何故なら、日本社会の根底には互いへの愛が既にあったからです。欧米の踊りは、全くに世俗的なものに限られます。なぜなら、キリスト教に踊りは含まれないからです。他の宗教でも同様です。多神教の世界でこそ、踊りは私達人間の根源的なものとして認められるのです。それが、日本において ポリネシアの踊りが盛んな理由です。日本の伝統として社会の根底に在った愛が失われたかに見える今、ポリネシアの芸能が私達を助けるものになると思います。
蛇足ですが、ウアケア佳奈子さんには、これから長い時間が必要です。その間を最高の状態で踊りぬくには、お体と心の健康が大事です。そのためにも、「四毒抜き」をご検討下さい。
















