「青いレイ (ブルー レイ、Blue Lei)」
「ポリネシアの歌」
【はじめに】
新年の 1月 15日より始まった グランド ステージ「Emau~100年へ、つなぐ笑顔~」の、最初のカヒコを一曲目とすれば、五曲目の「青いレイ (Blue Lei)」です。作詞が R. アレックス アンダーソン (R. Alex Anderson)、作曲が ミルトン ビーマー (Milton Beamer) 。[1] パラマウント映画「ワイキキ ウェディング (Waikiki Wedding)」(1937) のために書かれたハパ ハオレ ソング。主演はビング クロスビー (Bing Crosby)、ボブ バーンズ (Bob Burns)、シャーリー ロス (Shirrley Ross)、マーサ レイ (Martha Raye)でした。
【作詞家と作曲家について】
「ロバート アレクサンダー アンダーソン」
Wikipedia [2] によれば、ロバート アレクサンダー アンダーソン (Robert Alexander Anderson) は、1894年に ハワイで生まれ、1995年に亡くなった、「ラブリー フラ ハンズ (Lovely Hula Hands)」(1940年)や「メレ カリキマカ (Mele Kalikimaka)」(1949年)などの ハパ ハオレ (hapa haole) ソングを数多く作った ハワイの作曲家です。
彼は ホノルルの プナホウ (Punahou) スクールに通い、3年生のときに学校のフットボール ソングを、4年生のときには校歌を書きました。そして、1916年にコーネル (Cornell) 大学を卒業し、コーネル大学グリー クラブのメンバーでした。第一次世界大戦 (1914年 - 1918年) 中には、フランス戦線で戦闘機パイロットを勤めました。ドイツ軍に撃墜され捕虜になった後、アンダーソンは大胆な脱出を思いつき、成功させたという逸話の持ち主です。
作曲家としては正式な訓練を受けていなかったにもかかわらず、大学時代に「When Twilight Falls on Blue Cayuga」など多くの曲を書きました。実生活では、彼は非常に活発なビジネスキャリアを持っていましたが、作詞作曲へも多くの愛情を注ぎました。音楽理論やハーモニーを学んだことはなく、ピアノはほとんど耳で弾きました。しかし、彼の100を超える ハワイの歌の多くはスタンダードになっています。
1927 年に、最初のヒット曲「Haole Hula」を書きました。そして、パーティーで オーラパを見た時の誰かの発言「彼女の手は素敵じゃないですか」に触発されて、彼の最も人気の高い曲「Lovely Hula Hands」(1940) を書きました。この曲は、ホノルルのラジオ局でハリー・オーエンス (Harry Owens) のバンドによって演奏され、すぐにヒットしました。
(3/7 「ダンサー」の名称を ハワイでの名称「オーラパ (ʻōlapa)」に変えました。)
アンダーソンの曲のいくつかは映画スターと関連しています。「カウナカカイのコッキード市長 (Cockeyed Mayor of Kaunakakai)」(1934) は 1930年代に俳優ワーナー バクスター (Warner Baxter) を称えるパーティーのために書かれました。「ホワイト ジンジャー ブロッサムズ (White Ginger Blossoms)」(1939) は映画 スターの メアリー ピックフォード (Mary Pickford) の、ジンジャーの花をテーマにした曲はないから書いてみてはという提案で書かれました。「メレ カリキマカ (Mele Kalikimaka)」(1949) は友人のビング・クロスビー (Bing Crosby) が最初に録音しました。
アンダーソンはチャールズ E キング (Charles E. King) のような作詞家たちの足跡をたどり、伝統的なハワイの音楽的特徴とテーマを使って、ハパ ハオレの作曲家の中で「最もハワイアン」とみなされています。
以上の Wikipedia からの抜粋に付け加えれば、、チャールズ E キングは ハワイ王朝最後の王であった リリウオカラニ (Lili'uokalani)女王 の作曲上の弟子で、グランド ステージ 「Future ~ HAU'OLI」の6番目に歌われていたプア カーネーション(Pua Carnation)の作曲家です。
「ミルトン ビーマー」
ミルトン ビーマー (Milton Beamer)、あるいは ミルトン ホオルル デシャ ビーマー (Milton Hoolulu Desha Beamer) についての音楽上の記事は多くはありません。Honolulu Star-Bulletin 紙に掲載された 1964年の 訃報 [3] によれば、以下のような人物であったようです。
ミルトン ホオルル デシャ ビーマー (Milton Hoolulu Desha Beamer, Sr.) 氏(60歳)
は、1903年に生まれ、15年近く共和党の政治家として活躍し、セント フランシス
(St. Francis Hospital) 病院で亡くなりました。ヒロ生まれのビーマー氏は、1940年
から1950年、および1952年から1954年までホノルル市議会議員を務めました。
才能あるピアニストであったビーマー氏は、ハワイ島の有名な音楽一族の一員でし
た。彼の母親、ヘレン デシャ ビーマー シニア (Helen Desha Beamer, Sr.) 夫人(ヒ
ロ在住)は、有名な オーラパ 兼歌手でした。彼の息子の一人は才能あるエンターテ
イナーの エドウィン マヒアイ (Edwin Mahiai)です。なおビーマー氏は カメハメハ
(Kamehameha) 校とプナホウ (Punahou) 校で教育を受け、陸上競技の スター選手
でした.
しかし、これでは「島の有名な音楽一族の一員」という意味がよくわかりませんので、補足します。ミルトン ビーマーは、父 ピーター カール ビーマー シニア (Peter Carl Beamer, Sr.)と母 ヘレン デシャ ビーマーの養子です。[6] 母である、ヘレン デシャ ビーマーは Wikipedia [4] によれば、以下のような人です。
ヘレン カプアイロヒア デシャ ビーマー (Helen Kapuailohia Desha Beamer)は 、
1882年に ハワイ王国当時の ホノルルで生まれました。両親はジョージ ランガーン
デシャ (George Langhern Desha) と イザベラ ハレアラ ミラー (Isabella Hale'ala
Miller) です。彼女の母 イザベラと祖母の カプアイロヒアワヒネ カヌハ ミラー
(Kapuailohiawahine Kanuha Miller) は、フラが禁止されていた当時、ひそかにフラ
を教えていました。祖母は ハワイ語で音楽作曲家を意味するハクメレ (hakumele)
として有名でした。ヘレンは、 ハワイ語で数多くの歌を作曲し、それらは今でも現
代のハワイのアーティストによって録音されています。彼女は 1952年に他界しまし
た。そして、1995年に ハワイアン音楽の殿堂入りを果たしました。
スパ リゾート ハワイアンズとの関連で言えば、サンライト カーニバル「Kukuna」で歌われていた 「キモフラ (Kimo Hula)」の作者です。
ミルトン ビーマーの息子 エドウィン マヒアイは、Wikipedia [5] によれば、以下のような人物です。
エドウィン マヒアイ コップ ビーマー (Edwin Mahiʻai Copp Beamer) は、1928年生
まれで 2017年に他界した、ハワイ系アメリカ人のテノール ファルセット歌手、作曲
家、オーラパです。1992年にはハワイ州への音楽的貢献と祖母(ヘレン)の音楽を
継承したことでハワイ州表彰を受けました。そして、2006年にはハワイアン ミュー
ジックの殿堂入りを果たしました。
【歌詞】
前置きが随分と長くなりました。 Huapala [1] に掲載されていた歌詞を以下に示します。これは、歌の背景を述べた最初の四行の部分と歌の歌詞の部分からなります。
Blue Lei
words by R. Alex Anderson
music by Milton Beamer
Little things can make a picture to remember
I recall the hat you wore that day in late December
Little things just like the flowers you are wearing
Always linger in my mind
You were wearing a blue lei
The day that I first met you
And we wandered on the sand
By the blue, blue sea
With not a cloud in the sky to distress us
Not a care had you or I to suppress us
I shall always remember
The moment when I kissed you
And the smile upon your lips
So heavenly sweet
When your blue eyes looked into mine
It was then the sun began to shine
That day in May
You wore a blue, blue lei
(3/7 最初に四行で書かれている背景により、この詩の世界は、懐かしい「あの方」思い浮かべるときに現れる幾つかの事物を思い起こすことから出来上がっていることが分かります。ですから、「行為」を描くのではなく、そのときに記憶に残っていた「事物」を描くことで世界ができていると解釈できます。このことは、詩の世界を思うとき、日本語の歌詞を考えるとき等に大事なことだと思います。)
【日本語歌詞を考える】
上記の英語の歌詞で十分という向きもあると思います。しかし、情緒はやはり日本語で書かれている方が取りやすいと思いますので、日本語の歌詞を検討してみました。私が取った手順は、最初に Google 翻訳で直訳を行い、次に、歌詞として見やすい形にするという順番です。
まず、直訳です。
Little things can make a picture to remember
I recall the hat you wore that day in late December
Little things just like the flowers you are wearing
Always linger in my mind
小さなことでも思い出に残る写真になる
12月下旬のあの日、君がかぶっていた帽子を思い出す
君が身につけている花のような小さなことが
いつも心に残る
You were wearing a blue lei 君は青いレイを身につけていた
The day that I first met you 君に初めて会った日
And we wandered on the sand そして僕らは砂の上を歩き回った
By the blue, blue sea 青い海のそば
With not a cloud in the sky to distress us
空には僕らを悩ませる雲ひとつなく
Not a care had you or I to suppress us
君も僕も僕らを抑えつける心配はなかった
I shall always remember 僕はいつも覚えている
The moment when I kissed you 君にキスした瞬間
And the smile upon your lips そして君の唇に浮かぶ笑顔
So heavenly sweet 天国のように甘美だった
When your blue eyes looked into mine 君の青い目が僕の目を見つめたとき
It was then the sun began to shine その時太陽が輝き始めた
That day in May 5月のあの日
You wore a blue, blue lei 君は青い青いレイを身につけていた
このままですと、歌詞が説明的すぎるように思います。特に気になったのが、
a You were wearing a blue lei 君は青いレイを身につけていた
b So heavenly sweet 天国のように甘美だった
c You wore a blue, blue lei 君は青い青いレイを身につけていた
小さなものが記憶に残るというのですから、以下のように a と c では、かけていたという行為より、 レイを中心にして、文を簡潔にします。
a You were wearing a blue lei 君がかけていた青いレイ
c You wore a blue, blue lei 君がかけた青い 青い レイ
それから、 b は思い切って簡潔にします。
b So heavenly sweet そう 天のように美しい
もちろん、「so」は「sweet」にかかる副詞です。しかし、言葉の調子から、ここでは「そう」としました。
最初の背景の説明文も、このままでは字幕に入れる余裕がないので、思い切って意訳してみました。その結果、以下のようにしてみました。
Blue Lei
些細なものが 思い出に
12月あの日の 君の帽子
君をいつも飾っていた 花
You were wearing a blue lei 君がかけていた青いレイ
The day that I first met you あの日初めて会ったとき
And we wandered on the sand そして ともに歩いた 砂浜
By the blue, blue sea そこは青い 青い 海
With not a cloud in the sky 空には 雲ひとつ なく
to distress us 二人を悩ますような
Not a care had you or I 愁いなく 君にも僕にも
to suppress us 二人を抑えるような
I shall always remember 僕はいつも思い出す
The moment when I kissed you その時 君にキスした 時を
And the smile upon your lips そして笑みを 君の 唇の
So heavenly sweet そう 天のように美しい
When your blue eyes looked into mine 君の青い目が僕を見つめたとき
It was then the sun began to shine そうその時 太陽が 輝いてきたのは (A)
That day in May 5月のあの日
You wore a blue, blue lei 君がかけた青い 青い レイ
(A) : 3/7 修正
【おわりに】
この曲はとても素敵な曲です。曲想が素敵で、踊りも素敵、衣装も素敵と揃っていましたので、情緒に直接訴えかけられるように、日本語の歌詞を作ってみました。懐かしい思い出、特に悲しく終わった思い出は、どうしても「あの方」より、周囲の事物をシャープに思い出すものです。そんな思い出は皆さんもお持ちだと思います。英語の歌詞ですと、どうしても理知的理解することになってしまうので、日本語にして、より直感的にしてみました。
[1] Blue Lei, Huapala.
[2] ロバート アレクサンダー アンダーソン, Wikipedia.
[3] ミルトン ホオルル デシャ ビーマーの訃報, Honolulu Star-Bulletin, Mon, May 11, 1964, Page 16.
[4] Helen Desha Beamer, Wikipedia.
[5] Mahi Beamer, Wikipedia.
[6] Milton Hoolulu Desha Siemsen Beamer Sr., Find a Grave.
