「一人で歩けるように」







あらゆる親は、様々な希望や期待を持ちながら
子供を育てます。例えば、

「優しい子になって欲しい」
「人の痛みが分かる子になって欲しい」
「イチローみたいになって将来家を建てて欲しい」
「東大に入れたい」
「モー娘。やジャニーズに入れたい」

と言ったことです。
そして、そういった希望には、
少なからずとも親自身の人生に対する価値観が
反映されています。

その期待が過度になることで様々な笑い話や悲劇を
生むこともありますが、子育てにおいて適度な
方針を持つことは、親として当然です。
子供にとって、親は社会との最初の架け橋ですから、
なんらかの価値観は受け継がなければ、子供は
外の世界で生きていけません。それは、親としての
責任とも言えるでしょう。

まだ子供もいないくせに、と思われることを
承知で言いますと、僕には、親の責任として
最も重要だと思っていることがあります。それは、

「子供が一人で生きていけるようにすること」

です。

これは、その子供が経済的な面からだけでなく、
精神的な面からも自立して自分の足で人生を
切り開いていく、ということを意味します。

なぜ、これが一番重要かと言うと、

「たいていの親は子供より先に死ぬ」

という、どうしても避けられない事実があるからです。

もちろん、例外はたくさんあるでしょうが、
生物学的にも統計学的にも感覚的にも
これは紛れもない事実です。

ゆえに、パラサイトやすねかじりなどを
許している親は、育児放棄とも言えます。
親は永遠に生きられないので、その後の
子供の人生には責任が持てないからです。

子供が一生困らない財産を残すからいいだろう、
と言う人もいるかも知れません。
だけど、それも間違いです。
お金だけ受け継いで、人生の生き方を受け継いでいない
人が、短期間に財産を食いつぶした、なんて
話は無数に聞きます。

僕にも、子供にこうなって欲しいという希望はありますが、
その一方で、おそらく思った通りにはならないだろう、
とも思っています。

だけど、少なくとも子供が自分の足で歩き、
人生を切り開けるようになるようにするのが、
僕にとっての親としての最低限の責任でしょう。

じゃあ、具体的にどうすればいいのか、と問われれば
返答につまりますが、その際はこのことをいつも
念頭において個々のことに当たっていきたいと
思います。まだ、猶予はある。(笑)


「人生の自由を買う」









これまで、いろいろ僕の人生戦略について
書いてきましたが、それには当然ながら目的が
あります。
それは、僕にとって一番価値のあるもの、
すなわち、「自由」を実現することです。

家を買わない。 のは、
住居移動の「自由」を得たいからで、

終身保険に入らない。 のは、
資産運用の「自由」を得たいからで、

共働きをやめない。 のは、
精神の自立と経済的な「自由」を得たいから、です。

僕は、働くことはやめないかも知れないけど、
「働かなければいけない」から働く、ことからは、
できるだけ早くリタイアしたいと思っています。

それは、いわば労働を売るという形で、
自分の時間を他人に売っているという状態から
できるだけ早く抜け出て、自分や家族のために
限りある時間を全て使える、「自由」を得たいと
いうことです。

そんなのお金持ちしかできない、夢みたいなこと、
とあなたは思うかも知れません。
あるいは、思わないかも知れません。

だけど、それは可能です。僕でもあなたでも。
そのやり方は、まず自分の時間の値段を知ることから
始まります。

まず、1年にかかる最低限の生活費を計算します。
仮に森永拓郎さんの説を取って300万円としましょう。
それが、1年の時間の値段です。簡単でしょう?
さらに、寿命は80年、年金はもらえない、とします。
(もらえたらラッキー!くらいに思っておいた方が
精神衛生上いいですから。)

あなたがもし今、300万円持っているとしたら、
80歳の1年間の分は確保できているということです。
600万円なら79歳まで。
そうして考えていくと、60歳で引退する普通の人は、
引退時持ち家の価値や現金預金等あわせて6000万円
あればいい、ということになります。
(実際には利子も付きますが、利子の分だけインフレもあると
いうことで相殺します。)

そんなに絶対に貯まらないと言う人は、冷たい言い方を
するようですが、それは、60歳という年齢では引退できない
ということを意味します。
そのためには、生活費を300万円以下にするか、
年金が貰えるように天に祈るか、もしくは、80歳よりも
早く死ぬ必要があります。
あ、死ぬまで働き続けるのもありですね。

僕たちは、生活費の調整と支出の選別、共働きによって、
50歳前にリタイアする計画を立てています。
そして、それが果たせた後は好きなところに行って、
(今のところタイが第一候補)新たな仕事を始める
ことも含め、好きなことをして、10年間くらい住んでみたい。
そうすれば、生涯の生活費もさらに浮きます。
(この先こんなに円がずっと強いままとは限りませんが)

ここまで読んでも、まだ絵空事だと思っている人が多いかも知れせん。
しかし、僕たちは単なる夢ではなく、ごく自然な行き着く先だと
本気で思っています。それはひょっとしたら大きな勘違いかも
知れませんが、夫婦一緒にしているならそれはある意味、
幸福な勘違いです。

「リアルにイメージできることは実現する」

これは僕たち夫婦の信条です。
今までもそうだったし!

「変わることの確認」

「変わらないことの確認」




2回目の結婚記念日を祝うために、
今日は奥さんと二人で少しだけおしゃれして、
外で食事をしてきました。

そんなに高くない、箸で食べるような
気取らない洋食の店です。

食事をしながらこの1年を振り返り、
次の1年の目標を決めました。
それは僕たちの結婚記念日のちょっとした
イベントなのです。

振り返るとこの1年、いろいろありました。

奥さんのお母さんの突然の病気の発覚と
あっという間に訪れた悲しい別れ。

奥さんの起業。

僕の転勤と単身赴任。
(実は僕たちは現在別居婚なのです。)

いっぱいした喧嘩。(笑)

長いようで短い1年、なんてよく言いますが、
本当にいろいろあった1年でした。
結婚してから、そういう印象的な出来事が、
特に増えた気がします。
一人から二人になっているのだから、当たり前かも
知れませんが、単に人数が倍になった以上の
バラエティの豊富さを感じます。

自分のことだけを考えてみても、1年前は子供を
持つことなんて考えもしませんでしたが、
(奥さんと必死に戦ってた)
今では、こんなブログまでやっている始末。(笑)
えらい変わりようです。

さて、次の一年。
いろいろ目標も立てました。
来年の結婚記念日にはどんな僕たちでいるでしょうか。

「チョアヨ フラボノ」

「チョアヨ キシリトール」









真面目なことばかり書いていると、真面目だと
思われるのでたまには馬鹿話を。

最近、「冬のソナタ」のブームで韓国がちょっと
いい感じになってきていますよね。

ペ・ヨンジュンなんて「ヨン様」なんて呼ばれちゃって、
おばさま方に大人気なんだとか。
僕は「冬ソナ」は未だに見ていないのですが、
テレビか雑誌で初めて「ヨン様」をみたときは、

「ハリーポッターの人、えらい成長しちゃったなあ・・」

と思ってしまいました。ごめんなさい。

それにしても「ヨン様」ですか・・・「ベッカム様」みたいに
かっちょいい人には「~様」をつける習慣がこの国には
あるようです。トルコのイルハンを「ハン様」みたいな。

ところで気になったのですが、あの尊称はファースト・ネームに
付けたり、ファミリー・ネームにつけたり、なぜ統一されないの
でしょうか。

「ヨン様」の場合、フル・ネームはペ・ヨンジュンですので、
ファミリーネームは「ペ」、ファーストネームは「ヨンジュン」
です。
「ベッカム様」の場合は、「デビット」というのがファースト・
ネームのはずです。

なぜでしょう?

本当にどうでもよく、みんな無意識に分かっていることですが、
あえて僕が答えを言いましょう。

それは!

「もう一方に「様」つけると一気にかっちょわるくなるから!」

です。

例:

「ペ様」・・・カトちゃんです。さらに日本人には1文字の名前は
       言いにくいのできっと「ペー様」と呼ばれることに
       なります。こうなったらもう大変。パー子ももれなく
       ついてきます。

「でび様」・・・きっと急にサッカー辞めてラーメン屋を
        始めるでしょう。間違いない。

ああ、どうでもいい。

この記事を書いた後、ブログめぐりをしていたら、
結構同じネタで書いている人がいて、びっくり。そして、赤面。
最後の文まで同じ人もいました。偶然とは言え、
ごめんなさい。

「行かなければ出逢えない。」






この夏、仕事で小型船に乗る機会があって、
あまり気乗りのしないまま港に向かいました。

その日は、波も高いとは言えないまでも平穏ではなく、
かなり揺れることが予想されました。
船酔いはしない方ですが、その時、疲れていたこともあって
ひょっとしたら目にも当てられないことになるかもと思って、
ますます憂鬱になりました。

そんな中、30分ほどの航行が始まりました。
結構スピードが出ます。
最高で自動車と同じくらい、約60㎞ほどは出るそうです。
しかし、自動車と違うのは揺れと衝撃!ジェットコースターに
乗っているようでした。

海から見る景色はそれなりに新鮮で面白いものだったけど、
所詮田舎町、だんだん景色にも飽きてきました。
あとは時間が過ぎるのをひたすら待つことにするか。

その時、誰が沖を指さしました。「あれは?」

その指の先には、無数の魚みたいなものが
飛び跳ねていました。

「イルカだ!」

信じられないことに、映画やテレビでしか見たことの無かった
イルカが群をなして飛び跳ねています。
まるで映画「グラン・ブルー」のパッケージのように。

退屈で中には気持ち悪そうだった人も含めて、
船に乗っていた20名ほどの皆の視線が
そこに釘付けになりました。
おじさんもおばさんもにいちゃんもねえちゃんも。
子供のように目を見開いて。

実はこの乗船は強制というものではなく、
前もって希望者を募って、行われるものでした。
僕は申し込みの時はそれほど何も考えず、
手を挙げていました。
同じ職場からは、3人しか参加しませんでした。

こういう言わば「余計なもの」「やらなくてもいいもの」に
ついては、我が職場に限らず人気がありません。
僕も「めんどくさい」と思っていた。
しかし「なにかあるかも」という好奇心がそれを制しました。

世の中にはたくさんの「機会」があり、それは今回のように
必ずしも良いものばかりとは限りません。
だけど機会との遭遇を積極的に増やすことによって、
良いものに出逢える回数は確実に上がります。

僕はかなりのめんどくさがりやなので、
今までたくさんの機会を逃してきたかと思います。
だけど、積極的に「機会」を見つけ、チャレンジしている人に
たくさん「出逢い」、徐々に考えが変わりました。
(その主たる存在が奥さんです)

それでも僕は、まだまだ重度のめんどくさがりやさん
ですが。(笑)

「行かなければ出逢えない」

これは真実です。あらゆるイルカに出逢うためには。

これが、昨日の記事についての僕なりの答えです。
※こちらは、連載記事となっております。前回の記事は、
子供嫌いだった。~その1へどうぞ。

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子供は、金食い虫です。

ある調査によると、子供一人が成人するまでに
約3千万円がかかるそうです。

もちろん、私立に行かせるかとか習い事を
どうするか、ということで多少は多くもなり、
少なくもなるでしょうが、いずれにしても
子供にかかるお金というのは、実はマイホームと
並んで人生の最大の出費のひとつなのです。

2人いれば6千万、3人だったら9千万、
4人だったら・・・やめときましょう。
ちぃさんが卒倒してしまいます。(笑)

それでも、世のお父さん、お母さんたちは、
汗水たらして働いて、給食費を払ったり、
教科書を買ったり、習い事をさせたり、
仕送りしたりします。

それは親として自然な感情でしょう。
子供に十分な教育を受けさせたり、出来うる限りの
チャンスを与えるべく、いろいろお金をかけてあげたい
と思うことは当然です。
(本当に自分の両親には感謝しております。)

にもかかわらず。

子供の方ときたらどうでしょう。

勉強は、嫌い。
仕送りは、全て飲んじゃう。
どんな習い事でも、はじめは自分がやりたいと
言ったくせにすぐに飽きて、今度はいかに
サボろうかということを考える。
(全て僕です)

お父さんは、何のために上司に怒られながらも
仕事をしているのでしょう。
お母さんは、何のためにセクハラに耐え、
お金を稼いでくるのでしょう。

そう、子供のためです。
何もイチローや松井になれと言っているのでは
ありません。(中にはいるのかもしれませんが)
だけど、少なくともどれだけ親がその金を
稼ぐのに苦労しているのかを理解し、感謝しながら、
出来うる限り精一杯の力で、教育や習い事を
受けてほしいものです。

なのに、子供ときたら感謝するどころか
時には迷惑がる始末。

「子供にはそんなにお金をかけるほどの価値はない。」

これが、経済的側面から見た僕が子供を
嫌いな理由でした。外資系商社の切れ者(笑)
財務マンだった僕にとって、そのリターンは
あまりにも投資コストに見合わない、
と思っていたのです。

そんな割に合わないことに、お金をかけるの
であれば、全て自分にかけた方がいいです。
年に何回も海外旅行に行けますし、
グッチやプラダやロレックスも思いのまま。
人生のプランの立て方によっては、
60歳よりもずっと早く会社をリタイアすることも
出来ます。どうせ、介護もしてくれないでしょうし。

皆さんはどう思われますか?
昨夜、いつものように風呂から上がりバスタオルで体を拭き、
部屋のイスにそのタオルを掛けました。

何気なくそのタオルを見てみると、赤い点々が無数に
着いています。よく見るとどうもそれは血らしい。

あわてて鼻を押さえてみました。
僕は、よく鼻血を出すのです。

しかし、出ていません。

じゃあ、どこから?と思いつつ、見えないところは鏡も使って、
奥さんには見せられない恥ずかしい格好もしながら、
全身をくまなく探しました。

しかし、見つからない。

そうしているうちにめんどくさくなってきました。
いいや。別に痛くないし。
僕は、あきらめが早いのです。

朝起きて、鏡を見てもどこにも異常はありません。
仕方がないので、このまま外出することにします。
もしまだ出血していたら誰かが
教えてくれるだろうし。

「おーい。耳から血が出てるぞ~」
「キミキミ。背中が血だらけだよ。」
「あらあら。おしりに包丁が刺さっているわよ。」

さて、その時僕は何て答えたらいいのだろう。

おとぼけ君風に

「いっけねえ~、気付かなかった!」

クールなイケメン風に

「ああ。わざとです。似合います?」

ええっと。

ひょっとして、頭の中が出血しているの
かもしれません。

子供のころから、僕は子供が嫌いでした。

僕は、僕の年代でも珍しい4人兄弟の長男。
母は24歳で結婚し、25歳から僕、妹、弟、妹と
ほぼ2年ごとに見事に産み分けました。

まず、この兄弟が多いことが嫌でした。
おそ松くんみたいで。(笑)

僕のような団塊ジュニア世代では、兄弟の数は
多くて3人で、大抵は2人という友達が
多かったと記憶しています。

そして、中には一人っ子という人も少なからず
いて、ファミコンのソフトをたくさん持っていたり、
生意気にも小学生ながらハワイに行ったり、
ポテトチップスを一人で一袋食べたりしていました。

僕の家は、それほど貧乏という訳ではありませんでしたが、
(結局4人とも大学まで進ませてもらった)
当時は、それがとてもとてもうらやましかったのです。

「ポテトチップスを一人で一袋食べること」

それは、僕が独立するまでの割と真剣な夢でした。

いつしかこのことは、僕に子供(自分以外の(笑))
への屈折した嫌悪感へと変わっていきました。
「大人げないなあ」というのが、当時の他の子供に対する
僕の決め台詞でした。(嫌な子供だ)

子供は、自分が努力して勝ち取ったわけでもないのに、
どんな家庭に生まれたかというような、
まさに「運」で得たようなことを自分の手柄のように自慢し、
他人に対して優越感を持ちます。
まさにスネ夫のように。

そして、成長して中学生、高校生くらいになると、今度は
「容姿」という、これまたこの時点では自分の努力とは
関係ないことにこだわり、ある者は他人に対してゆがんだ
優越感を持ち、ある者は過度のコンプレックスを
否応なしに持た「され」ます。

今思えば、すべて成長の過程においてごく自然で、
必要なステージだと思えるのですが、
(社会に出てもそれほど変わらない部分もあるし)
当時は、そういうことに耐えられなくて、
子供というのは、なんて浅はかで残酷で醜いものなのだろう、と
心の底から思っていました。恥ずかしい話ですが。

実は、このような他の人間や社会に対して、
完全性・万能性を求めるというのは、まさに「子供」の特徴であります。

つまり、僕が子供嫌いだった理由の一つは、
本当のところ僕自身が、最近まで「子供」だった
からかも知れない、ということでしょうか。

独身のときは全く興味がなかったのですが、
結婚してからは、毎年秋に人間ドックを
受けるようにしていて、先日がちょうど
その日でした。

今回、人間ドック自体は生涯2回目だったので、
特に何の感慨も問題もなかったのですが、
今回は前回とは違う項目が一つありました。

それは、胃カメラ。

前回は、代わりにあのまずいバリウムを飲んだんですね。
だけど、このところ時々胃が痛くなることがあり、
それもずいぶん傷むので一度きちんと見ておこうと
思っていました。

苦しかった・・・

泣きました。
そんな中、看護婦さんたちは

「綺麗な十二指腸ですね~」

なんて話かけてきます。

「いや~よく言われるんですよ~」

なんて冗談もいえないほど、苦しい。

この技術大国日本でも、胃カメラはあの程度でしょうか?
アイボなんて作ってないで、早く痛くない胃カメラを
作って欲しいものです。
技術革新の順番間違ってないですか?(笑)

出産なんてこの何億倍も痛いのでしょう。
女性は偉大だなあ、と改めて思った出来事でした。 

一夜明けて見てみると、僕のブログには珍しい
数のコメントやトラックバックがありました。

ここで併せてお礼を言いたいと思います。
皆さんありがとうございます。

読者の数もいつの間にか二桁になっている。
たくさんの人たちに読んでもらえることは、
物書き冥利に尽きます。本当にうれしいです。

コメントを書いてくださった方のブログには、
必ず訪れるようにしているのですが、
僕のブログは他の方と比べて、写真もないし、
文章がやたら長いですね。
(読みやすくするように工夫はしていますが)

それで、ちょっと毛色が違ってどうかな、
と思っていましたが、
予想以上の反応が得られて、調子に乗って
木に登るのを通り越して、空に飛んでいって
しまいそうです。(笑)

これからも、よろしくお願いします。